第二十一話:異世界の宝と考える俺
ページをめくる。
明らかに高度な技術で精製された、目の細かい紙。
黒で塗られた革の表紙に、金文字で書かれたタイトル。
およそ三百ページに及ぶその中身、数十数百に及ぶ奇妙な文字の羅列は、三千年前に覚えた二十の言語にも、生まれ変わってから覚えた十三の言語のどれでもない、珍妙極まりないものだった。
最強の天才たる俺も、さすがに見た事もない言語を解析するには時間がかかる。ざっと見たところ文字には全く法則性が見えず、どんなに頭を捻って生み出した暗号であろうとここまで難解にはできないだろう。
捨てるには惜しく、拾うにはとてつもない時間が必要。
正直、暗黒の月の間――たった一月でこの書を解析する自信がない。
だが、解析しないわけにもいかない。
書は、異世界のある国を救った報酬として賜った国宝の一つだった。
報酬を選ぶように言われ、開放された宝物庫。
さすがに滅ぶ直前だけあって、中には金銀財宝が呻っているなどという事はなかったが、それでもいくつか会った豪奢な金細工や、宝石、宝剣などの類を全て無視し、俺が唯一目をつけたもの。
ふと見た瞬間感じた凄まじいまでの魔力。
混沌の異世界に確かな存在感を持って眠っていた一冊の本。
今まで見た魔導具の類を遥かに超えた魔力を宿したソレは、人間が作ったとすれば、おそらく俺よりさらに優秀な魔導の天才が作ったであろう魔導具で、どんなに貴重な宝を対価として出されても釣り合わないほど知的好奇心が刺激された。
優れた魔導具は、自ら名を名乗るという。
理屈なく、その本のタイトルだけはすぐに解かった。
Lemegeton
かつてソロモン王が七十二の悪魔を使役するために使用したという伝説を持つ最古の魔導書の一つであり、おそらく今現在この世界が最も望んでいるであろう魔導書である。
第二十一話【異世界の宝と考える俺】
「チッ、駄目だこりゃ。解読できる気がしない」
朝起きて、朝食をとってから解読を始めて今は昼。
異世界から帰還してから一両日。
俺は持ち帰ったLemegetonの解読に既に限界を感じ始めていた。
「そんなに難しいんですか?」
暗黒の月に入ってから、ほとんどの部屋を俺の部屋で本を読んで過ごしているシルクが、視線を上げる。
その隣に積み上げられた数十冊の本。
シルクは雑食だ。普段は時間がないだけあって、こういう時間がある時は種類問わず片っ端から本を読み始める。
「難しいなんてもんじゃないな。中に書かれている文字にまるで統一性が見られない。何か魔法でも掛かっているのか――」
「さすが音に聞こえるソロモンの魔導書ですね。シーン様でも解読できないとは……」
「本物かどうかまだわからないけどな」
ソロモンと言ったら、転生する前の三千年前の世界で既に伝説となっていた魔術師である。三千年たった今の世界でもまだ名が轟いているほどの超有名人。伝説で使用されたとされる魔導書もかなりの数の偽者が出回っている。出回りすぎて、その本物の存在を疑う研究家も現われるくらいに。
普通に考えれば、異世界の宝物庫にあっていいものじゃない。そういう意味では、このLemegetonは限りなく胡散臭いだろう。
書自身が俺に語りかけていなければ、俺も偽者だと思っていたかもしれない。
道具は、自らを偽らない。
そういう系統の魔術が後付けでかけられていない限りは。
そして、この内蔵する魔力。信じてみるだけの価値はあるだろう。
本の表紙を指でなぞる。
冷たい感触の魔導書。
本物なら数千年の時を経ていように、全く痛んだ様子のない本を。
「本物はまだ見つかってないんでしたっけ?」
「今の所は見つかってないな」
尤も、俺なら見つけたとしても隠匿するだろう。伝説が本物ならそれだけ貴重なものだ。今の時代、悪魔を制する事ができれば、それは世界の覇者に等しいのだから。
そういう意味では、出回るということ自体が偽者である証明なのかもしれない。
足元に座り込み、熱心に分厚い本を読んでいたナリアが顔を上げる。
ナリアは、メイドオブエラーとは言え、さすが、かつて水と風を司る精霊だったというハイエルフ。風と水の魔術に関してはこの上ない才能を持っていた。今はその勉強中。精霊の卵といったところか。マスターしたら俺に教えてくれるらしい。
風、火、水などの魔術は精霊と契約しない限り使えない事は秘密だ。
ナリアは自分自身が精霊で、わざわざ契約しなくても使えるから気づいてないみたいだが……
精霊と契約さえすれば俺も風と水魔術くらい使えるし。
発動条件、詠唱、範囲、そして魔力をどう扱えばいいのかまで、完璧に記憶してる。
言ったら勉強するのやめるだろうから黙ってるけど。
ナリアはこちらを見て一度笑うと、もう一度視線を本に戻した。
うーん、可愛い。
一体いつになったら大人になるんだろう。
「ナリア、お前今いくつだ?」
「え? ××才だけど何?」
……聞かなかった事にする。
んー、当分大人にならないな、きっと。
その年で見た目まだ十歳そこそこだと言う事は、エルフの寿命ってグラングニエルの1200よりずっと高いのではないだろうか?
あの長老って何歳だったんだろう……
シルクが難しい顔で、何か考え込んでいる。
呟くような声が聞こえた。
「七十二の高位悪魔を操るほどの魔導書――解読さえできれば世界を救えるかもしれないんですけどね……」
「そうだなぁ、何とか使えれば悪魔を好き放題にできるのに……」
「……シーン様と私の思考には差異があるような気がします」
「悪魔っこ……尻尾がある奴もいるんだろうな……」
「……シーン様の考えている事がなんか手に取るように解かるんですが……」
俺の心配は唯一つ。
悪魔を捕らえた後、どうやって捕まえたままの状態にしておくか。
俺の今までの経験から言って、悪魔はLVが高ければ高いほど人間に近い形をしているようだ。魔王だった頃倒したベリアルの見た目は、人間そのものだった。おっさんだったけど。
人語を操る悪魔の中で、俺が見た事のある最もLVの低い悪魔はドッペルゲンガーのLV630。
ベリアルにはスキルレイが通じなかったし、俺が悪魔だと確信しているタルテにも通じない。高位悪魔は術に対してかなりの耐性があるのだろう。
祝福された銀でできた首輪。
やたら高いあの首輪でもドッペルゲンガーをぎりぎり抑えられる程度だった。それも普通の状態のドッペルゲンガーではない。弱らせたドッペルゲンガーの力を、だ。
とてもじゃないが、悪魔捕獲の主力として使えるほどの性能はない。魔界を見つける時までに何とか代替物を探す必要があった。
その点、ソロモンの術を復元できたらこの上ない切り札になるだろう。
……くっくっく、絶対解読してみせる。そんで黒髪美人悪魔好き放題で俺勝ち組。
「シ、シーン様、顔に出ています」
「おに〜ちゃん、悪い顔してる〜!!」
「善人に見えるような奴は大体悪者だ!!」
「それはちょっと違うような……」
ナリアの頭を撫でてやる。
気持ちよさそうに目を細めるナリア。
あー、俺ってつくづく善人だな。ガキにこんなに優しくする奴は俺だけじゃないだろうか?
早く大きくなって恩返ししろよ
「しかし……まずいな。この魔導書はレベルが高すぎる……」
いや、ただ高いだけではない。ただ難解なだけの魔導書だったら俺に解読できないわけがないではないか。
おそらくこのLemegeton、何か魔術がかけられている。使用者に何かの条件を求める系の魔術が。
Lemegeton
別名は"ソロモンの小さな鍵"
中身を知るには何かの鍵が必要なのだろう。別名とは関係ないが……
ただの素人が誤って術を使わないように、魔導書にロックを掛ける事はままある。
大抵の場合、そのロックの名は"暗号"だが、これはおそらくそれとは全くの別物。
いくら難しい文字だと言っても、三百ページはあるかというページに書かれた一文字一文字が全く異なる形をしている、そんな本が存在しようか。
魔術による読み手の選別。
素質か、読む時の状況か。
さすが稀代の天才魔術師、ソロモン。やってくれる。
「悪魔娘を自由にできる素晴らしい魔術。くっくっく、悪魔をピーするにふさわしい人材を見極めようというのかLemegetonよ!! よかろう、試すがよい!!」
ソロモンめ。俺と同じ黒髪好きか。
封印したと言う事は、それなりにレベルの高い悪魔(容姿的な意味で)がいたのだろう
その数はおそらく、ソロモンが使役したという七十二人。
楽しみだ。
微妙に冷たい視線を向けてくるシルクに、不思議そうに首をかしげるナリア。
真の天才には真の天才にしかわからないシンパシーと言うものがあるのだよ、ワトスン君。
Lemegetonを見つめる。
全く動く様子のない真の天才が作りし魔導書を。
こいつの鍵は果たして何か……
ふとその時、記憶力が抜群で、前世の記憶させ完璧に持っている俺は、ある物の存在を思い出す。
「む、そういえばソロモンの指輪って話もあったな……」
ソロモンが神から賜ったという神秘の指輪。
天使や悪魔を使役し、あらゆる動植物の声を聞く事を可能にするというソロモンの伝説の中に必ずと言って良いほど出てくる指輪の事を。
俺的には、どうも信じられない話だ。
最新の技術で作られたテイルズオブマギがたった一つの――しかも一定のレベルまでの術しか内包できない事から解かるように、道具に莫大な魔力をこめるのは相当難しい。
聖剣や魔剣の類が使い手を選ぶこと然り。
聖剣や魔剣の類が担い手を選ぶのは、聖剣自身が伝説に残りたいと思考するからであり、ある一定以上のレベルの人間が使わないと、たとえ聖剣を使っても伝説を作るような真似はできないからだ。
英雄などが使用した剣が伝説となるのは、剣自体もそりゃ相当な業物だろうが、それ以上に使い手の素質が素晴らしいものだからである。
俺の造った魔剣ドレミファソラも、きちんと魔剣らしく使い手に条件を課していた。
条件は『LV500以上且つ自らのためのみに剣を振るえる者』
結局、勇者はそれをふるって俺を倒して伝説となったのだからドレミファソラの思惑は正しかったといえる。
物はいくら魔力をこめても、たとえ魂が宿り意志を持つほどに長い年月を過ごそうと、所詮は無機物なのだ。指輪そのものが、かつてあったメタトロンやベリアルなどの高位天使や悪魔を操るほどの力を持っていたとは考えにくい。
そして、それ以上の根拠が――
「確かにあったよな……ソロモンの指輪、魔王城の宝物庫に……」
褪せることのない前世の記憶。
魔王城の片隅に大切にしまってあった無骨な指輪の記憶。
自ら名乗ったその魔導具の名前は、間違いなく"RingOfSalomon"だった。
俺はその時、悪魔などという存在は配下だったグレムリンとかその辺の小物だろうと思っていたので(天使に関しては、ハーピーとかの事をさしてんじゃね? ソロモン馬鹿だ、とか思っていた)さして興味を持っていなかったが……
「嵌めてみたよなぁ……確かに植物や動物とは会話できたけど、悪魔は操れなかったし……」
グレムリンにためしに使ってみたが、怯えて震えるだけで言う事聞く気配がなかった。
悪魔の情けない姿と、やたら燃費を喰ったソロモンの指輪の事を覚えている。
植物と会話できたのはちょっと面白かったけど、それがどうしたの? って感じだったし……魔族も動物みたいなものなんで、あまりありがたみも感じなかった……はずだが――
「……ソロモンの指輪……ねぇ」
あの指輪は間違いなく本物だった。
そこに疑問はない。なんたって、歴代の魔王様が集めた宝物のうちの一つなのだ。いくら歴代魔王がボンクラ共ばかりだとは言っても、真偽の区別くらいは付くだろう。
たとえ、奴等が真偽すらわからない屑であったとしても――少なくとも内蔵されている術式は見事な物だった。指輪を嵌めてる間、身体のいたるところがぴりぴりしてたのがちょっと気になったが……
「ソロモンの指輪つけなきゃLemegetonを読めないとかでは?」
いつの間にか思考が口に出ていたのか、その時、ふと顔を上げシルクが言った。
「……ありえなくはないな……」
確かに、そう考えてみれば辻褄が合う。
伝説に残るソロモンの指輪とLemegeton。
指輪を使い、天使や悪魔を操ったというソロモン王。
Lemegetonに記されているという、天使や悪魔を操る術式。
……可能性的にはなくはない。むしろ、そこそこ高いだろう。
しかし――
「まずったな……"虚影骸世"で城吹っ飛ばしてしまった……」
思い出す。時分を中心に約半径二百メートルの球状に展開した"虚影骸世"。
巨大な奈落の光景を。
ソロモンの指輪はおろか、他の宝物の行方もしらない。
塵一つ残らなかったし……魔導具の類なら虚影骸世でも消えなかった可能性はあるが、残っていたとしてもそれは三千年前の話――
……まさか、三千年後に困る事になるとは。
三千年前になくした小さな指輪。
「シルク、ソロモンの指輪を見つけてこい」
「無理です」
どうやら、ソロモンの秘法を手に入れるのはまだ当分先になるようだ。
風邪引いて具合悪かったので昨日の更新できませんでしたつД`)・゜・。・゜゜・*:.。
まあ最近一日一話が多少崩れてたし((オイ
言い訳です( ̄ー ̄)ニヤリ
そして、キャラの絵を描いてくださったあるお方に感謝申し上げます(*´∀`*)
ステキすぎる……
Σ(゜ロ゜ノ)ノ
↑みたいになってました(笑)
それでは、皆様もどうか風邪など引かぬように(まだ言うか