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黒紫色の理想  作者: 槻影
28/66

第十九話:世界の不条理と悪魔以上に悪魔な子の話


 

 

 世の中には如何ともしがたい不条理が存在する。

 

 それは例えば、努力の足りぬ馬鹿共にとっての俺即ち生まれつきの天才の事であったり、晴天の空の下を歩いていたら突然雷が命中して死んでしまった人を指したり、まぁその不条理の尺度は人それぞれであろう。

 

 

 眼の前にいる禿頭のロリコンを見て、心底思う。

 

 

 

 

「俺にとって親父様の顔は不条理極まりないです」

 

 

 

「……俺にとってシーンは不条理極まりないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、空が微かに色を失いつつある時分――

 

 

 

 暗黒の月までが後二十四時間の所まで差し迫った日の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九話【世界の不条理と、悪魔以上に悪魔な子の話】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シルク、ダールン公はお帰りだ。案内しろ。多分今から出たら暗黒の日に入るまで、峰の別荘に到着できるか微妙だが多分大丈夫だろ」

 

 

 何でこうも忙しいときに限って碌でもないものがやってくるのか……

 

 俺は、さっきから微妙な表情で戸口の前に立っているシルクに令を出した。

 お前も大概役に立たないな。居留守使えよ、居留守。

 俺が会いたがってない事くらい理解できんだろ。

 

 暗黒の月は停滞の月。それまでにやらねばならぬ政務は既に三日前に終わっているとはいえ、この屋敷に関することはまだ少し残っている。今の時期、民も貴族も変わらず自らの家の事でいっぱいなのだ。

 そんな皆忙しい日にアポなしで直接来るとは……TPOを弁えろと声高に主張したい。

 最も、この脳みそまで筋肉でできているダールンにその事が理解できるとは思っていないが……

 

 

「ちょ……待った。まだ俺の用事が済んじゃいないぞ、シーン」

 

「Gが食いたくなったのか? よかろう、パックにして持たせてやるよ」

 

 

 ちなみに、以前は結局食わせる事なくダールンを帰してやった。

 ただの偶然とはいえ、二人も貴族の娘と知り合いになれたし……

 

 親父は、俺の言葉に顔を微かに青ざめさせ力なく笑った。

 人間空を飛ぶ生き物には弱いからな……

 

 

「それはいかんぞ、シーン。おそらく人間の遺伝子にもともと組み込まれているのだろう。アレに対して恐怖を抱け、と。俺は正直悪魔よりアレの方が恐ろしい。たとえ砂漠で餓死しかけていてもアレだけは喰えんよ」

 

 

 この騎士様はどうやら、人の命を奪う悪魔よりも、無駄にすばやいだけのアレの方が苦手らしい。

 そして、お前人の命舐めすぎ。死にかけたら老廃物――アレだってコレだってソレだって何だって喰うわ。老廃物食ったら死ぬらしいけど。

 

 

「己から弱点を晒すとは余裕だな、ダールン。それは俺に対して挑戦していると見ていいのか?」

 

「そ、どこをどう聞いたら――」

 

 結構必死な表情のダールン。

 素早く耳を塞いだ。

 あー、やだやだ。この親父様は。

 なんていうか、会話の節々に"じぇねれーしょんぎゃっぷ"を感じるわ。

 ぎゃーぎゃー喚く親父様を無視し、シルクに向かってもう一度叫ぶ。

 

「シルクッ!! 何やってる!! ダールン公がお帰りだと言ってるだろッ!!」

 

「シーン様……それが……ソフィア様もいらしてまして――」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 ソフィア様……だれそれ?

 俺は、ソフィアなんて名前母上以外に知りませぬが……

 

 シルクが、罰の悪そうな顔をこちらに向ける。

 見ようによっては俺を哀れんでいるようにも見えなくはない。

 

「シーン様のお母様がいらしているのです……」

 

 

 

 HAHAHA、シルクさんも冗談きついよ。

 母上は、山荘で静養中だろ? 身体弱いし、空気のいい場所で静かに過ごすのが一番ですぜ、そういう時は。

 

 

 

 

 

 まるで俺の心中を察したかのように無表情で首を横に振るシルク。

 

 

 

 

 

 ……嘘だろ?

 

 

 

 

 シルクが、おずおずと口を開く。

 

「ですから、その……ダールン様を追い返すわけには――」

 

「……もういい、シルク――」

 

 あまりにも哀れなシルク。

 ああ、そうとも。シルクは何も悪くない。

 そりゃそうだよね。俺の母上が来たら通さざるをえないだろう。病弱だし。

 

 

 

 

 悪いのは、母上を連れてきたこの親父様一人ですとも。

 

 

 

 

「詳しい話はこの親父様にとっくり聞かせてもらおうじゃねえか。下がってろ」

 

 

 頭に血が上る。

 こいつ、絶対ただでは済まさん。腕や足の一本や二本は覚悟してもらわんとなぁ?

 

 

「シーン君、君は何故そんな屑を見るような目でパパを見るんだい?」

 

「そのまんまだよ、お父様。この屑め」

 

 シルクが一礼をして部屋を出て行く。

 見捨てられた子犬のような目でそれを見る糞親父。気持ち悪い。

 いらいらする。

 とてもいらいらする。

 限りなくいらいらする。

 死ねばいいのに。というか死ね。

 

 一度大きく深呼吸する。

 落ち着け。落ち着くのだシーン。この屑に相応の罰を与えるために。

 

 

「さて、何か言い分はあるかね?」

 

 骨の一本や二本折ってやらにゃ気がすまない。

 血を分けた家族じゃなかったら間違いなく殺していただろう。

 

 んー、一回や二回じゃないな。間違いなく十回以上殺してる。

 

 

 

「言い分って――もう最終通告!?」

 

「ちなみに、罪の内容は、これから始まる一月の俺の桃源郷に母親などと言う不粋な存在を持ち込んだ事だ。てめえだけだったら地下牢にでもぶちこんどきゃ一ヶ月くらい大丈夫だろうがさ、母上はそうはいかないだろ? 俺の言いたいこと分かりますか?」

 

 両肩に手をかける。取り敢えず砕くか……いや、腕の方がいいかな。

 

 そんな俺を見て、親父は何故か凄い沈んだ表情をした。

 親父は一介の騎士だ。

 肩を砕かれる程度でここまで沈んだ表情をするわけがない。

 まだ何か隠しているのか。

 

 怒りに頭が沸騰しそうになる。

 駄目だ、抑えろ。常に冷静にあれ。

 しかし何でこいつはこんなに俺をおちょくるのが上手いんだろう。

 俺に殺される危険性がないから?

 ええ? いつか殺すぞ、本当に。

 そうだな、後三回こういう真似したら完膚なきまでに殺しつくしてくれる。そこそこ生きたんだからそろそろいいだろ。

 

 

 

「親父様……まだ何か隠していることがあるのですね?」

 

「…………いや、別に」

 

 

 力を入れる。

 みしみしと音を立てる肩。

 それでも揺るがないダールンの姿は、まるで無骨な鉄の塊であるかのようだった。ハゲでロリコンな事が果てしなくマイナスに働いているが、こいつはこれでも人類最高位の騎士の一人なのだ。

 

 

「んじゃあれだ。親父様は俺の質問にYESかNOで答えてくれればいい。分かったな?」

 

「……YES」

 

 肩を落とすダールン。

 こちらを伺うような上目遣いが酷く不快だ。

 

 怒りを飲んで、声を沈め問う。

 

「まず第一に――お前はこの暗黒の月をこの屋敷で過ごすつもりか?」

 

「YES」

 

 ……怒りを抑えるんだ、シーン。

 なんたってまだ始まったばかり……

 唇を噛む。

 

「そこには特に何の理由も存在しない。例えば、山荘が雪で潰されたとか……とにかく、理由なくここに来たのか?」

 

「NO」

 

「理由があるのか……母上がここに来たいと言ったのか?」

 

「NO」

 

「親父様自身がここで過ごしたかったとか?」

 

「NO」

 

「ふむ、んじゃ、山荘が何かの理由で暗黒の月を過ごすに足る場所ではなくなったとか?」

 

「NO」

 

 

 難しい。

 何か嫌な予感がする。

 俺の勘はかなりの高確率で当たるからな……

 特にタイミングが最悪だ。この時期に変な物を持ち込まれたら、最悪一ヶ月の間手を打てなくなるだろう。

 

 考えろ、シーン。何かあるはずだ。俺に悪寒を催させるような何かが……

 まったく、ダールンが来ると碌な事がない。

 

 特に何をするでもなく、テーブルの上を見つめる。

 

 ちなみに、今いる場所は自室ではなく執務室だ。俺の部屋、今あのStrangeDaysのおかげで酷いことになってるから。

 いつも書類が積み重なっていた机の上には今は何もない。

 仕事は全て片付けた。俺もシルクも。

 

 その時、ふと俺の頭を何かが過ぎった。

 

 数ヶ月前に行った占いの結果。

 息も絶え絶えの中の人(中の人なんていないけど)が告げた、今年起こりうる一番の災難。

 内容があまりに突拍子もなかったのですっかり記憶の隅に追いやっていたが……

 

 

「ダールン」

 

「ん? 何だ? 尋問はもう終わりか? はっはっは」

 

 息を吐き、空笑いする親父。

 調子に乗りすぎだ。激しく吐き気がする。

 だが、今はそんな事に構っている暇はない。

 

 

「俺に妹、いたよな?」

 

「――ッ!? あ、ああ、何を今更――」

 

「元気か?」

 

 明らかに動揺する親父。

 

「名前、何だっけ?」

 

 尋ねた瞬間、何かが聴覚を刺激した。

 何というか……言葉にし難いが、あえて言うなら"這う音"?

 ずるずるぴちゃぴちゃという水音。

 

 近いな……二十メートルくらいか?

 俺の中の闇がかすかに警鐘を鳴らす。

 悪寒。滅多に感じない悪感。

 ぞくぞくするような冷気。ダールンはこの気配を感じていないのか?

 

「ハッハッハ、シーン君ハドウシテ、ソンナ事ヲ聞クノカネ?」

 

「はっはっは、実はだね。予言があったのだよ。災厄について一言を貰ったのだがね……何と出たと思う?」

 

「ナントデタンダイ? シーン君」

 

 

 何この気配。今まで感じた事ないよ?

 強くはない。決して強くはない。ただただひたすらに真っ黒だ。

 ずるずるという音は確実にこの部屋に向かって進んでくる。

 遠くから感じる害のない程度に薄い"瘴気"

 これは酷い。ただただ理由なく醜悪だ。

 そこらのものを吸い込むわけでもなく、生けるものを枯らすわけでもなく。ただそこにいるだけの闇。

 

 

 

 

「妹が来るって出たんだ。すっかり忘れていた。問うぞ、親父様。嘘をついたら首を刎ねるからな?」

 

 

 

 

 

 

 

「てめえは何を連れて来た?」

 

 

 胃がきりきり痛む。

 あははと声に出して笑うダールン。目が笑ってない。

 

 生まれて今まで数えるほどしか会った事のない双子の妹。

 名前も知らず、俺が知っているのは俺の瘴気に当てられ病弱に生まれた妹は母上の下で暮らしているという事実のみ。

 

 気配は思ったより速く蠢き、扉の外で止まる。

 扉の外から聞こえる『きゃー』という衛生兵の悲鳴。

 

 

 

 

 

「シーン君の妹に決まっているじゃないか」

 

 

 扉が蹴破られたかのような勢いで開き、部屋に転がり込んでくる衛生兵。顔が見るも無残なほどに真っ青だ。

 

 

「シ、シーン様!! 大変です!! へへへ、な、な何か、変な物が!!」

 

 やだなあ、そんな事知ってるよ。なんたって、気配はすぐ外にまで迫ってきていたんだからさ。

 君、俺をおいて逃げなかったことは褒められるけど、気づいてないでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸が開けっ放しです。

 

 

 

「ダールン、お前言ったよな? "妹"を連れて来たって」

 

「あ、ああ……ほら、これがシーン君の妹のレアちゃんだよ。十年以上あってなかっただろ?」

 

 

 

 開け放たれた扉。

 そこにあるのは完全な闇だった。

 壁も床も取り込んだ液状の闇。

 闇魔術の使い手であるからこそ、俺は闇に敏感だ。

 

 机を横に蹴飛ばし、真っ青でふらふらしている衛生兵(女)を抱き止める。

 ダールンが机と一緒に吹っ飛んでいたが、そんなの関係ない。

 こいつはすげえぜ、親父様。

 

 

 

「親父様、俺の妹はあれか? これはあれだろ。以前やったゲームに出てきたあれ。見た目があれにそっくりだ――」

 

 

 

 

 

 あれだ

 あれあれ

 そう、あれだ。

 

 

 

 

 アンリマユ。

 

 

 この場合は、当然抽象的なゾロアスターの神様を指すのではなく、某ゲームに出てきたサーヴァントすら取り込んで何やかんやしてたアレの事を指す。

 

 

 

 

 

 さすがに絶句する俺の眼の前で生き物のように動くソレは、めちゃくちゃ気持ち悪かった。

 

 天井からぽたぽた落ちる黒い液体。おそらく闇そのものが、辺りをゆっくりと消化するように侵食する。

 

 まずい逃げたくなってきた。

 さすがに性能までアレと同様ではないだろうが……

 

 

 

「何これ? 母上は一体何を生んだんだ?」

 

 

 蠢く闇。これほどまでに"どろどろ"という言葉が似合う物体はないだろう。

 

 そして、闇の中に立つ背の丈百五十半ばほどの細身の少女。

 

 その白い肌――顔や手に血管の如きに走る黒い筋。

 

 まるで、闇に囚われているかのような――

 

 

 

 

 気絶した衛生兵を部屋の隅に横たえ、大きく息を吐く。

 最近色々と心臓に悪いな。

 愚痴りたいがそんな事言ってる暇はない。

 近いうちに、シルクに愚痴るか。シルクを肴にして。

 

 

 俺は、そう心に決めると、果てしなく嫌だったが、現実に向き合った。

 

 

 視線が合う。

 何をするわけでもなく、粘性の闇の真ん中に立っている少女。

 透明な瞳をこちらに向けてくる、おそらく俺の妹。

 

 暗黒の月前日に突然やって来た最悪の災厄。

 十年以上あっていなかった妹は、俺の顔を見て不気味に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラングニエル<終焉の世界の闇>

 レア・ルートクレイシア

 LV55

 好きな食べ物:なんでも

 

 

 

 

 

 

「何でもって――」

 

 

 ていうかあれ? 

 グラングニエル族? なんで? わけわからん。

 

 

 混乱しきっている俺をよそに、レアという名らしい妹が口を微かに開く。

 ささやくような声。

 

「お兄様――会いたかった……」

 

 

 

 

 

 ごめん、俺は会いたくなかったよ。

 

これ、二十八部目なんですぜい。

話数がまだ二十にはいってないのですが……(*ノ∀`)ペチンッ

ちょうど連載一ヶ月です。

毎回閲覧してくださっている方々に深い感謝を(*´∀`*)

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