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黒紫色の理想  作者: 槻影
2/66

第一話:理想のための第一歩と元魔王な俺

 

 

 きらきら光るシャンデリア。

 ぎらぎら光るまっかなほのお。

 てかてかあたまのてっぺんを光らせた"お父さん"は

 しずかなひとみで"お母さん"を見つめて言った。

 

 

「ソフィア、ルーデル卿の領地に第三位クラスの海龍<リヴァイアサン>が攻めてきたらしい。ルーデル卿とは盟約を結んでいる。救援に行かねばならない。魔界の高位海龍<リヴァイアサン>……我がルートクレイシア家最大の最大の戦力を投じるつもりだが勝てる可能性は五分五分だろう」

 

 ソフィア"お母さん"は"お父さん"の事を心配そうな目で見てる。きれいなとびいろのひとみ。

 べっどの上からはんしんをおこし、"お父さん"の手をにぎった。

 かなしそうなひとみ。でも、なぜかお母さんはかなしそうな目をしながらもわらっていた。こころがしめつけられるようなひとみ。

 

「覚悟は……できてます。でも、どうか神のご加護を――きっと無事で帰ってきて」

 

「ああ、わかってる。騎士の誇りに掛けて絶対に悪魔を倒してみせる」

 

 きしのほこり。お父さんはきしのほこりというものを命よりもたいせつにしている。

 お父さんはきしのほこりにかけていきてかえるとはいわなかった。いざというときはあいうちをかくごしているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもおれにはしょうじきそんなことかんけいない。

 

 

 俺は天使のような笑顔を作り、禿頭の三十路親父、ダールン・ルートクレイシア公爵閣下にお伺いを立てた。

 

「おとーさん、たたかいいくの?」

 

 純粋無垢な微笑み。これに陥落しない砦はこの世に存在しない。それは、父親であるこいつも同じ、赤き陣風などと呼ばれ臣下に恐れられているダールンも俺にだけは心の底からの笑みを見せる。

 

「ああ、シーン。パパは戦いに行かねばならないんだ。どうしても。だからシーンはママを守るんだ。もし仮にパパが帰ってこれなかったら、ママを守れるのはシーンしかいないんだから」

 

「うん、わかったよっ!!」

 

 元気に答える俺。

 涙ぐみ俺を抱きしめるソフィア。

 ダールンの顔にも、微かに涙が滲んでいた。

 タイミング。必要なのはタイミングだ。そして超天才の俺がそのタイミングを見誤ることなど世界がひっくり返ってもありえない。

 

「それでぱぱ、みでーるきょうってあの"るな"ちゃんがいるところ?」

 

「ああ、そうだな。シーンはルナちゃんと仲がよかったもんな。大丈夫、心配するな。パパがミ・デール卿と協力して悪い悪魔をやっつけてやるから」

 

 フラグだ。間違いなくフラグだ。ここで助ければフラグが立つに違いない。

 目の前に餌がぶら下がっているのにそれを黙ってみている俺じゃない。

 だが、四歳児な俺は目をきらきら輝かせながら親父を見上げた。

 

「うん、わかったよっ!!」

 

「いい子だな、シーンは。俺はいい息子に恵まれた」

 

「うわっ!!」

 

 糞はげが。抱きしめんじゃねーよ。俺に触っていいのは美人だけなんだよ。

 さて、準備をしますか。

 人が何人死のうが関係ないが、ルナ・ミ・デールが死ぬのはいただけない。あの娘は俺がキープ済みだ。

 薄水色のロングヘアーに利発そうな瞳。今はまだ四歳だから頭はよくないが、俺にはわかる。あの娘は化ける。子供のうちから唾つけとけば将来は完璧だ。

 俺は、鼻が曲がりそうな漢臭の中で、にやりとほくそ笑んだ。

 

 

 

 俺の名はシーン・ルートクレイシア。四歳、美男子。ルートクレイシア家の嫡子にして元魔王な存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話【理想のための第一歩と元魔王な俺】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元気な男の子ですよ」

 

 目が覚めたら三千年後の世界でした。

 おぎゃーおぎゃーという泣き声が響く。

 俺は目を瞑ったまま、今現在の状況を一発で理解する。天才的な頭脳を持つ俺故、それはそんなに難しい事ではなかった。

 最期に見た景色は糞勇者共の顔。そして、意識を失い、覚醒した時にこの状況。

 笑いがこみ上げてくる。だが、決して笑わない。というか顔が動かなくて笑えないのだ。だから心の中でほくそ笑むに留まった。

 どうやら、俺は無事転生に成功したようだ。さすが超天才な俺である。弱すぎる勇者に対するあの機転、経過はどうあれ結果はこの通り。転生ばんざーい、俺の人生はこうなったらバラ色も当然だ。

 どういうわけか、前世の記憶が丸ごと残っていたがそれはメリットとはなってもデメリットにはなりえない。というかむしろラッキー?

 しかし、さすがに身体は恐ろしいほど脆弱になっていた。腕は動かないし足は動かないし首も動かない。目は――

 

 ゆっくりと目を開く。眩いばかりの光が眼球を照らす。目がちくちくするような痛み。そして俺は、この新たな人生を得て初めて外の光景を見た。

 

 ぼんやりとした視界。赤ん坊とはかくも弱いものなのか。

 それでも柔らかな白色の光に照らされ、俺を心配そうに見下ろしている二人の人影が見えた。

 

「まぁ……なんという綺麗な黒――黒の瞳――」

 

 身体が動かん。目線だけ移動して、覗き込んでいる二人に焦点を当てた。

 白衣を着た中年の女と禿頭の男。

 白衣を着た方は医者か何かか。禿頭の方は多分父親だろう。何か繋がった感じがする。

 ぶっちゃけもっとだんでぃな父親がよかったが、男なんてどうでもいいか。俺が俺である以上遺伝子なんて細かなもの完全に飛び越えてギリシアの彫刻の如く精悍な少年に育つことはもはや決定している。

 だが……それにしても――おかしいぞ? 普通生まれたばかりの子供は母に抱かれるべきだろ。

 自己主張すべく口をあけると、

 

「おぎゃーおぎゃーっ!!!」

 

 泣き声が出た。

 というか泣き声しかでねえ。情けないな。

 どこかで見た漫画のように、『出産の儀、大儀だった』とか言ってみたかったのだが……

 生まれたばかりとはいえ、このままじゃ普通の赤ん坊じゃないか。冗談じゃない。何とか――なんとか自分の天才っぷりをアピールするのだ。

 

「おぎゃーおぎゃー!!!!」

 

「それで、ソフィアの具合は……? ソフィアは大丈夫なんですかッ!?」

 

「ご安心ください。もう山場は越えました。後一日二日入院していただければ元気になられるでしょう」

 

 ソフィア? 誰だそれ? あれか? お母さんか?

 俺の疑問をよそに、話し込む親父と医者。

 いくら話そうとしても泣くことしかできなかったので、話す事は保留にして首を横に向けた。

 小さなしわくちゃの手。どうやら無事人間に転生できたらしい。

 ほっと一安心。神は死んだ。俺が新世界の神になる。

 自然と出る笑い声。

 

「くっくっくっ……」

 

「な――笑った!? そんな馬鹿な……」

 

 身体は変わっても理想は変わらない。

 ひたすら楽しく、楽に生きるのだ。

 温泉のある屋敷でひっそり暮らす? ばっかじゃねえの。転生までしたのにその程度しかできなかったら、それはまさしく転生のし損。俺は天才だ。もっと大きな事ができるはず――

 もはや俺は魔王じゃない。俺を縛れるものは存在しない。

 

 

 

 

 

 さて、俺は、些か物足りなかったが笑うという行為で天才っぷりを見せ付けた後、周囲の状況から情報を収集する事に勤めた。

 今の時代がいつかもわからない。どこかもわからない。そして自分が誰かさえ分からない。敵を知り己を知れば百戦危うからずなのだ。

 分かったことは数点。

 まず第一に、ここは俺が魔王だった時代からおよそ三千年ほど後の時代だったという事。

 ケンタウロスの寿命は三百年、ハーピーの寿命は五百年、グラングニエルの寿命でも千二百年ほど。つまりは前世に生きていた者達は現在ことごとく物言わぬ屍に成っているという事だ。かつての部下の死去を突きつけられ、いくばくかの寂寥を感じた俺だったが、すぐに立ち直った。過去を顧みるなど、天才たる俺の行為ではない。子孫には会えるだろうし、その辺で我慢するのが大人の対応だというものだろう。

 

 第二に、今現在魔物と呼ばれるものは存在しないという事。

 どうやら、俺の遺言は守られたようだった。俺が死んだ後、一部に反対のものがいて反乱なんかが起こったようだが、大体は俺の遺言は聞き届けられ魔族が民主的な統治を始めて数十年。義務教育のかいあって人類に技術の進歩を見せ付けた魔族は、ついに人類と手を取り合う事になる。今や、もと魔王領は技術大国、かつてあった瘴気も百年単位の努力が功を成して、並の人間でも耐えられる程度に薄まり、現在最も豊かな国となっているらしい。さすが俺だ。正直ここまでうまくなるとは思っていなかったが結果オーライ。

 死後ここまで献した魔王は俺を置いて他ないだろう。そもそも魔王自体俺が最後だったし。

 

 第三に、技術などは思った以上に進歩していないという事。

 これは魔物がいなくなったという事実にも多少関係している。

 なんか魔物と人間がやっと仲良くやっていけるようになったのに、新たな敵が現れ始めたそうで……

 それこそが冒頭で親父が言っていたリヴァイアサンなどの"悪魔"とよばれる存在らしい。語感からして多分死ぬ直前に殺したベリアルの係累のものなのだろう。それはつまり、胡散臭い魔界とかいう世界に住んでいる奴らが地上への進軍を開始したという事だ。敵がいなくなって防衛機構が以前と比べて軟弱になっていた全人類、いきなり現れた悪魔にどれだけ大きな被害が出たのか想像する事は難しくない。

 簡単に言うと、馬鹿共がその功績を誰のものだか省みずに調子に乗ったら痛い目見ましたよ、ってこと。

 はっきり言って俺の臣下達はアフォだった。その後もたびたび襲い掛かる悪魔に文明を崩され、技術レベルが低下。そんでもってあまり有効な対策のないまま今に至る。ここまで来るとあきれ果ててものも言えない。俺が生きていたら、旧魔王領の首脳の連中は間違いなく全員死刑である。来世で快適に過ごすために散々やった布石を己の無能さで台無しにした罪は何よりも重い。

 奴らがやった善行は、魔力によるネットワークでテトリスの全国対戦を可能にした事と、焼きプリンを開発した事ぐらいだろう。

 いやはや、どんだけ馬鹿なんだよ。まぁあれか。畜生に期待した俺が間違っていたのか。どうやら過大評価していたようだ。テトリスと焼きプリン造っただけでも褒めてやるべきかもしれない。

 

 第四に、これは調査した結果分かったことではないが、身体が人間になってしまったため、レベルが大幅に下がってしまったこと。

 かつて使っていた無声詠唱も複合詠唱も脆弱な人間の身では些か重かったようだ。ためしに使ってみたところ、あばら骨骨折して肺に突き刺さって血を吐く羽目になった。いやー、スタートした直後にゲームオーバーになるかと思ったよ。

 問題は詠唱に関してだけではない。グラングニエル族より強度が圧倒的に劣る人間の肉体では、ハイセンスな俺の戦闘技術は扱えなかった。

 まだ幼児の身体だから、という事も原因ではあるだろうが、成長しても以前ほどの力は出せないだろう。例えて言うならば、強大な呪文を習得しているのにMPが足りなくて使えない、とでもいえるだろうか。

 どうやら魂は魔王の頃のままのようで、肉体はともかく精神的な力が重要ファクターを占める魔術は使えるようだが、複合詠唱が使えないとなると面倒くさいな……成長すれば少しは身体も耐えられるようになるのだろうか?

 多少不安ではあったが、それもまたよしとする事にした。

 戦闘能力がなくなっても、俺には最新CPUをも凌駕する全生命体一回転の速いこの頭脳がある。いや、むしろ戦闘能力なんてただのおまけだ、おまけ。馬鹿には一生分からないだろうが、深慮によって乗り越えられない試練など存在しないのだ。

 

 

 

 

 父は才気溢れる人間の中では最強に位置づけられる騎士。十歳も年下のソフィアを嫁にするという重度ロリコンではあったが、一応伯爵だし、転生先としては申し分ない。働かなくても一生食ってける程度の金はあるし、使用人も大勢いる。特に、ダールンは孤児院に多額の寄付をしているほか、就職先のないその院の子供に屋敷での仕事をやっているらしく、十代半ばの可憐な少女(一部除く)が本邸別荘ともにうっはうはだ。さすが俺の転生先に選ばれた親父、わかってる。

 ただ、残念ながら俺はまだその獲物に手を出せる年じゃない。いや、手を出せるとかそれ以前に勃たない。これほどの不覚があろうか? 勃つほどの年になったころにはその娘達は既に三十過ぎているのだ。死ねばいいのに。

 

 

 

 母は、元ミスコンで優勝したという経歴を持つ筋金入りのお嬢様、ソフィア。どうしてダールンなんかの妻になったのか……鳶色の澄み切った瞳に、桜色の唇。輝かんばかりの金糸のような髪。正直くそ親父には勿体無いくらいの美人である。ちなみに、嫁に来た時には十五歳だったらしい。ロリコン死ねばいいのに。羨ましい。妬ましい。この恨み晴らさでおくべきか?

 ただ、前述したように俺には手を出す術はない。というか、今は身体を壊しているので俺はおろかダールンも手を出すことはできない。

 身体を壊した原因は俺と俺の妹の出産。どうやら、腹の中で瘴気を発してしまっていたらしい。魔王は魔の王。当然その身には常に闇のオーラとも言い換えられる"瘴気"という力がまとわり付いている。魔王時代にも気を抜いた時、辺りに瘴気を撒き散らしてしまう事があったが、まさか転生した先でもそんな事があるとは思わなかった。

 というかあれだよね? 何で瘴気でるの? 魔王じゃないのに。

 瘴気は理論上魂よりは肉体に依存するエネルギーだ。人間の肉体を得た以上、瘴気が出てしまうのはおかしい、のだが……

 出てしまったのだからしょうがない。

 その結果、母親は三週間ほど生死の境を彷徨い、何とか助かった後も事ある毎に身体を壊すようになってしまった。負い目はないが、ジェントルマンかつ子供としてとても心配である。そんなわけで、手を出すことは一生ないだろう。例によって勃つ頃には三十路だし。

 ちなみに、一緒に腹に入っていたはずの双子の妹は何故か無事だった。母体が壊れるくらい濃い瘴気だったはずなのに……意味わかんねえ。

 俺には妹属性はない。いや、あるにはあるが、義理のみ許容範囲である。妹に常にひっつかれたら俺の理想への道に支障があるな、とちょっと心配していたのだが、瘴気のおかげで病弱に生まれたらしく、今はどっかの景色のいい山奥の別荘で静養している。つか、生まれてから一回しか顔を合わせていない。当然名前も覚えていない。覚える必要もない。

 

 そんなわけで、幾多の困難にぶつかりながらも、今日も俺は自らの純粋かつ壮大な夢のために誠心誠意働くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に夜の帳があたりを闇に包み込んでいた。

 天気は曇天、毎夜世界を見下ろしてきた月さえも、今はひっそりと静まり返っている。

 たっぷり着込んできたはずなのに、今日はやたら空気が冷たい。風邪を引いてしまいそうだ。

 俺はくしゃみを堪えながら、とんがりコーン型の屋根の陰から、町並みをじっと見下ろしていた。

 夜気が何か奇妙な匂いを運んでくる。懐かしい気配。天才で元魔王たる俺が最も好む匂い。

 死臭。

 ただの死臭ではない、新鮮な死臭。今発生したばかりの、心の底から震え上がるかのような残留思念。

 悲哀、恐怖、悔恨、狂気、そして――

 三千年前からほとんど変わらない町並みは、いまや黒ずんだ死体で溢れかえっていた。

 かつて……いや、つい数日前まで子供達が駆け回り遊んでいたかもしれないダウンタウンは、たった一夜で地獄と変貌している。

 悪魔。

 人間などとは比べ物に成らないほどの力を有する魔の化身。

 かつて俺が統率していた魔物との違いは、それが魂だけの存在だという事だろう。

 悪魔は、地上の生物の身体を乗っ取って現世に這い上がる。

 そして、肉体を壊しても魂が残っている限り本当の意味で消滅しない。

 悪魔の肉体は残らない。故に、この町を守っていたはずの騎士団達の死体のみが路端に打ち捨てられる。

 それはどんなに辛いことだろう。

 たとえ人間が悪魔に劣っていたとしても、数では人間の方が圧倒的に上なのだ。被害者の数の比率が十倍二十倍だったとしても、確かに人間は悪魔に抗っている。

 だが、その証拠は残らない。勝っていた証拠は消え、残るのは惨敗の気配を漂わせる人間だった"生ごみ"

 精神を喰らい肉体を破壊し何もかもを蹂躙し闇に帰依する。

 俺は唇を血が出るほどかみ締める。

 風に乗って聞こえる人間の悲鳴。絶叫、断末魔。今こうしている間にも、無数の人間達がなすすべもなく、理不尽な殺戮を受けている。

 そう思うと、

 

 

 

 

 

 

「やぁ、少年。いい夜だね?」

 

 背後に感じる圧倒的な威圧感を持った存在。

 悪魔。死の気配。震えが止まらない。

 

 俺は身体中に何か冷たいものが流れ込んでくるのを感じながら、振り向き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、全くだ。とても――とても美しい夜だ」

 

 

 背後に迫っていたその"ゴミ"の頭部を完全に破壊した。

 

 

 

 武者震いが止まらない。

 頭蓋と眼窩に指を突っ込み、生ゴミを持ち上げる。

 

 

 

「ふはははははははははははははははははははははッ!!!!! なんていい夜なんだ!! こんなすばらしい夜は久しぶりだ!!!!」

 

 

 血の匂いが己を高ぶらせるのを感じる。

 グラングニエル族の魂のせいか。

 俺は、唯一のかつての肉体の名残、深い黒紫の瞳を隠している黒のカラーコンタクトを外した。

 

 月がとても綺麗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中を走る。

 この町には、ルナとの関わりを持つため父親に連れられて何度も来た事があった。迷路のような町並みだが、迷うべくもない。

 どうやら人間側はずいぶん奮戦しているようで、何人もの騎士が俺の隣を駆けていったが、さすがにこんなところに四歳児がいるとは考えないらしく、俺に気づく者はほとんどいない。いたとしても、何か悲しげな――苦しげな顔をするだけで、数秒こちらを見つめた後みな走り去ってしまった。ガキ一人に構っている暇はないのだろう。好都合だ。

 俺は、兵士の隙間を縫いながら、兵士の目がない場所に潜んでいた悪魔を圧倒的な力で捻り潰す。慈悲深い俺は、体内に手を突き刺した後魂まで粉々にする事を忘れない。対ベリアル戦で悪魔の殺し方は理解している。本当の意味で消滅させられると思っていなかったのであろう悪魔は、僅かな怨嗟の声とともに久遠の黄泉へと落ちていった。

 魔王の頃と比べれば力は圧倒的に落ちている。

 だが、こいつら雑魚と比べたらそれでも俺の攻撃はオーバーキルだ。身体が小さい事もあり、めちゃくちゃ油断している馬鹿な悪魔達は俺に触れることなくただ淡々と死んでいく。

 

 

 

 人間<彼方からの侵略者>

 シーン・ルートクレイシア

 LV1

 特技:オーバーキル

 

 

 

 身体は子供、中身は天才。LVは低いが、何か前世の経験が関係しているのか身体がよく動く。

 どうやら、何か補正的なものがついているらしい。強くてニューゲームという奴だろうか。

 普通はLVは偽ることはできない。面白いことになりそうだ。

 

 兵士達の目に止まらないようにだけ全力で注意しながら、俺は軽鎧姿の騎士の死体が山と詰まれた巨大な屋敷に到着した。

 この街の統治をしているルーデル卿の屋敷。四季折々の草花が咲き乱れていた庭も、今は人間の死体が生えているのみ。

 庭に咲いていた樹齢百年を超える桜の木にも炎が移ったのか、ただその無残な姿を悪魔達の夜の饗宴にさらしている。

 

 むごい……

 

 その光景に、さすがの俺も些か憤慨した。

 ここの桜の木には、俺とルナの相合傘のマークが彫られてたのに……

 門の周辺を飛び回る蝙蝠の羽を持った下級悪魔に対し、八つ当たり気味にオーバーキルを発動する。

 奇妙な音を立てて崩れ落ちた悪魔に、すかさず"退魔"の術をぶち込んだ。

 しゅうしゅうと白い煙を立てて消え去る悪魔に唾を吐く。

 

 糞悪魔共め。俺が苦労して取った言質を消し去りやがって。

 もうこうなったら、この機会に思い切り貸しを作っておくしかないじゃねえか。

 

 いらいらする。いらいらする。とてもいらいらする。努力が報われないなんてなんて時代だ。

 

「はぁはぁ、お、おい、坊主。どこから入ったんだ? よくこんなところまで――無事だったな――」

 

 背後から聞こえてきた声。ただの声じゃない。男の声。腐ったゆで卵みたいな救いようのない屑の声。

 俺は、ゆっくりと後ろを向く。

 

 

 

「おじさん、ルナちゃんどこにいるかしらない?」

 

 

 

 

 

 人に八つ当たりはしない。それがダンディズム。ちなみに悪魔は人じゃないので問題なし。

 笑顔で振り返った俺にあっけに取られる血まみれの兵。

 ふん、俺の天使の笑顔に惚れるなよ。

 

「ルナちゃんって――ああ、ルーデル卿のご息女か。おそらくまだ中に――」

 

 それは……とても好都合だ。

 俺は初めてこの屑共に感謝した。

 こいつらが有能だったら――少しでも機転が利いていたら、裏口でもなんでも使って助け出せただろう。いや、真っ先に助け出すべきだ。将来有望な女の子は世界の宝、それを守れなくて何が騎士だろうか。俺の部下だった魔物達に負けず劣らず使えない奴らめ。

 それでも、今の俺には都合がいい。レッツ吊橋効果。心理学的において、危険を共に乗り越えるとある種のシンパシーのようなものが生まれるらしい。

 タイミングを合わせれば好感度思い切りアップ。あれだ、まだガキだから記憶には残らないかもしれないが、まず間違いなく今後に何かしらの影響があるはずだ。この機を逃して何が天才か。

 

 なにやら目を白黒させている兵士の腹に頭突きをかまし、昏倒させる。首筋をほどよく締め上げ、記憶を消去する。

 今までの経験から分かるんだけど、こういう奴は意識があると邪魔ばかりするんだよねー。人間社会では、悪魔を素手で殺す四歳児は異常なのだ。

 完全に意識を失うのを確認して、屋敷の入り口を見る。

 そこかしこに炎が燃え移っている洋館。おそらく耐火の魔術が練りこまれているのだろう、倒壊の恐れはないと思うが、なにやらその入り口の向こうから嫌な感じに瘴気が漏れている。

 あれ? まずくね? こんな濃度の瘴気に包まれ続けたら人間なら三時間は持たないよ? 多分。

 えっと、親父に連絡が着たのが一時間前。情報の伝達に一時間の誤差があるとして――

「生きてる。多分生きてる。うん、だってほら。まだ三時間たってないし――」

 生きてなかったら無駄足だ。死人に口なし。

 俺はちょっとだけ本気で、屋敷を探索する決意を――

 

 

 

 

 

 

「うええええええええんっ!!!! 誰が助げでぇぇぇぇぇ!!! パパがぁ……パパとママが〜!!!!!」

 

 顔中くしゃくしゃにしながら屋敷から現れる人影……

 見た事のある人影。初めて会った時に心底感嘆した空をそのまま切り取ったかのような水色の瞳と髪。

 

「…………オチ?」

 

 おいおい、こんなオチありかよ。

 今まさに渦中に飛び込んでいく主人公な気分だった俺は、突然現れたヒロインに対し、呆然と見つめることしかできなかった。

 あれか? 偽者ってオチだろ? そうだろ、きっと。だってあれじゃん。こんなのあんまりじゃん。

 

 その偽ヒロインは、庭に積み上がった死体を見て絶望の表情で泣き喚いていたが、

 

「あ……」

 

 目が合った。

 危うげな足取りで近づいてくる偽ヒロイン。

 

「シーン……君?」

 

「いえっさー……偽ルナちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……こうして、俺はすばらしい活躍によって絶体絶命な状態だったヒロインを華麗に救出して、これから先の人生にまた一歩栄光への道しるべを刻み付けるのだった、まる

 ああ、涙で前が見えない。

 

 

 

 

 ちなみに助けました。みんな助けました。ええ、頼まれちゃしょうがないでしょう。ぶっちゃけ面倒な事はしたくなかったんですがね。助けざるを得ないじゃないですか。キープしている女が懇願しているんですよ? やらなきゃならないじゃないですか。

 ルナのお父さんは全身複雑骨折で虫の息でした。

 ルナのお母さんはもうあれ。色々ぐちゃぐちゃで重体でした。犯された跡もあったし。意識取り戻したら自殺するんじゃね、ってくらいやばかった。

 二人とも超天才の俺の治癒魔術で治してあげました。本当なら某天才無免許医並の料金をいただくんですが、そういうわけにもいきませんしね。先行投資だと思って我慢我慢。母親の方は記憶もちょっとだけいじっておいたんで何とかなったんでないの?

 残念ながら、今回の冒険は失敗でした。確かに好感度はあがったっぽいけど(もしかしたらトラウマか何かになって自分で記憶を封じ込める可能性有)手間が大きすぎて見入りが少なかったです。

 次はもっとうまくやって見せますとも。なんたって俺は超天才ですから。

 

 


忙しいのでもし誤字脱字があったら、後で折を見て修正します。

というか一日一話更新とか自分で言っておいてなんなんですがやばいです(´▽ `;;)

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