第二十四話:あるストーカーと理知的な俺
「新たな完全犯罪思いついた」
窓の外に広がる暗黒。
静止した闇は世界全土を覆いつくし、ありとあらゆる存在に停止を与えている。
言葉を選びながら呟く。
一寸先も見えないほどの外世界。
それはとても面白い案に思える。
「いいか? 窓をさ、割ればいいんだ。通説によれば、外から闇が流れ込んできて全てを滅してくれるだろうさ。簡単な事だ……完全犯罪。暗黒の月が来る寸前に暗殺対象が棲む家の内部に時限式の爆発物を仕掛ければいい。暗黒の月が始まってから爆発するように設定して……」
この暗黒の月の間に外に出るとどうなるのか、真実は誰も知らない。実際に外に出た者で生き延びることができた存在はいないからだ。
ただ、三千年の昔から言われていた。暗黒の月に外に出た存在は世界から拒絶され消滅すると。
この現象の中、存在を許されるのは、静止しているもののみ。
家屋の中まで"暗黒"は入り込まないし、植物や石、あるいは以前見た広場にある祭壇など、動かないものに闇が襲い掛かる事はない。
ただそれは動かないが故に――
滅びはその月の間にも動き続ける生き物にのみ与えられる。
仮に一月の間一歩たりとも動かずいられる生き物が居たとしたら――おそらく外界にあって尚その滅びの月を生き延びる事ができるだろう。
「虚影骸世を使えばこの外にある闇を押しのけて出て行く事ができるかもしれないな……」
あれは、自らの世界を構築する境界を広げる魔術だ。相当な抵抗が予想されるが、それでも最大出力で扱えばこの暗黒の世界をも突き進んでいけるかもしれない。
たわいもない考えが俺の脳裏を過ぎる。
くだらない。
大体、突き進む意味がない。
外に出れたとしても、他の生物が外を歩けないのだから意味が……
「……暇なんですか?」
「ああ、暇だな」
「暗黒の月に入る前に計画表を作ったと言っていた覚えがありますけど……」
計画表?
「計画表ってのは守られない為にあるんだ。偉い人もそう言ってる」
「……ゲームでもやればいいのでは? 確か、シーン様最近やってなかったでしょう?」
部屋の隅から聞こえてくるシルクの声。
そうだな。最近忙しくてやってなかったし……テトリスでもやるか……
小難しい本をありがたく読んでいる奇天烈なシルクの言に従う事にしよう。
例え暗黒の月でもラインは繋がる。
まだ計画の段階らしいが、ラインの機能を会話に限定しライン形成にかかる魔力を減らせるようになったら、この暗黒の月の間も遠い地に住む友人と会話する事ができるようになるなんて事が起きるかも。
執務机の引き出しを開ける。
整然と揃えられた書類や文具。
俺は整頓ってもんが得意じゃない。一体誰が整頓してくれているのだろうか? 誰だか知らないが俺に相応しいよくできた奴だ。
お目当ての物はすぐに見つかった。
引き出しの奥にしまわれた二つの小箱。
一つはかの有名なパズルゲームのテトリスで、
二つ目は五年前からネットストーカーに付きまとわれて困っている人魔戦記3という名の格闘ゲームである。
第二十四話【あるストーカーと理知的な俺】
YouWin
空高くに弾ける花火。
流れ出すファンファーレと共に現われたその文字を見ても、あるのは勝ったという優越感ではなく、まだこの程度じゃ駄目だという自らを鼓舞するような感傷だった。
もうすっかり身体の一部と化しているコントローラーを片手に大きく背伸びをする。
フィールドに佇む勇者のキャラ。
相手が使っていたキャラは魔王。
とは言っても、五年前に初めて会った時から追い続けているあの魔王とは全く違う、本当に同じキャラが相手なのかと首を傾げてしまうくらい脆弱な魔王だった。
ふん、この程度で魔王とは片腹痛い。
勝ったことは確かに嬉しいが、相手のキャラの動きはゲーマーとしてある程度の経験さえ持っていれば勝てる程度の雑な動きだった。
実際に、今回私の操る勇者はたった一度の攻撃も受けていない。
貴様、魔王ハンターかッ!!
メールが送られてくる。
答える義務はなかった。そのままメールを拒否する旨を伝える。
知っている。
近年私は、魔王キャラを操るものと好んで戦い下す――そう、魔王ハンターと呼ばれていることを。
ふと浮かぶ笑み。身体の底から沸き上がってくるような歓喜の笑声
確かに私は魔王を探し続けている。私の存在が勇者であるが故――たとえゲームの中でも追わずには居られない。
そのために私は自らを鍛え続けた。現実世界ではなく、このゲームの世界で。
現実世界では私は既に無敵に近い存在だ。なんたって、三千年近く生きているのだから、いやでもレベルは上昇する。
だからこそ、次はこの仮想世界での最強を目指す。
あのかつて私を馬鹿にした魔王を打ち滅ぼすために。それが神から使わされた私の使命だ。
五年前あの魔王を見かけてから今までの間に戦った回数は約三十回。
結果は全戦全敗だった。そのたびに奴は哄笑を残し、地に伏せる勇者の前から消える。
私の追い求める相手は信じられないほどの手練だった。
逆立ちからだるまさん転んだに至るまで、ありとあらゆる動作を可能とする彼の高度な技術は、彼の魔王キャラを手足のように操り猛攻を仕掛けてくる。おそらくこのゲーム世界で最強のプレイヤーのうちの一人だろう。
だが決して私もただ負けを甘んじ受けているわけではない。
時にぎりぎりまで追い詰めることがあった。
時に手数を温存し最強の必殺技をたたきつけたことがあった。
時にガードキャンセルを駆使し、必殺技を使わず手数で応戦したことがあった。
手ごたえから、決して勝てぬ相手だとは思わない。
奴は私にとっても唯一のライバル。そしておそらく奴にとって私は最強のチャレンジャーだろう。
高揚する気。
身体が震えているのは武者震いが為。
奴は忙しいのか最近は滅多にこのゲーム内に現われない。
最後に戦ったのは三年ほど前か――
だが、仮にも奴はあれほどの腕を持つゲーマー。勝ち逃げするなどという卑怯な真似はすまい。
初めて会った時から私は相当な修行を積んだ。
食べ物を食べなくても死にはしないこの身体、たとえ奴がどれほどのゲーマーだといっても所詮は生物、そこには明確な肉体の強度の差が存在する。
本来ならゲームの話、現実な肉体の強度などほとんど関係あるまい。
だが、私や奴ほどのゲーマーとなると話は違ってくる。
「あははははははははは」
乾いた笑い声が仮想空間に響き渡る。
いつしか感じなくなってきた空腹。
私は奴と違って何も食べずにずっとゲームに接続していられるのだッ!!!!
当然喰わないんだから排泄の必要もない。
三千年の間ためた遺産があるからこそ働く必要もない。
常にゲームの事だけ考えられる。
私と奴では環境が違った。
才能は奴の方が高いかもしれない。だが、私はそれを他の要素で補い余りあるアドバンテージを持っている。
ふざけた身体に感謝した。
奴に勝てるのならば死なない身体も悪くはない。
三年前のブランク。
次奴が来たらまず間違いなく私は勝利できる。
幸いな事に、このゲームは持ち主それぞれにIDが存在しており、私は奴のIDは知っている。
接続した瞬間に奴の存在が分かる。
出てくるまでは、一人技の練習をするか、あるいは魔王を持ちキャラとしている他のプレイヤーと模擬戦をすればいい。
コントローラーを操作する。
変化するスクリーン。
勇者ロイ・クラウドのキャラクター画面。
「見てろ、魔王。出てくるがいい、勇者として正々堂々お前を討ってやる」
私は一人、勇者の子孫としてその光景を笑みを持って見つめた。
YOU WIN
「ふっ、楽勝だ」
俺は、三十分に渡る接戦の末、ブロックが積もりに積もったルルのフィールドを見てほくそ笑んだ。
俺のフィールドには、僅か五段ほどのカラフルなブロックが積み重なっているのみ。それも彼の利便性抜群な長い棒さえ来てくれれば消えてしまう儚い虚像。
「あ、負け、ですか」
あまり残念そうじゃない対戦相手なルルの顔を見ても優越感は些かも衰えない。
負け犬の心中など関係なしに勝利を喜べる。それこそが天才の適正の一つである。
「シーンど……いや、シーン様。このような単純なゲームをやられて楽しいのですか?」
いぶかしげな顔をしながら尋ねてくるエルフ。
「すんごい楽しい。それにこれはなー、単純そうに見えて奥深いロジックなのだよ。三千年の歴史を甘く見るなよ」
長きに遠き三千年の時をたかが一ゲームが生き延びる事の難しさをこいつは理解できていない。
魔王だった頃からあったんだぜ? このゲーム。
ゆっくりと進化を遂げながら今まで愛されてきたゲームに飽くことなき楽しさを感じてしまうのは致し方ないことだろう。
よく考えてみれば転生前に居た中でこいつほどそのままの形で生き残った存在はない。
何晩も続けてプレイした結果、スコアが画面に入りきれなくなってしまったのは今はよき思い出である。
「何がいいってさ、このゲームならスピードに限界があるからそこそこ頭がいい奴なら誰でも俺といい勝負ができるってのがいい。他のゲームじゃ相手にならねえし」
落ちるスピードには限界がある。
それゆえ、そこそこのゲーマーなら何時間でも時間が許す限りプレイできるのだ。
まぁ、耐久力の差で俺が勝つんですけどね。
肉体の本質的な限界が来るまで集中力を失わずにプレイし続ける自信があるし。
「なるほど……」
ふん。それっぽい相槌打ってるだけでこいつ、分かってないな。
「まあ、ルルはまだ分からなくてもいい話さ。これは、幾多の苦難を乗り越えた戦士にのみ知る事を許される――」
「でも……飽きることとかないんですか?」
俺の言葉を遮ったルルの顔には、はっきりと『私はたった一戦で飽きたのですが……』的な事が表れていた。
所詮は、ルルのような凡エルフには分からない高尚な理論だったか……
いいさ。天才が理解されないのは今も三千年前も同じ。孤独と天才の二つは切って切れないものなのだ。
さて、それじゃあ――
「よし、お前負けたから一枚脱げ」
「……え? 脱げ?」
戸惑うルル。
今日は五枚といったところか。
ルルの容姿はまるでどこぞのお姫様みたいに整っているが、服装は至って質素な物だ。アクセサリー入れても少なくとも十枚以上にはなるまい。
「負けたんだから当然だろ?」
「…………」
「よし、特別に靴下でもいいから」
黙ってしまったので譲歩する。
呆れながら薄手の靴下をゆっくりと脱ぐルル。
三ヶ月前に見つけた時点では靴下でもアウトだっただろう。
ルルが俺に慣れた証拠でもある。
靴下を脱ぎ捨てたところで、
「んじゃ次な」
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
「ん?」
「私が勝ったらどうするんですか?」
何を当然な事を。
ありえない事だと思うけど、もし仮に奇跡が起こってルルが勝ったらあれだ――
「一枚脱がしてやる」
「!? な、そ、それじゃ変わらないんじゃ――」
慌てて後退するルル。
結果は変わらないが経過は違う。世の中結果が全てではないのだよ。
いや、大抵は結果が全てだが稀にこうして経過が重要視される場面もある。そこら辺の住み分けは結構重要だ。
コントローラーを手で弄ぶ。
「いや、そうでもない。俺はどっちでもいいけど……」
第三者の立場から見ると二つには明らかに差異がある。
ルルはどっちがいいのだろうか――
……あ!!
なるほど、個人の趣向からすると、ルルにとって自分で脱ぐより脱がされる方がいいのかもしれない。
んー、失敗したな。初めにどっちが好きか決めてもらってればよかった
「ち、違うゲームやりませんか?」
「無理だな。俺二本しかゲーム持ってないし、もう一本の方は引退したから。しつこく挑んでくる屑がいてな……」
遠い目。
かつて人魔戦記3で戦った一人のストーカーを想う。
発端はいつだったか……もう忘れてしまったが、それはそれはうざかった。
何回返り討ちにしても勝負を挑んでくる雑魚。
おまけに、そのストーカーの持ちキャラが勇者だというのだから馬鹿にしてるってもんだろう。
このストーカーが俺の事情を知っているわけがないのだが、まあ俺の持ちキャラが魔王な時点でそこんところは普通に察するべきであろう。
徐々に強くなっていたのでしばらくは適当に相手をしてやっていたが、途中でこいつは何も分かっていないと気づき対戦するのをやめた。
そもそも、完全に魔王を操る俺に勇者単体で挑んで勝てるわけがない。
100%の力を発揮する魔王VS100%の力を発揮する勇者
スペックの差で俺の圧勝。これは、弱肉強食――自然の摂理である。
奴が俺に勝つには仲間を集めて数人で挑むほかないのだ。
開発側もその辺を考慮し、相手が魔王であるに限り魔王以外の側は友人と組んで戦う事ができるというシステムを実装している。
現に、複数の相手と戦った経験もある。
相手が五人、あれはさすがにきつかった。
たまにゲーム仲間から、あの相手の噂を聞く。
どうも、今は魔王ハンターとか呼ばれ、片っ端から魔王と対戦しながら俺を探し続けているらしい。
常にラインをつないで、ゲーム内にいるそうなので、多分ニートだ。社会不適者だ。魔力が高い社会不適合者とか笑えない。
どこにでも空回りする人間はいるもんだな。
ふと感じる視線。
ルルが不思議そうな顔で尋ねる。
「何を笑っているのですか?」
「いや、ちょっとスペックの高いニートの事を考えていてな……」
ある意味勇者だったな。
よく考えてみれば、勝ち逃げだったがいつまでたっても負けることはないだろうから関係ないだろう。
勝ち逃げ上等だし。
今も尚俺を追っている馬鹿の事を考えると、笑いを止めることができなかった。
突然没稿晒し
一度書きかけて、不自然だったりのせいで、入れる場所ないかーと諦めた一文です(´▽ `)
消すには惜しく、入れるにもあれだと言う事でテキストファイルの下へ下へと押しのけられ続けた本来消去すべきだった文でもあります。
さらすほどのものじゃありませんがなんとなく勿体無いので晒し。
果たして何話にはいるはずだったのか――それは作者も覚えてません。覚えてない事にしといてください。
1.
まぁこの件について親父様に言える事は唯一つ。
早く言ってほしかった、この一言だろう。
……( ´゜д゜`)
2.
ちなみに、配給しているのがトウモロコシの粉なのは、米を渡すよりトウモロコシの粉を渡した方が格好いいからだ。
……Σ(゜ロ゜ノ)ノ
3.
ちなみにそのハイエルフがちょうど食べごろだったらそのまま頂く。一人より二人の方がいい。
……(*ノ∀`)ペチンッ
そーいや、明日はクリスマスイブだったのですね。それではまた(´▽ `)ノシ
書きかけで止まっている元二十二話とかありますが改稿して一話にしようか迷っているので晒しませぬ。