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黒紫色の理想  作者: 槻影
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第二・五話:元勇者と三十九分の一の私の話

本来第二話にまとめて載せるはずだった話です。

時間なくて別々になったので第二・五話、と。

一日一話……まだまだぁ

誤字脱字は例によって、おかしな表現も見つけ次第修正します。


 

 

 

 第二・五話【元勇者と三十九人の子供の話】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父は英雄だった。

 父は私が生まれた時既に、地位、名誉、金、力、この世の全てを手に入れた本物の英雄だった。

 周りの者達は、父を褒め敬い尊びありとあらゆる点において、その存在を自らの上に掲げ、神と同格の存在とまで言及していた。

 ある種の妄信――いや、狂信といったほうがいいかもしれない。

 私も、私の上にいる兄弟も、私の下にいる兄弟もみなその周囲のあまりの腰の低さに戸惑っていたのを覚えている。

 父はよく、それらを見て悲しげな顔をしていた。

 

 

 ある日、おそらくまだ十歳くらいの頃だっただろう。

 それは、たった一つの小さな疑問。

 ふと思いついただけ、

 次の日になれば忘れてしまうだろう小さな問いかけ。

 

「何でみんなあんなにお父さんの事を偉い偉い言うの? どうしてあんなに頭下げるの?」

 

 湿った空気。

 外では、雨が降っていた。

 父の表情が真剣なものに変わる。

 本当は、答えなどいらなかった。

 

 

 

「彼らはね、怖いんだよ。魔王を倒すためだけに生まれ、仲間ととても長い間旅をした。その中で彼らは何をしたと思う? そりゃあ一部には優しい人もいたさ。親切な人もいた。でもね、それは少数だ。いくら王に祀り上げられ英雄候補として旅を続けていたといっても、ほとんどの人々にとってそれは所詮遠い出来事の話でしかない。自分達には関係のない話でしかない――いくら努力を続けても、俺達は報われることはない。なんたって俺は勇者だからね。魔王を倒すために神が使わした光の御子。勝てて当然なんだ」

 

 彼らは怖いんだ。今までないがしろにしてきた俺が魔王を倒せるほどの力を持ってしまったことが。

 

 父の言葉に、幼い思考の中で、一時考えて問いかける。

 

 ――お父さんは可哀想な人達のために戦ったんじゃないの?

 

 

「ああそうさ。俺達は確かに可哀想な人達のために戦っていたさ。でもね、ある日気づいたんだ。悪いのは魔族じゃなくて人間の方なんじゃないか、ってさ。俺の仲間達が助けると意気込んでた可哀想な人々のほとんどはまた別の人間に虐げられていた。みんな目の前に見るからに醜悪な、人間に害を成そうしそうな存在がいるからそっちを矛先にしているだけであって、本当の敵は隣で笑っている人間なのかもしれないって」

 

 

 ――そんなわけないよ。だってさ、モンスターって人を食べてたんでしょ?

 

 

「ああ、もちろん人を食べる魔物もいる。生きるためにね。

 勘違いしないでほしい、俺はそれを仕方ない事だとは思っていても、当然いい事だとは思っていない。人間という種族の一員として、そういう魔物を相手に殺すことに一片の躊躇をするつもりもないし、実際人を殺した魔物がいたらためらわず殺すだろう。でも、多分本当に残酷なのは魔物じゃなくて人間なんだ。生きるためじゃない利己のために他者を殺せる人間ほどタチの悪い奴らはいないんじゃないかな? 勇者が倒せるのは魔物であって人間じゃない。今まで幾人もの勇者が現れたにも関わらず、世界が完全に平和にならなかった矛盾がそこにある」

 

 

 ――お父さん、人間嫌い?

 

 

「いや、人間は大好きだよ。たとえ鋼の剣一本と幾ばくかの金を授けられ、魔王を倒す旅にたった一人放り出されても俺は人間が大好きだ。だからこそ醜い点が目に付くんだろうけどね。それにね、もともと俺は王に送り出されなくても魔王を倒す旅には出ていたと思うんだ。それも正義とか愛とかじゃなくて、唯一つの利己的な理由のために。大義名分を与えられただけよかったとさえ思ってるよ」

 

 

 ――んー、お父さんは何で魔王を倒さなきゃらななかったの?

 

 

「魔王がとても悪い存在だから、かな。俺が倒した魔王は特に最悪だった。最高に最凶で最悪。冷徹に残酷で、今思い出しただけでも寒気がする。今までの魔王は世界征服を唯一つの目的としていたのに、俺が倒した魔王は世界征服の先の事しか考えていなかった。自分が倒された後のことしか――」

 

 父の話は、いつしか幼子に話しかけるというよりは独白のような口調になっていた。

 私は、無視されているのがちょっとだけ嫌だったけど、お父さんがこんな真剣な表情をしているのは初めてだったし、話を遮ったら悪いかな、と思い、ただ静かにその話に耳を傾けた。

 

 

「歴代の魔王でさえ全てを統率する事ができなかった有象無象の魔物達を力だけで統率し、従わないものはただ冷徹に、何の躊躇も憐憫も慈悲もなくただ"間引く"。終焉の地とまで蔑まれたやせた土地を物量に物を言わせ整えさせ、人間が作ってきた街に似た集落形態を取らせる。ほとんど本能のみで生き続けてきた魔族に知性という名の人類のみに与えられていた道具を無理やり植え付け、それに適応しなかったものを殺戮する。生まれつきの力にのみ頼っていた魔物から向上心を引き出し、それと同時に沸き起こった恐怖を団結力の土台とする。一人殺して殺人、百人殺せば英雄だと言うのならば、奴は紛れのない英雄、天才的な腕を持つ策士だった。魔王はね、金がなくて鋼の剣一本で旅をしていた俺に、聖剣クラスの剣さえ与えたんだ。おそらく計画に"強大な敵"という名のスパイスを加えるためだけに」

 

 

「リィン、お前が外に出て、オークと呼ばれる魔物にあったとする。身体中が剛毛――今の子供にはわからないか。茶褐色の肌を持つ強靭な腕力を持つ魔族だ。さて、問題。そのオークの格好は?」

 

 

 オーク。茶褐色の肌を持つ力の強い魔族。

 父に言われた意味を子供なりに解釈し、想像しようとする。

 だが、答えはすぐに見つかった。想像するまでもなく、それは普通に――

 

「んー、真っ黒なスーツ?」

 

「……その通り、それが今の正解だ。昔は違かった。終焉の魔王が現れる前は――今から二十年前までは、奴らはただ糞尿の匂いの染み付いた汚らしい布切れを纏うだけ――いや、ほとんどの固体が寒い日も暑い日も全裸で生活するちょっとだけ人間に似た、ただの動物だった。身体中に針のような茶色の毛を生やした、よく言って野蛮人。話しかけても『あー』とか『うー』とか呻る事しかできず、唯一の取り柄がその怪力というモンスターの名にふさわしい種族。それが今はどうだ。俺達が話しているシン語だけでなく、ムーラバ語もミスティア語も、固体によっては古代クラン系言語までぺらぺらに話す超人だよ。来ている服は一律して塵一つしていない清潔極まりないパリッとした黒のスーツ、一日四回風呂に入り、生まれた直後に全身を永久脱毛するから毛深いなんて事もない。リィンが外に出てオークと会ったら、そいつはこう言うだろう。『おはようございます。いい朝ですね』ってな。もし道に迷って困ってたらこっちから切り出すまでもなく『どうかしましたか?』と聞かれるだろうし、重い荷物を運んでいたのなら『私が代わりに運びましょうか?』だ」

 

 父はうんざりしたように話し続ける。

 オークが清潔なのは当然だ。

 みんな親切で賢く優しい。オーク族は何をするのにも優遇されている。

 何を言っているのだろう?

 

「それだけじゃない、かつて人類に脅威を与えていたドラゴン族は、今やタクシーや運送業を営む欠かせない社会の仕組みの一つだし、人の生き血を啜り永き時を生きていた憎むべき吸血鬼は、日中は日傘をさして堂々と外を散歩し、夜は知人を呼んでナイトパーティ、血の代わりにレバーを食べる。ただの小人だったレプラコーン達は、鉱山から採掘した金銀銅鉄を加工し人間界に持ってきて莫大な富を得た。全てが全て、元はといえば魔王の力によるものだ。魔王の魔は魔族の魔、魔王の王は、トップに立ち民を導く者の意。その名の通り、魔族を導き人間を絶望に陥れた。何代もの間魔王が試み勇者ら人類の手によって失敗していた"世界征服"が、侵攻が、たった二十年の間にここまで来るとは。どんな賢人でも予想できなかっただろう、ここまで魔族が善人だったなんて」

 

 

 私はよくわからなかったが思った。それらはいい傾向ではないかと。

 それを言うと、父は急に机に突っ伏して泣き出した。

 大の大人が泣く姿を始めて見た。まるで聞き分けのない子供のようにわんわん泣いている姿は英雄だったようには見えなかった。

 

「そうさ、これはいい傾向だ。ある意味最もいい結末かもしれない。勇者以外の全存在にとって――」

 

 目を真っ赤に晴らせながら父が言う。

 

「今の世に勇者は必要かい? 魔王いないのに必要だと思うか?」

 

「んー」

 

 少し考える。

 父の問いの答えは、幼い子供でもすぐに導き出された。

 考えるまでもなく簡単な話だ。魔王を倒したのなら、勇者はいらない。

 

「そうだ、魔王がいなくなったら勇者はいらない」

 

 機先を制し、父が言う。

 泣きそうな声で。

 苦悩に満ちた表情で。

 かつて光のオーラを纏い魔王と対峙したといわれる面影はない。

 

「それでも、俺は、まだいい。魔王を、倒せたのだから!! 魔王とは何だか知っているか? グラングニエル族という魔を魅する力を持った魔族のリーダーだ!! だから魔王は死んでもすぐに新たなリーダーが現われ、結果魔王はいなくならない。いや、いなくならなかった!!」

 

「な、何をいって――」

 

「では勇者とは何だ? 何なんだ? 人の身で魔族と渡り合えるだけの力を持つ戦士。天使が纏うという光のオーラを操り人類の敵を一掃する人間の切り札!! いくら傷つけられても死なず、病気にもならず、心臓を止められても動き続ける!!」

 

 勇者ってのは病気なんだと思う。

 

 反論すると、父は静かに言った。

 心臓を止められても死なないなんてありえないと言っても、ただ呟くだけだった。

 

 病気。人間にかかった勇者という名の病。遺伝子に潜む呪いの系譜。それが勇者なのだろう、と。

 

「勇者は死なない。死ねない。不老不死だ。傷つかないわけではないが、どんなに傷ついても――片足が吹っ飛んでも顔面が瞑れても背骨をねじ切られても心臓を貫かれても全身の血液を抜かれたって、絶対に死なないんだ。不死の呪い。素晴らしく残酷だ。そして、この病は伝染する。父から子へ、子から孫へ。感染率は百パーセントだ」

 

 

 

 

 

 

 

「十八、十八まで育ったらそこからお前は不老不死の存在になる。何千年もの時を生きる人と魔の境をさまよう存在に」

 

 

 

 

 とてもじゃないけど信じられない馬鹿げた話。

 父は冗談を言うような人柄じゃなかったし、幼い私は尊敬もしていたがそれでも信じられなかった。

 何かの間違いだと思った。

 なぜなら、父は確実に老いていたから。不老ならば十八の頃の姿を保っているはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それともう一つ、私には三十八人の兄弟がいた。

 

 

 

 

 

 その事を出すと、空笑いしながら父は続ける。

 今思えば、私は殴ってでも父の話を止めるべきだった。

 

 

「勇者の病気の唯一の特効薬。それが魔王の――グラングニエル族の新鮮な血液だ。それを手に入れるため、俺は魔王を全力で追った」

 

「苦しい旅だった。何人もの仲間が死んだ。いくつもの別れがあった。三年にわたる長い旅、もはや涙も枯れはてる」

 

「死なないというのはかくも辛いことか思い知った。腕が吹き飛んだ。足も潰されたし、頭も砕かれた。気が狂うほどの激痛。知ってるか? 勇者の手足はなくなってもまた生えるんだ。頭も元に戻るし、心臓も再生する。でもな、痛覚はきちんと残っているんだよ。気絶もできない。気が狂ったらと思ったこともあるが、気が狂うこともない。絶望の坩堝だ。なぜか再生はとてもゆっくり。初め二年、治癒魔術を使える仲間がいなかった頃はまさに地獄だった」

 

「それでも俺は旅を続けた。あまりに時間がかかりすぎて、魔王が死去し新たなグラングニエル族が魔王を継承した。後は知っての通り。俺は魔王本人から聖剣を託され、五人にまで減った仲間と共に、何故か突然スーツを着だした、ふざけたなりのくせにやたらスペックの高い魔物共を蹴散らし、魔王に挑んでそして――」

 

 

 狂ったかのような父の平坦な声が頭をかき乱す。

 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

 嫌だ、やめて、怖い。

 でも聞かないわけにはいかない。なぜならそこにこの父の起源が存在するから。

 父を恨みはしない。

 例え、分かっていたにも拘らず不老不死という哀れな病気にかかった子供を生んだとしても――

 

 

 

「勝利と絶望を与えられた。後から分かったことなんだが、魔王は死にたがっていたらしい。ミファが教えてくれた。あの魔王の死因は俺が永い年月を経て得た必殺技"ジェノサイドアタック"によるものではなく、自ら突き刺した杖だったと」

 

 

 ジェノサイドアタック……

 

 

 …………

 

 

 身に付けた技に、勇者の技の名に相応しいとは思えぬ"殺戮"の名を冠してまで魔王を倒す事に執着した父。

 確かにそれは自分のためでもあっただろう。

 だが、それでもそれ以上にその行為は人類の未来を照らす一筋の光を守るためであり、父は――

 

 

 

「おそらく魔王は、死に場所を探していたのだろう。勇者と魔王、その在り方は正反対ではありながら、それでもその存在はたった一つの小さな点で交差していた。死ねない勇者と死にたがりの魔王。結果として、魔王は死に俺は老いる身体を手に入れ、そして――」

 

 

 たとえ自分でなんと言おうと――

 

 

「そして、魔王はいなくなった。残っていたグラングニエル族はおよそ三十人、そのどれもがグラングニエル族の血が薄く、勇者の特効薬にはなれ得ぬ脆弱な存在だった。予想外だった。我が家に伝わる書によると前代の魔王は百人以上の子を成していたはずなのに、残っていたのは三十人ほどでそのどれもができそこない――」

 

 

 

 たとえ自分でなんと言おうと――

 なんと言おうと――

 

 

 

 

 ……あれ? 話がひどく世俗的なものに落ちてるような……

 

 

 

 

 

「そしてもう一つの予想外。それは、俺が旅を続けるにあたって抱いた女達に関してだ。勇者は本来生殖機能が低く、いくらヤッても一人子供が生まれるか生まれないかのはずなのに……。驚いた。帰還の途中にあって見るとぽこぽこ子供ができていたから――」

 

 

 

 

 

 …………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殴った。全力で殴った。そして泣いた。

 まだ子供だったが、父の言ったことは理解できていた。

 この日ほど自分の賢しさを後悔した事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「若気の至りだった」

 

 

 

 

 

 

 父は英雄で、勇者で、皆から尊敬されてて、そして若気の至りというただそれだけの理由で不老不死の子供を三十九人も残した大馬鹿者。

 おまけに、もはや魔王は存在しない。勇者だけが三十九人。おまけに女は私だけ。

 勇者ってのは魔王を倒せるようになるほどの戦闘能力を持っている。

 そんな無駄に力がある不老不死の存在が三十九人。

 おまけにまだまだ増える可能性がある。

 

 明らかにばれたら私達の方が魔王と呼ばれる存在になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「できないからと高をくくらず、一応避妊はするんだ。この過ちをお前はもう二度と繰り返すな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 父の言う事は、もはやどんな内容であろうと私の心には響かない。

 父の若い頃の写真を見た事がある。

 十六歳くらいの純粋無垢そうな顔をしている勇者時代の父。

 あの純粋な瞳の中に三十九人分もの子を孕ませた事実が潜んでいるのか。

 もはや何を信じていいのか分からない。

 

 

 

「父さんを信じてくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 こいつ……ナニを切り落としてくれる。

 

 

 

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