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黒紫色の理想  作者: 槻影
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第十一話:生存本能と英雄な俺

 

『名も知れぬ翼竜をやっつけた。5000の経験値を手に入れた』

 

 

 

 

 

 頭部に穴が空いた竜の死体にかなり欝な気分になっていると、後方の木がそんな事を書いた板を見せてきた。

 何? この植物。

 

 

 

 竜の死体がかすかな波紋を立てながらずぶずぶと沼の底に消えていく。

 普通の竜だったら皮とか剥ぎ取れば多少の金になるだろうが、この竜も多分悪魔だ。皮を切り取っても十数分で自然消滅してしまう。骨も同じで肉も同じ。つまりは戦利品はなし。

 

 お前ボスだろ。何かよこせよ。

 

 

 彼我の実力の差も弁えず突然襲い掛かり、スキルレイを掛けられる間もなく死んだ死亡フラグ。

 かなり哀れだった。

 

 そして俺にとってそれは

 

 求めていたのに殺してしまう。

 ある意味悲恋の物語といえなくもない。

 

 

 糞くだらねえ。

 広げれば五メートルにはなっていただろう、巨大な翼。翼竜の最後の肉体が沼の中に消え、水蓮口に静寂が戻る。

 

 本当に哀れで馬鹿な悪魔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに比べるとこいつは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 木を見る。

 何故木が動く。

 今更ながら凄く不思議だ。

 だってあれじゃん。こいつ木じゃん。植物だよ?

 植物って普通動かないから!

 文字書いたりしないから!

 

 

 

 俺の力に不可能はないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一話【生存本能と英雄な俺】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木はへらへらと笑いながらプラカードのような板をふらふら動かす。

 

 知性……あるのか?

 木なのに。たかが葉緑体なのに。頭に果実が実っているのに。

 いや、文字を書けるのだ。

 おそらく知性はあるのだろう。

 間違いなく知能はあるのだろう。思考しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……それがお前のキャラなのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこの木は今倒した翼竜よりも頭がいい。

 

 

 

 

 

 俺の言葉に頷く木。

 ふらふら眼前を動くプラカード。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間違いなく生存フラグだった。

 

 死亡フラグの生存バージョン。

 やっとけば取り敢えず死なないだろう的な条件。

 

 

 取り敢えず主人公の側をふらふらする無意味なキャラ。

 こういうキャラは普通死なないものだ。

 良く言えばサブキャラ。

 悪く言ってもネタキャラ。

 村の入り口で『この村は○○村です』みたいな台詞を言うだけのNPCよりは思い切り重要で、主人公の仲間よりは全然重要じゃない超半端な立ち位置のキャラ。

 具体的に言えばホイミンとかパノンとかだろう。一応仲間にはなるけど途中で抜けて行き、それ以降はほとんど出現しないみたいなキャラだ。

 

 

 

 果たして狙っているのか、それとも無意識でやっているのか。

 

 多分狙ってやってるだろう。

 だってさっきまでプラカードとか持ってなかったし。

 

 あれだ。怖くなったのだろう、俺についてくるのが。

 俺の力が強すぎたため、急遽方向性を変えたのだろう。

 あまりに沢山出現する悪魔に、命の危険を感じたのかもしれない。

 どちらにしても、間違いなく愚人だらけのこの世界において最も賢い部類に入るキャラだ。

 

 自己防衛をする木。

 生存本能のある木。

 策を巡らせ、今まで俺の周りにいなかったキャラの座を確立する事に成功した木。

 

 

 あっぱれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが俺の周りにそんな木はいらねえ。

 

 

 

 

「おい、木――」

 

 

 

 木が『?』の書いたプラカードを掲げる。

 お前は一つ間違ってる。

 そういうタイプのキャラは確かに存在する。

 だが、それは普通ただの"木"の役割じゃない。

 もちろん男がやるべきキャラでもない。

 

 

 それは女の子がやるべきキャラだ。

 お前がやってたらそういうキャラが現われないじゃねえか。

 

 

 

 

 

「後で女の子に化けなかったら薪にするから覚悟しとけ」

 

 

 

 

 取り敢えずチャンスだけは与えておくことにしよう。

 多分無理だろうけど、これがフラグになるかもしれないし。

 もし変わらなくても薪が増えるから損はない。

 魔術使えば薪なんていらないけどね。

 

 

 ちなみに、プラカードをどこから出したのかとかは考えてはいけない事である。お約束って奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡フラグを打ち破ってから三時間。

 木は後方三メートルくらいの所を相変わらずついてきている。

 やはり賢い。

 さっきの俺の言葉に逃げてたら多分死んでいただろう。こういう危険な場所で逃走する行為は死亡フラグだ。

 

 周りの光景は、三時間ほど歩いてもほとんど変わりなかった。

 乳白色の霧に、咲き乱れる赤い花。

 植生は水草のようなものも混じりだし、些か植生は変化しているが基本的には何も変わらない。

 水は冷たいし泥は跳ねるし、道もこの程度の場所までは整備されているのか、特に歩きにくいというがないのが行幸といえよう。

 

 

「しかし……つまらないな。これが迷宮とかどんなゆとりだよ――ん?」

 

 正直退屈を持て余しながら歩いていると、何か奇妙な感覚が俺のセンサーに引っかかった。

 立ち止まる。

 それと同時に、背後の気配もぴたっと止まった。

 

「おい、木。何か匂わないか?」

 

 鼻を動かす。特に意味はない。ただのパフォーマンスだ。

 立ち止まった時点で俺の中には既に答えが出ている。

 乳白色の霧の向こう。

 俺の視界は、そこに数人の人影を捕らえていた。

 

 木は、黙って俺の次の台詞を待っていた。答えるつもりはないらしい。

 俺は、気配を消して静かに数十メートル先を眺める。

 

 

「これは――血の匂いだ」

 

 刺激臭。

 多量の水の匂いに紛れ込むように漂ってくる血の匂い。

 

 

 

 

 しかし……何か腹減ったなぁ。早く家に帰りてえ

 

 

 

 

 今まで殺してきた悪魔のものとは一線を画する、それは明らかな人間の血液の匂いだった。

 それも少量のものではない。少量ならここまで匂いが漂ってきたりはしないだろう。

 

 

 

 取り敢えずステーキだな。肉を食いたい。

 

 

 

 おそらく一人ないし二人死んでる。

 あの人影が俺の探している貴族の訓練生か否かはまだわからないが、可能性は高いだろう。

 というか、こんな低レベルの悪魔しかいないダンジョンで傷つくとか、温室で手塩に掛けて育てられたゆとり貴族くらいしかいねえし。

 

 

 

 

 コーンスープ付きでライスは大盛りにしてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

「あー、腹減った。つか、血の臭いに気が散って飯の事考えられねえ……」

 

 木が『なんでやねん』と書かれたプラカードをぶんぶん振り回す。なんでやねんもへったくれもねーですよ。

 

 木がプラカードを捨てる。

 眼を凝らして木を観察。

 木の動きがスローモーションで流れる。

 木が『血の臭いはどうでもいいんかい』というプラカードを振って――

 

 

 

 

 

 

 

 ……全く見えなかった。一体どこから出したんだか

 

「どーでもよくねーですよ、おやっさん。だってさー、あれが俺のグループの屑共だと仮定するよ? 俺以外全員生きて帰れなかったらおかしいじゃん。最低でも一人には生き残ってもらわないと」

 

 遠い向こうから悲鳴が届く。

 襲われているらしい。

 雄叫びではなく悲鳴という事はけっこうピンチのようだ。

 

「あー、あれが俺のグループじゃないって確信さえ持てれば"EndOfTheWorld"ぶっぱなして殲滅できるのに……」

 

 暗黒の流星を引き寄せる点を生み出すその闇魔術の弱点は、無差別だという事だ。

 大気圏外からその点までの直線状にあるもの全てを例外なく消し飛ばしてしまう。

 点から角度六十度、正真正銘光の速度で降り注ぐ術を止める手段はほぼ存在しない。それは、振りかけた鎌を消し飛ばされたLV935のKillingFieldが証明している。

 光は見えないのだ。動体視力があるとかないとかそういう問題じゃないの。

 

 

 どうすっかなー。

 悲鳴は男のものだった。

 間違いなくカスだ。

 助けたくない。

 しかし助けなかったら、俺が確かにここにいたことを証言してくれる人がいなくなってしまう。

 

 

「木、どうする?」

 

 木がわさわさ身体を震わせる。

 こういう時だけプラカードを使わない。駄目だこいつ。

 頭がいいとか悪いとかじゃなくて姑息過ぎる。

 

 視線を前に

 取り敢えず一人だけ残して後は死んでもらうか。

 さすがに一人だけじゃ探索続けようとか言わないだろう。

 

「しゃーない、この辺にしとくか」

 

 妥協点は見出した。

 後は実行するのみ。

 見つからないように忍び寄り奇襲をかけ、一人残して後は殺す。

 その一人除いてあの場にいた生き物を全て殺し終えたら、残った一人の心を折って適当に拷問でも掛けて口裏合わせさせれば完璧だ。

 

 そこまで考えかけ、

 

 

 

 

 俺は愕然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクセレントな作戦。

 確かにエクセレントな作戦だ。ただ一つ欠点があるとすればそれは、この作戦に生き残りがいると言う事。

 俺は誓ったはずだ。自らがこの腐った世界を救うための必要悪になると。

 よく考えろ。

 弱者を助ける。

 これは必要悪としてあまりに慈悲深いんじゃないか?

 だってあれじゃん。弱肉強食の世界で弱者が生き残るとか許せない事じゃん、普通。

 優しい。確かに俺は優しい。

 

 だがしかしこれではあまりにも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優しすぎる。

 

 

 

 

 

 

 唇を噛む。

 血が噴出し、ぽたぽたと水面をルビーレッドに汚す。

 堪えろ、シーン。

 お前は必要悪だ。

 悪なのだ。

 世界の為に偽者の悪になるのだ。

 その慈悲深い心を押しとどめろ。

 鉄の意志で雁字搦めにするのだ。

 お前は優しい。

 優しすぎる。

 世界はそれでは救えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前は忘れている。

 常に冷酷であらねばならないという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず遺品だけ持っていけばいっか」

 

 そっちのが楽だし。

 俺、一応必要悪ですから。

 

 木が『…………』と書かれた板を持ちながら、数歩後ずさる。

 

 

 俺は、両手を天に掲げ、まるで天上の主神に祈りを捧げる様に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"EndOfTheWor―― " 「誰かいないッ!? 助けて!!」」

 

 

 

 ぎりぎりで魔術をキャンセルする。

 

 多分今頃あの場所には半端に創られたポイントが十五ほど光っているだろう。

 だがそんなのどうでもいい。

 俺はどうやら間違えていたようだ。

 

 

 確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぎりぎりで確かに聞こえた助けを求める声は――

 

 

 

 

 

 

 

「…………やっぱり一人は助けよう。徐々に冷酷になっていけばいいさ」

 

 

 

 どうやら、俺はどうあがいても善人でしかいられないらしい。

 

 

 身体は勝手に動き出していた。

 

 

 俺の助けを待つ貴族の娘がいる場所へ向かって。

 

 

 

 

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