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黒紫色の理想  作者: 槻影
43/66

第三十二話:ある病人と交渉の話


 

 

 

 まずい事になった。

 

 眼の前にうずたかく積み重なる書類を処理しながら、考える。

 

 身体は、ひどい倦怠感に包まれていた。おそらく、この状態が今の最良だろう。

 生命力の譲渡。

 今はまだ倒れているが、KillingFieldは遠からず目を覚ます。生命力が枯渇し空っぽだった器は、ほぼ百パーセントにまで満たされている。これで目を覚まさなかったら、俺の診断が間違っていたという事になるだろう。

 天才であるが故、俺は失敗しない。KillingFieldは間違いなく目を覚ます。

 

 問題は、調子にのって器が満タンになるほどまでに生命力を譲渡してしまった事だ。

 

 生物は皆、総じて百の生命力を持っている。それは、天使も悪魔も人間もグラングニエルも変わらない。

 種によって違うのは、時間経過による生命力の減少量である。

 人間が一秒間に二十の生命力を使用するとすると、およそ二十倍ほどの寿命を持つグラングニエル族の一秒間の生命力の消費量は一、人間の二分の一ほどの寿命の種なら四十、生命力を消費している事になる。

 

 さて、魔術を使用すれば、生命力を作り出す事はできないが、生命力の自然減少を食い止める事はできる。

 魔術師の類に長寿の者が多いのは、魔術により生命力の減少、つまりは老いに抵抗しているからだ。

 俺ほどの魔術師になると、抵抗力も半端ではない。現に、生まれてから今まで俺から失われた生命力は微々たる物だ。つまりは、ついさっきまで俺という器にはほぼ百パーセントの生命力が残っていたという事になる。

 

 

 ここで問題です。

 容積が同じコップが二つあります。

 コップAには水が容積の一パーセント、もうコップBにはミネラルウォーターが容積の百パーセント入っています。

 コップBからコップAに中身をうわああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 

 

 答え。

 

「やばい。生命力がほぼ零だ」

 

 ちなみに、Aに入っていたのが水でBに入っていたのがミネラルウォーターってのが、生命力の質が俺の方がいいってことです。正直、質とかはあまり関係ないのだ。質がいくら良くたって、生命力の減少量は変わらないのである。

 質によって変わるのは、生命力が減った後どれくらい動けるか。一パーセントしか生命力の残っていなかったKillingFieldは動けなかったが、一パーセントしか生命力のない俺が動けるのが質の違い。

 

 大きく背伸びをする。

 倦怠感はあるものの、動作にはほとんど影響はない。

 ちゃんと頭も回るし、運動能力の変化もほとんどないだろう。

 変化があったのはただ一つ、寿命だ。

 生まれてからおよそ十六年。

 魔術の天才である俺が消費した生命力がおよそ0・5パーセント。

 現在の生命力の残量、一パーセント。

 

 老衰までの式。

 

 1÷0.5=2

 16×2=32

 

「寿命が後三十二年……」

 

 

 完璧に計算すると、三十二年と百二十六日、もっと細かく計算すると十二時間三十五分をプラス。それが現段階での俺の寿命。

 減る事はあっても、増えることはない。

 エナジードレインで相手から吸い取るのは生命力でも、それは何故か生命力じゃなくてHPの回復(肉体の破損の治癒)って形で術者に還元される。

 それがこの世のシステム。かなり変わったシステムだ。システムの改変を要求したい。

 

 もちろん、未練はない。おそらくやり直す事ができたとしても、また同じ事をするだろう。

 しかしそれにしても三十二年の寿命と言うのは短すぎる。

 人間の平均寿命が五十年だから、今の年齢プラス三十二年の寿命で四十七年。俺の生命力は凡人と同じ程度って事だ。

 

「転生……めんどくせえなぁ……」

 

 もう一度転生するって方法もあるが、今回は上手くいっている以上あまり乗り気にはなれない。

 転生するとしても、それは三十二年の寿命を全て終えた後だろう。

 

 あーあ、まだまだこれからだって言うのに、こんな初っ端から躓くとは運の悪い事だ。

 

 世界のバグ、死神。

 確かに見事な死神の業である。

 恐るべしKillingField。

 この俺も人間である以上KillingFieldの魔の手から逃れる事はできなかったという事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 死神に愛された男。

 

 

 

 なんか詩的な響きだ。

 

 

 

 

 生命力まで受け渡した分KillingFieldには身体で払ってもらおう。

 命を助けてやったんだ。この世への未練がなくなるまで奉仕するのは当然の義務といえよう。

 楽しみだな……リスクに見合うリターンが手に入ってよかった。

 

 

 そんな事を考えていると、突然ドアが開かれた。

 いや、気配自体は感じていたので、俺にとっては予定調和な事だったが、とにかくノックもせずに入ってきた無礼者に視線を向ける。

 

 必死の形相で入ってきたのは、未だ見た事のない長身の女。

 見事な銀髪に、微かに上を向いた眉。年の程はおそらく二十代前半だろう、まぁ美人としてのランクで言えばC+か。

 凍る時間。

 女のどこか呆然とした視線が俺を射抜く。

 白衣に似た衣装に、グレーのネクタイ。

 引き締まった佇まいは、冷たいというよりもどこか整理整頓された部屋を思わせる。

 首元に掛かっていた薄銀色の帯のようなアクセサリーが、やけに目に着いた。

 

 

 やれやれ、また面倒ごとが舞い込んできたか。

 ため息をする。

 忙しい時に限って色々イベントが起きるもんだ。人間人生五十年。昔は感じなかったが、そこそこ事件の発生率は高いらしい。

 しかし、ここにいると言う事は術を完成させたという事か……我ながら暇な奴である。

 

 さて、こういう場合は第一声にはどんな言葉が相応しいのだろうか?

 時節の挨拶?

 久しぶりだな?

 

 

 いや、この場合はこうか。

 

 

 

 

 

 

「何年後から来たんだ?」

 

 

 

 

 

 

 女がその言葉に一瞬眉を上げて反応する。

 こんな経験したのは俺くらいな物だろう。

 笑みを浮かべ、もう一度尋ねた。

 

 

 

「何年後から来たのか聞いている。シルク・アーウィンテル・アイジェンス」

 

「……およそ三十二年と百日後の未来です、十五歳のシーン様」

 

 三十二年後から来たシルクが、肩を落としシニカルな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

第三十二話【ある病人と交渉の話】



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし……全然動じないのですね」

 

「ん? 何が?」

 

「……もういいです」

 

「あっそ。んじゃとっとと案内しろよ」

 

 シルク。年齢は四十七歳。

 三十二年後からの来客は、どうやら俺を招聘するために来たらしい。

 会って早々疲れたような様子のシルクに、俺はとっとと未来に案内するように告げた。

 

 しかし……シルクって年取っても胸おっきくならないのな。顔もそのまま大人にしたような感じだし……

 とてもじゃないけど五十近くには見えないその容姿は、先にも言った生命力の減退に抵抗する魔術を未来の俺がかけ続けた結果だろう。

 今の俺の年から考えると二十代前半でも年増なので食指は伸びないが、成長した俺にとってはお気に入りの所有物となっているのは想像に難くない。

 どこか色褪せたチョーカーが、三十二年後まで変わらずシルクが俺の所有物で会った事を示しているようだった。

 

 どこか急ぎ足で進むシルクの表情は硬い。

 廊下を歩いている間、すれ違ったルルが唖然とした顔でシルクを見ていたが、俺が後ろについているのを見ると不思議そうな表情をしながらも会釈をして去っていった。

 シルクに姉は居ない。妹は居るが、まだちっさかったはずだ。そもそも、シルクの家族はシルク以外青髪である。銀髪でシルクを成長させたような顔立ちの人間がいきなり執務室に入ってきたらシルクの未来の姿に違いないではないか。

 みんな修行が足らないぜよ。

 

 

「その思考回路、凄いですね……」

 

 

 声の出していたのか、前を歩くシルクが笑いを堪えたような声で呟く。

 

「人の思い浮かべる事は皆実際に起こりうる事なのだよ。俺が死に掛けているんだろ?」

 

「――ッ!? さ、さすがシーン様……ご名答です」

 

 

 シルクが止まったのは、屋敷の端に位置するいつもは物置に使われている部屋の前だった。

 扉を開けると、シルクがまず中に入り、俺を手招く。

 中に入った俺が見たものは、部屋の中央に浮かぶ青白い光の門。

 周りに乱雑に置かれた埃を被った家具やかび臭い絵画を照らす蒼の光。

 

 魔力の複雑極まりない構成で保たれた圧倒的な力の場。おそらく時空を歪ませるためには大量の力が必要なのだろう、未だ見た事がない時空を超える魔術。おそらく未来の俺が相当な時間をかけて生み出した任意の時間に転移するための魔術。

 俺はその研鑽された魔術の式を、畏敬と尊敬を持って見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 よし、パクろう。

 

 一種の芸術品にも似た繊細な術式を、頭の中のメモに書き写す。

 これぞ、究極のチート。タイムパラドックス? 何それ、おいしいの?

 力の効率。

 数々の術を組み合わせるバランス。

 術式を組む順番もあるのだろう、そんなものは天才である俺にとって大した問題ではない。

 組まれた術は、皆今の俺でも理解できるもの。

 こういう設置型の魔法陣というのは、特殊な魔術の式の組み合わせである。

 数千数万の術の構成、その組み合わせは、一から考え出すのは途方もない時間がかかるが、解答させ知っていればどんな問題でも解けるもの。

 俺は約五分でそれら全てを記憶した。

 これでいつだって過去に飛べるぜ。

 

 

「暗記、そろそろいいですか?」

 

 呆れたような顔をする未来のシルク。どうやら俺の行動は予想されていたらしい。

 

「ああ、おっけ。でもこの術って……一度しか使用できないだろ?」

 

「その通りです。未来に一回、過去に一回。それがこの術の限界になります。術の特性上、世界に耐性ができるとか……この世界は、もう一度未来と繋がってしまったので、もう未来と繋げる事はできません。移動できるのは過去だけです」

 

「そんな事教えていいのか?」

 

「どうせ言わなくても分かっているでしょう。私の主人のシーン様曰く、シーン様の知は既に数十年前に完成を見ていたそうですから……それでは、シーン様、どうぞお入りください。この術が世界と世界を繋げておける時間は、残り五十六分です。その間に行って帰らなければ、シーン様は永遠に未来に閉じ込められる事になります」

 

 残り五十六分か。

 考える。

 術式の理論上では、この術が世界を繋げておける時間は六十三分が限界。

 よほど急いできたのだろう。たとえ俺のシルクとは別人であったとしても、困らせるのは得策ではない。

 それに相手は俺だ。報酬も間違いなく用意されているだろう。

 

「ふん。いいだろう。のってやる。俺の所に案内するがいい」

 

「その言い方……シーン様そっくりです」

 

 苦笑いするシルクに、俺は手を振って答えると、先頭に立って魔法陣の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れぬ、純白の部屋。

 壁、床、天井。

 かけられたランプが白色の光で部屋を照らし、そこらに漂う医薬品の匂いがここを病室であると決定づけている。

 窓から見える、風に凪ぐ緑の草草がこの場所が紛れもない現実であると証明していた。

 

「悪趣味だな」

 

 シルクは、帰って早々部屋の外に出て行った。

 おそらく、二人っきりで話をさせるよう言われているのだろう。

 扉のすぐ外から気配がするが、入ってくるつもりはないようだ。

 

 キングサイズのベッドの上で横たわる"男"が俺の声にこたえる。

 

 

 

「いや、そうでもない。病室といったらこうだろ?」

 

「違いない」

 

 二人分の笑い声が病室に響く。

 

 男は、世界で屈指の魔術師だった。

 前世では魔族の全てを従えた魔王。

 現世では、理想を追い求める魔術師。

 そして今は、生命力の枯渇しきった一人の人間。

 

 俺にとってこの男は唯一の存在。唯一先を見た存在。

 この男にとって俺は唯一の存在。かつて駆け抜けてきた過去に棲む存在。

 

 死にかけた男を、俺は思い切り笑い飛ばす。

 馬鹿な奴だ。たった一人の存在のためにその生命力の大部分を与えるとは。

 

「なら貴様はどうする?」

 

 男は問いただす。

 もしその状況に俺が置かれたらどんな選択を取るのか、と。

 正解など果たして存在するのか?

 もしその選択を経て、未来永劫たった一つの後悔さえ抱かなかったらそれが正解ではないのか、と。

 男は己を哂う。

 

 一度の後悔さえ抱く事ができなかった哀れな道化である自身を。

 

 男は誇る。

 

 一度の後悔さえ抱く事なく行き続ける事ができた自身を。

 

 それ故に得た真名が"不迷の道化師"

 

 心の底に在るはたった一つの信念。

 ただの一度も汚す事なく、その目に映る黒紫の理想はただその道の先にあったのだろう。

 

「もう行く」

 

「そうか」

 

 二つの魔術師の間に、遺言じみた言葉はいらない。

 その偉大な魔術師に、俺は知らず知らずのうちに敬礼を取っていた。

 死者を尊びはしない。だからこそ、死ぬ寸前にあるこの一人の人間に敬意を示す。

 男の生き様こそが、俺の目指すものに近づけるが故に。

 

 男の唇が微かに歪む。

 閉じかける瞳。

 黒紫の虹彩が、死の到来を告げる中――

 

 

 

 その表情は、確かに笑みを形作っていた。

 

 

 

 

 

 

                           黒紫色の理想 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な事言ってないでちゃんとやってください!!!」

 

 

 

 ハリセンによって、シリアスな空気は木っ端微塵に砕かれた。

 魔力で強化されたハリセン。

 頭に鋭い衝撃が走り、それはまた目を瞑った男にも同じ。

 

「「おいおい、空気を読めよ」」

 

「ハモらないで下さい。読者の方々が勘違いしたらどうするんですか!!」

 

 その言葉はタブーだ。

 

 せかいのほうそくがみだれます。

 

 ハリセンを持ったシルクを、男が心外そうな顔をして追い払う。

 分かる。気持ちは分かるぞ、男よ。確かに今のはシルクが圧倒的に悪かった。

 真面目にやってくださいよ、シーン様死に掛けてるんですから。

 そういい残してまた扉の外に去っていくシルク。死にかけた男とその客にハリセンを使った女が言っていい言葉じゃない。

 シルクが去っていったのを確認して、男が死相の映ったハンサムな顔を向けた。

 にやりと笑みをつくり尋ねてくる。

 

「そんで、"俺"よ。どうするよ?」

 

 どうするって何を?

 そんな言葉、俺とこの未来の俺の間にはいらない。なぜなら二人ともシーンと言う存在なのだから。

 

 

「未来の俺をオメガ、今の俺をエースとしよう」

 

「おっけ。いつまでたっても俺俺じゃ混乱するもんな」

 

 やはり考え方は同じようだ。オメガもエース(俺)も、気が利くことは他の追随を許さない。会話文だけではなく、地の文の事も考えるにくいまでの心遣いである。

 

「上からする気配は何だ?」

 

「アンジェロだな。暇を出したのに何故か天井裏から出てこない」

 

 いつからアンジェロは忍者になったのだろうか。

 不思議に思ったが、まぁ忍者プレイも面白いかもしれない。それに、未来と言う事はいつかはこっちでもそうなると言う事だし、聞く必要もないだろう。

 とっとと本題に入った方がよさそうだ。KillingFieldが起きるかもしれないし。

 

「条件は何だ?」

 

「エースの血がほしい」

 

 オメガが、もう一度にやりと笑みを作る。

 さすが未来の俺、今まで見た事がないほどその笑顔は絵になった。まさにこの世の神秘だ。

 

「報酬は?」

 

「情報だ。お前は近い将来KillingFieldが倒れ、生命力をほとんど与える事になるぜ」

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 遅いって!! つい数時間前にやっちゃったし。

 

 

 

 自信満々なオメガの顔を、思いきり殴りたくなった。

 見たところ、オメガは死にかけだ。生命力はもうほとんど残っていない。こうして会話できるのがおかしいくらい。

 さすがに自分殺しは回避したい。

 

「もう遅いって。つい数時間前に与えたばっか」

 

「マジ? あはっはっはははははははははははは、お前馬鹿だなぁ」

 

「……お前にだけは言われたくないんだが」

 

 

 大笑いするオメガ。

 気持ちは分かるが、気を抑えてもらいたいもんだ。

 いつ死ぬか分からない状態でそこまで笑えるのは見事なんだが……なんともいえない気分になるんだぜ。

 

「ってなわけで、その情報は条件に値しないな」

 

「ふん。それなら……KillingFieldが何故生命力の減りが早かったか知ってるか?」

 

 さすがオメガ、話題の切り替え方は凄まじく早い。

 真面目な顔をするオメガに、俺も真面目に対応する事にする。

 

「言ってみろ」

 

「鎌だ。お前、鎌を自分用として取り上げただろ? それじゃダメなんだよ。KillingFieldは死神だ。鎌とセットでKillingFieldという存在。鎌のない状態でスキルレイをかけてみろ。名前と照合が消え去ってる。メインは鎌で、女の子の方は付属品。スライムナイトで言えば、鎌がナイトでスライムが女の子って事だ。鎌さえ持たせておけば、勝手に他の生物を狩ってその生命力を"生命力"として吸収する。鎌がなければ生命力を吸収できないから、元来の減少率が災いしてあっという間に器が空っぽになるってわけ」

 

 攻略本を見ているような気分になった。

 目に鱗って奴だ。なるほど、鎌を取り上げちゃいけなかったのか。帰ったらすぐに返すとしよう。

 しかし、女の子の方が付属品って……

 

「付属品の方がいいな」

 

「さすがエース、俺も同じ事を考えた。ちなみに、鎌を持たせればKillingFieldは会話できるよ。鎌持つと知性・力・魔力の全てがアップする。逆に鎌を持っていない状態だとあいつは話せないし、力も弱い。ちなみに、KillingFieldの弱点は耳だ。試してみるといい」

 

「受け取れ」

 

 最後の情報が報酬に相応しい物だったので、ナイフを取り出した。

 弱点は耳か。何の弱点かって? 俺がわざわざ教える弱点はたった一つである。

 頚動脈を思い切り切断する。

 入れる場所がなかったので机に入っていた花瓶を逆さにし、花と水を捨てた後そこに血を注ぎいれた。

 滅多に見る事のない自らの血。

 痛みはほとんどないが、あまり沢山はあげたくないな……

 

「どのくらい必要だ?」

 

「もういい。数ミリリットルもあれば十分だ」

 

 筋肉を引き締め、ヒーリングを使う。

 あっという間に塞がる傷口。

 運が悪い事に、少し細い線のような跡が残ってしまったが、まぁ有益な情報を得られたのでトントンだろう。目立つ傷じゃないし……

 

 花瓶を覗き込むと、オメガはそれをベッドの横に置いた。

 何に使うかは不明だが、おそらく何か方法を見つけたのだろう。助かる方法を。

 生命力の枯渇なんかで死ぬ俺ではない。

 時期からすると、オメガが見つけた方法はおそらく悪手だ。

 過去に戻る魔法陣の作成に時間がかかった可能性もあるが、おそらくそうではない。

 ぎりぎりまで他の手段を探し、結局見つからなかったので"俺の血を使う何か"を執行する事にした。そんな所。

 オメガが見つけた方法を尋ねるなんて野暮な事はしない。どうせ、オメガが行うのは妥協案だ。時空を渡る術を新たに生み出す必要がないだけ俺には時間がある。

 その時間を使えば、何とか三十二年の寿命を超える術を見つける事が可能なはずだ。

 

「他に情報は?」

 

「こっちにメリットがない」

 

「命以上のメリットなんかねえだろ」

 

「いや、あるぞ。女の子を紹介するとか」

 

 さすが俺だ。

 

「教える事でデメリットもないだろ?」

 

「メリットがほしい」

 

「よし、元の世界に戻ったら三十二年後に大人になるホムンクルスを作って容器に入れ、地面に埋めておこう。髪は何色がいい?」

 

「黒だ。ウサギの耳を生やしてくれ。目はもちろん赤。三十二年後に二十代前半辺りの格好になってくれているとありがたい。性格は何でも。尻尾はいらん。人間の顔身体にウサギの耳だ。ショートヘアーにしてくれ。後、身長は百五十五くらいで、胸は大きくない方がいいな。埋める場所はどこだ?」

 

「屋敷の庭の一番大きな木の下」

 

 やはり分かっている。

 腕を差し出してきたので、がしりと組み合わせた。

 交渉成立。

 天井と外から、恨みがましげなオーラが出ていたが、そんなのは無視無視。男のロマンがいくら大人になったとはいえシルクとアンジェロに分かるものか。

 

「何の情報がほしい?」

 

「魔界の制圧方法」

 

「ほれ、"RingOfSolemon"だ」

 

 

 ……凄いチートだな、こりゃ。

 オメガがベッドの上の小箱から取り出し放ってきたそれは、確かに魔王城で以前見た覚えのある古臭い真鍮の指輪だった。

 確かに感じる強力な魔力。リングの内側にはRingOfSolemonの銘が。

 

「それを持ってればLemegetonが解読できる。後はその中に書いてある術を執行すれば、悪魔なんて好き放題だ」

 

「貰っていいのか?」

 

「もう全部暗記した。後、もしまだ私室がジャングルだったらそれを装備してStrangeDaysに会いに行くがいい。その指輪には動物や植物と会話できる力がある。面白い事になるだろう」

 

「……貰っていいのか?」

 

「もう指輪抜きで会話できるから」

 

 改造コードを使っている気分になった。

 こいつは楽でいい。

 

「他に何かあるか?」

 

「ナリア、居るだろ? あいつは半精霊だ。まだ契約していなかったら、とっとと契約してやれ。ハイエルフが滅んだ理由は、ほとんど精霊なのにプライドが高すぎて他者と契約できなかった点にある。精霊は長い年月契約もせずに現界していると、魔力が枯渇して死ぬ。この地上で精霊は魔力を自分で回復できないんだ。ナリアは半精霊だからこそまだいいが、それでもそろそろ限界だろう。ちなみにそのせいで、この世界のナリアは精霊界に帰ってしまった。後から解決方法を見つけたがまさに後の祭りさ」

 

 思いつきさえしなかった。

 チート万歳。

 意気消沈するオメガ。

 気持ちは分かる。ナリアを失うなど、人生で最悪の災厄だろう。

 慰めるつもりで肩を叩いた。

 

「俺が契約する。もしかしたらそれでこの世界のナリアも戻ってくるかもしれないだろ?」

 

「心の友よ……」

 

 抱き合う俺とオメガはそれはもう輝いていただろう。

 男と抱き合う趣味はないが、今回ばかりはそうあって当然だった。唯一の例外と言う奴だ。

 

「シーン様、そろそろ魔法陣が消えるお時間です」

 

 どちらのシーンか聞くなど野暮な事だ。どちらでもいいではないか。

 それにしても、相変わらずこいつは空気の読めない奴だな。

 シルクが何か微妙な表情で抱き合っている俺とオメガを見つめている。突然入ってきたお前が悪い。

 オメガは腕を払うと、

 

「もうそんな時間か」

 

「有益な時だったな」

 

「まさに」

 

 病室の片隅で光っている魔法陣の側に立つ。

 魔法陣が消えるまで後五分。まさにチートわっほうなとても喜ばしい時だった。

 情報もかなりもらったし、RingOfSolemonも大きな収穫の内の一つだ。

 夜になったらKillingFieldの耳を攻めてやろう。くっくっく、早く夜にならないものか。

 

「ウサギっ子を忘れるなよ」

 

「おおとも、もちろんだ。闇の制約をかけてもいい」

 

 それだけの価値のある物を貰ったのだ。

 その言葉を聞くと、オメガは嬉しそうに笑った。

 

「頼もしい事だ。ついでに女の子でもやろうか? もう俺の守備範囲から外れているが、お前にとってはまだだろう」

 

「マジか!!!! くれ!!」

 

 なんていい奴だ。さすが俺、人が良い事この上ない。

 時間が押すなか、運ばれてくる一人の少女。

 

「目が見えないんだ。治してやってくれ。俺は時間がなくて治せなかった。なんたって見つけたのはつい最近でな。身体が弱いし、手を出すわけにも行かない。多分完全に治すには数ヶ月の時が必要だろう。内蔵の治療は魔術を使っても大仕事だ。ストライクゾーンに入ってないからやる気もでない」

 

「……分かった。何か騙されている気もするが任せてくれ」

 

「任せた。治ったら、俺の方にも成長した姿で現われるかもしれないしな」

 

 抜け目のない未来の俺。

 さすがだと思うと同時に、やるせない気分になる。

 まぁとにかく時間がない。後で考えるとしよう。

 白い杖をつく少女を抱え、俺は未来と別れを告げた。

 

 

 

 

 瞳の奥に映るのは、成長し、青年となった俺の姿――

 

 

 

誤字脱字は後日修正。

けっこう時間が押していて(*ノ∀`)ペチンッ

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