第十六・五話:LVヒエラルキーとどうでもいい話
ナリアの嗚咽が止む頃には、俺の黒のコートはすっかりぐしゃぐしゃになっていた。
そこそこ名の知れた店のオーダーメイドの高級品だが、所詮はコート。代わりにこんな将来有望な子が手に入ると思えば全く惜しくない。むしろ捨ててもいいくらいだ。
あの"CreationPhenomenon"に、親愛の情を抱かせる効果があれどなかれど、これでもうナリアは俺の命令に逆らわないだろう。飴と鞭の使いわけができることこそが、王たる者の素質の一つである。
涙が止まった後も、顔を上げる様子のないナリアの頭を撫でる。もごもご動く頭。
あ、そういえば――
ふと思いついた疑問。
頭を撫でながら、何故か気味の悪い笑みを浮かべながらこっちを見ているルルに尋ねた。
「ところで、一体なんでこいつの名前がわかったんだ? 面影もないみたいだし――」
「え?」
何を聞いているんだ、この人は? みたいな表情を浮かべるルル。
俺の表情を見て、俺が真剣だと悟るや否や、困惑したように口を開いた。
「スキルレイを使えばいいのでは?」
…………
その手があったかあああああああ!!
第十六・五話【LVヒエラルキーとどうでもいい話】
「まさか気づかなかったのですか?」
ルルの呆れたような視線が痛い。
正直な話、すっかりスキルレイの存在を忘れていたので返す言葉がなかった。
言われてみれば簡単な話だ。
この世には、プライバシーとか何ら関係なしに人の情報を読み取る便利な魔法があるじゃないか。
俺が聞き出そうとがんばっていたのは一体なんだったのだろうか?
本人に問う必要などない。ただ一章節の言葉をつむぐだけで全てが事足りる。
頭をぐりぐりこすり付けてくるこのハイエルフが憎い。いや、俺のミスですけどね。
「プライバシーを考えたら……使えなかった」
「そうですか……」
悪あがきに大きなため息で返すルル。
どうやら完璧に見破られているようだった。
俺にとって今まで、スキルレイとは相手の強さを知るものであって、名前を知るために唱える術ではなかった。俺が現在戦っている普通の悪魔のほとんどには種族名だけで名前はないし、かつて魔王をやっていた頃も、トップクラスの魔族以外には名前は存在しなかったため、その副次的な効果を忘れていたのだ。そもそも、魔族や悪魔の名前なんて知りたくもなかったし。
正体のわからない、CreationPhenomenonやKillingFieldにも掛けていたが、あれも名前を知るためというよりは、少しでも情報を得るためといった理由が大きい。常に戦場に身を置いてきた天才騎士特有の失敗だ。
ためしに、スキルレイを唱える。取り敢えず標的はルルに――
エルフ<籠の中の妖精>
ルル・ランラン
LV350
身長:162cm
体重:41kg
B/W/H:85.8/58.9/85.4
「お、胸の大きさまで出てる――」
「えっ!? な、誰にかけて――!!」
胸を隠すようにして後ろに下がるルル。視線が若干冷たい。
隠しても無駄です。なんたって現状が<籠の中の妖精>だし、もう三回手を出しているので、ルルの身体で知らない"部分"なんて存在しないし……
俺が何を考えているのかわかったのか、形の整った眉を吊り上げ、頬を染める姿は美人というよりは可愛らしかった。
しかし……スキルレイがこんなに便利な術だとは思わなかったな。
ずらっと出てくる相手の情報の羅列。まさかその中に体重と身長、スリーサイズのデータまで入ってるとは思わなかった。いつも上に書いてあるLVと名前と現状しか読んでなかったわ。戦闘中に数十列にも及ぶ情報を読んでいる暇はない。
「プ、プライバシーがどうとか、あれはどうなったんですか!?」
「あー、あれ? あれだ――」
結構必死に抗議してくるルル。
さて、なんと答えたものか――
「ルルにプライバシーはない」
「え!? プライバシーくらい……」
「自分の現状を知らないと。『籠の中の妖精』だよ?」
そして俺のもの。俺が死んだ後なら好き勝手やってもいいけど、俺が生きている間は俺に尽くしていただく。なんたってそれが俺が借りた十五人の"エルフ達"の仕事なのだから。
しかし籠はひどいな……別に自由を制限しているわけでも、外に出るのを許可していないわけでもないのに。はっきり言えば、出ようと思えばいつでも出れる状態にしてあったはずだ。俺は比較的寛容なのである。
逃げたら連れ戻しに行くけど。
思い当たる事があるのか、がっくり項垂れるルル。
項垂れることなんてないのに……この屋敷の部屋数は確かに多いが無限ではない。そこに住まう事を許されるなんて、最高の栄誉じゃないか。むしろ籠の中の鳥万歳なはず。
しかし……エルフは憂いに満ちた表情をしても絵になるから凄いな。さすがだ。
「ほら、ルル。しっかりしろ。なーに、人間五十年。人間の数十倍の寿命を持つエルフにとっては一瞬だろうさ」
「……全然慰めになってませんよ」
「申す申す言ってたあの口調も治ったみたいだし。いい事尽くしだろ?」
「今の私は"エルフの戦士"ではなく、シーン様の"奴隷"ですから」
本人は皮肉のつもりだったのだろう。その台詞を、俺は頭の中に刻み込んだ。後で記録として外に出しておこう。今度エルフの村を訪ねて、そこの村長に聞かせてみても面白いかもしれない。
エルフって結構プライドが高めだからな。村の恩人だと思っているから今は俺に従っているのだろうが、内心けっこうきついだろう。そこにこの台詞を持っていけば――
「くっくっく……」
「な、何を笑って――」
人間に転生してよかった。本当に、こういう時は心の底からそう思う。
机に両手をつき、なにやら喋り散らかすルルの言葉は俺の耳には入らない。
俺は天才。ルルは、まぁ悪くはないが俺と対比したら全然馬鹿。馬鹿が俺に説教するなど百万年早いわ。
と、そうだ。今はルルの話じゃなくて、このハイエルフの話だったな――。
あやうく忘れそうになっていた本題を思い出し、まだ俺に顔をうずめているナリアにスキルレイを開始した。
じんわりと暖かいのは果たして涙なのだろうか?
鎌で脅すのはやりすぎだったのかもなぁ……でもあのくらいやらないと教育にならんし……
ハイエルフ<最期の風の聖霊>
ナリア・フリージア(from Creation-Phenomenon)
LV1270(10+630+630)
マスター:シーン・ルートクレイシア
「1270……!? KillingFieldよりさらに高いのか……」
世界のバグと同じくらい珍しいステータスはともかく、ばっちり載ってる名前に正直俺はちょっと萎えた。
俺がいくら本人に尋ねても教えてもらえなかったのがこんなに簡単に……
他にも色々突っ込むべきところはあったのに、そのせいで驚くタイミングを失ったのを感じる。
……しょうがない、淡々と考えよう。
あのCreationPhenomenonという卵の効果が少しずつ読めてきた。
二体の自分と一体の何かを入れることで新たな生物を生み出すバグ。出現条件から考えるとおそらく、三人の同一人物が同じ場所に存在するという矛盾を修正するために造られたシステムだろう。
三体の生物を融合して新たな生物を生み出す――いや、最後に入れた生物をさらにランクアップさせる不可思議な卵。
ドッペルゲンガーは一人LV630だったから、LVの隣に書いてある括弧の中の意味も大体分かる。
元のナリアのLVが10で、そこに630のドッペルゲンガーを二人足してLV1270。単純な足し算だ。
……意味は分かるが、このerrorを創り出したの者の心中が理解できんな。本当に。
普通新たに生み出された者のLVは1から始まるのがどんなゲームでも定石じゃないだろうか? LVが足されるってどんなバグ技だよ。
いつの間にか顔を押し付けたまま寝息を立てているナリアを見下ろす。
さっき放った風からすると分かるような分からないような……こんなガキが1270なんて、想像できん。KillingFieldの900オーバーもびっくりしたけど、今回はそれ以上だ。
「1270……ねえ」
LVだけが全てじゃないといういい例だ。
悪魔のLVははっきり言ってかなり信用ならない。
例えば、ドッペルゲンガーはそんなに強くないのにLVが600オーバーだったし、あのトンボは俺の皮膚を傷つけられるほどの武器を持っていたのにLVが500ちょいだった。
種類ごとに様々な特徴がある悪魔にとって、まあそれは当然といえば当然の事なのだろう。
人間のLV600オーバーとなると、各国の有数の騎士だったり、村一つを丸ごと焼ける程度の魔力を持ったテイルズオブマギなどどこ吹く風な魔術師だったりする。ちなみに、昔のダールンは610LVだった。
それが、KillingFieldで900オーバー、ナリアで1200オーバーと、もはやそれは伝説の英雄を越えた神話の化け物クラスである。
幸いなのは、こいつらがLVの割りに激弱だという事か。基本スペックは化け物だが、いかんせん技巧が拙な過ぎる。
本来、LVをあげる最も効率のよい方法が実践であるこの世界において、身体の能力の上昇と、技の発展は比例されて起こる事が多い。
それに対して、こいつらはチートじみた法則によって生まれた時から異常な高スペック、並の相手なら力だけで押し込めるだろうが、俺ほどの天才が相手になってくるとそうはいかない。
脳みそが筋肉のままでは、俺には適わないのだ。
所詮はエラーか。
昔のポケモンはセレクト押すと表示画面がバグっていたが、それと似たようなもんなんだろう。
裏技で造ったLV100のモンスターは弱かったのお……
教えるか。戦い方を教えてやればそれ相応に強くなるかもしれない。
しかし……教える意味が果たしてあるのだろうか?
今の所俺には敵がいないし……
半端なくやるせない気分で、俺は最後に自分にスキルレイを掛けてみる。
自身に掛けるのは何ヶ月――いや、何年ぶりか?
自分の情報ほどいらないものはない。
遊び人<ルートクレイシアの神童>
シーン・ルートクレイシア
LV011
「あれ? LV11……? どういう事だ? この間測ったときには――」
脳裏に映し出されたその画面に首をかしげる。
LVは年月がたつと共に下がることがある。それが、ゲームと現実の最も大きな違いだ。
肉体も衰えるし、技の巧拙もまた然り。
しかし、今回の場合おそらくそれは原因ではない。俺はいつだって自らの力を磨き続けているし、LVが上がっているという実感がある。現にこの身体に転生してから俺は負けた事がない。
それに、いくら下がるといってもLV11はひどい。
「――大体シーン様はエルフを舐めすぎて……」
「おい、ルル。俺にスキルレイを掛けてみろ」
椅子をがたがたならしながら命令。
何やら一人で愚痴をもらしていたルルは、俺の言葉に反応して同じように首をかしげた。
「LVなんて出てる?」
「"ぜろいちいち"ですね。以前見たときは700超えていて凄い驚いた事を覚えてますが――」
眉をひそめるルル。
ルルの言葉に違和感を感じた。
疑いようもない違和感。11じゃなくて011――
「ちょっと待て…… "じゅういち"じゃなくて、"ぜろいちいち"?」
「ええ、1の前に0があるでしょ?」
言われてみれば確かにある。
俺はあまりそこの所を気にするタイプじゃないので、自然と11と読んでいたが……
一番左の位に0?
「それっておかしいか?」
「少なくとも今まで見た事はありません」
正直どうでもいいが、気にならないといえば嘘になるな。
以前700オーバーだった俺が、今はLVが011……一番前に0……
一つ、予想。
「例えばさ、電卓、あるだろ? 」
「?」
「あれってさ、表示できる桁に限界があるじゃん?」
「はぁ……」
鉛筆の尻で机を叩きながら、とてもくだらない話。
一体いつからこんなくだらない話にはいったのかわからん。
「このスキルレイで現われるLV欄、三桁までしか表示できないのかなーって」
俗に言う桁落ち。
あまりに大きな数字過ぎて、一番上の桁が切れてしまう現象。
「三桁まで? それは……ないでしょう。いくらなんでもそこまで馬鹿な話は――」
呆れ果てたようなルルの表情。
だが俺は知っている。この世界を創った奴はとんでもない大馬鹿者だと。
具体的に言えば、特定の行動を取った時に世界のバグなる者が出現するよう設定するほどふざけた奴。
冬の後に、何の理屈もなく全世界の空が真っ黒に染まる"暗黒の月"なる一ヶ月を創った気まぐれ。
「ありえない、とは言い切れないだろ? 多分切れてるんだ。011の左に1という数字が。」
LV1011
ルルが俺のLVを計ったのがいつか知らんが、011なる奇怪なLVだというよりはよほど信じられる、と思う。多分。
「ですが……ナリアのLVはちゃんと映ったのでは?」
ぶち抜かれた壁から、冷たい風が吹き込んでくる。
幸いな事に、外との壁に穴があいているわけではないので雪などは吹き込んでこないだろうが、暖かい空気が隣の部屋に流れ込んでいく事は免れない。
後で誰かに修理させなくては……
「んー、んじゃこんなのはどうだ? "人間"の限界LVは999だというのは――」
「……つまりハイエルフのナリアは1000以上になるけど、人間のシーン様はLV1000以上にはならない、と」
「うむ、多分999を超えたらまた000から始まるんだろ……」
「……誰にも真実は解からないと思いますが、もしその言い分が正しかったら……ひどいですね」
何がひどいかは言うに及ばず。なんとなくだが、ルルの気持ちはわかる。
強い風がクリスタル製の窓をかたかた鳴らしていた。
けっこうシリアスめ、新型エルフの話で始まった話がいつの間にか世界の神秘の話に――
人聞きはいいが、内容はこの上なくどうでもいいものである。
この世界が、無性に悲しく恨めしかった。
「まぁ……どうでもいいか。気にしたら負けだな。LVなんて指標に過ぎないし」
二進だったらオーバーフロー
書いてる最中ずっとテンション下がりっぱなしでした。
そんな話