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黒紫色の理想  作者: 槻影
41/66

第三十話:ある黒歴史と慰める権利のない私の話

誤字脱字は後日修正します。

 

 

 闇に紛れた部屋。

 そこに居たのは、どこか大人びた雰囲気を持つ一人の少女だった。

 純白に輝く短髪は、闇と双璧を為して珍しい、存在が光である者の証。

 朱色の虹彩とのコントラストが不気味な調和を成している。

 

 

「付いて来い」

 

 

 どこからともなく響いてくる、冷たい声。

 少女が緩慢な動作で、声の聞こえてきた方向に顔を向ける。

 暗闇からぬっと差し出された腕。

 些か痩せ過ぎた手が、その差し出された腕を取った。

 

 

 手を引かれる感触。

 

 その少女が、鏡に映った自身だと気づく。

 ああ、なんて滑稽なのだろうか。今までそれに気づかないなんて――

 

 

 

 

 

 

 場面転換。

 

 

 

 

 

 打って変わって、暖かな色調に彩られた三十畳ほどの洋間。

 そこに立っていたのは、大人びた雰囲気を持つ――いや、大人びた雰囲気というよりも、何者をも寄せ付けないどこか冷たい雰囲気を持つ一人の少女だった。

 真っ赤に輝く髪に、真紅の瞳。ただし、私の薄い朱の虹彩と違って、その眼は完全な赤だ。

 赤は情熱の赤。しかし、その少女が纏っていた雰囲気は、そんな印象を吹き飛ばすが如く、身を切る氷のようで――

 

 

 

 

 私はそれが、とても綺麗だと思った。

 身体つきから、おそらく年齢はまだ十二か十三、十代の前半。

 まだ子供なのに、今まで見た事のあるありとあらゆる人間を超えた"完全性"がそこにはあった。

 

 母にも父にも学校の先生にもなかった達観した表情。

 自らの力に自信を持っていた私を打ち砕く居佇まい。

 

 表情の見えない、まるで底のない穴を覗いているかのようなその透明さに、何故か悲しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗だろう? これ、死んでるんだぜ?」

 

 

 

 

 突然、如何とも表現しづらい声が耳を通った。

 

 

 

 

 

 

 

 死んでいる――

 

 確かに、ある意味これは死んでいると言えない事もないかもしれない。

 不謹慎な話だけど、とても生在る身には見えないほど、それは美しく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこまで考えたところで、今まで微動だにしなかった少女が口を開いた。

 

「生きてます、シーン様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十話【ある黒歴史と慰める権利のない私の話】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何このオチ。妙な感傷を抱いた私が馬鹿みたいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 窓から差し込む久しぶりの陽光の元、私ことシルク・アーウィンテル・アイジェンスは目覚めた。

 

 

 

 ……初夢がこれか……!!

 

 

 

 くっきり脳裏に焼き付けられた夢の景色。

 起きて早々、例えようもない倦怠感が、身体を廻る。

 いや、身体というより心か。

 心因的な物に間違いないだろう……いや、もうどちらでもいいような気も――

 

 

 

 久しぶりに見たこの屋敷に着たばかりの頃の夢。

 

 暗黒の月が明けて初日。月で言えば十三ある月のうちの一つ、アリエスの月の初めの日であり、この日初めて見た夢は初夢として新しい一年がどんな年になるか暗示しているといわれている。

 

 

 ここに来た当初は、あまりの訓練の忙しさに夢を見る暇もなかった。

 それからすると、今現在夢を見る事ができるというのは、幸せな事かもしれないが……

 

 シーン様の、本気なんだか冗談なんだか分からない"ボケ"

 そして夢に出ていた赤髪の少女――クリアの、本気なんだか冗談なんだか分からない"ツッコミ"

 

 正直、初夢としてはどうなのだろうか?

 

 何も、現実に起こった事を、ビデオテープを再生するようにそのままの形で見せる事はないのに。

 律儀過ぎる自分の夢に嫌気が差した。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにあの夢の続きは、もし仮に私の夢がこの上なく律儀な奴で、過去の記憶をそのまま移したと仮定すると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっくっく、この人を小馬鹿にした目つき、なかなかいいだろ?」

 

「なかなかかと」

 

 シーン様の言葉に、クリアが頷く。

 私は、まるで夢でも見ているかのような気分でそのやり取りを眺めていた。

 

「後、何か普通と違うって聞いてた。なんだっけかな……まーいいや。今日からこいつにβカリキュラムを組む事にする」

 

「はい、シーン様。準備致します」

 

「名前は……なんだっけ?」

 

「×××・××××××です」

 

「まーいいや。お前、今日からシルクだ。シルク・アーウィンテル・アイジェンス。いい名前だろ?」

 

「……名前は×××・××××××です」

 

「黙れ、俺が法律だ」

 

 

 

 

 

 

 と続く事になる。シーン様が今とあまり変わらないのは何故なんだろう。

 名前が伏字なのは、言いたくないからではなく本当に忘れてしまったからだ。

 

 あれから三年、よくもまあそれだけの長い間シーン様に仕える事ができたものだ。

 常人だったら一ヶ月もせずに、精神的に疲労し倒れてしまいかねないほどの並外れた行動力。

 もしかしたら、入ってすぐに受けさせられるカリキュラムは武官と文官を分けるためではなく、シーン様本人になれさせるために存在するのかもしれないな。勉学という名の眼を向けるべき対象があれば、シーン様の強烈な個性を直視する余裕はないだろうし。

 

 文官の証である、臙脂色の制服。

 袖元につけられたカフスボタンは、ルートクレイシアの象徴である剣と盾を象ったものではなく、シーン様自身のマークである十字と三日月を基調とした物で、ここ数年で諸国に急速に知れわたった"月十字"と呼ばれるマーク。

 歪曲の月と交差する細剣のように細身の十字架。

 ある者はそれを見て青ざめ、ある者はそれに感心の視線を向ける。

 

 

 

 

 統計では人族の約八十五パーセントが信仰しているとされる十字教において、教会以外の国・組織が十字を旗頭にする事は禁忌だとされている。

 人族の八十五パーセント。魔族は人族と違って太古の魔王を信仰する風習があるが、人間領にいる魔族など微々たる物だ。魔族は人族を嫌ってはいないけど、けっして好いているわけでもない。魔族領の方が人間領よりも魔族にとって健康にいいらしく(風土の違いらしい。地に満ちる力が魔族に心地よいのだとか)必然的に魔族は魔族の地に住み着いているから、人間領に居る者のほとんどが程度の差はあれ、十字教の信者といえた。

 現にルートクレイシアの国民もそのほとんどが十字教の信者だった。ソフィア様が熱心な十字教の信者だった事から、他国よりもその質は高かったといえるだろう。

 今はもうその名残すらない。放って置くならまだしも、シーン様は、自らの印に十字を象るという禁忌を犯すという事で、十字教に真正面から喧嘩を売った。

 その事実を火種に、民衆を扇動し反旗を翻し、声高にシーン様を糾弾した者達は容赦なく制裁を下され、今生き残っているものはその数パーセントにも満たない。

 今では、教会側はルートクレイシアに見て見ぬ振りを突き通している。シーン様の勝利といえるだろう。

 思えば、その時からルートクレイシアは独裁国家と揶揄されるようになったのだ。

 

 過ぎ去った過去を思い出し、欝な気分になってくる。

 決して後悔はしていないし、存外に統治は上手くいっているのだが、それと先行きに何の不安もないかはまた別の話。

 制服の袖に腕を通す。

 布地の冷たい感触に一度身を震わせ、一度大きなため息をついた。

 

 そういえば今日は元旦だけど、また姫初めとかやるのだろうか?

 やるんだろうな……シーン様がこんなイベントを放って置くわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよ〜シルク!!」

 

「おはよう、ナリア」

 

 身支度を整え、執務室に向かって歩いていると、ちょうど対面からナリアと一人のエルフがやってきた。

 元気のいい挨拶に思わず顔も綻ぶ。

 自覚しているが、私はけっこう子供が好きだ。それも性根の真っ直ぐな子は特に――おそらく誰が見てもそうだろうが好ましく感じる。

 ナリアはハイエルフの子で、つい一月ほど前まではシーン様にしかなついていなかったのだが、シーン様の配慮で、視察の際一緒に夜店を周って以来、良好な関係を築けている。

 おそらく、妹ができたというのはこういう気持ちなのだろう。翼が生えている事や、耳朶が尖っている事や、LVがこの外見でシーン様より高い事などは大した問題ではない。

 常に浮いているのもまた、その外見に合って不自然と言うよりは可愛らしい。シーン様曰く、本性はかなり残酷らしいが、こうしてみている限りでは問題ないと思う。シーン様は考えすぎだ。

 

「今日から新しい年だね〜」

 

「ああ、無事新年を迎える事ができてよかったよ。今年は消滅した家などもなかったみたいだし……」

 

「よかったね〜」

 

 分かっているのか分かっていないのか、にこにこ嬉しそうに笑うナリア。

 その笑顔を見ているだけで癒されるような気がする。なんていうか……和むといえばいいのだろうか。

 

 上機嫌なナリアを一通り鑑賞し終えると、次にナリアの隣で佇むエルフに視線を向けた。

 

 誰だっけ?

 記憶の中のリストを漁る。

 エルフは細身の体型が多く、髪と眼の色は青と緑の中間辺りが多い。

 人型ではあっても明確に種族の違いがあるせいか、なかなか見分けるのが難しいのだ。

 

 まるで睨みつけるかのような目つきに、冷涼とした雰囲気はどこかクリアに似た所がある。何故か顔が真っ赤になっているから怖くないけど。

 眼、髪型、顔の輪郭。どれをとっても、人間の言う"美人"の領域に入るだろうが、エルフに美人が多いのはこの屋敷内では周知の事実だ。なんたってこの屋敷には現在十六人のエルフが住み込んでいるのだから。

 

 そこまで考え、ようやくこの眼の前のエルフが誰だか思い立った。

 どこかナリアに似た顔立ち。

 親愛の情を示すナリアに、敵意を隠そうともしない目の前のエルフ。持っている感情は正反対の物だったが、なるほどよく見ればその外見には多少似通った点があった。

 少なくとも、血縁があるのだろうと予測できる程度には。

 

 あの祭りの案内がなかったら、ナリアも私にこんな視線を向けていたのだろうか?

 改めてシーン様の配慮に感謝した。

 

 

「おはようございます。えーと……ナリアのお姉さん……クリステル・フリージアさんでしたっけ?」

 

「……はい」

 

 脳内のリストを検索した結果行き当たる一つの結論。

 私の問いに、クリステルは微かに頷き肯定する。

 その声色には何の感情も含まれて居ない。どうやら、睨みつけるような目つきは別に意図したものではなかったらしい。

 まぁ、たとえ意図してやっているものだとしても、やむをえないだろう。人族とエルフ族の仲の悪さは有名だ。それは人と魔族、魔族とエルフのそれよりも遥かに悪い。

 ルルとシーン様を見ていると信じられないように思えてくるが……

 

 

「そ〜、今おね〜ちゃんとおに〜ちゃんの所いくの!!」

 

 

 ナリアの言葉に、一瞬クリステルの身体が震えたような気がした。

 

 どこが気に入ったのか、ナリアはシーン様とこれでもかと言うほど仲がいい。

 暗黒の月の間、私は大抵シーン様と同じ部屋で過ごしてきたが、私以上にシーン様と過ごしたのはナリアだけだろう。

 まだシーン様のストライクゾーンに入っていないらしく(ナリアの外見は十歳くらいである)、他者と比べ無碍に扱われているようにも思えるが、それでもめげる事なくシーン様に付きまとうその根性は見習うべき所がある。

 年齢さえストライクゾーンに入ってしまえば、ナリアもシーン様のお気に入りになるだろうし……

 

 成長したナリアを思い浮かべ、首を振った。

 ナリアが成長する頃には私は何歳になっているのだろうか?

 そして、シーン様は?

 

 ……シーン様なら、ナリアが成長するまで根性で老いを止めそうだから恐ろしい。

 一応その辺の所はあとでシーン様に言い含めておこう。

 

「ところで、シーン様の所へ何をしに?」

 

「えっとね〜、あそびにいくの!」

 

 トランプでもするのだろうか?

 以前シーン様とナリアがトランプしてるのを見た事がある。シーン様アレで単純なゲームとか大好きだから……

 それともテトリスか?

 どちらにしても、年始のシーン様は忙しい。

 情報が届くまでラグがあるから、午前中は暇だろうが所詮はそれまで。午後には情報も着々と届き、暗黒の月による弊害を解決するため脇目も振らず仕事にいそしむ事になるだろう。

 あまり長時間邪魔をしないように言わなくては……

 

 

 

「ナリア、あのね――「おに〜ちゃんとあいしあうの!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……シーン様、とうとう十歳の女の子に手を出すまでに落ちぶれましたか。

 正直、いつかやると思ってました。

 

 

 

 

 

 ……じゃない。

 えええええええええええ!?

 愛し合う。愛し合うというからには、アレの事なのだろう。プラトニックな関係とか死ねばいいのにと言って憚らないシーン様の事だ。

 だが、それは、間違ってる。明らかに間違いだ。法はともかく、人として間違ってる。

 待ちきれなくなったのですか、シーン様。他に十数人も相手がいるのに、わざわざ一番幼い外見を持つナリアに手を出すなんて――

 

 ダールン公の事をロリコンなどといえるほどの立場じゃないじゃないですか。

 

 

 

「ナリア、と、するの?」

 

 何とかその言葉を口にする。

 気力のみが私をつなぎとめていた。

 ナリアが言葉の意味を知らない可能性もある。本来の歳はともかく、何しろナリアの精神年齢は十歳程度なのだから。

 

 

「ん〜、ナリアはおっきくなってから。おね〜ちゃんがあいしあうの」

 

「…………」

 

 

 視線をクリステルに向けると、瞬時に逸らされた。

 何かに耐えるかのようにぷるぷる震えているエルフ。

 その仕草に、私は確信した。

 

 

 シーン様……信じていました。

 

『俺は微乳が好きなだけでロリコンではない。もちろんペドフェリアでもない。』

 

 なるほど、おっしゃるとおりです。ナリアの言葉に勝手に勘違いした私が悪いんですね。

 

 真っ赤になっているエルフ姉の姿は、同姓から見ても抱きしめたくなるほど可愛かった。これならシーン様も満足するだろう。

 口元からぶつぶつ聞こえる『これはあいつのためじゃない。ナリアのためだ。我慢しろ』という声は聞かなかったことにする。

 しかし……こんな朝早くからシーン様を求めるとは、エルフって凄いな。

 上機嫌なナリアと、真っ赤にうつむくクリステル。

 夜這いをかけに行く事を妹にばらされたクリステルの今の心境を聞きたい気分だ。

 なるほど、ナリアも残酷かもしれない。ある意味では。

 本人にその気はないから無実だろうけど……

 

 でもしかし、それならどうして……ナリアがクリステルと一緒に歩いているのだろうか?

 

 

「ところで、何でナリアがそれについていくんだ?」

 

 

 

 

 ふと思い立った疑問。

 私はその疑問を、ナリアにぶつけた。

 

 

 大事な事なのでもう一度言う。

 ついうっかり、ふと思い立ったそれをナリアに尋ねてしまった。

 

 

 世の中には知らない方がいい事実というものが存在する。その事は、シーン様からいやと言うほど教えられたはずなのに……

 私は、笑顔で見送るべきだったのだ。

 恥ずかしそうにうつむくクリステルと、機嫌のよいナリア。ちょっと変わった姉妹だな、とか、その程度の感想と共に去るべきだった。

 

 

 ナリアが笑顔のまま口を開く。

 野原に咲いた一輪の向日葵のような、満開の笑顔。

 

 

 

「だって、ナリアがついていかないと、おね〜ちゃんにげるかもしれないし」

 

 

 

 

 

 

 一瞬耳を疑った。

 

 逃げる!?

 

 何か、ねっとり絡みつくような視線を感じ、私は視線をクリステルに向けた。

 すぐに視線を返す。

 大体の事情を理解する。これほどまでに自分の物分りのよさを呪った事はない。

 

 そんな、助けを求める目つきで私を見られても困る。

 脳裏にはっきり焼きついた、クリステルの今にも泣きそうな表情。目尻で微かに光る真珠の涙。十人に聞いたら十人が『可哀想だ、俺が私が助けてあげなくちゃ』と答える、そんな表情。美人がやると、効果はおよそ一・五倍(当社比)

 

 だが甘い。私は伊達にシーン様の元で仕えているわけじゃない。

 一瞬で今見た光景を脳の記憶領域から削除する。

 それは、今まで生きたおよそ十六年の人生の中でも最も機敏な動作だっただろう。

 世間の裏に存在する闇を直視するには私はまだ若すぎる。

 

 

「おね〜ちゃんとおに〜ちゃんはね、相思相愛なの」

 

「よかったね」

 

 

 相思相愛。

 そうか、相思相愛なのか。それなら納得だ。

 尤も、シーン様は全ての娘を愛しているから、相思相愛になるか否かはこちら側の問題なのだが……

 凄い相思相愛だな。壮絶な愛というものを実感した。クリステルの、どこか諦観したような表情は気のせいなのだろう。なんたって、私よりナリアの方がクリステルの事に詳しいし。

 

 自分を納得させる言い訳を、心の中で羅列する。

 早くこの場から逃げ出したい。

 ナリアの笑顔が、悪魔のソレに見える。

 なるほど、残酷、か。残酷だ。シーン様から聞いた話が正しかったのだと、この上ない事実を突きつけられ実感する。

 うわべだけでは分からないものだ。

 

 それにしても……シーン様が何故ナリアを無碍に扱いつつも、はっきりと追い出さないのかわかった。

 ナリアの無垢とシーン様の策謀。

 これほど恐ろしいバッテリーは存在しないだろう。

 事実、一羽の可憐な蝶はもうその二人のコンボにより蜘蛛の巣にひっかかったような状態になっている。

 

 ナリアを怒らせてはならない。

 いや、怒らせなくてはならないのか?

 好意が人を窮地に立たせる。笑えるくらい可笑しな悲劇だ。

 ナリアの暴走は止まらない。

 

 

「あのね〜、ナリアは、あいしあってるのをみてるの。おに〜ちゃんがこうがくのためにそうしなさいって!!」

 

「そ、そうか。シーン様……残酷な事を」

 

「ぅう……なんで私がこんな目に――」

 

 

 

 後学のために……凄い言い訳だな。

 何を学ばせるつもりなんだろうか?

 耳まで真っ赤に染め、今にも泣き出しそうな声で自らの境遇を恨むその声、気持ちは分かるが私程度に止められる事じゃない。

 多分、止めようとしたら私が代わりに抱かれるだろう。

 ただ抱かれるだけならいい。だが、今止めたら間違いなくナリアの目の前で犯される。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。考えただけで顔が熱くなってくる。

 

 

 全ては主の御心のままに。

 

 

「それじゃあ、ナリア。シーン様が待っておられるだろうから、早く行きなさい」

 

「あ、は〜い! いってくるね! MDVでとるって言ってたから、あとでみせてあげる!!」

 

「――ッ!? な、ばかな――」

 

「あ、ああ。その時はお願いね」

 

 

 クリステルの狼狽。

 腕を引きずられるようにして去っていくクリステルに、両手を合わせた。

 

 MDVというのはMulti-Dimentsonal Video、ある種の魔術により生み出される結晶の事で、過去の出来事を立体映像として残す事ができる高等術式を指す。

 相当な高位魔術師にしか生み出せないが、その出来は見事の一言に尽きる。しばしば幻術の一種と間違われるほどで、法廷では証拠としての効果が認められているほど――

 

 

 クリステル、観念するしかないよ。シーン様は確かにその術を使えるから。冗談とか言わないし。

 

 ナリアの思わぬ一面。

 見た目以上に変わった姉妹に、敬意を表そう。

 どうせ、一ヶ月もじっくり説得されればクリステルも自らその身を開く事になるだろう。私はシーン様の事を良く知っている。

 

 

 それまでの辛抱だ。

 

 

 

 

 

 

「それにしても――シーン様への仕事は午後から回させる事にしよう」

 

 書類を持っていく子が可哀想だし。

 

 しかし朝からとんでもないものを見てしまったな。

 微かな頭痛を感じつつも、私は仕事を開始するため、早足で執務室に向かった。

 こういう時は、頭を動かして嫌な事を忘れるに限る。

 

言い訳


多忙+体調の悪化で、一日一話に戻すとか言っていたにも関わらず今までで一番間を空けてしまいました(*ノ∀`)ペチンッ

多分これで復活……できたらいいなぁ(´▽ `;)

明日からは一日一話に戻るはずです。


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