第五十二話:御恩と奉公の話
御恩と奉公と言う概念がある。
簡単に言うと、主人は従者に対して土地を与え、従者はその見返りとして緊急時の軍役を負担する、そんな制度の事だ。
これはルートクレイシアと、遥か昔ルートクレイシアの初代当主に土地を与えた工程にもあてはめられるがこれは今回はあまり関係ないので割愛する。
俺と、俺の部下であるシルク達との間に組まれた関係はもっと単純である。
奴隷と主人。ただそれだけだ。
俺は主人で、奴隷には人権がない。だから、死ぬまで働かせてその結果死んでしまってもそれは仕方ないことで、主人に対しては特に罰などない。
だが、それでは些かつまらない。
奴隷にも、どうとでもなるとはいえ、意志があるからこっちの対応次第でやる気とかテンションとかパラメーターとかいろいろ上がったり下がったりする。
やる気を出させるのも主人としての腕の見せ所だ。
だから俺は、自分に大きな利益をもたらしたものに対して、それなりの褒賞を与えるようにしていた。
「クリステル、解放してやるよ」
「え!?」
俺の宣言に、クリステルが驚いたような声を上げた。
「……もう一度言ってもらえますか?」
その様子が少し意外だった。
俺の屋敷にはエルフが百人前後いるが、クリステルはその中でも酷く好感度が低い。
全てナリアのせいだ。あいつの姉に対する扱いは『売る』というレベルを超えている。俺は生贄なんて求めないが、もし求めたとしたならば、ナリアは死ぬとわかっていても平然とクリステルを差し出すだろう。
それをクリステルは俺のせいだと誤解している。好感度も落ちて当然だ。
そして俺にはその誤解を解く気がなかった。特に問題ないからだ。たとえ好感度が低かったとしても、一エルフが俺にできる事などたかが知れてる。
「解放してやると言ったんだ。今の立場からな」
俺の下にいるエルフたちは契約で縛られている。
それは俺とエルフの族長の間で数百行にもわたった契約書として明文化されており、俺がシルクやアンジェロに課しているそれとはまた違ったものだ。
彼女らが逃げ出したとしても帰る所など既にない。
まーそれなりに贅沢な生活させてるし、逃げようとはなかなか思わないだろうけど。
エルフは美人だ。俺ならいくらでもいける。多分転生前に持っていたら俺は転生していなかっただろう。
だが、さすがに百人もいれば一人や二人手放してもいいかなって気がしてくる。
それくらいリトリには価値があった。
「リトリは素晴らしい。容姿も能力も申し分ないし、何よりあの魔眼は別格だ。あの魔眼があれば世界の征服すらできる!」
俺の周りはうそつきだらけだからな。
もっとみんな正直に生きるべきだろう。
「反応も悪くなかったし、今回はろくに引き出せなかったが情報も持っているはずだ。文句のつけようがない」
強いて言うならこれでこちらの味方だったら本当に完璧だったのだが、そこまで無茶は言うまい。
クリステルは何も言わずに、固まったまま俺の言葉を黙って聞いている。
「そんなリトリを、偶然であれ俺の元に連れてきたクリステルの功績は極めて高い。よって、本来ならあり得ない事だが特別にクリステルの枷を外してやろうと考えたわけだ」
「……なるほど、やはりリトリは負けたのね」
「あいつは戦闘能力はゴミ以下だ」
独り言のように小声でつぶやかれた言葉も見逃さず、はっきりと宣言してやった。
第五十二話【御恩と奉公の話】
リトリの戦闘能力について。
俺と比べるのはもちろんだが、アンジェロと比べても、戦闘能力で言えば足元にも及ばないだろう。一般人に毛が生えた程度だ。
俺の屋敷は女性に優しいフェミニストなので仕方ないが、あんなのに入り込まれるとはそりゃ侵入者も増えるわけだよ。
リトリ程度の能力だったら眠っていても負けない。
だが、この真実には一つの前提がついてくる。
最後に聞き出したあの裏ワザがなければ、という前提が。
逆に言えばあの最後に聞き出した情報が本当なら、俺の敗北もありうるという事だ。
命を懸けてるんだからそりゃ戦闘の手段に卑怯もなにもないというのもわかるが、はっきり言って理不尽としか言いようがない。
今のうちに聞き出せておいてよかったと言うべきか……
「……枷というと?」
「元の村に帰る権利をやるって事だ。族長にもすぐに伝えよう。お前は今この瞬間から自由だ。どことでも行くがいい」
だが、クリステルからの返答は予想外だった。
「……本気?」
もっと喜ぶのかと思っていたんだが。てか喜べよ。折角この俺が、わざわざ、本来ならあり得ない褒美を与えようというのに、そこまで無感動だとこちらとしても褒美を与え甲斐がないというものだ。
釈然としない表情でこちらを見るクリステラ。
どこかに不備があったのか、考えてみるがまったく思い当たる節がない。
「もしかして嫌だったのか……?」
「いや……そんなことは……ないけど……」
「何かあるなら正直に言うといい。今の俺は機嫌がいいからな」
たっぷり休息を取ったおかげで絶好調だ。
今の俺なら神にも負けない。気分だけなら。
「……」
だが、逆にクリステルの方かどこか調子が悪そうだった。
ここまで気を使ってやってるのに、どこかバツが悪そうにもじもじしている。
こちらを伺うような視線は、今まで何度も楽しく犯してきたがこれまでには覚えのないもののように見える。
俺は何かしただろうか?
「遠慮はいらん。俺とクリステルの仲じゃないか」
促すが、やはり反応はない。
まぁ、今回の話は別に出て行ってほしいわけではない。
解放してもいいと言っているだけの話だ。
これはお願いしているわけではなく譲歩。
別に今すぐ褒美をやる必要があるというわけではないが、自慢じゃないが俺の気は変わりやすいから、次に出ていきたいといわれた時はたして素直に解放するかと言われるとなかなか難しい所だと言わざるを得ない。
クリステルはしばらく黙って何かに耐えるように考えていたが、やがて絞り出すような小さな声で質問してきた。
「……質問があるんだけど……えっと、私が解放されたら、ナリアはどうなるの?」
「いや、別にナリアは契約でこっちに来たわけじゃないから」
そもそもナリアはクリステルに勝手に引っ付いてきただけだ。
解放というか前提からして間違えている。俺の関知する所じゃないし、むしろ養ってやってる事を感謝してほしいくらいだ。連れて行きたいなら勝手に連れて行くといい。無理やり連れだそうとすると半端ない数の犠牲が出そうだけど。
「……私の村から来た他の人たちは?」
「解放するのはクリステルだけだ。もちろんナリアは勝手に連れて行っていいが……多分そう簡単にはいかないだろうな。何しろナリアは縛られているわけでもないのに自分の意志でここにいるから」
「そう……ね」
むしろ徹底的に痛い目を見ているのにまだ妹の事を思いやられるその姉妹愛に脱帽だよ。
俺なら間違いなく切り捨てるね。
屋敷の一室の結界の中にもう数カ月も閉じ込められている妹のレアの事を考える。
微塵も同情はわいてこなかった。さすがにこの手でとどめを刺そうとは思わないが、特に助けようとも思えない。これが種族の差だろうか。
「……ナリアが残るなら、私も出ていくわけにはいかないわ」
クリステルがはっきりと断言した。
先ほどまであった戸惑いは綺麗さっぱりとはいかないが、消えていた。
先ほどの逡巡は妹の事を思いやっていたためか。
一瞬それで結論づけようとしたが、そこで違和感を感じた。
いや待て。
ちょっと考える。
ちょいちょいと手を振ってクリステルを呼ぶ。
「……何?」
「いいからこっちにこい」
不審げな表情をするクリステルだったが、幅の広い執務用の机を回り込み、すぐに俺の方によってきた。
やはりおかしい。クリステルはこんなに素直じゃなかったはずだ。
クリステルの全身を見る。頭の上からつま先の先までじっくりと観察する。
よく手入れされた艶やかな若草色の髪に、染み一つない肌。リトリの魔眼とはまた違った色の瞳がこちらの瞳を覗き込んでいる。気づかないほど薄らと何かの花のような甘い香がした。
おかしいな。絶対におかしい。
腕を取る。しっとりと張り付くような肌の感触。
その首筋、今は茶色のチョーカーの嵌められたその首に、顔を近づけた。
「な、何……?」
くんくんと鼻を動かす。疑問は確信に変わる。
「クリステル、香水つけてるか?」
「え!?」
やはりだ。近寄ってみないとわからないが、確かに香水の匂いがする。
今まで香水なんてつけてきた事などなかった。絶対だ。確かに注意しなければ気づかないほどに弱い香だが、だからこそ俺が気づかないなんてあり得ない。
今までそんな事一度もなかった。
「ちょっと……やめっ」
慌てたように、こちらを拒否するように出された腕を避け、反射的に腕を押さえつける。
レベルの差が出た。俺の拘束スキルは結構な頻度で使う事もあって神業クラスだ。
抱きしめるような形になった。
すぐ十数センチまで迫るクリステルの顔。
それを見てふと気づく。
「……化粧してる?」
もともとエルフの肌は化粧など必要ないほど綺麗だから今まで気づかなかったが、気づかないくらい微かに薄化粧がなされている。
「っ……離して!!」
顔が真っ赤に染まる。
突き飛ばされる前に拘束を解くと、クリステルはふらふらと後ろに下がり、壁に背を付けた。
おかしい。今まで化粧してきた事などなかったはずだ。というより、化粧しても大体無駄になるし。
ちらちらとこれ見よがしに視線を向けてくるクリステルの姿。
何かあるな、と思った。
本当なら褒賞の事だけ告げて、未練が残る前に村に返すつもりだったが……
クリステルの事を一瞥する。
蒸気した美しい顔に、息切れに連動して鼓動する薄い胸。
自分の身体を守るかのように回された両腕は、まるで今しがた襲われたかのような様相だ。なんていうかエロい。雰囲気全体がエロい。
俺はまだ何もやっていない。
何もやっていないのにこんな風になるなんて、損した気分だ。
「……どうかしたか?」
「な、なんでもない!」
「いやいやいや、明らかになんでもあるだろ。香水なんて今までつけてきた事なかったし、化粧だってしてきた記憶なんてないし」
クリステルが、俺の言葉にごにょごにょと口元でつぶやく。
「……どれだけ目ざといのよ。ほとんど匂わないはずなのに。化粧だってほとんど……」
「いやいや、簡単に気づくわ。セックスまでした仲だし」
「っ……なんで聞こえるの!?」
学習しないやつだ。
口に出す。聞こえる。当然だ。特に他者にとって都合の悪い事はよく聞こえるのだ。
しかし……なんかあったのかな。
クリステルを眺めながら考える。
少なくとも俺は何もしていない。何もしていないはずだ。何もしていなかったらいいなぁ。していても別にいいけど。
俺は結構忙しい。屋敷は広く、ほとんど部屋の外には出歩かない。
同じ屋敷に住んでいるとはいえ、関わり合いは早々ないのだ。
ここ三日はリトリにつきっきりだったし、その前は水の都で会議に出席していた。
特にイベントは発生していないはずだ。
ゲームじゃないんだから、別にこっちが何もアクションしていないなら何も変化ないなんて思ってはいないが、しかしこれは明らかにおかしい。
そこまで考えて、思考を打ち切った。
まぁどうでもいいか。どうしてこうなったかはわからないが、結果的にどうなったかはわかっている。
化粧に香水。近寄ってもあまり拒否されない。
ここまで来て気づかないやつなどいない。
好感度が上がっている。
しかもかつてないほどに。
となればやることは一つ。
からかおう。力いっぱいからかおう。
いつもの俺なら一も二もなく犯すんだろうが、今の俺はさんざんリトリをなぶった後で機嫌がいい。
俺はじっくりとクリステルを観察する。
色の変わった視線に、クリステルはますます身体を縮ませる。
着ている薄緑のローブがふよふよと揺れる。
ひらめいた。
「……クリステル、今日は随分と薄着だな」
「えっ!? ……いえ、いつもと、同じよ」
「いやいやいや、そんな事ないだろ。そんなんで寒くないのか?」
さっさと近づいて、腕を取る。
隙だらけだ。前に回された腕もガードとしての意味をなさない。
俺なら五秒あれば真っ裸にできる。
足を右足で押さえつけ、両腕を上に固定する。
エルフは種族の特性なのかなんなのか、胸が控えめだ。
だから、ゆったりしたエルフ特有らしいローブを身に着けるとほとんどボディラインが見えなくなる。
俺はその事実に対していつも一言言いたかった。
が、まあそれは後からにしよう。
意識しているわけでもないのにクリステルの心臓の音が聞こえる。
少し心配になってきた。今までこんな事があっただろうか?
覗き込むように顏を近づける。目を見ようとしたが、固く閉じられた。
さらに加速する鼓動。
こいつ、誘っているのか?
「このローブ、いつもより薄いだろ?」
「……い、い、いつもと同じ……」
「なんだ気のせいか……」
適当に言っただけだし、そもそも一種のエルフ特有の衣装のはずなのでそんな差異あるわけないか。
ごまかすように、つんととがった長い耳をなぞる。
少し触れただけでびくびく震える身体。ぞくぞくしてくる。
俺の心臓に熱い何かが宿り、エンジンがかかって来たことを自覚する。
「クリステル、この匂い、何の香水だ?」
「……」
クリステルはぶんぶんと首を振る事で応える。
籠城戦か。上等だ。
ぱっと密着していた身体を離す。
体重をこっちに預けていたのか、クリステルは一瞬よろめいた後、立ち直った。
反射的に目を開けている。
耳を傾けて心音を測る。回数はわからんが、リズムを取る。
五感はレベルで強化される。はっきりとその鼓動が感じとれた。
「……実は、エルフをこの屋敷に招待してからだいぶエルフについては勉強したんだ。主人として当然だよな? どんな歴史を歩み、何を食い何を来てどんな場所に住んでどんな文化を持っているのか知らずして共に生きる事なんて不可能だからな」
嘘だ。
だが、クリステルの鼓動が若干上がる。
「それが……何か?」
さも何でもないかのように返答しているが、鼓動はごまかせまい。
俺はゆっくりじらすかのようなそぶりを見せつつ考える。
どこから攻めるべきか。情報は特に持ってないが、クリステルは非常にわかりやすい。
そんな事を考えながら周りを見回すと、ふと扉が目に付いた。
閉じてはいるが鍵は開いているはずだ。
クリステルで遊んでいる時はいつもいいところになるとナリアが入ってきて邪魔するのだ。
鍵閉めておこう。
パチンと指を一度鳴らす。
「……え!?」
がチャンとはっきり音を立てて閉まる扉。
クリステルの心音が跳ね上がる。
こちらと扉を交互に見てきたので、それに笑顔で応えた。
「なんで鍵――」
「エルフの香水には意味があるらしいな」
「え!?」
鼓動のリズムが乱れる。心地よい音が耳を打つ。
魔眼なんてなくたってほら、こんなにも心は読めるものだ。
意味。そう、意味。意味がないものなんてない。人間の香水だってそれなりの意味はある。
だが、今の跳ね上がり方は明らかに異常だった。
唇をなめて濡らす。
クリステルの視線が俺の舌を追う。
内容も大体は予想がついている。悪い意味ではないだろう。悪い意味だったら今までの逢瀬でつけてきたはずだ。まぁほとんどが不意打ちだったんだが。
下から行くか。
「好意」
鼓動がわずかに早まる。
いや、こんなのはわかっている。どちらかと言えば好きと言っているようなものだ。
「いや、もっと細かい説明があったな。なんだったか……信頼……憧憬……ではなかったな。友愛……違う、親愛……近い……がまだ行けるな……」
「っ……」
鼓動のリズムを聞いてあたりを付けながら次々と思いつくままに口に出していく。
クリステルの頬には朱が刺し、今にも湯気が出そうなほど真っ赤になる。
「求愛……求婚……まではいかないか。そう、求愛、だったな」
さすがに何もしていないのに婚姻を求めてくる事はないだろう。
リズムと鼓動の速さから大体のあたりを付ける。求愛……求愛、ねぇ。
俺は、真っ赤に茹で上がったクリステルを眺めながら、自分の熱が冷めていくのを感じていた。
なんていうか正直……思ったより普通だな。
俺の直観も大体こんなところだといっている。種族間のニュアンスの違いくらいはあるかもしれないが、大きくはずれていないはずだ。
ちっ。
縛って詰ってくださいとか出てくると思ったのに。
悪い意味だったらまだやりようがあるし、過激な理由だったらそれを餌になぶれるがあまりに普通すぎて冷めてしまった。
「化粧の方は……特に意味はない、か」
鼓動のリズムに大きな変化はない。
そりゃそうだ。好感度が上がれば誰だってお洒落したくなるだろう。
シルクだってはじめこの屋敷に来たときは髪はぼさぼさだったし肌も手入れされていなかったのが、今ではどんなに連続で徹夜してもそれらの手入れは欠かさないのだ。知的生命体としてのごく当たり前の感情と言える。
「まぁクリステルは別に化粧なんてしなくても問題ないけどな」
そもそもまだ見た目は若いし、まだ手入れに気を使うような歳でもないだろうに。
まぁ今のうちからやることに意味もあるんだろうが。
俺の呟きは、どうやらクリステルの耳には入らなかったらしかった。
「求愛……求愛、ね。クリステル、一応答え合わせしてほしいんだが」
「……っ」
何かに耐えるように、クリステルは目を瞑り、何も答えない。
返答なしだがこれじゃあ答えを返しているようなもんだ。
「じゃあクリステル、何も言わなくていい。イエスだったら首を縦に振るんだ」
首を横に振られた。もうどうしようもないな。
しかし功績に対して報いらないというのは後々に問題になる。
だから、クリステルを追い出さないという手はない。
さっきと言ってる事が違う? 知ったことか。
椅子に腰を掛けて、足を組んだ。
「まぁ、それはそうとして、ちゃんと出ていく準備はしとけよ。必要なものがあったら事前にいうといい。できる限り揃えてやる」
「え!? ……ナリアがここにいるなら私もここに居るって言った」
「ナリアも一緒に出してやる。俺が説得しよう」
クリステルの顔が歪む。
困ってる困ってる。
「……他のみんなを残して私だけが帰るわけには――」
おいおい、そう来るか。
いくらなんでもたったリトリを連れてきた程度の功績で百人近いエルフを解放するなんて手はない。なんたってこっちは命を救った代償に受け取ったのだ。
だがしかし、だがしかしだ。
不安げな表情でこちらをうかがっているクリステルを見る。
ここはあえて理屈を抑えて譲歩するべきではないだろうか。
最悪全員解放しても、エルフ達とは『それなりの仲』を築いている。呼べば少なくとも数人は戻ってくるはずだ。
転移を使えば多少の距離などないも同然だ。こっちから遊びに行ってもいい。
「いいだろう。断腸の思いだが全員解放しよう」
「……え!?」
クリステルが驚愕の叫びをあげる。
そりゃそうだ。さっきまで一辺倒でNoと言っていたやつが突然意見を翻せば誰だってそうなる。
だが俺は本気だ。全力で俺はクリステルをからかう。
「全員に通達しておけ。族長にも連絡しておく。帰る準備を進めるといい」
「……ま、待って」
クリステルが俺の言葉を遮るが、特に追加の要求が思い浮かばなかったらしい。
目じりに涙を滲ませ、今にも泣きそうな表情のクリステルを見ていると変な気分になってきそうだ。
だが、そうだな。俺も忙しいし、そろそろ許してやるか。
「クリステル……」
「……もう少しだけ待って」
ため息ができる。
まったく、わかってない。わかってないな。
立ち上がり、クリステルの肩にぽんと手を置いた。
「ごめんなさい、だ」
「……え!?」
理解が追い付いていないらしく、きょとんとした顔のクリステルに追い打ちをかける。
ここまでヒントを出されてまだわからないのか。
「こういう時はごめんなさい、だろ。お前の村ではそんな事も習わなかったのか! 変な要求してごめんなさい、私が悪かったです。どうか許してくださいこの程度の言葉も言えないのか」
「え!? ……ちょ、ちょっと待って。なんで私が謝罪なんか――」
「ここから離れたくないんだろ?」
やや赤みが引いていた頬が赤く染まる。
拒絶されるのも悪くないがこういうのもなかなか新鮮だ。なんたってうちの連中は大体みんな開き直ってるから。
「口に出さないと伝わらない事もある」
「……」
「さぁ、ハリー、ハリー、ハリー!」
「ぅう……あ……あの……」
そろそろかな。
俺は、右足をクリステルの前に差し出した。
「クリステル、ここから出ていきたくないなら足をなめろ」