第三十三話:あるおまけと人智を超えた魔術師の話
「KillingFieldが目を覚ましました」
そんな報告が俺の元に届いたのは、未来から帰還し執務室に戻ったと同時の事だった。
何というタイミングだろうか。これこそがまさにご都合主義というものだろう。こういう流れる川のようなスムーズな場面転換を繰り返していくと、日付が変わらなくて困るんだが……
ちなみに、日付的にはKillingFieldに生命力を譲渡したのが昨日の事である。
生命力の枯渇した生き物に生命力を譲渡する経験など今までなかったので、今のタイミングで目を覚ますのが普通なのか、それとも違うのか分からなかったが、早い方がいい事は確かだ。確かなのだが……
傍らに佇む白い杖をついた少女を見下ろす。
未来の俺は、この子が盲目だといっていた。おそらくその通りなのだろう。
完全に治療するには数ヶ月の時が必要。"俺"が言うならその診断は間違いないはずだ。
まだ若いからおそらく一生治らないなんて事はあるまい。かといって、つきっきりで治療するわけにもいかないのだ。なんたって俺は多忙であるからにして……
KillingFieldの治療は、残るところ鎌を渡すだけで終了だ。
未来の情報は間違いなく有益なもの。
人差し指に嵌められたソロモンの指輪を撫でる。
だが、有益であるが故にやるべき事が増えてしまった。
「シーン様? KillingFieldが起きました」
「ああ、わかった」
わざわざ報告に来た文官が、怪訝そうな顔で俺の顔を見る。ほどなくして俺の横に佇む白の杖を持った少女に移る視線。
俺がいつの間にか女の子を連れてくるのはいつもの事だ。今更なので驚かれる事はない。何か情けないが、悪い傾向ではないと思う。
盲目の美少女。せめて身体を調べるくらいの事はしておきたかったが、KillingFieldが目を覚ましたのならそっちの方から話を聞くのが筋ってものだ。
「今の状況、分かっているな?」
「は、はい。私の眼を治せる唯一のお医者様だとか……」
返ってくる透き通るような美声。
別に俺の事を聞いたんじゃないんだが……頭が弱いのかな?
その上、どうも未来の俺は俺の事を変な風に説明したらしい。お医者様って……この分だと、もう二度と生まれ育った世界に戻れないって事も知らされてないだろうな。その辺は全部俺任せか。面倒な事だ。
「その通りだ。これからしばらくの間、君にはこの屋敷に居てもらう事になるだろう。いいかな?」
「……はい。それで治せるなら――」
数ヶ月の間に何とかこの屋敷から離れたくないと思わせるようにする。なんと容易い事か。
見たところ、年の程は十代の中ほど。五十近い俺(見た目は二十程度だったが)にとってはロリコンでも、今の俺にとっては相応しい年頃である。視力回復する前に凋落するなど、画面がバグるほどLVをあげた俺にとって朝飯前……
「取り敢えず、今から別の患者を診なくちゃならないから、君はしばらく休んでくれ」
俺の言葉にこくんと頷く少女。
可愛いな。何かこのままでもいいような気がしてきた。
頭を一度撫でると、
「おい、この子を空いてる部屋につれてってくれ」
「……分かりました、シーン様」
手を引かれ、連れて行かれる未来からの贈り物。
出て行く直前、文官がこちらを一瞬向いて、微かに唇を動かした。
人の名前を覚えるのが苦手な俺への配慮だろうか?
微かに動かす程度の声じゃ大抵の場合聞き取れないぞ、とツッコミを入れたかったが、聞き取れてしまった俺にツッコミを入れる権利はない。
モブキャラの名前をいちいち出したら混乱するからそういう自己主張は遠慮したいといいたいが、本人がわざわざ教えてくれているのだから好意を無碍にする事もないだろう。
この屋敷にいる人員は、一部が俺が直接連れてきた子達で、他の者達がシルクやアンジェロがどっからか雇い入れた者達である。この文官は俺が直接連れてきた組ではない。だから普通なら名前を知る機会なんて一生なかったのだが……
「フィス・ルリッグか。覚えておこう。後は任せた」
こうやって自分から名乗るような子が生き残っていくんだろうな。
一瞬驚いたように眼を見開き、その後慌てて頭を下げる文官を見て、ふとそんな事が思い浮かんだ。
第三十三話【あるおまけと人智を超えた魔術師の話】
世の中には稀にやってはいけない行動を無意識のうちに行ってしまうような存在がいるらしい。
それらは、竜族だったり、魔族だったり、錬金術師が戯れに生み出した人工生命体だったり、時代や種族、性別もまた様々だが、その間にはたった一つ共通点があった。
強運と力、そして前に進み続ける強靭な意志。
"やってはいけない"と言っても、それが世間に明善と知れ渡っているわけではない。単純に世界のシステムから外れているというだけ。普通に生きていくだけなら、何百年たっても掠りもしないであろうタブーだ。
それ故に、世界のバグが表舞台に出る事はない。禁忌を犯すものなど、滅多に現われないのだから。
お前の役目は、限界を超えて魔力を注いだ者を殺す事。
せかいのほうそくをみだすものを殺せ。
そのために与えられた大鎌《KillingField》
気づいたら地下室にいて、
眼の前に標的がいて――
標的は十五歳の少年で、悪魔のような力を持っていた。
魔術師のようなローブから除く、爛々とした黒の双眸。
生まれた瞬間、知識だけはあった。
私が存在する理由とやるべきこと。
そして、当然の事と与えられた最低限の戦闘能力。
標的を見た瞬間思った。
これには敵わない、と。
「どうした、KillingField。お腹でも痛いのか?」
そして、どういう因果か、今標的が心配そうな眼でこちらを見ている。
私は元々長時間活動できるようにできていなかった。標的を抹殺した瞬間に存在する意味がなくなるからだ。
標的を抹殺したら、後は自然に死ぬのを待つのみ。
死神は、致命傷や病に倒れることは決してない。
そんな知識が、生まれつき私の中にはあった。
死神が消滅するために必要なのは。ダメージではなく時間。およそ半年程度の時間が死神のタイムリミットだった。それ以上生き延びるには生き物を狩って鎌を媒介にその生命力を奪い取るしか手段はなく、生きる意味のない死神が自ら寿命を延ばすような状況に陥る事はまずない。
バグを設定した存在にも想定されていなかった。
死神がよもや標的と戦い破れ、戦闘能力であると同時にその存在そのものとも言える鎌を奪われるなどとは。
標的をじっと見つめる。
意識の混濁した世界。
徐々に降ろされる死の暗幕の中、確かに聞こえた声。
寿命による私の死を悲しみ、涙まで流した世界の敵を。
KillingFieldが自分の意志でここまで歩いてくるなど、何年ぶりだろうか。いや、KillingFieldがやってきてからまだ半年くらいしかたってないけどね。
KillingFieldの所に行こうとしたちょうどその時、ふらふらと執務室の中に入ってきた小さな死神の姿に俺がどれだけ安堵したかはいうまでもない事だろう。
立って歩く。
常識から考えればそう凄い事ではないが、つい先日まで死に掛けていた少女に常識という物を当てはめてはいけない。老衰直前でパワーのない婆さんが突然立ち上がって歩いてきた所を思い浮かべてもらえば今この状況の凄まじさがちょっとは理解できるはずだ。
椅子の上に腰掛け、その様子を眺めながら考えた。
危なっかしい足取りで駆け寄ってくるKillingField。何かいい。
一瞬、駆け寄っていって押し倒したくなったが何とか我慢した。どうせ生命力は満ちているのだ。倒れる心配はない。病み上がりって事もあるし。
それにしても……
KillingFieldに視線を合わせる。
こちらを伺うように見つめる黒の瞳。
顔色が悪いのはともかく、俺に向けてくる視線から険が少し抜けているのは何故なんだろうか?
心が折れてから半年、最後に会った時にも確かにその視線の中に残っていた恐怖が今のKillingFieldの瞳の中にはほとんど残っていない。
命の恩人だという事を本能的に感じ取っているのか? いいや、違う。恐怖ってのはそんな単純に抜け落ちてしまうほど可愛らしい感情ではない。大体、俺に対して誤解から恐怖の感情を抱いていたKillingFieldが、本能なんて簡単な物で俺に対する恐れを引っ込めるわけがないではないか。
「どうした、KillingField。お腹でも痛いのか?」
状況を図りかねてジャブを放つ。その言葉に、KillingFieldの眉が一瞬ぴくりと動いた。
一体何を考えているのだろうか? 忘れがちな事だが、KillingFieldは一応死神である。人間とは考え方が違うというのも一応想定に入れておくべきだろう。
数秒見つめあったが、どうしてもその思考が読めない。もうどうでもいっか。考えても分からない事を考え続けるのは無駄ってもんだ。
「おいで、KillingField」
手招きすると、恐る恐るだが近づいてくる元死神。何かよくわからないが、どうやら好感度が多少上がったらしい。これも生命力を譲渡した結果だろうか?
気を取り直して、死神に向かって手を差し出す。
一瞬、びくっとしたKillingField。怖がる事なんてないのに……
俺の一挙一動を見守っているようなKillingFieldに多少辟易しつつも、Pocketから大鎌を取り出す。
ああ、この鎌かなりの業物だったが、これを使えるのも今日限りか。まぁ代わりにKillingFieldを使えるようになるんだから等価交換以上に有益な取引ではあるが、この大鎌以上に俺の期待に応える事ができる武具を見た事がな身としてはちょっと残念だ。
元自分の鎌を、驚いたように見つめるKillingField。鎌にそっと手を伸ばすその姿は、生き別れの家族に会ったかのような情感に溢れていた。
「返そう。悪かったな。それがなかったから倒れたんだろ?」
その柄に手を触れた瞬間、KillingFieldの瞳に理知的な光が宿った。
未来の俺は言った。これがないとKillingFieldは本来の力を出せないと。
美しい漆黒の瞳は、本来の力を取り戻し震いつきたくなるほどの力に満ちていた。
それと同時に復活する、圧倒的な強者のみが持ち得る威圧感。さきほどまでの小動物のような仕草からは考えられない覇者のオーラは、俺を殺しかけたその瞬間に纏っていたものに相違ない。
よかった、返す前に鎌をいじっておいて。
威圧感をどこ吹く風と流す俺。凶器を自分を殺しかけた相手にそのまま返すほど俺はお人よしではないのである。
ちゃんと俺の全精力を持って改良しておいた。その鎌では俺を傷つけることができないように。
KillingFieldが、どこか戸惑ったように口を開く。
「……私に返してもいいのか?」
KillingFieldはこんな口調だったのか!!
己の内から湧き上がってくる感動を押し殺し、俺は何とか無表情を装った。
まさか、KillingFieldからかけられる声にここまで破壊力があるとは。だって、男口調だよ、男口調。少なくとも俺の周りには今までいなかったキャラだ。わくわくが止まらない。
怪訝そうな顔を浮かべるKillingField。手に握られた鎌が、本来の持ち主に戻ったせいか、やたら慟哭する。
うるさい鎌だ。だが、いくら鳴いてももう無駄無駄。
「ああ、もう危険はないからな」
「!? そ、そうか。それならいいんだが……」
フィスが、KillingFieldが元気になったと報告に着てから、実際にKillingFieldがこの部屋に来るまで数十分。そんな短時間では大掛かりな仕掛けを施す事はできなかったが、どんな強力な武具でも小細工うんぬんで通じなくなるものだ。
鎌が俺に触れた瞬間、俺の魔力に反応して発動するある防御魔術。本来ならこれほどの刃を防げる障壁は存在しない。だからこそ、俺は鎌に仕掛けた魔術を、自分にではなくKillingFieldに発動するよう設定した。
攻撃をできなくなる代わりに魔術の発動期間の間、全てのパラメーターが半端じゃなく上昇するという第一位神聖魔術"聖域"
誰が考えようか、自らの身を守るために相手に最高位の補助魔術をかけるなどと。
おまけにこの術、無色透明無味無臭なのだ。ありとあらゆる意味で都合がよかった。弱点としては鎌が接触するたびに術が発動し、俺から相応の魔力が持っていかれるのだが……まぁその辺は無視しておこう。
この魔術がかかっている限り、KillingFieldの攻撃は不思議な力でかき消される。
いや、ふざけてないよ。俺にもよく分からないが、実際にかき消されてしまうのだからしょうがない。それも一瞬の世界のシステムなのだろう。
何かを考え込んでいるようなKillingField。その素晴らしい。
大体、KillingFieldの容姿は元々俺の感性のど真ん中をつっきっているのだ。今まであまり手を出していなかったのは、怯えているKillingFieldに犯すのに飽きていたから。そして、時間がなかったからに過ぎない。
今なら大分満足感が違いそうだし、そもそも起きたら三日間愛してやるって(ry
KillingFieldの服装は、倒れていたため、病人用としてこの屋敷に常備されている真っ白のパジャマだ。前のボタンを外せばあっという間に脱がせる事ができる。。
「KillingField……」
手を伸ばすと、KillingFieldの表情が訝しげなものに変わる。
ボタンに手をかけた瞬間に、それが現状に混乱しているかのような表情に変わり――
「な、何をしている!!」
ボタンをぷちぷち外し始めた瞬間、それは怒鳴り声になった。
耳元にかかるKillingFieldの吐息に、得も知れぬぞくぞくした感覚が身体を駆け巡る。
三つほど外した所で殺気を感じ、顔を見上げた。
真っ赤になって震えている死神の姿。初めて見るKillingFieldの感情の吐露。たとえそれが怒りだろうと、素直に楽しい。
耳まで真っ赤。そういえば、耳が弱点だったな。
「治療だ。お前今起きたばかりだろ?」
「治……療? こ、こんな治療が……」
死神は所詮馬鹿だった。
普通に考えて、いきなり脱がして治療はないだろ。まずやるべきなのはこの場合診察である。そもそも、魔術の使い手である俺は触診を必要としない。数小節の詠唱を使えばそれで終わり。
「素人は黙ってろ!! これは治療だ!!」
無知って怖いね。
かまわずボタンを外し続ける俺。
死神は俺の行為に真っ赤になってただひたすらおろおろしている。馬鹿というか何というか……俺が女だったらたとえ医者でも素肌晒すのはお断りだけどな。
純白の夜間着が床に落とされる。怯えとは違った震えに溢れる肢体はこの上なく魅力的だった。
そうだ、一応媚薬も使っておこう。死神に効くかどうか微妙だけど……死にはしないだろ。
「わ、私は大丈夫だ。生命力がある限り死なないから……」
いい事を聞いた。
KillingFieldに聞こえないよう、小声で詠唱を行う。
オリジナルの闇魔術。魔王だった頃開発したオリジナルな闇魔術は十個。その中でもかなり自信のある方な、自らの魔力を媚薬に変化させる術を唱える。
薄らと色の変わる魔力。
薬といったが、これは一応魔術の一つ。実際に薬として地肌に塗るわけではないので、使用された事にすら気づかないというのが大きな利点だ。対象は身体が火照って初めて何かされた事に気づく。
「そうだったな……確かに俺が生命力を分けたから生命力の枯渇の心配はしばらくないだろう。だがだからどうした。知らないうちに身体を病に蝕まれ死んでしまうなんてこと、ざらにあるんだ。素人は黙ってるがいい」
そうだな、ついでにかけといてやるか。
KillingFieldの白い肌に指を這わせつつ体調走査をかける。
うん、異常なし。元気いっぱいだ。よかったよかった。
「ひっ、何をする!!」
「診断だといってるだろ。素人は黙って身を任せればいいんだ!!」
「身を任せ!?」
そういや、治療といえば、タルテの身体の傷もそろそろ完治する頃だな。この間会った時は屋敷にもそこそこ慣れていたと言っていた。やはり美人は笑顔が一番だと思う。
しかし……あいつ、初め俺に会った時、俺を人間を食べる悪魔だと勘違いしてたらしい。その話を聞いた時は笑ったもんだ。
「うぅ……嘘だろ? これ、診断じゃ――あっいや、そんな所、診断に関係ない!!」
「お前に何が分かる!! お前に、俺の、何が分かるというんだ!! これは間違いなく診察だ。考えるんじゃない、感じろ」
指をつーっと移動させ、やわやわと揉む。
首筋に何か冷たい感触が当たったが、それは無視した。不思議な力に任せとけばそんなのは問題ないのだ。
しかし物騒だな。
KillingFieldの身体から視線を離し、すぐ横に。
鎌を持つ腕が、確かに俺の首を刈るべく動いているのが見える。無駄だ。
だが、むかついたのでちょっと本気を出して診察する事にした。
「な、なんで鎌が――」
「くっくっく、よく考えろ。お前は本当に俺を殺したいのか? 命の恩人である俺を」
なんとなくそれっぽい事を言って対応する俺。大体殺そうとしていないのに鎌を動かすわけがない。
刃は腐っても刃だ。おまけにKillingFieldのエモノはただの刀ではなく、俺が唯一認めた物騒な大鎌。主の本当に斬りたいものしか斬れない刀なんて不思議アイテムはこの世界でも存在しない……多分。
だが、そんな真理も生まれてから半年のKillingFieldには理解できていないらしかった。動揺する気配。
「っくうぅ……や、だ、やめろ!! 駄目、いじっちゃ――」
「変な声だすな。触診だと言ってるだろ」
身体の調子はどうか、真剣な顔で診断していると、よく分からないが色っぽい声と共に鎌が床に落ちる音が聞こえた。
そういや鎌がないと話せないんだな。
「ん、くぅ……っ――あ……あ――」
「そうだな、やめてほしいならそういえば止めてやるよ。俺は人の嫌がる事はしない性質だし」
同時に、鎌に触れPocketに収納した。
突然消えた鎌に、眼を白黒させ狼狽するKillingFieldの様子にこみ上げてくる笑い。
面白い死神だ。色々と使い道もありそうだし……
取り敢えず約束どおり三日三晩愛してやるか。
四日ぶりの更新ですヽ(´Д`;)ノアゥア...
スランプ&時間がなかなか……
久しぶりの更新でこの内容ってどうよって感じですが……
そういえば、先日Pv500000突破しました。読んでくださっている方々に感謝を。ありがとうございますm(_ _)m