第三十五話:落ちもなく山もない話
連合の糞爺共め……やってくれる。
眼下を、黒のフルプレートアーマを着込み、銀の槍を持った警備兵が騒々しい足音を立て、通っていった。
悪魔を寄せ付けない事で有名な聖地クラウンシュタインだが、後ろ暗い事を山ほどやって生きてきたであろう業の深い執政者にとって、敵は悪魔よりむしろ人間である。
それが本人もよく分かっているのか、クラウンシュタインの都のそこかしこには警備兵が大量に配置されていた。護衛の入都を禁止にした意味があるんですかって感じである。都の面子とやらが関係しているのだろうか?
いくら元々の景観が美しくても、そこかしこに無骨な重装備を纏った兵士が立っていては意味がない。
個人的には景観なんてぶっちゃけどうだっていいんだが、むさい兵士が大量に跋扈するのはやはり見ていて気持ちのいいものではなかった。
醜悪な光景――厳しい現実から目を逸らし、窓を勢いよく閉めた。
今現在俺が居る場所は、クラウンシュタインのあるホテルのスイートルームだ。要人が集まると言う事でクラウンシュタインの長がじきじきに手配してくれたのだとか……金ぐらいいくらでもあるが、好意を無碍にするほど不粋なわけでもない。町並みは水と密接な関係のある造形物が多くても、さすがにホテルの中までその文化は浸透していない。スイートルームは大理石らしきもので出来た壁、やたら高級感溢れる家具が配置されている物々しい部屋だが寒々しい外よりも遥かにマシだ。おそらくこの一週間はこのホテルに滞在する事になるだろう。
今日の夜には人領の各国の首脳クラスが全員この都市に集まる事になる。
会議の予定は明日から四日。その後、お疲れ様でしたパーティみたいなのをやって東半大陸人民統合国連会議終了。人領で最大の会議と言っても、所詮は数千年の時を敗戦を持って過ごしてきた人族の考えた物。社交辞令・交流の色を多分に含んだこれが最高の会議とは、酷く皮肉の効いた物だ。
決して交流するのが悪いといっているわけではない。人脈の開発も外交官にとっては大きな仕事の一つだ。他にやるべき事が五万とあるこの時期にやるべき事ではないが……
俺が魔王だった頃、会議というのは俺が他者に命令を出す場の事だった。会議の時間は長くても一時間には満たず、愚者はいくら頭を捻っても天才の意図を知る事はない。
さて奴等は愚者か賢者か。
一息つき、椅子にすわり今回の会議の概要の書いた十数枚の紙を捲っているシルクを見る。
こいつは明らかに愚者だな。いくらIQが高くたって行動が優れてなけりゃ意味がない。
概要なんてどうでもいいんだよ。こんな会議、ぶっつけ本番でもどうとでもなる。ならなかったらその責任は奴等にあり、したがって渡された資料など読む必要は微塵もない。
まぁいい。わざわざやらなくてもいい準備してくれてるんだし、シルクに全部丸投げしておこう。最悪でもルートクレイシアと他国との関係が瓦解するだけだろうし、特に俺が出る必要もなかろう。
「シーン様、今何か酷い事を考えませんでした?」
「いや、微妙。多分……褒めてる?」
「褒めてる!?」
うっさいな。大体いつも思ってるんだが、そういう予感ってどっからきてんだよ。
魔術の発動した気配もなし。勘? 外れてるけど。
視線を外したその先には、結局色々品定めした結果、一人の人間も狩る事なく戻ってきたKillingFieldがいる。
初めは獲物を選り好みしていると思ったが、よく観察してみるにどうやら人殺しが苦手らしい。死神なのに律儀な事だ。俺を殺そうとしたくせに。
大体どんな生物でも生き残るためには他の生物を犠牲にしている。生命力を奪うために人を殺すのにどうしてためらう必要があろうか。
俺が今まで殺した奴等の生命力を分けてやりたいくらいだった。
尤も、今まで殺した生物の生命力を全て分け与えたとしたら……KillingFieldの身体はその量に耐え切れないだろうが。
どんな大量殺人鬼でも敵わないくらい俺は人を生物を殺している。それを人間に限定してもそれほど量は変わるまい。頭を殴れば、心臓を突けば、魔術を行使すれば、人は簡単に死ぬし、それにためらった覚えもない。量が増えるのは必然といえよう。
だが俺がいくらあの鎌で人を殺したって意味がない。
あの死神の鎌については、かなり身を入れて調査したが分かった事はほとんどなかった。唯一の収穫はこの世に存在しない技術を使用しているという事だろうか。俺の造った馬鹿でも悪魔を殺せるシリーズとは確実に畑が違っている。
魔術を付加して俺の事を殺傷できないシステムを構築できても、もともと存在する魂を吸い取るという力を改変する事は不可能だ。
……待てよ? 一から作る事なら可能なんじゃないか?
殺した相手から生命力を奪い取り、それを何らかの形で貯め、必要としている者に与える道具……
……できなくは……ないのか?
椅子の上で分厚い洋書をめくるKillingFieldを見る。
茶褐色の革表紙の立派な本。KillingFieldがほしがっていたので俺が買い与えたものだ。十字教の教典なのだが、そんなもの読んで面白いのだろうか?
てか、仮にも死神がそういう宗教の教典を読むというのはいかなるものなのだろう。
「そんなシステムを作るくらいなら、肉体を操って人間を殺させた方が早いな」
他者の身体を操るのは、知られざる俺の特技である。
魔力を通し、マリオネットではなく憑依のような感覚で他人を操る。
意志は残っているから、色々楽しめるのがお得な所だ。
「KillingField。身体をくれ」
「!?」
ずさささーっと逃げ出す死神。
シルクが、やれやれといった何かむかつく表情でこちらを見ていた。
第三十五話【落ちもなく山もない話】
「追わなくていいんですか?」
材料は、連合に禁制品三級認定を受けている黒ドラゴンの皮。
ミスリル製の繊細かつ細長いメスを動かし、それに"呪"を刻み付ける。呪の源は自身の魔力。かつて限りなく闇に近いと評定を受けていたそれを、意志と法則を持って滑らかで強靭な皮に縫い付けるようにして編み上げる。
「追う必要はない。KillingFieldももう子供じゃないんだし」
「子供でしょう」
「お前もな」
黒ドラゴンは元々魔術に対する耐性が高い。そしてもちろん、ドラゴン族の特製として竜の体表は伝説でもある通り鉄の剣をも寄せ付けぬまでに頑丈だ。故に黒ドラゴンの皮は並の金属よりも良質な素材として世に知られている。
その反面、加工する事は非常に難しいのだが、耐性が高いのであればそれ以上の力を持ってして制圧すればいいだけであり、俺が加工するのにさしたる困難はなかった。
問題は、どこから黒ドラゴンの皮を手に入れるかだが――それはまぁ、世の中には知られざる色々なルートがあるという事だ。
裁断はともかく、なめしから飾までできる俺は天才だと思う。
「しかし……鎌を持って出歩くのはさすがに不味いのでは? 外には警備兵が徘徊していますし……」
「鎌を持っているKillingFieldに人が敵うわけないじゃん。鎌を持ってなかったら捕縛される必要がないし」
LV900オーバーを甘く見てはいけない。単体で言えば魔王クラスの実力を持っているという、ある意味バランスブレイカーな存在なのだ。
かつて魔王だったころ、魔軍には三魔将というありがちかつ厨っぽい三人のボスみたいな魔族がいたが、それと同程度の実力は確実に秘めている。
さっきちらっとLVを見てみたが、警備兵の平均LVは500程度だった。一般の平均からしたら錬度はかなりいい線いってる。
今回この会議に出席する人員が、会議中に一人でも欠いたら大騒ぎになるので最高の人材を集めるのは当たり前といえば当たり前なのだろうが。
だがしかし、そんな雑兵として最高クラスの質を誇る警備兵達をもってしてもKillingFieldを下すには些か役不足だろう。
その事に関しては一片の疑いもなく、天才たる俺はそう考える。
シルクは大きくため息をつくと、持っていた書類をサイドテーブルの上に無造作に投げ放った。何を憂いを帯びる事があろうか。全ては万全にして万端。十全にして完全に、幸運の女神は俺に微笑んでいる。
「何でシーン様がそんなに自信満々なのか分かりかねます」
「自信が全ての根本に必要な物だからだ。自分で自分の事が信じられずして何ができようか――ってな」
シルクは心配性すぎる。用心深いその考え方がシルクの長所でもあるのだが、それも時と場合によりけりである事は言うまでもない。
細かな模様――意味のある呪を刻みつけ終え、俺は懐から小さな箱を出した。
手に乗った小さな輪。
作っていたのは、腕輪である。さすがにドラゴン革でチョーカーを作るのは難しい。
黒ドラゴンの皮は硬すぎるのだ。何かの拍子に首を傷つけかねないほどに。
素材としての優秀さ、そして使いづらさで黒ドラゴンの皮の右に出るものはいるまい。そこにしびれる憧れるぅ……じゃなかった。だからこそ俺が加工する意味がある。
箱の中から、黒色に輝く小さな欠片を取り出す。
KillingFieldに鎌を返す前にあらかじめ割っておいた刃の破片。
いくら死神だからといえども、常に鎌を持ち続けていなくてはならないなどはっきり言って不便すぎる。元々、LV900オーバーというのは、武器を持たなくても――肉体全体が凶器であるような規格外の存在の事を指す。
鎌を持てば最強。鎌を持っていなければただの女の子。何その設定? 死ねばいいのに。
腕輪に鎌の破片を仕込む事により、常に鎌を持った状態であると認識させる。
既に欠片でも"鎌"としての効果があることは実験済みだ。
これさえ完成すれば、いついかなるときダールンのような変態に襲われても切り抜けることができるだろう。
「まったく。ご主人様も楽じゃないよなあ?」
「答えかねます。それはシーン様の趣味でしょう?」
趣味……ねぇ。うまい事を言うもんだ。
鎌の破片を腕輪に押し付け、一言二言呪文を唱える。
ドラゴン革の対魔を正面から打ち破るほどの強力な術を。
複数の魔物を混ぜ合わせ、合成獣を生み出す禁呪、"MakingChimera"
名前が単純だって? 俺が考えたんじゃないもん。しょうがないじゃん。
かつて魔王が自軍を強化するために使った術は、本来異なる生命同士を混ぜ合わせるために作り出した術だけあって、無機物同士を合わせる際は相当な対魔力属性を持つ物をも混ぜ合わせる事ができた。
そもそも、意志あるドラゴンすら他の生物と混ぜ合わせる事を可能にするほどの魔術なのだ。意志のないただの"物"を混ぜる事などできないわけがない。
術が成功し、そこに残ったのは黒いつやつやとした小さな腕輪だった。サイズはKillingFieldにあわせてある。抜かりはない。
完成したそれをテーブルの上に置き、一息ついた瞬間、
ドアをノックする音が聞こえた。
「来客?」
シルクが疑問の声を上げかけると同時に、遠見の術を発動する。
疑問の声を上げるくらいならまず確認。
来客である可能性もなくはないが、それでも今この状況で来客が訪れる可能性は高くない。
KillingFieldならノックなんてせずに入ってくるのだろう。
日程の変更? 否、
術により脳裏を巡る遠い地――扉の外の光景。
それを見た瞬間確信した。
敵だ。
「"這い出る奈落"」
ノックの音が消えぬ間に魔術を発動させる。
不意打ちこそ我が人生にして最も簡単かつ手段となりえる"力"。
脳を揺らす轟音。
影から発生した無数の黒の触手は、警戒一つせずにご丁寧に扉を開けかけたシルクを避け、扉を吹っ飛ばした。
「っ――シーン様!?」
「敵だ」
だっておっさんだったもん。
分厚い木製の扉を物ともせずに、扉の外に居た存在に襲い掛かる闇。
もう一つの視界。扉の外から見つめる視覚に映った扉に押しつぶされた壮年の男の姿。
扉に身体を押しつぶされ、闇に額を打ち抜かれた姿を確認し、俺は矛を収めた。言うまでもないけどこの場合の矛とは俺の使った這い出る奈落の事を指す。
しかしまずいな……騒ぎすぎた。
音一つ立てずに制圧すべきだった。ま、いいか。その時は口封じすればいい。それに確かこのホテルのこのフロアはルートクレイシアで貸切だって言ってたし。
「な、敵? な、なんでこんな所に敵がいるんですか!!」
「知るわけないじゃん。……なぁ、KillingField」
扉の外。
分厚い木の壁に押しつぶされ、脳をかき乱され死んだ男の側で、KillingFieldが青ざめた顔で頷いた。
……厳ついおっさんがKillingFieldと一緒に居る時点でそれ犯罪ですから。
・・・(´▽ `)ノ
どうやら二週間以上放って置いたようです。
もう何かいろいろとすいませんm(_ _)m
一月の掲載回数は六回!!
二月は今日で一回目ですぜ。うん、さぼりも甚だしいですね。今まで応援してくれた方々にどうお詫びをしたらいいか。毎日更新とかどの口が言ってんだって感じで……(*ノ∀`)ペチンッ
なんていうか、ちょっとずつ書いてたんですがほとんど没にしました。
ちょっとって言っても本当にちょっとだったし……
他の作者様の小説を読んでいたらいつの間にか一日終わってるんだもん。しょうがないよ、面白いんだから、と誰も訊いてない言い訳をしてみる。
大学が休みに入りました。これから更新速度が上がるかどうかは自分次第です。
多分一週間は待たせないはず!!
……三日。三日は待たせません!! 多分。
それで、今回は題名どおり落ちも山もない話です。半分くらいリハビリみたいなのを兼ねてます。
作者はへっぽこなので一日の遅れを取り戻すのに三日は必要なのです。よって、十八日の遅れを取り戻すのには五十八日の時が(ry
反省? もちろんしてるはず(*´∀`*)
一月三十日。誤表現を修正。
なんでこんな勘違いしてたんだろう。おっしゃるとおり二回ほど使っていました。今後こういったことがないよう注意します。
指摘ありがとうございましたm(_ _)m