第十四話:三人目と元祖たる俺
ルートクレイシアの地下室は、何をするにも適した万能の部屋だ。
料理を持ってきて食べてもよし。
静かだから書物とランプを持ち寄り、読書に勤しんでもよし。
けっこうな地下に存在するが故に、一年を通して一定の気温に保たれており、昼寝をするにもよし。
この前のKillingFieldの召喚によって、天井にEndOfTheWorldで穴が空いてしまったが、紅葉型に切ったしょうじ紙で穴を塞いでいるのでさして気にはならない。
そしてもちろん、人があまり来ないから人を監禁したり拷問したりするのにもうってつけである。
俺としては自室でやっても別にいいんですけどね。完全防音だし。
簀巻きにしたドッペルゲンガーの少年を、地下室の隅に突き飛ばす。
首には白銀色の首輪。今俺が飼っているもう一匹のドッペルゲンガーにつけているものと同じ、時価七百万のオーダーメイド品だ。
地下室の床を冷たく打つ音が響く。
俺に付いて、恐る恐る階段を下ってきたのはクレシダと、さっきまで気絶していた二夜という名らしい白髪の少女。この白髪は白髪ではなく、彼女がシルクと同じ光属性を宿しているため。俺としては黒髪がほしかったので少し残念だ。
「さて、とっくり聞かせてもらおうじゃねえか、やーさんよ」
俺の声に、まるで人間のようにびびる少年。
元になった人間の名はレイド・ランス・リクシエラ。大陸の中央に位置する広大な土地――ルートクレイシアの領地のおよそ三倍の広さの土地を治めている大貴族、リクシエラ家の嫡子である。
いくらいい家柄に産まれても、弱けりゃ悪魔に取って代わられるって奴だ。
弱肉強食のこの世界ですね、わかります。
蝋燭のみで照らされた、人間に化けているドッペルゲンガーの顔は真っ青で、今にも死にそうな表情といった表現がしっくりくる。
だが大丈夫、悪魔は人間と比べて意外と丈夫だし、特にドッペルゲンガーは、LV600オーバーの高レベル悪魔。かつて倒したベリアルよりは全然弱いけど、さっきのトンボと比べたら明らかに強い。
さすが知性と超便利な能力を持っているだけの事はあるのだ。
「ほ、本当に彼が悪魔、なんですか? 私には人間にしか――」
「魂も……穢れてないし」と、俺の背後で小声でつぶやく二夜。何気に失礼な娘だった。
聞いた話では、彼女、初めに会った時青ざめた顔をしていたのは俺の気配にびびっていたかららしい。
確かに俺は途方もなく強い。だが、それ以上に紳士である。その事を懇切丁寧に説明し、俺との契約により二夜自身が俺のものになった事を三時間ほどかけて言い聞かせると、何とか落ち着いたようだ。三時間ずっと錯乱してたから、混乱するほどの元気もなくなったという事もあるだろうが。
「それがドッペルゲンガーの能力だからな」
スキルレイを放っても、ステータスはレイド本人のもの。恐ろしいまでの変身能力だ。だが俺にはわかる。こいつがドッペルゲンガーだと。
一目見て解かった。俺の観察能力は半端なものではない。たとえ見た目と中身をそっくりに扮しても、言葉にはできない何かが俺に囁くのだ。もしかしたら、どいつもこいつも見た目がそっくり、個性の乏しい魔物共に囲まれていた前世の経験が物をいっているのかもしれない。
ドッペルゲンガーの腕に手錠をかけ、鎖でつるす。
磔にされた格好で呻く悪魔は、数週間前に一匹目のドッペルゲンガーを捕らえた時の記憶を彷彿とさせた。
しかし、それにしてもおしいな。
女の子に化けてたら楽しかったのに……
あ、駄目か。美人に化けてたら即殺すわ。
悪魔如きが可愛い娘に成り代わるのは許されざることである。
第十四話【三人目と元祖たる俺】
水蓮口から脱出直後、俺はすぐにドッペルゲンガーを連れて屋敷に戻った。
ちなみに、四人も死人が出た、しかも結構な良家のお子様が亡くなったという事実の事後処理に関しては俺はノータッチである。報告はクレシダと二夜がしただろう。相応の騒動が起きるだろうが俺には関係ない。好きなだけ騒げばいいわ。
貴族の中にドッペルゲンガーが混じっていた、そして、数週間前には俺自身襲われたって事から、人間界で悪魔が不穏な動きをしているという事は予測できるが、何が起こったって俺は死なないので無視してもよし。たとえ他の貴族の家の者達が皆ドッペルゲンガーに取って代わられたって別に構いはしない。俺のものに手を出したら即効殺すけどな。
そんな俺が、わざわざこのドッペルゲンガーを人間の姿のままで地下室に引き込んだのは、一重にこの物分りの悪い貴族のお嬢様方が、このドッペルゲンガーを扱き使うという行為に異を唱えてきたからだった。
もう俺のものになっている癖に何言ってんだか。ドッペルゲンガーとは別の意味で、二人とも思う存分使ってやる。
「ちょっと色々やって正体を現したらドッペルゲンガーだ。正体を現さずそのまま死んだらそれは訓練されたドッペルゲンガーだ!!」
理念はそれだけで十分。
女だったら怯える顔もある意味いいんだが、野郎の怯える顔なんて、たとえ二枚目でも見たくない。
一撃で決めてみせる。
エモノは大鎌。
ちょっとだけ気に入った。
どういうわけか、手にしっくりなじむのですよ。
主人公な俺には聖剣とかふさわしいんだろうが、聖剣なんてものがそう手に入るわけもなく、あちこち手を回し、相当な苦労の果てにやっと手に入れた一本の聖剣も、何故か拒絶反応が出てうざかったので、装備できないこともなかったが廃棄処分してしまったのだ。
顎を掴み、上を向かせる。
首輪に手錠。KillingFieldの時も使ったが、今回は相手がこんな半分腐ったような悪魔だからやる気が出ん。
「さて、これより尋問を始める。宣告しておくが、被告には黙秘権が認められる。その代わり喋らなかったら指を一本一本切り落とすけどな」
この鎌、地味に重いな。しかも掴んでいる所からけっこうやばめな勢いで魔力が吸い取られるんですけど……
んー、三日間も連続で使ったら魔力が切れそうだ。
微かに感じる倦怠感にやる気はさらに減少する。かったるい。
「さぁ、ドッペルゲンガー。貴様の正体はもうばれている。とっととその人間そっくりの顔をやめて真の姿を見せろよ、めんどくせえ……」
「な、何を言ってるんだお前は!! 僕はそんなドッペルゲンガーとかいう奴じゃない!! レイド・ランス・リクシエラだ!! 十大貴族の一つ、リクシエラ家くらいお前も聞いたことくらいあるだろ! ほら、君達もこのわけがわからない事を言っている男に教えてやってくれ!! 僕が人間だと!」
「お前がドッペルゲンガーかどうかなんて聞いてないわ。もうお前がドッペルゲンガーであることは"決定事項"なんだよ。俺が言ってるのは見た目を変えろって事!! トンボの時のを覚えてると思うけど、いくら悪魔でもこの鎌に切られたら魂消滅しちゃうよ?」
鎌を片手で振り回してみせる。
地下室と言っても、この地下室は天井が高い。少なくともこの鎌を振り回してもぶつからない程度の余裕はある。
クレシダと二夜はもちろん、このドッペルゲンガー君に当たらないように気を使う事も忘れない。殺しちゃったら労働もへったくれもないからな。
「もう一度言うぞ? 正・体・を・現・せ!!」
「お、僕は無実――ガッ」
取り敢えず、力を加減して腹に膝を入れる。
咳き込むソレに一発二発。
天才な俺は手加減を間違わない。まぁドッペルゲンガーだし、あばら骨折れて肺に突き刺さる可能性とかはないだろうけど。
これも俺の役目だからしょうがないが、それにしても詰まらん。
男が相手だと吐くまで痛めつけるだけだしな……
「君みたいな奴には分からないだろうが、この世界で罪のない人間などいないのだよ。俺以外に」
爪を剥ぐ。
鳩尾を打つ。
睾丸を潰す。
それは作業だった。
五体満足、五臓六腑といいましてー、痛めつけるところなんてたかが知れているのだ。
そんな風に優しく尋問を続けていると、あっという間に三十分の時間が過ぎてしまった。
さすが知性ある悪魔だけあって、そいつはなかなか正体を現さない。
「ッ――ほ、本当にレイドが……その……悪魔――なの? 勘違いとかじゃなくて」
クレシダが眼を背けるようにして、歯を食いしばったような表情で尋ねてくる。
二夜も、吐き気を堪えるかのように耳を塞いだままうずくまっていた。
「俺の辞書に勘違いという言葉はない。大体あれだ。あのトンボの側にいたのにこいつだけ生きてるって不自然じゃん」
見もせず拳を握り一閃。
ドッペルゲンガーの歯が数本音を立てて折れ、石畳に乾いた音を立てた。
探索が終わった後聞いたんだが、あの水蓮口に普段出てくる魔物の平均LVは100前後で、おまけにそれほど出現する数も多くないらしい。
帰り道、うざいくらい出てくる平均LVおよそ350の悪魔共を見て、クレシダと二夜、そしてドッペルゲンガーは道中ずっと顔を青ざめさせていた。
本来でてこないはずのLV帯の悪魔。俺から言わせて見れば、これでも強いのかよとつっこみたくなったが、この現象が明らかな異常であることは間違いないだろう。
出現する悪魔のLVの大幅な変化。
魔界から悪魔がきまぐれで大量に転居してきたという可能性もなくはないが、そうなるとクレシダ達が行きでそれらに遭遇しなかった事が不自然だ。
クレシダ達が進み始めて、俺が到着するまでの間に悪魔がやってきた?
馬鹿抜かせ。そんなめちゃくちゃ低い可能性を信じるほど俺は妄想家ではない。
ずっと低レベルの悪魔ばかりが出てきたのに、いきなり500オーバーの悪魔が出現した事からも何か裏があると疑って当然じゃないか。これで何も思わなかったら、それは考えるという事を放棄したゆとり以下の屑である。
「さー、とっととゲロっちゃってくださいよ。大丈夫、貴方のお仲間も私の所で幸せに働いてますから」
蹴る。殴る。打つ。
悪魔に同情などしない。俺の優しさは可愛い娘オンリーに対してのみ適用されてしかるべし。
レイドを蹴った衝撃で、壁から破片がぱらぱら落ちる。
「うっ! ……ぐぁ!! ぐ――グガッ!!」
目玉抉ったらまずいかな。
腕を切り飛ばしたらまずいだろう。
壊れてもいいただの人間だったら、奴隷商人の時みたいに解剖できるのに。
「か、可哀想――ですよ。シ、シーンさん」
「いや、大丈夫。俺はまだまだやれる!」
「いや……そ、その、シーンさんの事じゃなくて――」
俺の事を心配してくれる二夜。いい娘や――
それに勇気を貰ってさらに殴る
つかあれだ。今気づいたけど――
「ドッペルゲンガーって退魔以外では死なないんだよな……」
「え!?」
何だ、気を使う必要ないじゃん。
冷静に考えてみれば、殺す気でやったって全然OKだよ。
ドッペルゲンガーは傷はつかない。ただダメージを受けた身体の部分が白く染まるだけ。前例があるからそれは確かな情報だ。
「んじゃいきますよー。痛かったら手を上げてくださいねー」
「ゲホッ、ゲホッ……ぐ――ッ!?」
鎌を捨てて一秒。
手を合わせて一秒。
早口言葉並みの速さで詠唱を唱えて一秒。
闇が俺を中心に広がり、ドッペルゲンガーを包み込むのに一秒。
「"虚影骸世"」
「ッ具ぎゃ嗚呼あああああああああああああああああああああああああ!!!!」
俺を中心に広がる闇。
重力を消すとか、水の性質を消すとかじゃなく、全てを消滅する世界を展開する。
そして、俺は見た。
肉体が塵に消え、その下から光り輝くような純白の身体が現われるのを。
「ほらみろ、やっぱりドッペルゲンガーじゃん」
呆然とした顔で、何故かドッペルゲンガーじゃなくて俺を見る二人。
あまりのかっこよさに惚れたか。
真っ白な肉体は、俺の"虚影骸世"を受けているにも関わらず塵とならずに形を保ったまま殲滅の空間の中で瞬いていた。
どういう理屈なんだろうか。おそらくこいつは"EndOfTheWorld"でも死なないだろうな……
「ッ――――――――――――――――――」
鼓膜が破れるかのような絶叫はすぐに止み、その後に聞こえるは声にならぬ本当の苦痛。
ドッペルゲンガーっていいなー。死なない癖に痛覚があるんだから。
強力な念――特に恨み辛み・苦痛の念は何かしらの力を発しやすいものだが、こいつの感じている苦痛はおそらくそんな何かをするほど余裕が残るものではないだろう。
闇の属性は消滅。常に身体が消滅し続ける苦痛。感情の枠を遥かに超えた苦痛は、そののっぺりとした顔に浮かぶまもなく新たな波となって身体を襲う。
これほど過酷な拷問があっただろうか。
「くっくっく……可哀想に。初めから吐けば多少罪は軽くなったものの――」
嬉しいと涙が出るとはよく耳にするが、極度の憐憫の情を抱くと笑ってしまうという事を俺は初めて知った。
身体をくの字に曲げて苦しむドッペルゲンガー。白く輝くその身体、ある意味とても悪魔に見えぬその肉体こそが、悪魔にとっての「DoppelGanger(怪奇現象)」として相応しいのかもしれない。
「し、シーンッ!! や、やめて!! わかったから!!」
「え? 何で?」
「何でって――もうやる意味ないでしょ!!」
よく分からない理屈を言うクレシダ。
シーンじゃなくてシーン様だ、シーン様!
そしてこの世の中に意味のある行動が果たしていくつ存在するだろうか?
「あ、触れると消えちゃうから俺には触れないほうがいいよ」
今にも掴みかからんとするクレシダに忠告する。
俺も含めて人間って脆いからね。たとえ光の衣とか防御系の魔術の加護を受けていても虚影骸世のこの世界では一分と持たないだろう。
素直に忠告を聞いて一歩後ずさる少女。
俺はちょっとだけ満足し、最後の確認としてドッペルゲンガーにスキルレイを掛けた。
悪魔
ドッペルゲンガー
LV630
HP1200000/1200000
「HP減ってないな。何か面白い」
世の中って不思議だ。こんなに痛そうなのに、数字上ではいくらこの苦痛を重ねてもこいつが死ぬことは永遠にないのだ。
久方ぶりの神秘に、知識欲が首をもたげる。
鎌で斬ったらどうなるんだろう……?
もちろん鎌で斬るなんて救い――いや、残酷な行為を俺はするつもりはない。欲を抑えてこその真の天才でして。
「LV630!? こ、こんな悪魔が……い、今まで私達の中にッ!?」
「そうだ、分かっただろ? 俺が正しいって。俺こそがこの腐敗しかけている世界での唯一の正義だって」
クレシダは答えない。
膝から崩れ落ちて、絶望に染まった表情で悪魔の苦悶の姿を見ているのみ。
きっと俺を疑っていた事を悔いているのだろう。その罪をやっと知りえたからこそ懺悔しているに違いない。
そして、戸惑うような瞳で俺とドッペルゲンガーを交互に見ている二夜。
「どうかしたか?」
「いえ……シーンさんとそのドッペルゲンガーを比べたらシーンさんの方が"邪悪"に見えるなーと」
……初めてだ。ここまで俺を悪呼ばわりする娘は。
素直に懺悔する奴もいるかと思えば、こういう奴もいる。いろんな人がいるもんだ、本当に。
というか絶対この娘腹黒いわ。黒くなかったとしたら、純粋すぎる、か。言ってはいけない事と言っていい事の区別がつかないのは一種の病気だと思う。
「……とことん失礼な奴だな。俺のどこが邪悪だって言うんだ」
二夜の言葉に興を削がれ"虚影骸世"を終わらせると、ドッペルゲンガーは数十秒間の苦悶から解かれ、くたびれた人形のようにぐったりとした様子で床に崩れ落ちた。
口元からヒューヒューと聞こえる音。
声も枯れ果てるとはこのことを指すのだろうか。
それにしても……首輪と手錠を外してからやればよかったな。一緒に消えちゃったわ。首輪高いのに……
後悔先に立たず。仕方ないので、新たな首輪を呼び出しドッペルゲンガーに嵌める。
これでストックは後六つ。
いつか可愛い悪魔が出てきた時のために少し余裕を持って常備しておきたいものだ。
二人目の自分。
この世界では、自分と全く同じ人間が他に二人存在するという。
と言う事は、天才の絶え間ない努力によりここに三人の俺が集ったわけだ。
二人の貴族の娘、そして二人の俺が集う地下室、俺はたった独り心中で祝杯をあげる。
さて、もう一人の俺にはどんな仕事を任せようか。
「全てが邪悪ですね。魂が真っ黒だし――」
「うっさいわ。俺の心は繊細なんだから思ってても言うな! というか、思うな。考えるな。歯に衣着せろよ」