表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒紫色の理想  作者: 槻影
8/66

第六話:正義の俺と足を引っ張る部下達の話

えっと……

R15と普通の話の線引きが微妙なんですが、一応今回の話にはR15的表現が入っていると作者自身は考えます。

R18の意味は『18歳以下の人はmust not read』

R15の意味は『15歳以下の人はshould not read』

なんだとかいう論を聞いたことはありますが、とりあえず15歳未満の方はご自重ください



……もしかしたらこんなんじゃR15とはいえないかもしれませんが

 

 俺は前回、とても大事な事を学んだ。

 とても大事な――そう、おそらくは俺に今まで足りなかったもの。

 思うに、今までの俺は擦れていなさすぎたのだと思う。

 

 あえて言うのなら世俗を捨てた仙人?

 俗物に興味を持たない聖人?

 

 とりあえず、俺は高潔すぎたのだ。

 無欲で情に溢れていて、おまけにナイスガイ。

 他者を傷つける代わりに自らが傷つく事を選び、血の涙を流しながら説法をもってして民衆を救う救世主。

 

 だが、前回の死力を尽くしてのエルフ奪還作戦から悟った。

 力がなければ何も守れない事を。

 知ったのだ。

 探さなければ見つからない事を。

 

 エルフを見て思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、探せば魔族の中にもこんなのがいたんだなー。

 

 

 

 

 

 

 

 あれだ、探すか。

 俺の理想を。

 俺は今まで無欲すぎた。

 ちょっとくらい欲を出しても罰は当たるまい。

 

 思うに、この世の中渡り歩くには、常に貪欲でなければいけなかったのだろう。

 前回で心底理解できた。この世界はひどい世界だ。

 悪が蔓延る世界をクリーンアップするには、さらに強力な闇で塗りつぶすしかない。

 やらねばならない。

 なぜなら俺は天才だから。

 逃げるわけには行かない。

 俺は――そう、必要悪だ。いっつ必要悪。お子様には分からない大人の事情。

 

 我が理想の前には無数の"根本からの悪"が立ちはだかるだろう。

 理想を追いそれを叩き潰すこと、それは世界の浄化に繋がる。

 

 My way is justice

 

 一人誓う。それは、ライジングサンにも似た光りを放つ聖なる誓約。

 この遂行な任務の前にはありとあらゆる懸案事項は後塵を帰す。

 この日俺は――

 

 

 理想を追い続ける事を誓い――

 

 

 

 

 

 

 

 心の底から正義の使者――いや、正義そのものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話【正義の俺と足を引っ張る部下達の話】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、最近思うのだが、今現在必要なのはなんだ?」

 

「何で疑問系なんですか? ……さー、今まで二割とはいえ仕事をやっていた誰かさんが、また仕事をやってくれるようになればいいとは思いますがねー」

 

「ふむ、十全十全。働け奴隷一号。勤労とは人間の徳だ。お前程度でもいくらか徳を積めばまともになるだろ」

 

 優しい俺は、一度頭をぽんぽん叩くと、書類の山ができているシルクのデスクから降りた。

 エルフ争奪戦から早一週間、今日も我が奴隷一号には仕事が山とある。

 だがそれでも、俺ほど天才ではないシルクに与えられる量は適量で、即ちより天才な俺の方が仕事が多い事は言うまでもない。

 

「ねー、シーン様。お願いですから私に仕事を全部投げないでください。お願いですから前のように二割……いえ、一割でいいので仕事を――」

 

 眼の下に隈を作って懇願するシルク。

 あの日、シルクが狂っている事を実感してから、心配になったので毎日なるべく側で監視するようにしていたのだが、そのおかげかシルクの調子は以前のように戻っていた。

 まぁ、初めて会ったときから比べれば明るいけど、それでも狂った明るさじゃないので全然オーケーだ。

 

「人には相応な仕事というものがあるのだよ。それに俺には何をおいてもやらなきゃならない事がある。くだらない雑務なんぞやってられるか。何ならあれだ、あまり使い物にならないだろうが、他の部下に投げればいいじゃん」

 

「無理ですよ〜、他の方々にこれらの書類の処理は重すぎます。どうすれば――」

 

「俺のように、仕事できる奴を奴隷に見つけてきたらいいだろ」

 

「……私には無理ですよ〜、てか、シーン様が唯我独尊過ぎるのです。うぅ……もう徹夜決まってるし――」

 

 集中力が足りないのが悪いんだろ。あとこんな朝っぱらから嘆く、そーいうのイクナイ。

 

「どう計算しても……私の最高のペースでやっても夜までに終わるかどうか――」

 

「適当に○でもつけときゃいいんだよそんなのは。もし何か整合性の取れない事が起こったとしたら俺がその原因を排除してやるからな。上からの命令がなければ動けん愚民など官僚には必要ない。AIを据えた方がまだマシだ」

 

「統率が取れてない政治体系は成功しませんよ?」

 

「俺が部下を従えるのではない。部下が俺に従うのだ。ついてこれない奴は死刑。ゆっくーりやっていいぞ。一ヶ月もすれば死体の山と引き換えにいくらか優秀な部下ができる」

 

「ッ……全力で終わらせます。ご安心ください、シーン様」

 

 いや、やらなくてもいいというに。

 身体を気遣ってやってるのに何たる言い草。

 まぁいずれ、屑共はまとめて荼毘に付すつもりだからどっちでもいいけど。

 シルクの身体が壊れないかだけが心配だ。壊れたら俺の方にまで反動が来るだろう。そうなってしまえば、元のくだらない仕事に追われて理想を追う時間が減ってしまうじゃないか。

 

 いや、壊れるくらいならまだいい。また狂ってしまったらそれこそ――

 

 

 …………

 

 

「ひゃん……くぅ……う……ななな何するんですかぁ!!!」

 

 耳まで真っ赤にして悶えるシルク。

 俺は後ろからその密やかな胸をもみながら答える。

 

「今日は休め。最低でもその隈が消える程度には睡眠をとれ。これは命令だ。お前は俺ほど天才ではないのだからな。知ってるか? 人って簡単に死ぬ」

 

「ッ……くぅ……うぅ……」

 

 理想。

 そう、理想。

 何よりも先に必要な事は我が理想を成就する事だ。

 そしてそれに足りないものは――

 

「そう、メイドなんだ。足りないのは。今の時代、悪魔対策で戦闘訓練を受けている者はいくらでもいるが、家事教養を深く嗜んでいる者は少ない。特に親父の雇ってるメイドなんて元孤児だからな。外見ではなく、中身も完璧なメイドが必要だ。分かるか?」

 

「ひぃ……や……あ……くっ……シー……ン、様ぁ」

 

「そうだろう、わかるだろ。あれだ、男はいらん。とりあえず昔の俺の理想を目指そう。年齢十代半ばから二十台前半までの完全なメイドと完璧な執事がいる。お前は執事の方だな。家事とかできそうにないし」

 

「っ……はぁ、はぁ……う、し、仕事、やらないと――」

 

 書類の上にへたっているシルク。

 顔真っ赤にしてそんなぜーぜー言って……

 

「お前、胸揉んだくらいで大げさだな」

 

「ッ!!! 胸揉んだだけじゃないでしょッ!!!」

 

 ぎゃーぎゃーうるさい奴だ。

 

 手を軽く払って、

 

「俺は"休め"と命令しているのだよ。お前は似非ではあるが天才の一端だ。馬鹿共の代わりは居ても天才の代わりを見つけるのは面倒だ」

 

「……し、しかし――私なら大丈夫です。シーン様がやってた二割の仕事についても、コツが掴めてきたのですぐに慣れると思います」

 

 ふむ……

 本人がこういってるのなら大丈夫か。

 とりあえず様子を見てみるのがいい、か。

 

 しかし、愚民のために身体を張るとは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬鹿だな。おまけに偽善だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "IQが高い"と"馬鹿"は同時に持ち得る要素らしい。

 そこんとこがIQがめちゃくちゃ高く、ハッキングから今晩のおかずまで手広くカバーする幅広い知識を持ち、物事の本質をよく捉えようとする俺と、ただIQが高いだけのこいつとの違いなんだろう。

 元魔王の俺と人間のこいつじゃ比べるのも可哀想と言えば可哀想なのだが。

 

 俺は今のところどんな存在と比べても黒星なしである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイド。そう、メイドが必要だ。

 ダールンが集めた娘達は、顔はともかく技術が足りない。

 メイドとは常に完璧であるべき。

 しかし、そう考えるとなかなか昔の理想もハードルが高い。さすが俺の考えることだ。

 だが、過去を乗り越えてこその今の俺。

 おそらく今の俺ならば叶える事はそれほど――

 

 

 

 

 

 

 

「シーン殿、どうかなされましたか?」

 

「おお、シーン様ではないですか。これはこれは――」

 

 高尚な考え事をしながら散歩してたら、ルルとエルフの村の長老の爺――名前はなんと言ったかな、とりあえず魔王だった頃の俺の親父並の妖怪爺が姿を現した。

 尤も、魔王だった頃の親父並と言ってもそれは年だけで、顔つきや身体つきはあの糞親父とは似ても似つかない。

 なんというか、さすがエルフ。ダンディーだ。あの親父に爪の垢煎じて飲ませてやりたくなるぐらい。

 

 肉体も衰えてはいるが、下腹が出ているなんて事もない。何か分からんが引き締まっている。何を食ったらこんな風になるんだろう。

 俺にとって男なんぞ豚の餌のようなもんだが、エルフの絵を描くとして、この爺ならばエルフの美女と同じ絵に描いても違和感が沸かないだろうなといったような、簡単に言うと恐るべき爺である

 もちろん、それでも俺の足元にも及ばない事は言うまでもないが。

 

「ん? あー、ルルと長老。何か用か?」

 

「いや、ちょうど歩いているのを見かけたので……何を考えているのかな、と」

 

「重要な案件でな。残念ながら言うわけにはいかない。心苦しいことこの上ないが――」

 

「いや、そんな……こちらこそ無遠慮な事を尋ねてしまって――」

 

「そうだな。反省しろ」

 

「…………はい」

 

 エルフの村の奴らは、全員無事に屋敷内の部屋に収まった。

 村が憎むべき魔術師の焼き討ちにあって帰還する事が難しかったため(恐るべきことに敵は村中を灰にしたらしい。よくもまあそこまでやるもんだ)今のところは俺の庇護を受け、屋敷で暮らしている。

 

 

 ……庇護。

 

 いい言葉だ。実にいい言葉だ。生きるも死ぬも全て俺の裁量次第。偉大な俺と、美少女いっぱいのこいつら一族にふさわしいじゃないか。

 ちなみに少女と言っても間違いなく俺より年上なんだけどね。エルフは成長遅いみたいだし。

 

「して、シーン様――」

 

 長老がおずおずと言葉を掛けてくる。

 内容は分かっている。ここ一週間、この件でずっと議論してたのだから。

 

「ん? 謝礼の事ならビタ一文負けんぞ。好きなエルフを一割。全滅するところだったんだから安いもんだろ。百四十八人の一割だから、十四・八人だな。四捨五入で十五人、ぴったりを望むんだったら一人の片腕辺りを持っていってもらうしかないだろうが……」

 

「くっ……そこの所をもう少し何とかならんか? まるでエルフ族を物みたいに――」

 

「死体は物だ。物にならなくてよかったな」

 

「っ……」

 

 下唇を血の出るまでに噛んで感謝する長老。連日の論争でずっと噛んでいた為、かさぶたのできる暇もないようだ。醜く血のただれる唇。

 ポケットからティッシュを出して渡す。

 

「口を拭け。不愉快だ。洗って返せとか言わないから安心しろ」

 

「ぐっ……シーン殿。我々は本当に貴方に感謝しておる。だから――」

 

「形のあるもので返せ。お前ら甘い。甘すぎる。甘いのはプリンとカスタードプリンと焼きプリンだけで十分だ。プライドだけでは食ってはいけん」

 

 全く、連日同じ事をぐだぐだぐだぐだと……堅物め。

 大体、もうこれは決定事項なのだ。

 長老には知らせてはいないが、残ってもらうエルフ達にももう了解を取り付けてある。

 ルルに負けず劣らず美人揃いだ。文句なし。うん、俺がんばった。

 

「俺にはエルフがない。お前らには帰る場所も食うものも住む所も着る物もない。ギブアンドテイク、等価交換だろ。何が不満なんだ?」

 

「か、家族を売る、というのは……偉大なる先祖様に申し訳が――」

 

「奴隷にするわけじゃないし。俺は買うなどとは一言も言ってない。その偉大な先祖様とやらの顔に泥を塗っているのはお前自身だ。売る、とか買う、とかじゃなくて、俺はきちんと恩を返してもらいたいんだよ。借りたものを返すのは当然だろ? それともエルフの間では貸し借りが存在しないのか? 俺にはエルフ族が"必要"なんだ(いろんな意味で)どうしてもな。だからこそ、しばらく(死ぬまで)の間ここで働いてもらいたいと言ってるの。わかった?」

 

「うぅ……」

 

 もう話す事はない。

 俺は、うつむいたまま黙りこくった長老を後にした。

 ちなみにルルはずっと口出しせずに下を向いていた。

 あいつも十五人の中に入っているし、どうも複雑なんだろう。

 即物主義の俺と、精神論を大事にするエルフ族。

 どちらを取るかは自由だが俺は負けるつもりはない。

 大体初めは全部俺のものにするつもりだったんだし。

 

 後で、もうとっくの昔に本人達に了解を貰っていることを知った時の長老の顔が見物だな。

 さぞ驚愕に歪むだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東西南北。

 凶位を支点とし十字の破門――禍つ神の神体のおわします地への法門を開く。

 コンパスを使って正円を書いて、と。

 後は定規も必須だ。俺ならフリーハンドで綺麗な直線を書くなど造作もないが、あえて定規を使う所に、凡人には理解しえぬ"心意気"というのが込められているのである。

 十字の点は邪神と邪心。

 落とした六点をそれぞれ歪とし、それ即ち"蛇" "邪" "者" "慈" "塵" "ジャ"を結ぶラインを描く。

 六芒星は籠だ。有象無象を溜め込むための――

 

「何をしているんですか? シーン様」

 

 執務室で陣を作っていたら、突然エージェントAが声を掛けてきた。

 

 ……何か今日は周りがめちゃくちゃうぜえ。

 何だって俺は一人にしてもらえないんだ……人気者の宿命か?

 それとも主人公としての義務なのだろうか?

 幸い、機嫌は良くも悪くもないので普通に受け答えする事にする。

 

「占術」

 

 ちなみにオリジナルだ。

 占術とは、未来を占うための魔術である。

 しかし、俺ほどの魔力を持ってしまうと、形式などに沿わずともただ魔力を放出するだけである程度の未来が見えてしまうもの。

 それだけでは面白くない、と独自の術式を造ってしまう俺は魔術師の鏡といえるだろう。

 

「はぁ……どういう理論なんですか?」

 

「俺が知るか」

 

 きっとそういうシステムなのだ。理屈なんてない。

 リンゴが何故地面に落ちるか。万有引力が働いているからである。

 それなら何故万有引力が働いているのか?

 そして、なぜ"物理法則"が存在するのか?

 あるものはあるとしか言えん。

 つまりは、俺の占術も物理法則と同じように、ただあるから"成功"するというわけ。

 

「それじゃ――六芒星の六点の蛇・邪・者・慈・塵・ジャって何なんですか?」

 

「それっぽく設定したんだが、最後の方がめんどくさくなってな。意味などない」

 

 俺の書いた魔法陣の中を、どこからともなく湧き出た黒紫色の霧が満たす。

 注視。

 世界に注目しろ。

 この世の神秘に刮目しろ。

 

 六芒星の陣の中に広がるのはこの世界に平行して存在する隣の世界。

 陣が繋げるのは限りなくこの世界と似通っているパラレルワールド。ただし、時間軸はあっちの方が多少進んでいる。

 

「何か見えましたか?」

 

「うるさいぞ、エージェントAもといアンジェロ・エイシェント」

 

「はぁ……」

 

 勤務時間外では気の抜けるという困った性質を持つ部下が、俺の後ろから魔方陣を覗き込んでくる。

 馬鹿が。お前程度にこの世の神秘が理解できるものか。

 

「何も見えませんが……はぁ」

 

「俺には見える」

 

 六芒星の魔法陣の中。

 星の外界の如き黒い世界に、一筋の煙が現われる。

 煙は、広がり偏在し蠢き――

 

「おい、バナナ持って来い」

 

 バナナの形を作った。よく分からんが、それを欲している証拠だ。

 ほとんどの魔術は発動に魔力のみを要するのだが、俺が創った素晴らしい占術はそれ以外に物品も要求する事がある。

 

「何でですか?」

 

「理由がいるか?」

 

「はぁ……くれるのならば頂きます」

 

「やらん。とっとと行け」

 

「はぁ……了解しました。は〜」

 

 ため息をつきながら、出て行くアンジェロ。

 頭脳そこそこ運動神経そこそこで容姿端麗という、俺の部下一バランスの取れたキャラなのに、どうにも"エージェントごっこ"の時以外の動作が鈍い。ただの会話にため息が混じるし。

 正直、最近切り捨てたくなることもあるのだがそうもいかない。

 そこそこ使えるからではない。彼女が俺の部下の中でも有数の黒髪持ちだからだ。

 

 

 髪の色は"存在の属性"によって決定される。

 生あるものが例外なく持つ存在の属性。

 最も多いのは、炎の属性を持つものの赤、続いて水の青、風の緑、雷の黄色、希少色として金属性の金色に大地属性の茶色、空属性の鳶色に植物属性の薄緑、その他もろもろ続いて、最後に光属性の白と闇属性の黒で締められる。

 

 これが何を示すのか、理解するのは容易な事だ。

 

 闇属性の固体は少ない。限りなく少ない。確立的には千分の一程度かそれ以上。その上馬鹿な人間達が偏見の眼を持っているので、せっかくの黒髪持ちも、自虐的な感情に身を任せ他色に染めてしまう。まこと嘆かわしいことだ。

 

 

 

 

 着物が最も似合うのは黒髪だというのに。

 

 

 

 

「着物はロマンだ――」

 

 遥か東の国の民族衣装に想いを抱く俺。

 学のない人間には一生縁のない感傷だろう。

 センスのない人間にも一生理解できない事だろう。

 帯を引っ張れば脱げる衣装なんて――

 

「この世の奇跡だ」

 

 考えた奴は天才だ。

 間違いなく世界の半分にすら値する偉業。

 俺が魔王で世界を征服していたら、間違いなく世界の半分をくれてやっていただろう。

 残念な事に今の所着付けができるのが俺しかいないため、日常的に強要するわけにはいかない。何度も言うが、俺は暇じゃないのだ。

 いつか、黒髪をたくさん集めたら現地の者を呼んで着付け方の指導でもさせようか――

 

「シーン様。バナナです」

 

「ん、ああ」

 

 Aが戻り、思考を中断。

 眼の前の占術に意識を移行。

 受け取ったバナナを陣の中に入れる。

 

「はぁ……あれ? バナナが消えましたね?」

 

「当然だ。代償だからな」

 

 バナナがどこに行ったのか、俺は知らない。

 俺がこの術について知っていることは、中の人が果物好き――特にバナナを好んで求めるという事。

 そして、バナナを求める理由が食べるためだと言う事――以前バナナに糸つけて中に入れ、引っ張ったら皮だけ出てきたから多分食べたのだろう。

 どっちにしても、結果を出してくれれば経過などどうでもいい。

 予言を出しているのがバナナ好きの神様でも、バナナを食べると力を発揮できる的中率99%の占い師でも、何でもいいじゃないか。天才だもの。

 

 煙が流れる。

 バナナを投げ込んだ事で形が崩れ、クリープを入れた直後のブラックコーヒーの如くぐるぐる回る。

 そして――

 

 

「……明日は晴れだ」

 

「……占いの結果……ですか?」

 

「ああ、そこの棒とってくれ」

 

 陣の中の煙は、文字列を形作っていた。そのまんま『明日は晴れ』と。

 おそらくこの陣の向こう、パラレルワールドで明日にあたる日は晴れだったのだろう。

 平行世界。この世界と限りなく酷似した別世界。

 当然未来も酷似しているから、この予言は限りなく的中率が高いのだろうが――

 

「はぁ……シーン様、棒です」

 

「うむ」

 

 魔力で棒を強化する。誰が明日の天気聞いてんだよ。

 棒を陣の中に突き刺す。

 

「ぐふっ……ぐ……ぶはっ!!!」

 

「シ、シーン様。六芒星の中から声が――」

 

「てめえ、客なめてんじゃねえよ。こちとら魔力とバナナ払ってるんだよぉ、ええ? きちんと占いしろよ」

 

「ぐぶ……うげぇあ――」

 

 棒を通して感じるまるで肉を潰しているかのような感触。何度も何度も突き刺す。

 それでも大丈夫、中の人は死なないから。

 棒を引き上げたときに、血が滴っていてもそれは気のせいである。

 

 …………

 

 

 

 

 前言撤回。中の人などいない!!

 

 

 

 

「おらおらおらッ!!! 真面目に答える気になったかぁ?」

 

 ぐしょぐしょと奇妙な音が聞こえる陣。

 だがそれは気のせいである。

 ああ、気のせいだ。気のせいだ。

 微風みたいなもんさ。きこえなーい。

 

「ごべ――ご、ごめ……んなざい。もうじま゛ぜん」

 

「妙なところに濁点つけてんじゃねぇよ、ええ?」

 

「シーン様、可哀想です」

 

「ああ、俺は可哀想だ。自ら生み出された術にまで馬鹿にされるとは。薄幸の美男子だな。うむ、慰めてくれ」

 

「シーン様……はぁ……」

 

 俺を気遣うアンジェロ。

 それを尻目に元凶にささやかな反抗を決行する。

 やがて、棒の先に何も感じられなくなり、そこで手を動かすのを止めた。

 

「さて、この辺でやめておくか……さー、それでは"誠意"を見せてもらうとしますかね」

 

「…………」

 

 煙が緩慢と動き、文章を作る。

 よかった……生きてたか。

 いや、別に術式に"死"とかありませんけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中。

 草木も眠る丑三つ時……よりもさらに時間が過ぎた草木も夢見る寅二つ時……くらいかな、簡単に言えば午前四時頃、ようやく俺は自室に戻ることができた。

 自室に一歩入ると同時に眼に入るのは凄まじい量の書類の山。

 無数にある事務仕事の内、似非天才程度では処理できない、真に俺しかできない難関な懸案である。

 とりあえず簡単な方から五パーセントほどシルクに押しつけてはみたが、まだこれだけあるのだ。

 天才とは言え、今日の仕事量も凄まじい量だった。

 自室に詰まれた"処理済み"の書類の山を見てため息をつく。

 そして、壁に掛けてある鞭を取って、書類の山の真ん中でうずくまる黒い人型の生き物に向かって打ち付けた。

 

「ッ!!!!」

 

「起きろ、最後の仕事だッ!!!」

 

 黒い人影がよろよろと立ち上がる。

 コールタールでできたような真っ黒な人間、鞭を当てた場所だけ微かに白くなっている。

 首には、祝福された銀とも呼ばれるミスリルでできた首輪が掛けられていた。

 

 この生き物の名はドッペルゲンガー。

 俺に為りすまそうとして、寝ている最中に俺の寝室に忍び込んできた不埒な高位悪魔である。

 俺ほど優秀だと、同じ人間だけではなく悪魔にさえ狙われるのだ。嘆かわしい。

 幸いな事に、日ごろの行いがいいせいか、辛くもその攻勢を逃れた俺は反対に悪魔を捕らえることができた。

 ん? ミスリルの首輪? 気にするな。"偶然"用意してあっただけだ。

 

 さて、こいつの特性に、他の人間の能力をコピーできるという便利な――いや、恐るべき能力がある。

 そして悪魔の能力を封じるものとしては最高クラスのミスリル製の首輪。

 やることはただ一つ。

 

「お、お願いします――もう、お許しを――」

 

 平和的な交渉で仕事を手伝ってもらうしか――

 

「……何言ってるんだ? お前は"俺"だろ。自分の仕事をやるのは当然だ」

 

「ち、違ッ――」

 

 鞭が呻る。

 こいつは悪魔だ。神聖魔術の"退魔"でも使わない限り消滅はしない。遠慮する必要はない。

 なんたって、いくら最高クラスのミスリルの首輪で力を抑制しているとはいえ、こいつは、雑魚悪魔の中ではLVが高い高位悪魔だ。

 本来なら首輪程度で力を抑えきることはできないし、

 

 ……悲しいことだが、反抗的である以上"自分"として、甘やかすことなくしつける必要がある。首輪で押さえつけることができる程度には弱らせる必要が――

 

「っあ!! ぐっ……うっ……あッ!!!」

 

「お前は! "俺"だ! 知れ! 自らの立場を! 理解するのだッ!!」

 

 鞭を打つのも疲れるってのに……こいつらには何でそれが理解できないんだ。

 二十回ほど打ちつけ、身体のところどころを白く腫らしたドッペルゲンガーを蹴り上げる。

 

「うぐばっ!!」

 

「ったく、手間掛けさせないでくださいよ、シーンさん」

 

 あー、めんどくせえ。

 

「グッ……うぅ……シ、シーンは、お前――」

 

「シーンじゃない。シーン様だッ!!」

 

 まったくこれだからゆとりは。

 それでも世に名高いドッペルゲンガーかよ。

 

 泣き出したドッペルゲンガーを部屋の外に追い出し、ベッドの上に寝転がった。

 あの首輪には、ある術が仕込まれている。

 

 もし奴が逃げようとしたら――

 

 

 

 

 

 

 俺の部屋のクローゼットの中に転移する。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は殺しが嫌いだ。

 極力他者の命を奪うことがないよう気を使ってる。

 だからこそ、あのドッペルゲンガーも生きている事が許されるわけだ。

 今はちょっとばかり反抗的だが、いずれ俺の温情を身をもって知る時がくるだろう。

 

 大量の書類をまとめ、ようやくベッドの中に入ることができた俺。

 

 眼を瞑ると浮かぶのは、小さな夢と明日からの行動について――

 

 

 

 

 


え? こんなんじゃR15じゃない? それならそれでよかったです(´▽ `)

え? これはR18クラスだ? そ、それは言いすぎですよ(´▽ `)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ