第十五話:卵とエルフと俺の話
「世の中って本当に不思議で面白いな……」
若干呆れの混じった台詞が、完全防音の自室の中に響く。
本当に、今回ほど自分の天才っぷりを実感した事はない。
あえて言おう、何の邪推もなかったと。
俺はただ思っただけだ。
せっかくドッペルゲンガー――自分を二人も集めたんだから会合でも開こうかな、と。
連日の激務でぐったりと伏す俺、黒いドッペルゲンガーだから通称"クロ"
これからの労働力として大きな期待を寄せられているエースルーキー、体の色がまだ戻らない白いドッペルゲンガー、通称"シロ"
本来主役であるはずだった、床に転がってる二匹を完全に無視し、俺は眼の前のソレを見つめる。
ふと頭の中に音が響いた。
実際聴覚を刺激しているわけではない――頭の中に直接語りかけられているかのようなテレパスに近い感覚。
「Error-11. "CreationPhenomenon" OUT-BREAK」
世の中ってどうしてこんなに不思議な事があるのだろうか?
この俺の頭脳をもってしても、この世界を創った者の考えはちょっと理解できない。
突然眼の前に現われた人間大の銀色の卵を見て想う。
本当にこの世界は面白い。
幾年月たっても飽きる事のないであろうソレ。
創生の仕組みは呆れるほど不可思議で、
この世界のルールは常人には理解できえぬほどにまで狂っている。
世界のバグ。
おそらく言葉そのままなのだろう。
この世界に存在するエラー。
やってはいけない事をやることで現われる本来あってはいけない虫
この世界のシステムの範疇外にある、世を狂わせるであろうそれの形。
正直な話、理屈はわからない。
いや、メカニズムなど知る必要はない。
上記の予想も、かの死神、KillingFieldのステータスから推測したものに過ぎず、また、世界のエラーであるが故におそらく誰もその真の真実にはたどり着けないだろう。
世界のバグerror-11<式神>
CreationPhenomenon
LV0000
出現条件:
自分と同一の存在を二人集める
使用方法:
自分と同一の存在の二人を生贄にする。
驚くほど陳腐な条件。
知らずのうちに立ててしまったフラグに、奇妙なステータスを持つ隠しキャラ。
三日ほど前から降り始めた粉雪は、世界を薄化粧で染めていた。
冬特有の澄んだ空気。
窓から入る月の光を反射し、卵が神秘的な輝きを放つ。
その光景は――
「でかいオムレツが作れそうだな……」
かたかた震える卵に、
突然のアクシデントにより既に未来が決まった二匹のドッペルゲンガー。
ぶっちゃけとてもシュールな光景だった。
第十五話:卵とエルフと俺の話
「おに〜ちゃ〜ん。トランプしよ〜!」
ドッペルゲンガーがいなくなった事で舞い込んできたとてつもない量の仕事を処理していたら、そんなお誘いを受けた。
ルートクレイシアの冬は厳しい。特に、冬が終了間際になり"暗黒の月"が近づくと、生物は皆例外なく自らの巣穴に引きこもらなければならないほどの寒波が領地全体を襲う。
そのため、急いで今やっている仕事を終わらせないと進退窮まる事になってしまう。
暗黒の月。冬の後にやってくる、太陽も星月も世界を照らさぬ闇の一ヶ月の事だ。
その日までに各家は、まるで冬眠に備える熊のように食物・燃料の備蓄に勤め、毎年一軒は出る"呪われた"家にならない事を祈る。
冬が始まったこの時期にやらねばならない仕事のほとんどはその一月に関する事であると言っても過言ではなく、その優先度は他のどの仕事よりも高い。
特に責任感の強い俺は、王として可愛い女の子――民達の犠牲を少しでも少なくするため、身を粉にして働かねばならず、さしあたっては――
「忙しいから今は駄目だな。後で相手をしてやろう」
とても残念だがお誘いに乗るわけにはいかないのだ。
トランプを持ってぴょんぴょん飛び跳ねていたそのエルフの子は、俺の言葉にとても残念そうな顔をして――
「ってお前誰だ? 俺の選んだ十五人のエルフの中にお前みたいなチビはいなかったはずだけど――」
十歳くらいの綺麗な緑色の髪をポニーテールにしたエルフの子がきょとんとした顔で俺を見る。
いない。絶対こんな子供選んでない。だって俺ロリコンじゃないし。
「チビじゃないよ〜!!」
「なら名を名乗れ。俺はシーン・ルートクレイシアだ。好きなように呼ぶことを許す」
「ん〜、じゃあシールクレって呼ぶね〜!!」
「……シールクレ?」
何か色々間違ってるような気がする。それともシールがほしいのか?
執務室には結構本格的な暖炉があるので、外でいくら雪が降っていても暖かい。
しかし、いくら寒くはないとは言っても、この子はどうして部屋中を無駄にぴょんぴょん跳び回っているのだろうか?
「動くな。見てるだけで疲れるわ。それで名前は?」
話している間も俺の手は決して休まない。
並の人間ではまねできる素晴らしいというよりは凄まじいペースで書類の山を処理していく。見る人が見たら自動処理に見えるだろう。
俺の仕事方法は、まず第一に書類全てに一度眼を通し、後は手に任せるという他の誰にも真似できぬ超人的な手法である。書類の中身はもちろん、その書類の積み重なっている順番さえ覚えなければならないので初めにこの手法を開発した時は結構苦労していたが、一度慣れてしまえば楽勝だったりする。
人間の域を出ぬ天才がシルク。人間の域を遥かに突出している天才が俺。シルクが普通の人間みたいに仕事をしている限り俺に追いつくことはない。なんたって、少しでも事務処理の速度を高めるために開発したのがこの記憶処理法だったのだから。
「私はね〜私はね〜誰だと思う〜?」
手を広げくるくる部屋を回るエルフ。常識人の俺には理解できねえ。
「"這い出る奈落"」
力ある詠唱と共に地面から生えた無数の黒い触手が回転するエルフを捕まえる。
大人気ないとは思わない。すんごいうざいから、これ。
「あは……あははははッ!! くす、くすぐったいよ〜!!」
あー、子供ってうぜえ。本来なら俺の命令を聞かない事は世界最大の罪だが、子供本人に逆らっているつもりがないから手を出すわけにはいかない。手を出したら大人として負けだ。
だいたいこいつ誰だよ、本当に。俺の記憶の中にはこの子に該当するような子はどこにもいない。
取り敢えず台詞につくべき『ー』が全て『〜』になる奴だという事だけは覚えておこう。
「ははは、はぁ、はぁ……あ〜面白かった」
「こっちはつまんねえよ。お前本当に何だよ」
あまりに長い間"這い出る奈落"で捕らえていると、まるで俺が子供相手に触手プレイしてるみたいに見えてしまうので解除した。捕らえても静かにならないんだったら捕らえる意味がない。
「ね〜ね〜! おに〜ちゃん! あれ何〜?」
俺の問いを悉く無視するエルフのガキ。
ぴんと伸ばしたその指の先には、CreationPhenomenonという名の謎の卵があった。
一週間前、自分を三人集めた際に現われた世界のバグNo.11
一週間たつ今も、一体何なのか理解できない謎の卵である。
スキルレイで得られたステータス画面に書いてあった使用方法は、二人の自分を生贄に捧げること。
ためしにドッペルゲンガーを二人、卵に押し付けてみたら中に吸い込まれて卵の色が金色になったけど、それから一週間何も起こる気配がない。
暗黒の月が始まったら時間がたっぷりできるからその間にじっくり調べてみようと思って放っておいたものだった。
「卵だ。見たら分かるだろ」
「ん〜、ずいぶんおっきな卵ね〜、おっきなニワトリさんが産んだの?」
「……中からでかいひよこが出てきたら俺多分キレるぞ……」
虎の子のドッペルゲンガーを二人も放出したのだ。
そのせいで今の俺は雑務に追われる毎日。ドッペルゲンガーがカスに感じられるくらい素晴らしいものが出てきてくれないと割に合わん。
……怖い。ひよこが出てくる可能性を否定できない自分が怖い。
ってそんな事はどうでもいいんだ。とっとと仕事を終わらせないと。
雪がしんしんと降り注いでいる。国中が今頃雪への対応策に追われている事だろう。
そんな中、俺だけがこんなチビに気をやっている暇はない。いくら俺でも、周りでちっこいのにうろうろされたら処理速度は低下する。
「おい、チビ。俺集中するからちょっと静かにしてろ」
卵に耳を当てて遊んでいるエルフの女の子。
こちらを向いて、耳をぴくぴくさせ心外そうな顔で言う。
「邪魔なんてしてないよ〜、おね〜ちゃんがおに〜ちゃんの邪魔しちゃいけないって言ってたもん!!」
「……黒幕がいたのか。その話は後でゆっくり聞かせてもらおう。そのお姉ちゃんとやらも交えて、な」
「は〜い!!」
返事だけは元気がいいのが子供の特徴といえるかもしれない。もちろんその言葉を信用したりなんかしませんとも。
自分でも馬鹿らしいと思いながら、詠唱を行う。
俺一体何やってんだろ……
さすがの天才の俺も、何も考えず無駄に元気だけある子供には勝てないようだ。
せめて……ナイフで切りかかってきたりしてくれれば首を刎ねてやるのに。
「"虚影骸世"」
闇魔術の最高峰が、音を消すためだけに世界を侵食する。虚影骸世も不本意な事だろうさ。
身体を包み込むぎりぎりに展開。音だけを消す世界をコントロール。
真の静寂があたりを包み、俺はやっとため息をついた。
虚影骸世の燃費はEndOfTheWorldとは比べ物にならないくらい悪い。
仕事に制限時間ができた。
精密なコントロールも同時にしなくちゃならないし、多分一日は持たないだろう。魔力を消費するから時間がたてばたつほど、魔力を使った時特有の倦怠感を感じる事も間違いなし。
やっかいな事になったもんだ。
卵の周りで口をパクパクさせながらくるくる回っているエルフを一度見ると、心の底からため息を吐いて、俺は仕事に向き直った。
時間が過ぎるのはあっという間だ。
大量にあった仕事を全て消費した頃には、もう既に日はとっくに暮れていた。
虚影骸世を解き、軽い虚脱感を感じつつ大きく伸びをする。
魔力の残存はおよそ45%
思ったよりも使わなかったが、普通に仕事をしていたなら全く使わなかったのでなんともいえない気分だった。
窓の外には既に太陽の影一つなく、闇の帳が辺りを支配している。
ルートクレイシアの屋敷は、先祖の趣味なのかはたまた馬鹿でかい屋敷を建てる為の土地がここにしか存在しなかったのか、一応この国のトップとして民を導く貴族であるにも関わらず、森の深く、最も近い家屋と一キロも離れている閑静な地に建てられている。
窓の外に見える景色も、真っ黒に塗られた沢山の針葉樹。今は雪が薄く積もって、冬が到来した事を示している。
「そういやあのガキはどこ行ったんだ?」
部屋を見回す。
金色の卵。ベッド。クローゼット。
部屋から出て行った可能性はない。いくら集中していたといっても、俺の執務机から丸見えである扉を誰かが開ければ分かる。
クローゼットを開けるが、どこにもいない。
窓から外には出られない。ドッペルゲンガー逃亡防止のため、それ関係の魔術がかけられている。
…………
感覚を研ぎ澄ませる。
俺の感知をごまかせる者など、この世界には存在しない。
ざわざわと押し寄せる空圧。
風のなる音が耳を打ち、
六感全てがあたりを探る。
そして、それを見つけた。
あのエルフの子供の気配。
驚くほど微弱な気配だがそれは確かに――
「何やってんだ、あれは……」
視線を卵に向ける。
そういえばUFOキャッチャーの取り出し口から中に入ってしまった子供がいたっけ。
空しく頭を駆け巡る思考。
分からない。
あれか? 母体回帰の本能?
どうして、
卵に、
入るの?
いや、
どうして、
卵に、
入れるの? か
普通できないよ、本当に。
パニックよりも先に脱力する。
あのエルフの命などどうでもいい。
本当にどうでもいい。問題は卵が駄目になってしまったことだ。
なんたって二人乗りの卵に三人乗ってしまったのだ。
駄目になったに決まってる。
幸いな事に、卵の中であのエルフは生きているようだ。
かろうじて、だろうが……しかしこれは――
1か0かを選ぶ戦い。
たとえ卵が駄目にされても、まぁガキのやることだからしゃーないで済ませよう。
というか済ませるしかねえ。エルフは世界の宝だ。見捨てる理由がない。
……この責任はあの子の姉とやらに取っていただくけど。
「しゃーない、割るか」
涙を呑んで、俺はすんごい貴重なerror.11とやらの金の殻に、爪をゆっくりと衝き立てた。
「……シーン様、その子は?」
「……俺に聞くな」
わからない。本当にわからない。
卵を割ってでてきたのは、とても奇妙な生き物だった。
自我は間違いなくあのエルフの子のもの。だが、形が圧倒的に違う。
背中に腕を廻し、頬をこすりつけていたソレが顔を上げてシルクを見る。
限りなく薄い水色の瞳に、それと同じ色の髪。属性で言えば水と風の混合だろうか?
つま先まで届くほどの長い髪は、さっきまでのエルフの子の薄緑の髪を彷彿とさせる驚くほど美しいものだ。
元エルフだった子が、ちょうどあるプロジェクトの確認に来たシルクの容姿をじーっと見つめて一言、
どこか膨れっ面で言う。
「汚い人間」
シルクの顔がかすかに引きつる。
そりゃそうだ。誰だっていきなり汚いとか言われたら怒るわ。
だが、それでも表立って感情を出さないシルクは天才の一端だ。
「……何ですかそれ?」
「俺に聞くな。そしてお前も、二度と人を汚いなどと言っちゃいけないよ。それを言っていいのは天才の俺だけだからな」
背に生えている薄い翼がぱたぱたと動く。
不満げな様子だったが、その子はこくんと頷いた。
鳥の雛は卵から出てきて初めて見た相手を親だと思い込むという。
俗に言う"刷り込み"と言う奴だ。
果たしてあの卵はなんだったのか……
「ごめんなさい。でもおに〜ちゃんは私のものだから!!」
「!? シ、シーン様、この子本当にどこから連れてきたんですか?」
「卵から出てきたって言ったら信じるか?」
俺はロリコンではない。
何かこの子容姿だけはめちゃくちゃいいから大人になったらどうか知らんけど少なくとも今は大丈夫。
error.11
あれは本当になんだったのか……
俺は新たに出現した奇妙なタイプのエルフを膝の上に、一人首をかしげるのであった。
何とか日が変わる前に間に合った……23:56ですけど(*ノ∀`)ペチンッ