第十七・五話:民衆と執政者な俺
こいつらは本当に誇りの一つも持ってない連中だな。
指先からさらさらと落ちるトウモロコシの粉。俺の前に列を作り、袋を差し出す貧民共を見て、俺は久方ぶりにやるせなさを感じた。
去年と何ら変わりない。
プライドを捨ててでも生き延びようというその意志は評価できるが、去年と比べまったく減った様子のない貧民共の数を見ていると、全員一度デリートしたくなる。
「おい、お前ら。これは貸しだ。引き換えに死ぬまでこの国のために働いてもらう。千倍にして返せよ」
俺の言葉にひたすら頷き、食料を受け取り去っていく屑共。
事実、ただでくれてやっているわけではない。暖かい季節になったら、貧乏人共には冬の配給を受けたツケを払ってもらっている。 さすがに千倍は無理だが、さりとて今くれてやってる食料分くらいの金は徴収しているので問題は何もない。最低でも差し引きゼロ、マイナスを出した者達にはよほどの事がない限り自主的に国外に退去していってもらっている。
飢えた子犬のような目つきをしたガキが前に並んだ所で、流れていた粉が止まる。
嵌めたPocketに収納されていた百キロの粉がなくなった事に気づき、俺は新たなPocketを取り出した。
「おい、シルク」
「はい」
「景気がよくなったと言ったよな?」
「言いましたがそれが何か?」
すました顔で問い返すシルク。
空になったPocketを外し、新たな物を装備。再び流れ出す粉。
眼を輝かせる子供。無知な連中には、俺がまるで奇跡を起こしているように見えているかもしれないな。
再び動き出した長蛇の列。
「景気がよくなったのに、こんなに"暗黒の月"を越えられない連中がいるのは何故だ?」
「人口が倍増したんです。シーン様が他国からの亡命を全て受け入れる例を出した結果ですね。でもいいじゃないですか。連合から支援物資が送られてきてるし、十分処理できるでしょう?」
処理できる、と、実際に処理する、では違う。
シルクも判っている事だ。判っていながら笑顔で答えるこいつは、将来俺と違って碌な死に方をしないだろう。
それに――
「送られてるんじゃない。送るよう"頼んだ"んだ。さすがの俺も、これだけの人数を養うほどの食料を集めるのはめんどくせえ」
雪を踏むしゃりしゃりという音。
多数の人が歩くことでぬかるんだ道が、ぴちゃんという足音を寒空に響かせる。
生命の息遣い。
なんでこいつら生きてるんだろう
第十七・五話【民衆と執政者な俺】
「頼んだ? よく聞き届けられましたね……貧困層が蛇の月――暗黒の月に餓死するのはどこの国でも同じでしょうに」
「俺は天才だからな。連中、喜んで送ると言ってた」
「どうやって脅したんですか?」
「脅してないって。お願いしたの」
世界一高い山の頂上を少し削って見せたが、それ以外は特に何をしたわけでもないです。村を襲ったわけでも街を焼いたわけでもないし。
二回並ぶのはNG。ばれたら死刑。
三年前の配給の時、大量に被死刑者が出てから、二回並ぶ者はほとんどいなくなった。
今現在そんな卑劣な真似をする可能性があるのは、余所からの移民だけだ。特に、貧乏人ではなくそこそこの金を持っている奴らが並ぶ辺りが人間救えない。まぁ、そういう真似してるから金持ちになれるのかもしれんが……
「冬の磔は厳しいな。十中八九死ぬ」
俺の眼の前にちょうど至った男が、俺の言葉に一瞬身を震わせる。
「ダウト、三回目」
哀れにも、両腕を捕まれ引きずられていく中年親父。
欲を持ったら死ぬ事を教えるべし。家畜に欲はいらないのだ。
ちなみに、罪が完全に明らかになり次第奴は三つの選択を迫られる。
流刑
磔刑
死刑
死刑は言うに及ばず。この寒さでは、裸にして屋外に吊るす磔刑も死刑と同義。ルートクレイシア領から一番遠い街でも数十キロはあるので、おそらく流刑も、死と同じだろう
助かる方法は唯一つ。
家族に可愛い娘がいる事。
あの豚の面がつぶれたような顔の親父からして絶望的だな。
ひそかに民衆の中に混じっていた私兵に捕まれ連れて行かれるその様子を見ても、例年の慣れのせいか、列は一瞬しか乱れなかった。
「領主様。あの人は一体どうなるんですか?」
「多分死ぬな」
罪人の後ろに並んでいた十歳くらいの男の子が尋ねてくる。
好奇心旺盛な年頃だ。
俺は男女問わずして結構子供に優しい。死に向かって緩やかに落ちていく爺婆に比べれば。
「あの男は罪を犯した。おそらく、今日明日中に自らの罪を悔い懺悔しその重さに耐え切れず自ら命を絶つだろう。間違いない」
「そ、そうなんだ……」
「そうなんだ。次」
そんな風にスムーズに餌をやり続けて数十分。突然それはやって来た。
複雑な機構の無数の歯車が回転した時のような奇怪な音。それとほぼ同時に、広場の外――広場側に面した家屋の窓が一瞬光る。
科学と魔導の技術をかなりカオスな感じに融合させ、出来上がった遠距離用の魔導銃
魔力を弾に変換して、科学の結晶である魔導銃本体を媒介に打ち出すというそれ系ファンタジーでかなりありがちなその武器は、こと暗殺に使用するにおいて、発射する瞬間に歯車の回る音がするという意味不明かつ重大な失点がある。
「魔術を使うまでもないか」
腰に挿しておいた護身用のナイフをすばやく抜き、飛来する五つの光弾を全て叩き落した。
列から上がる悲鳴。鳴くな、家畜。
光の弾と書くにも関わらず、光よりずっと速度が遅いというわけ解からんそれは、俺に掠る事なく、シルクに掠る事もなく、ナリアに触れる事もなく消滅した。
俺ほどの執政者になると、常に敵対する者からの暗殺者に命を狙われるものだ。ありがたくいただいたが、可愛い娘が暗殺者として送り込まれて来た事も一度や二度じゃない。どうやってこの視察の事を知ったのか知らんが、俺が護衛もつけずに外に出て、おまけに民衆の真ん中で食料を配っているこの瞬間は暗殺者にとって格好のタイミングとも言えよう。
「な、今の光何〜?」
「敵だな。ナリア、始末して来い」
ここ最近俺に近づく暗殺者達を、力の操作の練習代わりに軒並み始末してきたナリアが、俺の言葉に眼を輝かす。
まったく、物騒な奴だ。誰に似たんだか……
「どこにいるの?」
「あっちだ」
指差すは、広場の入り口。ここからおよそ七百メートルほど離れた家屋の二階のバルコニー。
『くっ、暗殺は失敗だッ。ぴんぴんしてやがる……化け物め』
『了解。すぐにその場を離脱せよ。作戦Bに変更する』
バルコニーで無線を握る男の会話が聴こえる。
天才たる俺の力を持ってすれば、七百メートルの距離など無きに等しい。魔導銃の歯車がきりきり回る音すら聞こえるし。
「じゃ〜行って来ますッ!!」
ナリアの腰に届くほど薄青の髪が、風に吹かれまるでもう一つの翼のように宙にたゆたう。
雪と比べて些かの見劣りもしない純白の肌――首元を飾る銀のチョーカーが太陽光を反射し、きらりと光った。
「さて、続けるか――」
「はぁ……シーン様は何があっても動じませんね」
「これくらいで動じて善政が敷けますか」
風に乗って凄まじいスピードで飛んでいったナリアを見送り、俺は再び餌撒きを開始した。
「さて、皆さんにはやっていただきたい事があります。報酬はちゃんと払うので、がんばってね」
集めたのは、この街の裏通りに住む子供達十数名。皆、貧困層の家に生まれ育った子供達です。
かつて暗黒の月になるたびに、この季節を生き延びる事ができるかという大きな問題に直面し、冬の寒さに震えていた子供達は今はいません。
シーン様は天才だと思います。
暗黒の月の死者を減らす。
簡単に思えるかもしれませんが、そんな事はありません。
貧富の差と言うのが明確に存在しているこの時代、富裕層の中に一体どれだけ貧困層の餓死者の心配をしている者がいるでしょうか? それにたいして具体的な対応をしている者は?
シーン様は馬鹿と紙一重な存在だと思います。
「解かってるって。去年と同じ事だろ?」
集まった子供達の一人――十三歳くらいの少年が胸を張って言いました。
三年前、初めてこの仕事を請けた時は十歳の小さな子供で、今現在は立派な少年に成長した方です。
毎年この時期に集める子は、多少変動はありますが大体同じ子です。その成長を見るのも私の小さな楽しみだったりします。
もちろんこんな仕事を与えて下さったシーン様には感謝の言い様もありません。
お礼を差し上げる事ができなくて本当に残念です。
私はもう全ての存在をシーン様に捧げておりますので――
「えっと……エージェントAさん。初めての子もいるので、初めから説明していただけますか?」
忙しいんで更新速度はゆっくりしたものになります(量的な意味で)
一日一話は書きますが(´▽ `)
今日は一時間オーバー……