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黒紫色の理想  作者: 槻影
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第二十八話:虎と猫と少女の話


 異世界を十分に満喫し、帰還した先に待っていたのは無表情のメイドだった。

 

 自分でも何を言っているかわからない。

 

 日々成長するStrangeDayのせいで、ジャングルの奥地みたいな風景が展開されつつある俺の寝室。

 廃墟とした城の隠し部屋で、ゲートを開いて戻ってみると、そこに居たのは無表情のメイドだった。

 

 

 

 

 

 …………わけわかんねえ。

 

 

「……何だ?」

 

 

 思わず出てしまう言葉。

 俺は、誰にも内緒で異世界へ行った。

 というか、前回異世界に召喚された事すらほとんど誰にも話していない。

 普通に外出した時からともかく、誰にも言わずお忍びで異世界旅行を楽しんできた今、出迎えが存在するわけがないのだ。

 そもそも、今俺の部屋は非常にデンジャラスだ。StrangeDaysの効果がよく分からない以上、所有物をむやみに中にいれるわけにはいかない。

 だからこそ迂闊に入らないよう全員に言い聞かせたはずなのに……

 

 薄茶色の綺麗な透明な瞳が俺を見つめる。

 俺がデザインした制服であるエプロンドレスに、皺一つないヘッドレス。

 いきなり現われた主人に、驚きもせず佇むその様子。

 

 

「何かようか?」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

「あ、ああ……」

 

 

 腕を軽く前に組んで完璧な礼。

 何かが頭の隅でざわめいた。

 

 特に不自然な動作があるわけではない。

 だが、その様子にどこか例えようもない違和感があるように感じる。

 言葉には言い表せない違和感が――

 

 

「お召し物を……お預かりします」

 

「……? 何だろう……何か忘れているような――」

 

 言葉に出してみるも分からず。

 気に障っているわけではない。むしろ、洗練された動きには心地よさすら感じる。

 血にぬれたコートを脱ぎ、手渡す。

 テキパキとした動作でそれを畳むメイド。

 

 もう一度礼をすると、それは俺が静止するまもなく逃げるかのように部屋の外へ出て行った。

 

 

 

「なんだったんだ?」

 

 猫耳を抱き上げ、異界へのゲートを閉じながら、俺は一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十八話【虎と猫と少女の話】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ暗黒の月も明けますね」

 

 暗黒の月の間、私室に居るよりもこの部屋に居る時間の方が長かったんじゃないだろうかと疑わしいほどこの執務室に入り浸りになっていたシルクがそんな事を言った。

 

 暗黒の月に入ってから既に二十九日、あと二日で暗黒の月が明けると同時に新年という事になる。

 暗黒の月が終わって次の日が新しい年の一日目。それは、今のこの世界で一般的に浸透しているものだ。

 聞いた話では、なんでも暗黒の月の間に生き延びる事ができた喜びと、年が明ける時の喜びが相乗効果を及ぼすのだとか……

 

 暗黒の月はいくつかの法則によって成り立っている。

 ある決まった期間ごとに訪れる。

 暗黒の月の間、決して外に出てはいけない。

 そして、最後の一つ。

 暗黒の月の間、一つの国につき平均で一家屋、消え去ってしまう家が存在する。

 地形もたまに変わるらしいが、よほど大規模じゃないと気づく事はない。

 

 

「今年の被害者はどこでしょうね……?」

 

 俺の目標である、被害者ゼロの国。

 今年は、そのために全ての家屋にある仕掛けを施してある。

 いつどのタイミングで家屋が消滅するのか、取り敢えず集計するために――

 とりあえず、消滅は避けられないが、家屋の一件や二件潰れてもかまわないので、その辺はまあいいだろう。

 

 

「少なくとも、まだどこの家も消え去ってはいないはずだ」

 

 

 ゲームなどで使用するラインを利用した仕掛け。

 試験管に似た装置で、暗黒の月が始まってからずっと、こちらの対になる装置とラインをつなげ続けている。

 情事接続にはそれなりの魔力が必要だったが、その辺は協力者の方に自発的に協力していただいた。

 わざわざライセンスを持っている商店の協力を得て作った装置なので、多分この暗黒の月の間故障する事はないはず……

 

 

「ところでシーン様、外に出れなくて大丈夫でしたか?」

 

「大丈夫って……何がだ?」

 

 

 話をころころ変えてくるシルク。

 何故か、顔が引きつってる。

 

 俺何かやったっけ?

 

 帰ってすぐに着替えて、シャワーを浴びたから血はついていないはず……

 武官のアンジェロならともかく、シルクに血の匂いを嗅ぎ分けるほどのスキルはもっていないし

 勘?

 皮のベルトに鈴をつけながら、表情にあるものを読むべくシルクの顔を凝視した。

 不思議だ。何が悪いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは一体何なんだろう?

 

 暗黒の月にも関わらず、シーン様はたまに姿を消す事がある。

 屋敷の中は広いし、シーン様はとても自由な方だから会わない事もあって当然なのだろうが……

 

 これはおかしい。普通じゃない。どこから持ってきているんだ?

 

 今この屋敷は密室だ。そして、この屋敷の中に住んでいる人々は、全員私の頭の中に入っている。

 少なくとも記憶の中にある者達の中にはいない。

 

 猫の耳を生やした美少女なんて――

 

 

 

 

 今にも殺してやらんといわんばかりの猫耳少女が、そこにはいた。

 スキルレイによると、地陸と言う名の人虎ワータイガーで、LVが700。威圧感から尋常ではない力を有しているとは分かっていたが、そのLVの高さに一瞬立ち上がりそうになった。

 

 危ない。凄く危ない。

 背後で、何かを我慢しているかのようにプルプル震えながら立ちすくむその少女は、どう贔屓目に見ても獲物を狙おうとしている猛獣以上の存在には見えない。

 

 それを背に何でもないかのように振舞うシーン様に、改めて尊敬の念を感じた。

 おそらく、本人は本当に何でもないと思っているのだろうが……

 

 シーン様が、不思議そうにこちらを見ている。

 その手にあるのは、小さな皮のベルト。

 一体何をやっているのか?

 ベルト……いや、首輪か?

 

 

「…………」

 

「そ、そろそろ暗黒の月が終わりますね」

 

 

 沈黙に耐え切れず、何とか会話を始めるべく言葉を掛けた。

 暗黒の月まで後二日。おそらく今年も何事もなく終了するだろう。

 少なくともこの暗黒の月の間、私はとても平和だった。

 何事もない日々だったというべきか……食料も十分だったし、備品にも特に足りなかったものなど、不自由はなかった。

 

 ……シーン様、後ろの方が何故か私を睨んでいます。

 

 最後の最後に私の平和は乱されたようだ。

 

 

「今年の被害者はどこでしょうね?」

 

「少なくともまだどこの家も消え去ってはいないはずだ」

 

 

 どうして平然としていられるのだろう?

 眼を逸らしたいのだが、どうしても視線が言ってしまう。

 真っ赤な鎧と真っ赤な髪がとても目立つ。金色の瞳孔が完全に開ききっていて――何と言うか、動物的な恐怖? 蛇に睨まれた蛙と言うべきか、とにかくかなり怖い。

 

 シーン様は、自分の頭の上でその子がとがった爪を立てるような仕草をしているにも関わらず、特に警戒をする様子もない。

 命が危機に晒されてますよ?

 もしかしたら……私にしか見えていない?

 

 シーン様が何かを呟く。

 空気が蠢くような気配。

 シーン様の手元に現われた小さな黒い鈴――シーン様の魔力により生み出された鈴。

 意味が分からない。相変わらず、何を

 

 

「ところでシーン様、外に出れなくて大丈夫でしたか?」

 

「大丈夫って……何がだ?」

 

 

 口元からちらっと見える牙がやたら禍々しい。

 外から――外から連れてきたんじゃないんですか? その後ろの子は。

 いくらシーン様でも、この暗黒の月の間外に出る事はできないと思うけど……でも、ありえないと言い切れない所が嫌だ。

 

 怖い。ひたすら怖い。

 隣で寝ているナリアのように私も眠れたらいいのに。

 いや、寝るわけにはいかないか。ありえないと思うが、万が一シーン様が危険な状況に陥ったら――何とかしなくては。

 

 こういう時に頼りになるアンジェロは、こういう大切な時に限っていない。

 爛々と輝く瞳が、鋭い視線をこちらに向ける。

 

「どうしたんだ? そんな怖い顔して――」

 

「……何でもありません」

 

 

 冗談なのか本気なのか、シーン様はベルトに鈴を通しながら言った。

 怖い顔――どうやら表情に出ていたようだ。

 シーン様が不審そうな顔をしている。

 私の表情の変化はわかっても、後ろにいるモノに関して微塵の興味も示さないシーン様。

 鈍いのか嫌がらせなのか、可能性は三年の年月の間付き合っている私から言わせて貰うと五分五分だ。

 

 

 

 

 

「時にシルク、またたびの在庫ってあったっけ?」

 

 首輪を指に通し回しながら言うシーン様。

 またたび……? 使うのですか? それは、後ろの方に使うのですか?

 

「な、ないと思いますが……」

 

「ふむ、ねこじゃらしは?」

 

 

 ……あるわけないでしょ。ねこじゃらしとか、在庫にするとかしないとかそういうものじゃありませんし……

 

 後ろで噛み付くような動作をしている少女。

 その方は多分猫じゃなくて虎です。虎。こんな物騒な猫はいません。

 

 

 

 

 

 

 本気でどうしていいかわからない私を面白そうな表情で観察するシーン様。

 シーン様の嫌がらせは、それから数時間にも渡って続けられた。

 

 

 

 それが素であった事を知ったのは、日が明けてからの事である。

 

 

 

やたら半端な二十八話。

一応つなぎと言う事で――

今日は大晦日ですね。

今年はありがとうございました。

新年もまた、よろしくお願いします^^




P.S.ユニークアクセス100000突破しました。感謝ですm(_ _)m

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