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黒紫色の理想  作者: 槻影
19/66

第十六話:ある半精霊と人格者な俺

 

 

 全身を黒装束で固めた、十人が見たら十人が怪しいと言うであろう変態が走る。

 いくらルートクレイシアの屋敷が大きいと言っても、廊下の幅はそれほどでもない。

 にも関わらず、床・壁・天井まで利用し、直線的にジグザグに進んでくる人影は、まるでゴキブリのようだ。

 

 背景の闇と同化し動く人影。

 懐で光る銀の刃。

 極度に押し殺された殺意が微風のように俺の髪をなでる。

 

 馬鹿だ。この俺がたかが短刀で殺されるわけがない。

 手の骨をごきごきと鳴らす。

 

 浮かんでくる笑み。

 たかがゴキブリの分際で俺に逆らった事を悔やむがいい。

 

 

 

 

 

 壁に反射しながら動く人影の軌道はひどく読みづらい。速度もまた一級。

 しかし俺には全てが見えた。

 

 

 

 

 そして、その身の程知らずな暗殺者が俺の射程に入った瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"風刃"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から放たれた幾重もの風の刃によりばらばらになった。

 俺の攻撃は指先が微かに触れただけ……

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 俺はそれを見て、ため息をつくしかない。

 一拍おいてばらばら落ちる肉片。

 風に吹かれ、まるで大量殺人の現場であるかのように血が大きく広がり、廊下を汚す。

 唯一残った最も大きな肉片である男の"頭部"が、恨めしげな表情で俺を見ていた。

 

 

 

 

 

 こっち見んな。俺のせいじゃないじゃん。

 

 

 

 

 

「やっつけた〜!」

 

 

 血が飛び散ったのを確認し、俺の背後から元エルフの子――error.11から生まれた新型エルフが顔を出した。

 俺の服の裾を掴み、喜び飛び跳ねる元エルフ少女。

 

 

 

 そういや、子供って妙に残酷なところがあるんだよね。

 やっつけたとかそういうレベルじゃねえ。これ、惨殺ですから。

 

 

 

「ね〜ね〜、偉い? 私、偉い?」

 

「偉くない。廊下を汚したから減点二十点。後、ここを掃除しておくこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の名前はナリア・フリージア、LV1270

 

 ドッペルゲンガーの力を完全に吸って生まれ変わった元エルフ現ハイエルフであり、

 

 

 

 襲ってくる人間をばらばらにするという高尚な趣味を持つ女の子にして、

 

 

 

 

 現在俺の抱えている最も大きな悩みの種である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話:ある半精霊と人格者な俺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新型エルフの正体は、思ったよりも簡単にわかった。

 現在十五人いるエルフ達のリーダーである、ルルが言うには、彼女は古代エルフ――俗に言うハイエルフと呼ばれる今は存在しないはずの希少種らしい。

 

 向こう側の景色が透けて見えそうなほど薄く透明感のある翼。

 淡い水色の髪に、吸い込まれるくらい透き通った虹彩。

 

 卵を割った直後に現われた奇妙なタイプのエルフの扱いに困り、俺はルルを呼んだ時の事を思い出す。

 ルルは一目見て、正体がわかったらしい。"同属"にしか解からないシンパシーがあるのだろう。俺に促され、ルルが説明を始める。

 

「今から二千年ほど前までは、この子みたいなハイエルフが――人間や魔族などの"生き物"と言うよりは"精霊"に近い存在であるハイエルフが、エルフ族の中の半分以上を占めていたとか。今のエルフ族は、このハイエルフが零落した姿だと聞いた事があります……」

 

 眼を大きく見開き、ハイエルフとやらを見つめるルル。

 思ったとおりレアらしい。

 あのerror.11+ドッペルゲンガーとどちらがレアだったんだろう。

 

 ナリアは、不思議そうな顔で、そんな俺とルルを見上げていた。

 

 

「こいつ、貴重なのか?」

 

「……千五百年ほど前にいなくなったと耳にしていますが――シーン殿……いや、シーン様はどこでこの子を見つけられたのですか?」

 

「教えない」

 

 

 即答。

 だってあれじゃん。部屋に遊びに来たエルフが卵に飲み込まれて割ったらこうなったとか、そんな事言えるわけないじゃないですか。

 

 

 教えないといわれた以上教えられることはないと諦めたのか、ルルは「そうですか……」と一言つぶやき、黙った。

 ここに来て早三ヶ月、ルルも俺の性格がどんなものか理解したのだろう。

 

 ハイエルフは、そんな事どこ吹く風とばかりに、俺の腕を掴んできた。

 頭をなでてやると、ハイエルフは気持ちよさそうな笑みを浮かべる。

 グラングニエル族は人間以外を統べる一族だった。多分その時の特性が、転生した今も残っているのだろう、俺は人外によく懐かれる。

 

 それにしても……精霊に近い存在、か。

 俺は精霊と契約をしたことがない。契約直前までいったことはあるのだが、見た目が気に入らなかったので全て断った。多分九百回以上試しただろう。でてきた精霊が筋肉むきむきマッチョ精霊か、動物型だったのにはかなり落ち込んだのを覚えている。

 闇魔術と神聖魔術は精霊と契約しなくても使えるので、そこらへん困ることはなかったが……しかしそれにしても、契約の際こういう素晴らしい姿の精霊が出てきていたら喜んで契約してたのに。

 

 おしいな。

 

 

 そんな事を思っていると、急にルルが素っ頓狂な声を出した。

 

 

「ナリア……!? この子ナリア・フリージア!? あ、え? だってあの子は――」

 

 ハイエルフが、その言葉にぴたっと止まる。

 ルルの顔を見て、口を開いた。

 

「何で? ルルおねえちゃん。ナリアだよ?」

 

 初めて名前知ったわ。

 ナリア・フリージアか。一応覚えておこう。

 

 ルルが、机に身を乗り出すようにして食って掛かってくる。

 

「どういうことなのですか!? シーン殿!! なぜ、ナリアが、こんな姿に!!」

 

「落ち着け」

 

 エルフは冷淡そうに見えて結構熱い部分もある。

 頬に手を添えて、身を引こうとするルルを引きとめ、その薄緑の虹彩を覗き込む。

 眼の中には、鋭い眼をした黒髪黒眼の美少年が映っていた。

 

「さっき零落と言ってただろ? というと、だ。多分進化したんだ。神格を取り戻したんだろ。そうだよ、そうに違いない!!」

 

「え……しかし……」

 

 ルルの眼が徐々に色を無くす。

 ふらふら左右の揺れるルルの顔。

 まるで憑かれたような表情に変化する。

 

 一応言っておくが、魔術は使ってない。魔術は。

 

「そんな……事が……ある、わけが――」

 

「あるんだ。判ったな?」

 

「ある……ある……です、か? エル……フが……」

 

「ああ、あるんだ。解かった?」

 

「は、い」

 

 ルルが瞬き一つせず、俺の眼の中を覗き込んでいる。

 黒のカラーコンタクトの奥に潜む黒紫色の瞳を見透かそうとでもしているかのように。

 俺の瞳を覗き込んだまま身じろぎ一つしないエルフ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は人外に懐かれる。エルフが存在していなかったら屑みたいな能力だが、IFの話してもしょうがないので今はどうでもよし。

 

 

 

 

 

 エルフは常に太陽みたいな匂いがする。嫌いな匂いではない。

 俺は、惚けているルルの顎を微かに傾け、その唇に――

 

 

 

 

 

 

「おに〜ちゃん。それは駄目」

 

 

 

 

 口づけするその瞬間に聞こえた幼い声と共に、いきなり身体が吹っ飛んだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ルルの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ―― "光の衣"!!」

 

 

 突然の凶悪な風に吹き飛ばされたルルに、反射的に光の衣の術を掛ける。

 久しぶりに行った無声詠唱に、口の奥が大きく裂け、血が噴出すのを感じる。やはり人間の身体では無声詠唱には耐えられないらしい。

 

 ピンポイントで放たれた風。

 惨状を見る。

 完全防音である――かなりの厚さを持つ壁を突き破り吹き飛んだルル。そのまま喰らっていたら死はともかく重傷は免れなかっただろうが、何とか光の衣が間に合ったのでダメージはないだろう。

 衝撃が壁を伝い、部屋が大きく揺れる。

 

 

「おいおい、これが風かよ……」

 

 天井からぱらぱら落ちる細かな埃の中、俺はつぶやいた。

 

 どうやら俺は精霊に近いハイエルフという奴を見くびっていたらしい。

 本来、風を攻撃に使う場合、"吹き飛ばす"ではなく"切り裂く"という特性を使う。ダメージを与えるほどの速度で吹き飛ばすには魔力が大量に必要だからだ。

 どれだけの風力を使えば壁を破れるのか、俺はちょっと想像できん。

 

「ナリア……」

 

「な〜に?」

 

 無邪気に笑うハイエルフ。

 壁の向こうから、頭を押さえながら、まるで夢から覚めたような表情でルルが歩いてきた。その様に傷ついた様子はない。衣類にも汚れ一つなく、そしてその身体は淡い白の光に包まれていた。

 

 ほっとした。これで重傷でも負ったら寝覚めが悪すぎる。

 

 

「次やったら殺す。次に"俺のもの"に手を出したら完全に殺しつくす。俺の全力を持ってこの世に生まれてきた事を後悔させてやる」

 

「え――な、なんで?」

 

 眼を丸くするナリア。これだからガキは嫌いだ。

 

 鎌を呼び出す。刃をその細い首に突きつける。あと少し指を動かせば命を刈れるだろう。

 

 死を撒き散らす巨大な刃。

 悪魔すら一瞬で殺すこの死神の鎌に狩れない魂はおそらく存在しない。

 

 圧倒的な瘴気――黒の気配を感じる事ができたのか、俺が本気だとわかったのか、ナリアが言葉に詰まる。

 

「!?」

 

「理由はいらないだろ? 俺はフェミニストじゃないからな。女子供にも差別しない優しい男だ。ここにいるのはナリアだけじゃないんだ。むしろお前は何できたのかも解からない新参者。他の"もの"を傷つける"もの"なんていらない」

 

「な、なんで? どうして――」

 

 物分り悪いなぁ。

 男だったら首が三つくらい飛んでるぞ。ドッペルゲンガーが混ざって何かおかしくなったのか?

 

 鎌が血を求め、嘆きの声を上げる。

 この鎌は本当に一体何なのだろうか?

 頭の中に流れ込んでくる、死神の鎌の殺戮衝動。

 装備した者の性格を変えるほどの感情の奔流。

 呪われた武器の定番効果だな。

 たかが"鎌"の意識など、凡人ならまだしも、この俺に通じるわけがない。

 

「私は……私は――おに〜ちゃんが、好きなだけで――」

 

「ふん――」

 

 今にも泣きそうな表情のナリア。こいつ依存が激しいな。あのerrorの効果か?

 俺の気分的には殺したくない。だが、逆らうならやむなし、俺はためらいなくこいつの首を刎ねるだろう。

 そして、多分その後世界中を回って代わりのハイエルフを探す。もっと物分りのいい子を。

 俺にとって、偶然生まれた貴重なハイエルフなんてその程度の存在だ。

 屑の男共が百人集まってもつりあいは取れないだろうが、俺にとって不利益を齎すなら殺してしまっても何ら問題はない、その程度の存在。

 世の中広いしねー。可愛い子は一人じゃない。

 

「いいか、もう二度とああいう風に、勝手に誰かを傷つけて駄目だ。俺の命狙ったとかならいいけど。一応エルフなんだからお前も馬鹿じゃないだろ。自分で考えて判断しろ」

 

「あ……ぅ――」

 

「答えは『Yes』か『はい』か『わかりました』だ。」

 

 人を従わせるのは果たして何だ?

 金?

 権力?

 力?

 

 答えはとても簡単で明瞭。

 『色』と『恐怖』である。

 恐怖を抱く人の心には隙間ができる。

 恋に溺れ視野の狭まった者の心につけいれるのはとても容易だ。

 それは魔族も人も同じ。

 それに付け入るのは元魔王としての俺の十八番だろう。

 

「ナリアがそれを守る限り俺はナリアを見捨てはしない。俺が駄目だと言ったからやってはいけない、それ以上の理由が必要なのか?」

 

「ッ…………ぅ……わ、わかった。わかったわ、もうやらないからッ!!」

 

「よし、約束だ。二度と向かってこない者に刃を向けるな。理由なく人を殺していいのは俺だけだからな」

 

 鎌を消す。

 今更恐怖が功を奏したのか、顔を俺に押し付けて声を出さず泣きじゃくるナリア。

 

 一度大きく息を吸い、俺はようやく一息ついた。

 

 ちょうどその時、ルルが俺の机の前まで戻ってくる。不思議そうに首をかしげるルル。

 

「私どうしてあんな変な所に……確かシーンど――シーン様と話していたはずなのに……」

 

「気のせいだろ」

 

 

 

 

 

 よかった。本当によかった。ルルが戻ってくる前にナリアが折れて。

 もうちょっと遅かったら、いらぬ誤解を招いていたところだ。

 子供に鎌を突きつける美青年。間違ってもいい誤解は招かないだろう。

 超高等な教育方法なんだけどな。

 

 

「あれ? 何でナリアは……泣いているんですか?」

 

「んー、今ちょっと色々教えてあげてたからさ。大丈夫、もう解決したから」

 

「はぁ……」

 

 

 

 不思議そうな表情を崩さないルル。

 そういや、ルルの村の村長もうだうだ言ってたな。

 どうやらエルフ族は色々疑り深い性格をしているようだ。

 

 

 

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