第七話:血と肉と人形とはじまった俺
この世の全てがそこにはあった。
地下に伸びた螺旋階段は、ルートクレイシアの闇とも言えるこの地下室と、陽が祝福する地上とを明確に別つ唯一の道。
三十センチほどの蝋燭に灯された炎が黄泉と現世の狭間で惑う魂を呼び寄せる。
それは、俺が最も嫌いだった魔術だった。
実際、前世の十七年、現世の十六年の間で俺はこの魔術を使ったことは一度もない。
ただ、知っているだけ。存在している事を知っているだけの禁忌の魔術
赤土の混じった泥。
銀の器にためた雨水。
血は水。
肉は土。
真理と死を糧に生み出される魔の尖兵。
「クックック、俺の技術力を持ってすればこの程度楽勝――」
笑う。
自らの生み出したソレを眺めて。
確信する。
全てはここから始まるべきだったのだ、と。
俺はもはや神をも超えたのだ。
「思えばローゼンは偉大だった……。さぁ動き出せ、我が僕。闇の眷属!!!」
息を吸う。
饐えた空気が鼻をつく。
そして、俺は唱えた。
「目覚めよ、ゴオオオオオオオオオオレムッッッッ!!!」
飛礫と熱波。
突然爆発したソレによって、俺は黴が蔓延る地下室の壁に叩きつけられた。
第七話【血と肉と人形とはじまった俺】
理想を追い求める事を誓った俺だが、今まで世界に冷たくされてきた俺は、その反動で自分でも末恐ろしい事に完全なメイドなど今のこの腐りきった世界には存在しないという事を理解できてしまっていた。
もとより、俺の感性を理解できる人間がいるだろうなどと考えるほど、俺は人間を過大評価していない。
かなりいい線をいっている親父様のダールン公でさえ――
至高の感性を持っている者と犯罪者予備軍はまったく別の次元の存在である。
俺の感性はこの世で最も素晴らしいと疑うべくもないが、親父様の考え方はただの性的犯罪者のもの。その二つには天と地ほどの差が存在するのだ。
そんな感じで世に絶望し、精神的にもろい俺が選んだのは"探す"ではなく"造る"であった。
いや、今いるメイドを教育するという方法もあったのだが、それには時間がかかる。とてもじゃないけど待っていられない。
だからこそ、俺は残った選択肢の"造る"を選ばざるを得なかった。
たとえ禁術に手を出さなければならなくとも――
世界の平和のために――
闇に属する魔術の内、第三位に値する禁術"MakingGolem<土の棺>"
三千年以上前に人類に多大な被害を与えた魔物"ゴーレム"を生み出す魔術である。
水を血に、土を肉に、"真理"を魂に、高度な闇の魔術を使用する事によって擬似魔法生命体を生み出す禁術。
第一位に値する"虚影骸世"と比べると難易度が低いにも関わらず、この術が人間達に禁術に指定されているのは、この術が仮初とは言えど、紛れもない一個の生命体を作り出す魔術だからだ。
力のある魔術師により作られるゴーレムは"生きた"人形、糸がついているわけではないのに――魔術師とラインで繋がっているわけでもないのに動く不可思議な生命。
いや、別に生き物じゃなくたっていい。
俺にとって、それに知能があり一人で動くことができるのならば命があろうとなかろうと関係ないのだから。
今までは、ゴーレムを作ってみようなどと思ったことはなかった。
前魔王の作ったゴーレムは、体長が五メートルある、はっきり言って見るに耐えないごっつい人形だったし、兄・姉・弟・妹達の作ったゴーレムもかろうじて人型だと理解できるような、性別すらない粗悪品。魔を崇拝する人間の高位魔術師の作ったゴーレムなんて、人の形すらしていなかった。
美しいモノを愛でる俺が、そんな人形に興味を持つはずもなかったのだ。
だが、今は違う。
俺には、卑下すべき先達の使った禁術をも使わねばならないわけがある。
そして、以前の俺が持ち得なかった新たな指標を得ている。
都市伝説だと思っていたエルフが実在した。
その事実は、俺の世界を木っ端微塵に破壊し、造りかえるだけの威力を持っていた。
今の俺に下らぬ先入観はない。
確かに今まで見た事のあるゴーレムは全てが全て例に漏れずとてつもなく醜かった。
それは何故か?
A.魔術師達に美的センスがなく、なおかつ実用性を重視し、最後に精巧な人形に魔力を上手く通せるほどの技術がなかったから。
考えてみれば分かること。
1.俺の美的センスは世界最高レベル。俺以上に素晴らしい美的センスの持ち主が存在しない事は、今のこの世界が証明している。
2.実用性? 別に強くなくなっていいじゃない。メイドだもの。
3.俺以上に魔術に造詣が深いものは存在しない。
問題は何もないじゃないか。
製造方法についても、実際作った経験さえないものの、天才な俺の闇の魔術についての到達点は、並の魔術師が一生かけても到達できない領域にある。当然造ろうと思えば、土人形ゴーレムだろうが生ける死体のリビングデッドだろうが、数多の生き物を合成して造るキメラだろうが自由自在。
かと言ってゾンビとキメラの作成は却下。腐ったメイドとかきめぇ。
そんなわけで、早速粘土を捏ねて作ってみたのだが――
ばらばらに飛び散った泥、壁を汚す赤茶色の土をこそぎ落とし中央に寄せる。
爆発により、粉々になった蝋燭をゴミ袋につっこみ、新たな蝋燭を取り出す。
身体を流れる血と化す"祝福された水"はまだある。
ゴーレムの心臓部とも言える、『emeth(真理)』と書かれた羊皮紙もまだ三十枚程度残っている。
土は失敗した場合もう一度飛び散ったものをリサイクルすればいい。
「ふむ、一体何が原因なんだ?」
二十回目の失敗に、俺は正直閉口していた。
泥を捏ねること二十回。"MakingGolem"を開始して、時間にして十時間ほど経過していた。
その全ての結果が爆発に終わったのだから、忍耐力のある俺でもうんざりして当然だろう。
"MakingGolem"は、確かに事前の準備は必要な魔術ではあるが、それほど難易度の高い魔術ではないはずだ。
少なくとも、他の闇魔術の奥義、"虚影骸世"や"EndOfTheWorld<終末>"に比べたら児戯に等しい術。闇魔術はおろか、ありとあらゆる魔術の構成を知る一流の魔術師である俺が失敗するほど難しい術ではない。
それとも何か?
この"MakingGolem"の魔術は、今までの魔術師がやっているように、不細工な人形にしか使えない術だとでもいうのか?
No
No
No
そんなのありえない。
たとえ、他の魔術師が失敗したとしても、よりにもよってこの俺が失敗するわけがないのだ。
再び泥を捏ねる。
人型の形を大体作り上げ、心臓部にemethの札を入れる。
十数種類の粘土べラを駆使し、少女の形に整える。
形を整え終えたら、心臓を中心に水を注ぐ。
水を注いだ事で崩れた部位を再び整える。
完成。
以上、猫でもできる簡単なゴーレムの作り方。
本来なら、ゴーレムを作る前に絶食したり、作成時もいろんな属性持った魔術師を何人か集めて皆で作らないとならないらしいが、まあその辺は俺は天才だから無視しても問題ないだろう。
後は術を唱えながら魔力をこめれば"MakingGolem"完了。理想のメイドが動き出す。
こんな簡単な術、間違える所もないじゃないか。
なんで、爆発するんだろう。
三本の蝋燭の炎が照らすその俺の製作物は、さすが巨匠クラスの俺が作っただけあって惚れ惚れするほど美しい。
細部まで細かく造りこんだその少女は、おそらく他人が見たら本物の人間が土に変わった物だとさえ思うだろう。
ちなみに、全裸である。
服まで作ったら服を脱がせることができなくなるかもしれないし。
手を払い人形の側に立つ。
人形の真上に両手を掲げ、唱える。
魔力を操作し、身体中に満ちる闇を人形に注ぐ。
注ぎながら、ふと思った。
…………まてよ? 魔力を注ぎすぎていたのか?
思考しながらも止まらない呪文。
身体から人形へ俺の魔力が移っていく。
まるで黒い川が氾濫しているかのような勢いで。
今気づいたが、明らかに過剰供給だ。
魔力の供給は、呪文を唱える間に一定量ずつやらなくてはならない。
このペースで注いだら、呪文終了時には燃費の悪い"虚影骸世"およそ五発分ほどの量の魔力がこの人形に納まるだろう。
どれそれ以上供給してはいけないという明確な限界はないが――
空気を過剰に圧縮すれば人間でさえ押し潰されるという。。
水鉄砲は圧力を過剰に掛ければウォーターカッターと言う鉄を寸断する凶器に変貌するらしい。
術が詠唱がクライマックスに入る。
おそらく、俺のたった今の思いつきが正しければ詠唱が終わった瞬間にこいつは爆発するだろう。
過剰供給によって圧縮された魔力が、供給終了と同時に開放され引き起こる爆発。
いや、本来なら今も爆発しているはずなのだろう。現実に爆発していないのはおそらく、全方位から一部の隙間なく魔力を供給、爆発という現象を包囲して押さえつけているから。
無常にも、考えている間に詠唱が終盤に差し掛かる。
俺は、叫んだ。
「目覚めよ、ゴーレム!!!」
本当は次の話とあわせて七話だったのに……執筆速度の遅れのため持ち越しです・゜・(つД`)・゜・
難産すぎて全く別の話にしようかと迷ったくらいで――