第二十話:召喚術と勇者と呼ばれるに相応しい俺
「よくぞいらっしゃった。異国の戦士よ。急な召喚をお許しぶがわ――」
何ここ? 夢落ちより酷い展開じゃん。
寝て起きたら、そこは異世界でした。
理不尽とかそういうレベルじゃない。
取り敢えず、召喚したであろう術者を殴っておいた。
それっぽっちじゃ気が晴れないが、まぁ今やれることはこの程度。
「な、グレゴリン様ッ!!」
見渡す。
無数の視線。
フードを被った怪しい宗教臭ばりばりの老若男女。
足元に展開された見た事のない形の魔法陣。
六点を構成する松明に、異界の入り口を意味する六芒星。
ため息をつく。
変なお香の匂いがくせえ。まさに、これは素人の考える"魔法の儀式"そのものの光景だといえよう。
尤も、天才たる俺にはこの儀式うんぬんやそこのグレゴリンとかいう自己中爺の言葉がなかったとしてもおそらくすぐにここが異世界だと分かっていただろう。
匂いが違う。
満ちる力が違う。
空気が違う。
どのくらい違うかって、UNIXとWindowsくらい違う。
簡単に言えば、この世界は文化はあるかもしれんがまだ秩序というか、世界のルールが整っていない。
起き上がってきた、周りの不快な連中の中でも一番不愉快な糞爺が情けない声を上げる。手加減しすぎたか。
「ゆ、勇者さま、一体何を――」
「理不尽だよ。うん、まさか暗黒の月に入って初日にこんな凄まじいアクシデントに見舞われるとは思ってなかった」
俺も、暗黒の月の間を平和に暮らせると思うほど高望みしていなかった。
今年はイレギュラーが酷く多い。
StrangeDaysもとい自立した木然り、ダールンやソフィアやレアの存在然り、無自覚無意識無欠席悪魔少女然り、だがよもや初日から新たなイレギュラーに巻き込まれるとは。
「おい、爺。何で俺を呼んだ?」
「――ッ!? 貴様ッ、グレゴリン様に何という口を――」
「黙れッ!! てめえになんて聞いてねえ!!」
一線。
俺に侮蔑の混じった口を利いた男の首を刎ねる。
刎ねると同時に虚影骸世を発動。一気にその身体を飲み込み消滅させた。
ここまで僅か一秒。ずっと男を見ていた奴がいたとしても、何が起こったのかはわからないだろう。
「ぬ、む? 確かに何かが――」
周囲をきょろきょろ見渡す爺。
困惑の伝播する薄汚い人間。
それらを無視し、空気を探る。
今まで長年連れ添ってきた世界の気配を追う。
すぐにそれは見つかった。
今まで見た事も感じた事もなかった要素が俺の鋭敏な感覚を刺激する。
なるほど……世界の位相がずれているのか。
二枚のレイヤー。重なっている世界。呼び出された事で感覚が新たに開かれたのか?
まぁ俺には関係ないか
帰ろ。
暗黒の月でやることは山ほどある。エルフの耳を性感帯に開発したり、悪魔っこについて調べたり、StrangeDaysの完全な退治法を模索したり、レアを色々いじったり、ダールンの骨を一本一本折っていってどこまで耐えられるか試したり、とにかく時間が足りない。こんな別世界にいる余裕なんてない。
取り敢えず魔法陣を反対に起動するよう手を加える。
この世界は俺の居た世界よりいじりやすい。先も言った秩序があやふやなためだ。
闇は当然、精霊を介さずにただ念じるだけで炎を起こせそうなほどに不安定。
「失礼しました、勇者様。ここに貴方様を御呼びしたのには実は理由がありまして――」
理由がないなんていったらただじゃおかないわ。
面白そうだから呼び出したとか言ったら最悪。
魔法陣に手を当て数秒。
思ったよりも魔法陣に含められている意味は単純だった。ただ発想がぶっとんでいるだけ。
誰も考えない事を実行してこそが天才の天才たる所以。
そういう意味ではこの魔術を初めに考えた奴は紛れもない天才といえよう。
何か分けわかんないこと話している爺をぼんやり見ながら操作開始。
反転。
詠唱。
俺が知ってる魔術で代用する。
三分ほどでそれは済んだ。
立ち上がり、まだ一人熱烈に話している爺を一瞥。
さようなら、爺さん。今までありがとう。お前がとてつもない不幸に見舞われますように。
「――なんでして、勇者様を御呼びしなくては……」
「んじゃ、この辺で俺帰るわ」
「――魔王がこの国を……え? 何ですと?」
「"螺旋回廊"」
転移術の起動と同時に、魔法陣に広がる異界への入り口。
螺旋回廊は転移の術である。いつもは物理的に遠い場所への転移に使用しているが、今回は魔法陣を使用しての発動なので、回廊が繋がる先は別世界だ。
爺の顔に驚愕が浮かび、辺りの愚民がざわざわわなめく。
歪む魔法陣の向こうに見えるのは、俺のさっきまで寝ていたベッド。
異界召喚モノ糞くらえ。
人には分相応という言葉がある。こいつ等は俺を呼ぶに不相応な奴等だった。
大体、何のために呼んだのであれ異界の人間の都合を考えず突然呼び出して頼ろうという根性が気に喰わん。
俺じゃなかったら、多分帰るまで相当かかっていたか、あるいは一生をここで過ごす羽目になっていたか。
「んじゃな。皆さんお達者で。数分しかいなかったが一応言っとく。今までありあと」
にこやかな笑顔を作る。
呆然と俺を見る民衆。
一歩魔法陣に踏み出そうとした瞬間、足元にグレゴリンとやらがしがみついてきた。
「た、頼むッ!! いかないでくだされ、勇者様!! お願いじゃああああああああああ!!」
…………
プライドも糞もねえのか。
死ねば良いのに。
第二十話【召喚術と勇者と呼ばれるに相応しい俺】
まとめよう。
この世界は――というかこの国はある魔王によって、今現在滅亡の危機に瀕している。
魔王の名は天陸、もはや捻っているのか捻っていないのか分からない適当っぽい名前だ。
この世界にとっての魔王というのは、俺の元居た世界の魔王即ち魔物を統べる絶対の存在と違って、一つの魔物の群れを統率する力の強い魔族の事を指すらしい。
つまりはあれだ。かなり強い魔物の一群に、この国は成すすべもなく蹂躙され、これ以上襲われたら滅亡しかねないからしょうがなく異世界の者に頼ることにした、と。
おまけに笑える事に、グレゴリンが言うには本来異世界の者というのは"チキュウ"という星に住むものが選ばれるらしいのだ。俺の居た世界とは間違いなく違う。本人は素晴らしい力を持つ者が来てくれて助かったって泣いてたけど。
ふざけた話である。
そこそこ豪華な玉座。
そこに座る大柄の爺さんが口を開く。
「勇者殿、どうかこの世界を救ってはくれんか? お願いじゃ」
心労のせいか、ひどく弱々しげに聞こえる声。
だが、その程度で俺の同情を取ろうとは片腹痛い。男なんて誰が救うか。
死ね。むしろ俺を呼んだ罪で地獄の業火に焼かれて悶え死ね。
今俺がここにいるのは、ただ単にあのグレゴリンの爺が、俺がここに来なければそのまま足に引っ付いて俺の世界まで付いて来そうだったからだ。甚だ迷惑な爺である。
あんなのでもこの国の宰相やってるんだぜ?
この世界が滅びるのも時間の問題といえよう。
「ご安心ください、王。勇者殿は聞いた話では太古の闇を司る強大な力を持つ魔術師らしい。天陸なぞ一瞬で殺しつくせるでしょう」
玉座の隣で胸を張って言い切るグレゴリン。
何でお前がそんなに自慢げなんだ。大体俺まだ退治するって言ってないし。
王も、『おお、それは頼もしい』とか言ってるし。何で俺が引き受けることが前提になってんだよ。
「おい、俺はやらんぞ」
面倒臭いし。
とっとと帰ります。話だけ聞いて。
「そ、そんな事を言わずにどうかぱぱーっと――」
立ち上がり慄く王。
めちゃくちゃ余裕がなさそうだ。
まるで俺が去ったら国が滅ぶかのような表情。
「勇者様。どうか王を救ってくだされ」
てめーが言うなのグレゴリン。死ね。お前だけは俺がこの国を去る直前に直接葬ってやる。
何か存在自体が気に食わない。あの魔法陣を作れたって事はこの世界の尺度で言えば相当上のレベルの魔術師なんだろうが……
「大体、何で異世界の者なんて頼ってるんだよ。自分達で何とかしろよ」
「む、そ、それが――一月前の主力が天陸の魔獣の軍団に惨敗してしまって、この国にはもはや軍といえるほどのLVの兵がいないのじゃ」
そんなのを突然異世界から呼び出した奴に相手させようとしていたのか。
俺ならできる。だが、仮にも主力を破ったという敵の軍団、おそらく勝てる奴はそう多くはいないだろうに。
特にこいつらソロでやらせる気満々だし。何この連中?
泣き出すグレゴリンと王。
何かもう哀れすぎて情けなさ過ぎてみてられなくなってくる。
女中や近衛兵達の南極のブリザードのような視線に気づいていないのか?
アフォが。
俺は、泣き喚く王とグレゴリンを軽く蹴飛ばした。
悲鳴を上げて吹っ飛ぶ二人。
近衛兵たちはその様子を止めるでもなく面白そうに見ている。
この国大丈夫かよ?
ふっとんだグレゴリンの頭を踏みつける。
「おい、聞け。ここで必要なのは相応の対価だ。それによっては、助けてやっても――その天陸とか言う奴等をぶっ殺してやってもいい」
しかたない、バイトだと思う事にしよう。
だってこいつら哀れすぎるじゃん。この二人は別に良いが、この国に住む人間達があまりに哀れだ。
「金? 勇者様が金を取るのか!? そんな後生な――ぐぶじゃばッ」
文句を言おうとした王達二人に、いつの間にか近寄っていた兵達。
近衛兵たちに袋叩きになる王とグレゴリン。
この場で金を出し渋ったらそりゃあーなるだろう。あれほどの馬鹿を俺は初めて見る。キングオブ愚人だ。この世界の連中はみんなこうなのかあ?
兵達の中で、ひときわ立派な鎧を着た、おそらく隊長格の青年が、俺の側まで来て深く敬礼した。
「すみません、勇者様。今粛清しておりますので……見苦しいところをお見せしてしまい――」
「いや、別にいいけど……お前等大変だな」
まさかこの俺が男なんぞに慰めにも似た言葉をかける日がこようとは。
隊長は、俺の言葉に苦笑いで答える。
「いつもの事ですから……報酬の件は私にお任せください。今のこの国の宝物庫はほとんど空ですが、できる限り勇者様の望むがままの報酬をお支払いします」
いやあ、変人ばかり見てるとまともな奴が神様のように見える。
ホモだったら俺の屋敷で雇ってやっても良いくらいだ。
謁見の間の真っ赤な絨毯の上。
舞い落ちる埃。
殴りあう王と魔術師と兵士達。
俺が呼び出されたのは、魔王とかそれ以前の問題として、かなりおかしい世界だった。
遠見
視界を飛ばし、遠き地の光景を水や水晶、鏡などに映し出す千里眼っぽい神聖魔術。
EndOfTheWorld
詠唱なし。消費魔力極小だがコントロールがめちゃくちゃ難しいという、初級者はとてもじゃないが使いこなせないけど、慣れてしまった上級者にとって重宝する闇魔術。あまりにコントロールが難しいため、一般には千五百年ほど前に絶えてしまったとされている術で、天空に存在する暗黒の流星を呼び寄せるポイントを設置する魔術。視界に入る場所、近距離なら見えない場所でもポイントの設置が可能。点から角度約六十度で降り注ぐ流星は、ポイントの設定により落ちてくる速度を変える事ができ、何も設定しないと光の速度で落ちてくるが、闇には質量がないため衝撃などは発生しない。多分全力でポイントを設置しまくればその名の通り世界を終わらせることができると思う。
「これは……奇怪な――」
グレゴリンが呻く。
俺はそれをスルーし、目の前に広がる光景をにらみつけた。
数百畳はあろうかという大浴場の浴槽に張られた水に映る風景。
動物と人間を組み合わせたような面妖な化け物。
一般的にはキメラといったか、だが、俺が知ってるキメラよりその姿はより禍々しい。
魔獣の軍団。魔獣の名は伊達ではないか。
スキルレイを掛ける。
それぞれの魔獣のLVは最低でも500。最高で650。
かつて魔王だったころ、LV500以上の魔物はそう数がいなかったことからこのLVは相当高い事が分かるだろう。
その魔獣たちの総数はおよそ10000。
この国の軍が負けてしまった事も頷ける。
そして、その軍の真後ろに佇む大柄の獣人。
三メートルはあろうかという巨体を包み込むしなやかな肉体。
周りの魔獣とは一線を画した王者の風格。
金色の鬣に、手に持ったその体長と同程度の巨大なバスタードソード。
獅子を基調にしたものであろうその姿。
遠見を通じた光景でさえ威圧を感じるその姿形はまさに魔王の名に相応しい。
「何よりも速く何よりも力強く何よりも賢い、魔王天陸か。お前等滅ぼされた方がいいんじゃね?」
LVは900オーバー。
グラングニエル族に迫るほどの力。
勇者パーティでもなければ勝つ事は難しいだろう。
「そんな、後生な――」
「ふん。まあいい」
その容姿を瞼の裏に焼き付ける。
ある一体の孤高の魔獣を。
今まで幾度となく修羅場を掻い潜ってきたであろう猛将を。
どうせ俺に殺されるのだから、せめて最後だけでもと。
相手の姿すら見る事なく殺されてしまう魔王に憐憫を。
ため息をついて、俺は唱えた。
「EndOfTheWorld」
奴等は気づいただろうか?
己等が今理不尽な死に晒されているという事実を。
どこか、落ち着かないように遠吠えをする狼の獣人。
羽を羽ばたかせあちこちをうろつく巨大な怪鳥
なんとなく思っただろう、まずいと。
どんなに強靭な肉体を持っていても、闇と光の概念すら危ういこの世界の住人にこの魔術を受け止めることができるわけがないのだから。
「くッ――――こ、なんと!!」
王が呻く。
人々の視線は、釘付けになったように皆浴槽に向けられていた。
突然頭が消える。肉体が抉られる。
血が噴出すまもなく消滅する。
突然襲った見えない破壊の嵐に。
遠見によるポイントの遠距離設置。
EndOfTheWorldによる"理不尽な暗殺"コンボ。
遠くから確実に命を減らせる殺戮の裏技。
一人安全な位置から対抗勢力を減らすことができるこの技はバランスブレイカーな俺の中でも特に強烈なコンボだ。
かつて魔王だった頃、四百万の反抗勢力を抹殺したコンボでもある。
「むごい――」
誰かが呟く。
だがそれは間違いだ。
これは、少なくともむごくはない。なんたって痛みを感じるまもなく葬ってやれるのだから。
血も骨も肉も匂いすらも残らない。これほど慈悲深い死が他にあっただろうか?
視線を向けつつ、意識を集中しポイントを次々と設置する。
千個設置しても、虚影骸世一回分の魔力消費にすらならないそれは、たった一万の軍を滅ぼすには大きすぎる戦力だった。
成すすべもなく減っていく魔獣の軍。
驚愕の表情で固まる天陸。
いくら動体視力が強くたって光を見る事は適わない。
落ち着いて見れば分かっただろう。
仲間が消える直前に、光の点が出現しているのを。闇の流星を呼び寄せるためのポイントが見えただろう。
ポイント設置からタイムラグまで一秒ないとは言え、肉体が人間より遥かに優れているであろう奴等にとって、ポイントの出現を一瞬で判断して、その場所から避難する事は可能だったはずだ。
だが、哀れな事に奴等は肉体が強すぎた。
ここまで圧倒的な攻勢に晒されたことがなかった。
今まで培った自信と、仲間に一瞬で訪れる死が奴等の冷静さを失わせる。
カスどもめ。所詮は畜生と言う事か。
十五分二十三秒。
それが、魔獣軍が壊滅するまでに掛かった俺の戦闘時間だった。
最後の天陸が消滅する瞬間の表情を、俺は決して忘れないだろう。
久しぶりの戦闘。
けっこう楽しかった。
三十部目。
切りがいいところで、という事でなんとなく召喚編。
そしてタイトルに困ってきている今日この頃。
2013/06/03
ちょっと修正