第二話:退屈な日々と天才な俺
世の中は甘くない。
普通に過ごしているだけじゃ大きなイベントなんて起こらないし、何とか暇つぶしに何かしようと思っても大抵の場合それは空しさを助長させるだけだ。
特に今の時代は平和。戦争もなければ争いもない。悪魔の襲撃もかなりランダムで、あったとしても数匹がちょろちょろ現れるだけ、前回のように街一つ襲われるなんて事は数年に一回あればいいほうで、つまるところ俺は退屈していた。
もちろん理想のために前進はしている。
アンテナを立てて可愛い子を探し愛想を振りまいてはいるものの、俺にとってそんなのは片手間でできる事でしかなく、"退屈"を紛らわせるには全然力不足だった。
もしかしたら人間ってこうやって無為に人生を送ってるのかもしれないなぁ……
今この世界の人間の平均寿命は五十年、長く生きても六十年生きることができればいいほうだ。三千年前とほとんど変わらない数字である。
たった五十年の命、俺はてっきり人間は皆、五十年の間に俺らの生でいう五百年分くらいの内容、質を圧縮しているくらい素晴らしく波乱万丈にとんだ人生を送っているのだと思っていたが、そうでもないらしい。どうやらこいつらはただ無為に過ごしているようだ。
これが人間か……
多分にがっかりしながらも
俺もその中に混じり
生活を続けて
五年ほどが過ぎた。
第二話【退屈な日々と天才な俺】
「「「おかえりなさいませ、シーン様!!」」」
数人の声が綺麗にハモり、俺を出迎える。
「ただいま」
頭を深く下げるその数人の使用人にちょっと視線を落とす。
紺色と白を基調としたドレスにも似たメイド服。機能性よりも見た目を重視したようなそれは、俺がついこの間設計して制服に設定したものだ。
親父は、見た目十歳の子供である俺の言う事を何でも聞いてくれる。ルートクレイシア家の跡継ぎとして必要な技術のうちの一つとして認定したからとか言ってたが、多分建前だ。新作のメイド服を見るあの目は犯罪者の目だった。誰もあれが年を取り肉体が衰えても未だ国内十指に入る天才騎士だとは思わないだろう。世も末だ。
今まで白一色の質素な制服でつまらないし、暇だったから設計しただけなのだが、どうやら評判はいいようなのでほっとした。親父には教えてないが、あの制服は構造上後ろから胸に手を入れやすくなっている。試作のテストで試したっきりだが……
しかし、自分より年下の、まだ十になったばかりの子供にこんな風に頭下げて、恥ずかしくはないのかね。俺の毅然としたオーラに頭が自然に下がるのは分かるが、それでも情けないやつらだな。
頭を下げるメイド達を無視して、二階にある自分の部屋に急いだ。
今のところ、メイドの中で際立って容姿のいいものは存在しない。さすがに十歳のメイドはいないし、俺とつりあわないのだ。年増はいらん。以上。
それにしても、最近は本当に退屈だ。やることがない。
やるべき事は全てやってなお有り余るこの時間。働き者の俺にとっては耐え難い苦痛だった。
本来なら学校にでも行くべきなのだろうが、俺は仮にも貴族の御曹司、週一で高名な師が屋敷までやってくるし、行く必要すらない。やっている内容が幼稚すぎるし、本来なら受ける意味すらないんだがそれでも――
ドアをぶち破るように開き、キングサイズのベッドに横になった。
一人にしては広すぎる部屋。寂しいなどという感情を抱きはしないが、無駄に広すぎる。無駄は駄目だ。いらいらする。
飯も大してうまくねえし。米もってこい、米。
現在、どう贔屓目に見ても、世界は停滞しつつあった。
その許すべくもない事実と緊張感の保ちにくい平時特有の弛緩した空気が俺にストレスを与える。
だらだらとしたぬるま湯のような文明。
時々とは言え天敵とさえいえる悪魔が出現する世でありながら、悪魔技術の発展さえ望まずただ過ぎるこの"時"は最低だ。敵が居るなら叩き潰せ。二度と逆らえないよう楔を埋め込め。俺が率いる立場だったら魔界にまで攻め入っていただろう。
元魔王だった俺がこんな事を心配するのもおかしいのだが、人間も魔族も総じて滅びの道を歩み始めているようにしか見えないのだ。発展を望まない生物なんて、どこに強みがあろうか。脆弱な人間共め。同じ地上に天敵がいないとこうも気が緩むか。
今の世を一言で言えば"ゆとり"だ。
特に驚いたのが、魔術の発動まで道具に頼るようになっていたということ。
三千年前は、魔術というと、長い年月をかけ、修行し悟り尊び世界の精霊と契約する事によって始めて体得できる神聖な技術だった。
それがいまや、ボタン一つで発動できるちょっと便利な道具に成り下がっている。
テイルズオブマギ
魔術はもはや恐れ敬われるものではない。物語の中でのみ語り継がれるようなものでもない。
精霊と契約した"本当の"魔術師が一人でも居れば、数十人が使えるシステム。
三千年という短いようで長い年月は、俺が想像さえしていなかった技術を確立していた。
具体的に言えば、指輪みたいな変な道具に事前に魔術の類を仕込んでおけば、魔力を持っている者が指輪つけて念じるだけで術が使える、みたいな。
便利かつエコロジー、精霊との契約もいらないし詠唱もいらない。便利すぎて寒気がする。
だが、確かに便利だが、俺としては正直がっかりだ。あれは道具とかに頼って使うんじゃなくて、"自分の力で使える"からこそ覚える価値があるというに。
「世も末だな。計画は変わらないが」
計画。幸せになるための計画。うーん、早く大人になりたい。
ベッドで足をばたばたしながら、棚に置かれた一つの箱に指を向ける。
一言二言詠唱。宙を浮き飛んでくる箱。
平時だとほんと、怠け癖がつくよな。
飛んできた箱には、魔族と人間が旗を持って相対している絵が描いてある。
俺の最近のお気に入りのゲーム、人魔戦記3
中身はただの格闘ゲームなのだが、これはそこらへんにあるゲームと違って、魔力によりラインを繋ぐ事で世界中にいるプレイヤーと対戦ができるのだ。退屈をずっとテトリスで紛らわせていた俺にとってまさに格好の玩具。
箱をあけ、いつものようにそのゲーム――箱に入っていた指輪を指にはめる。
「スイッチオン」
唱えると同時に、指輪は俺の魔力を糧に全世界に向けてラインを発信させた。
ほどなくして、目の前に広がる青みがかった立体映像。かつて魔王領に広がっていた果てしのない荒れ果てた荒野の映像。
社員が全て魔族でまかなわれている商店の作品なので、ここんとこはほんとリアルだ。
まるで本物のような景色の向こう、地平線の彼方から幾筋かの赤い光が現れる。外部のほかのプレイヤーにラインが繋がった証だ。
このゲーム、実は双方を行き来する情報量が多すぎて、ただの人間や、低位の魔族程度の魔力ではラインを伸ばすことができないのでプレイできないという消費者馬鹿にしてんのか的な欠点があったりする。俺にとってはたいしたことのない量だが、それでも結構な量である。正直ただの人間にはハードルが高いような気がするのだが――
どうでもいいか。魔力を消費してまでゲームをしようとするような奴なんて、駄目人間に決まってる。
対戦相手が決まったとのサインが現れ、自キャラクターの選択画面が広がる。
このゲームはキャラクターの数がやたら多い。魔族で言えば、ドラゴンやらゴーレムやらの雑多な一般モンスターの種類だけで数百種類、その他に固有名詞のついた魔物まで網羅しているのだから、初めてプレイする奴は、まずキャラを選ぶのに苦労するだろう。
光のカーテンに映し出された無数の指名手配書みたいな紙。凄まじい数。書いてあるのは当然キャラクターの顔。ここからたった一つのキャラを選ぶのだ。正直雑多な種類の魔物の顔は見ていて気分のいいものではない。元魔王の俺ですら知らない魔物がいるってどういうことだよ。
俺はそれらの映像をとっととスキップして、ある一つのキャラの前で手を止めた。
終わりの時の魔王"死弩・グラングニエル"
骨ばった頬、黒紫の瞳、まるで影法師のようにほっそりとしたシルエットをした、"最後の魔王"との記録の残る者。
顔も身体つきも昔の俺とは似ても似つかない様相だったが、文句を言うわけにもいくまい。なんせ俺が生きていたのは三千年の昔。そっくりだったらそっくりだったでそれはそれで驚きなわけで、言語で俺の秀麗さが書きつくせるわけもないし、この辺で妥協。ちなみに、探してみたが、固有名詞のついている魔王キャラは俺だけである。ざまあみろ元親父。
決定ボタンを押し、しばらくたつと相手の選択キャラが浮かんできた。
黒髪をした精悍な少年。その整った双眸に真紅の光を灯し、両手に握る青白い刀身の不気味な剣。
「勇者か……」
人間の希望。その命を持って闇を討つ者。
相手の選んだキャラは、くしくもかつて俺が戦ったことのある存在だった。
顔つきはやはり多少違うが、その姿形はどこか本物の勇者と似ているその姿形。勇者というのはある程度に多様な気質を持つ存在がなるのかもな。
しかし、本当に似てるな。
人間キャラは、そのほとんどが名前を持った固有キャラだ。種族が一つしかないので仕方ないといえば仕方ないのだが、それ故登録されているキャラのほとんどが勇者や英雄と謳われた古代の戦士。
それにしてもここまでそっくりだと……
どこか懐かしさを感じながら、その映像を見る。
手に持った剣はおそらく俺がプレゼントした邪剣ドレミファソラ。まさか再現するとは……一体キャラ考案したの誰だよ。
ゲーム開始十秒前のランプが点灯する。
目の前に現れたコントローラーを手に握り、ゲームが始まる直前にふと思った。
三千年の昔、俺を倒したあの後勇者はどうなったのだろうか?
「あー、よりにもよって相手の持ちキャラ魔王かよ」
それは、解る者にのみ解るひどく皮肉の効いたジョークだった。
奈落の如く空いた眼窩。骨ばった頬。立っているだけで人間に恐怖を抱かせるその姿。
歴代の魔王の中でトップクラスの実力を誇っていたというその魔王キャラは、当然の話ながらこの今私がやっている対戦型格闘ゲーム"人魔戦記3"に存在する中でも最も強力で、それ故初めてゲームをやる素人にはとても扱いきれないというとんでもないキャラだ。
数百もの"基本"コマンドと、その他に存在するという数百もの裏コマンドは、一冊の攻略本じゃ書ききれないほどの多彩な行動を可能にする。
だがそれ故、使い手はひどく少ない。
私は、このゲームを1の頃からやっていたが、それでも今まで終焉の魔王の使い手には数人しか会った事がなかった。噂ではゲームを製作したスタッフ陣でも扱いきれないモンスターキャラらしい。多少なりとも使いこなせるようになるには莫大な時間が必要だろう。
「やったろうじゃないの……」
久しぶりに見たその魔王の姿に、長らく感じていなかった念が心の底から湧き上がってきた。
憤怒。見ているだけでいらいらするそのおぞましい姿。
逆恨みなのはわかっているが、それでもこの感情はおいそれと止める事はできない。
私は、一度深呼吸をして、対戦開始の合図を待った。
右手にはめたゲーム本体の指輪を媒介に、身体に貯まった魔力を放つ。普通の対戦に必要なだけのラインはもう形成されていたが、このゲームの面白い点として、余分に魔力を使用する事によって副次的に補助ラインを形成して、ゲーム内での動きをよりスムーズにする事ができるのだ。
相手もこちらの思惑を知ってか、補助ラインを形成した事が知らされる。
しかし相手のプレイヤーはよほど暇らしい。たかがゲームで本命よりも魔力を食う補助ラインを作成するとは……
どこかの高位魔族だろうか? 最近増えている指輪を使うだけの似非魔術師じゃない本物の魔術師でもこうはいかないだろうに……まぁ、この無駄に力を食う補助ラインを十本作成してもまだ造れるくらい魔力を持っている私が言うのも変かもしれないけど。
戦闘十秒前の合図。
魔王は幽鬼のようにそこに佇んでいた。
私の持ちキャラは、新たな魔王が発生しなくなったと同時に用済みになった人類の希望、勇者。
終の勇者
"光を導く者"
ロイ・クラウド
開始の合図。
今まで何十とやった動作で剣を構える。
その光景を見ても、ゆらゆらとただ佇む最期の魔王。
私の感情を映すかのように、操るキャラクター、勇者ロイも壮絶な笑みを浮かべる。
誰も信じないだろう、この伝説に残る最後の勇者が私の父だなんて。
私の名はリィン・クラウド
遥か古来、数千年前の最期の魔王の死去と共に崩壊したシステム
"勇者"という存在を父に持つ者の一人であり
三千年の時を無為に生き続けた奈落。
夢も希望も遥か昔に消え去った"哀れな化け物"である。
続きあったのに……二話にわけます
つД`)・゜・。・゜゜・*:.。