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黒紫色の理想  作者: 槻影
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第十七話:冬の牧場と支配者な俺


 

 

 

 

 年中忙しいこの俺だが、冬も奥まり、あと数週間で"暗黒の月"に入るというこの時期、毎年俺には一つの重要な仕事が回って来る。

 それは、やたら金儲けに長けた商家から"自主的な"寄付を呼びかける事であったり、降雪の量に関して眼で見て調査する事であったり、また新たな移民にレアキャラがいないか確かめることだったり、はたまた家畜に餌をやる事だったり、つまりは領内の視察みたいな仕事だ。

 屋敷に引きこもっているばかりでは身体がなまる。また、実は雪が大好きだったり(寒いのは嫌い)するので、それは全ての苦を一身に背負い皆を導く俺にとって、かなり大きな救いになっていた。

 

 

 

 

 

 素晴らしき結果というのは、入念な準備をしてこそ手に入るものだ。

 前日、俺は自室で視察の準備をしていた。

 

 初めにクローゼットの中につっこんでおいた麻袋を取ると、俺はテーブルの上でひっくり返した。

 鉄でできた無骨なテーブルの上にばらばらと広がる貴金属。

 麻袋の中に入っていたのは、以前"水蓮口"に行った際に手に入れた死んだ貴族共の遺品である。クレシダと二夜が、遺族に『死体は沼に沈んだ』と報告したため、俺のものになった魔導具の類だ。仇はとってやったんだから、死んだ馬鹿共もさぞ本望であろう。

 内訳は、テイルズオブマギが約五十個、何かしらの魔力が宿ったペンダントやらナイフ、ブレスレットやらが数点。テイルズオブマギは、内蔵している魔術によって価格が左右するが、最低でも百万はするのでこれだけで平民なら数年遊んで暮らせるだけの金になるだろう。

 だが、俺の目的はテイルズオブマギではない。今必要なのは道具を転送するための魔導具だ。

 正式名称は覚えていないが、使用する者の間でPocketと呼ばれている品である。

 

 沢山のテイルズオブマギの中に、果たしてそれはあった。五人死んだから合計五つ。一つのPocketに入れておける許容重量は約100kgだから、これで五百キロ分のアイテムを持ち運ぶことができる。

 

 五百キロ程度じゃ全然足りないのが、初めて視察を行った年に買ったPocketが後二十ほどあるので大丈夫だろう。

 ちょっと足りないかもしれないが、その辺を何とかするのは俺の役目ではない。

 Poketo以外の魔導具を麻袋の中に再びつっこみ、俺は天井を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗黒の始まりは近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十七話:冬の牧場と支配者な俺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばお父さん。明日は領主様が視察においでになる日ですよ」

 

「なるほど……もうそんな時期か。今年は一体何をなさるつもりなんだろう……去年は巨大な雪だるまを作っていかれたが――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視察当日。

 

 

「くっそ寒い。冬とか死ねばいいのに」

 

 

 雪が数十センチも積もった屋根の上で、俺はルートクレイシア領最大の都市(名前は忘れた)の様子を見下ろしていた。

 気温は零度を少し下回った程度。例年から比べれば暖かい方かもしれないが、寒いのは駄目、暑いのも駄目な、繊細な感覚を持つ俺にとっては、この寒さは地獄に等しい。

 屋根の上は、地上よりも風が強く、首元まで立てた黒のコートが風に吹かればたばたはためき、冷たい空気を防寒具の中に吹き込む。冬なのだから仕方ないといえば仕方ないが、めちゃくちゃ寒かった。ただ、雲ひとつない晴れた日であることが唯一の慰めだろう。、

 

 街中の活気は、その寒さに"反比例して"見るに耐えないものだった。

 地上から感じられる喧騒。

 下賎な者共が放つ熱は、この糞寒い中でも、街を大きな奔流で包み込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……人が多すぎて見るに耐えん。なんだってこんなにも人が多いんだろう。

 

 

「まるで人がゴミのようだ」

 

 

 俺の感傷を肯定するように、太陽の光が俺を照らす。

 なんだってこんなに寒いのに平民達はこんなに元気なんだろう。高貴な俺にはとても理解できない。

 

 暗黒の月に向けての準備が少しずつ進められていく中、雪を少しでも片付けておこうと笑顔で雪を片付ける爺とガキ。

 一歩たりとも外に出れなくなる一月のために、保存食を積んだ亡霊馬の引く荷馬車が何台も大通りを駆け巡り、道端に開かれた数多の露店から漂ってくる食欲を刺激する湯気が風に乗って、人々の歩く通りを満たしている。

 

 そして、街のあちこちには黒と白のストライプが描かれた奇妙な旗や同じ模様の提灯が設置され、冷たい風に揺れているのが見えた。

 なんだあの変な旗と提灯は。ルートクレイシアの国旗は、あんな変な模様じゃなかったはずだ。何かの祭りでもあるのだろうか?

 

 シマウマの身体の模様をそのまま移したような気味の悪い旗と提灯。思えば、去年視察した時もあったような気がする。この冬の糞寒い時期に――暗黒の月が数週間後に迫っているこの時期に祭りを開くなど、狂気の沙汰ではあるまいて。

 

 しかし、そういわれてみるとこの人の多さにも頷ける。普段はここまで騒がしくはあるまい。やたらガキのグループが多いのもそのせいだろう。

 おしいな、俺も時間さえあれば参加できるのに。悲しいことに今日はとても忙しいし、この寒さの中で長時間外にいることなどとてもじゃないけどできん。

 

 

 生活の匂いで溢れる町並みを見て、自然ため息をついた。

 

 

 別に祭りを開くのはいいけど、この国の景気は正直な話悪くもなく良くもない。いくら指導者の俺が天才でも、働き手である奴らが馬鹿である限り景気のグラフはそう簡単に上昇しないのだ。祭りなんて開いてる暇あったら、最低限だけではなくもうちょっと仕事をしてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ寒い。冬とか死ねばいいのに」

 

 ルートクレイシア公国の実質的な最高権力者であり、ルートクレイシアの神童とも呼ばれる自称天才のシーン様は、屋根の上で不機嫌そうにつぶやいた。

 

 季節は冬。スターフィッシュの月の半ば(シーン様曰く、十二月だそうだ)、一年で最も寒い時期にこんな屋根の上に立てばそれは寒いだろう。それもこれも、私の"防寒着を着た方がいい"というアドバイスを、"そんな格好悪い事できるか!!"の一言で切り捨てた報いである。

 それでも今年はいい方だ。気温はまだ摂氏マイナス三度。去年は昼間にも関わらずマイナス八度ほどだったので、今年は暖冬と言える。

 

 シーン様の隣、屋根の上から顔だけを出して観察した眼下の町並みは、ルヴィクラウムとして――ルートクレイシア国で最大の都としてふさわしい熱気で溢れていた。

 ついで、今年は、去年よりも街に活気があるように見える。シーン様の命令によって、この国で奴隷の取引を全面的に禁止したことが一役買っているのだろう。交付するに辺り、大商人や貴族達からの猛反対にかなり苦労させられたが、それでもこの人々の明るい笑顔が見られるのなら徹夜したかいがあったというものだろう。

 

 私やシーン様が一年を通し奔走した結果が目に見えるようで、自然顔が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まるで人がゴミのようだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーン様のため息が聞こえた。

 

 …………

 

 ちょっと待った!!

 

 どんよりとした雰囲気で、町並みを見渡すシーン様。その表情に演技の色はない。というかシーン様は演技をしない。

 

 貴方はこの様子のどこに不満があるというのですかッ!!

 一日二十時間近く働いた結果である、この人々の笑い声のどこに不満が――

 

 

 

 

 

 

「人多すぎるな……ちょっと減らした方がいいかも……塵も積もれば山となるしなー。シルクはどう思う?」

 

 

「……それはあまり賢い手段ではないかと。何より民あっての国ですから……」

 

 

 

 

 

 シーン様は常に本気である。

 やるといったらやるお方だ。そのため、やるという前に何とかその意見を崩さなくてはならない。

 

 おそらく、シーン様一人で国を治めようとしたら、三年待たずに滅亡するだろう。第一に自分の事を考え、第二に自分の事を考え、三四に自分の事を考え、五に自分の事を考えるその思考は限りなく危険だ。優しい所もなくはないが、それも人の事ではなく自分の事を考えて実行しているに過ぎない。

 

 

 国内に奴隷の所持・売買を禁止する令を発したにも関わらず、自分はこっそり他国の商人から奴隷を買っている所なんかがその思考原理を如実に示している。

 エルフの心象をよくするという唯それだけのために商人全員を敵に回すようなお方ですから。

 

 

 

 シーン様は一瞬首をかしげ、すぐに答えた。

 

 

「そう、か。確かに羊飼いは、いくら羊が増えても殺したりはしないもんな。家畜は生かさず殺さずが一番か。まぁ増えても屋敷に押しかけてくるわけじゃないから俺には関係ないしな」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 その考えはかなり間違ってます。

 もちろん口には出さない。出してもシーン様には理解できない。目的は達しているので妥協すべきなのだ。

 

 

 

 

 風にばたばたはためく黒のロングコート。

 その眼が見ているのは、ルートクレイシアに住む人間と言う名の家畜。奴隷と認識されている私は、まだマシな方なのかもしれない。

 それでも、シーン様は国民に人気がある。それは、この眼下の町並み――シーン様の視察にあわせてこの街を訪れたであろう人々の数でも分かる。

 

 本性が知られていないわけではない。シーン様が、家畜同然に見ている国民の前で自分を飾るわけがない。

 人気があるのは、眼に見える結果でその力を民達の前に示しているからだ。

 民とは、自分達に害がない限りどんな人間が指導者でも構わないものである。

 そして、前述したようにシーン様は人を家畜としか認識しておらず、当然家畜などに興味はない。シーン様の興味は全て美しい女性にのみ向けられている。世も末だ。

 

 

 

「ところで、この気持ち悪い提灯は何だ? シルク知ってる? 」

 

 

 

 いつ取ったのか、黒と白の模様のついた提灯を物珍しそうにひっくり返し、観察するシーン様。

 

 

 

「シーン様が視察する日だからかけてあるんですよ……」

 

「は? 何言ってんだ。抜き打ちでやってるんだから俺が視察する日を奴らが知ってるわけないじゃん。馬鹿な奴だ」

 

 

 

 シーン様、何を言うのですか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毎年同じ日に視察を行っているんだから知らないわけがないでしょ!!

 

 

 

次話に続きます(´▽ `)

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