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黒紫色の理想  作者: 槻影
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第三話;アホなウサギと無類の俺


 

 

 画面を見る。ただ指を動かす。

 このゲームをやっている時、たまに思う。これは本当に娯楽なのだろうか、と。

 ありとあらゆる才能に恵まれている超天才な俺は、相手プレイヤーの操る勇者キャラを圧倒的な実力差で追い詰めていた。

 

 切り、突き、唱える。

 

 たった十二個のボタンとジョイスティック一本で操っているとは思えない動きを見せる魔王。

 おそらく、観戦しているものがいたとしても決して指の動きを見切れまい。肌色の残像がコントローラーの上を乱舞しているかのように見えるだろう。

 俺の今使っているこの魔王は、膨大な量のコマンドとそれに見合う強さを内包したこのゲーム内で最強クラスのキャラだ。

 遠距離においては、一気にゲージの半分を減らしてしまうほどの威力を持った闇魔術が存在し、近距離での戦闘においては、杖にオーラをまとってのその格闘術で他を寄せ付けない。おまけに他種族と比べてチート臭いパラメーターをしているが(HPゲージはおよそ三倍だ)その代わり操作法はそれに比例して凄まじいまでに難しい。はっきり言って、たった十二個のボタンとジョイスティックのみで構成されるコントローラーでやる格闘ゲームのキャラに千近い動作を設定するなんて、無謀としかいいようがないだろう。製作者は何を考えているのか、この魔王に限って移動一つとってしてもコマンドを入力しなければいけないのだ。

 

 初めてやった時の事が忘れられない。スティックを右に倒すと正座するんだぜ? こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三話【アホなウサギと無類の俺】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対する相手のキャラは、おそらく俺があの時戦った勇者をモデルにしたキャラなのだろう。

 対戦画面の下方に現われたウィンドゥに、相手が魔王に対する補正を持っている旨が告げられる、具体的に言えば、魔王から受けるダメージが1/3になり、魔王に与えるダメージが3倍という補正。実力に差はあるものの、相性は最悪だ。

 

 指の動きを加速する。

 相手の放つフェイントのかかった斬撃を、杖の腹を持って受け流す。

 一秒の間に入力したボタンの数はおよそ百、コントローラーが仮想のものでなかったらとっくにその激しい動きに破損していただろう。

 このキャラ使用時にのみ、コントローラーを変更する事を要求したい。キーボードでコマンド入力できるようにしてくれ。

 

 相手を杖にオーラを纏わせ振り払う。相手のキャラは、それを後ろに飛んで交わす。

 狙い通りだ。

 片手の五本、右手の五本、合計十本を指を、全力で操作する。だが、ただ力をこめて順番通りにプッシュするだけではいけない。ボタンを押す強弱もコマンド関係するという嫌がらせっぷりなのだ。

 開発者の心情は分かる。そりゃ、いくら千の動作を持つといっても、あまり長いコマンドを造ってしまったらユーザーから苦情が来るだろう。強弱に違いをつけたくなる気持ちも分かる。だがあえて言いたい、それなら千もの動作を設定しなければよかったんじゃないか、と。そりゃ、天才の俺を表現するにはそれくらいしなければならないかもしれないが、それでもこれはあんまりだ。並の人間ならまず、指が疲労骨折するレベル。

 

 三十の続きコマンドを終え、スティックをぐるっと一と四分の三回転させる。

 二回転させてはいけない。二回転させてしまうと、不貞寝を始めてしまうのだ。隙を見せるってレベルじゃない。隙しかなくなる。

 

 天才的な俺が繊細な技術でコマンドを間違えず入れたおかげで、画面内の魔王の手の平に闇のオーラが集まり――

 

 

 

 世界を侵食した。

 

 下部にある必殺技を使うためのスキルゲージが三つ分消費される。

 かつて魔王城を消し去った闇魔術の秘儀"虚影骸世<きょえいがいせい>"

 さすがに複合詠唱まで再現はできなかったようで、見た目、威力は本物ほど高くないのだが、それでも勇者の体力ゲージはあっという間に削られ、後一歩のところでぎりぎり止まった。

 相手が魔王に大して優勢を誇るこの勇者でなかったら、この一撃で間違いなく決まっていただろう。

 闇の波動に当てられ、動作が一瞬止まった相手キャラに、最後の攻撃をお見舞いした。

 

 スティックを三回転させながら十字キーを上右右下下右下

 

 漆黒のマントを翻し、勇者に向かう魔王。

 相手が、さらに数本の補助ラインを生成し、何とかぎりぎりで助かろうと画策する。だがもう遅い。

 

 闇を顕現したかのようなマントから差し出されたのは、たった一本のちっぽけなナイフ。

 

 

 

 

 

 

「必殺、毒ナイフッ!!」

 

 

 

 

 

 青緑の光沢に光るその武器は、勇者の身体に吸い込まれるようにして、やすやすと残りの体力をゼロにした。

 

 

 

 YOU WIN

 

 

 中央に現われる勝利を飾る文字。

 金の光と共に鳴り響くファンファーレが、俺の疲労を心地よいものへと変えていく。ちなみに疲労したのはもちろん指です。

 俺の魔王キャラの体力は、たった三分の一しか減っていない。もっとも、これでも今までの相手から比べると、今回の相手はこれでも強いほうだ。いつもなら大体ノーダメージ勝ちだったし。

 

 しかしあれだ。補助ラインを生成するとは驚きだった。

 補助ラインの生成に必要な魔力は起動のおよそ三倍、俺ほど魔力が高ければ全然たいした苦もなくつなげられるが、このゲームの大半のユーザーでは、おそらくつなげる事は難しいだろう。

 今回の相手、高名な魔術師かなんかかな……?

 どちらにせよ、ゲームに魔力をここまで注ぎすぎるとは驚嘆の一言。馬鹿すぎて逆に尊敬してしまいそうだ。

 

 再戦を申し込んできた相手の要求を拒否し、その代わりメールを送った。

 キーボードを叩き終え送信。

 俺はこんなくだらないゲーム長時間やるほど暇じゃないのだよ。また暇な時に相手してやんよ、はっははー。

 心の中を優越感でいっぱいにし、ゲームのスイッチをオフにする。

 

 急速に変わる辺りの風景。

 空想の世界からリアルの世界へ。

 指輪を放り投げ、再びベッドに横になった。

 

 少し寝るか……しかしそれにしても今回の相手は強かった。俺と比べれば三パーセントくらいの力しか持ってなかったが、それでも超天才の俺の足元に及ぶとは驚愕だ。いつか超暇な時に相手をしてやってもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はっはっは、雑魚め。最後の最後に毒ナイフでやられるとか。獅子はウサギを狩るのにも全力を尽くす。顔を洗っておとといきやがれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 YOU LOSE

 

 え? 何この後味の悪い最後……

 

 唖然としたまま、画面を穴の開くほど見つめる。

 信じられなかった。まさかここまで強い魔王の使い手がいるとは……

 脱力して座り込む。

 実は私、ここ最近無敗だったりするのだ。ゲームに魔力のラインを利用したオンラインのシステムが現われて早五十年、その生のほとんどを無為な娯楽に費やしてきた私にとってこの敗退はプライドをずたずたにするに足るものだといってなんら違いなかった。

 

 まさか

 勇者の私が

 勇者を使って

 魔王に負けるとは

 なんという皮肉。

 

 おまけに大技でもなんでもなく、ただの毒ナイフとか。せめて……負けるならあの終焉の魔王最大の大技で負けたかった。

 

 呆然とする中、神速の勢いでキーボードを叩き再戦の申し込みをする。

 今回の私はきっと……そう、きっと油断をしていただけなのだ。

 次、次は絶対に負けない。全力で叩き潰してみせる。

 久しぶりに感じる、かつて失った"怒り"という感情。

 これほど魔王を使いこなしている相手、おそらくほとんど敵なしだろう。

 私でさえほとんど負けなしなのだ。敵のないゲームは面白みのない事この上ない。

 再戦を断りはしないだろう。

 

 しかし、この相手はそんな私の意図をあざ笑うかのように、リベンジを拒否してきた。

 まるで逃げるかのように。

 

 思わぬ対応に愕然。

 そして、メールが届けられる音がした。

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 このときを境に、私には新たな目標ができた。

 この魔王を――この私を雑魚呼ばわりした愚を知らしめてやるのだ。絶対に許さない。

 この数千の時を生きる私を――\"勇者"の名にかけて、この"敵"に天誅を――

 絶対に絶対に絶対に――

 

 

 

 

 

 この敵を討つ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 三日間腕を上げる為にぶっ続けでプレイし続け、ふと自分は何をしているんだろうと空しくなったのは予断である。

 見ていろ。

 絶対にぶちのめしてやる。

 

 ……今の勇者はこれでいいのだ。多分。

 

 

 

 

 

 

 

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