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黒紫色の理想  作者: 槻影
13/66

第十話:さる法則と練達たる俺

 

 

 

 たまに考える。

 

 

 

 

 腕を軽く振り払う。

 肉体が弾け、飛び散る闇。

 

 

 

 

 

 

 何かがおかしくないか、と。

 

 

 

 

 

 

 体勢を低く保つ。

 左足を軸に身体を軽く回転させる。

 抵抗はない。それでも確かにそれは必中。

 刺激的な部分だけコマ送り。

 まるで映画のフィルムを飛ばし見ているかのように美しい。

 

 

 

 

 

 いや、俺は知っている。

 何がおかしいのか。

 

 

 

 

 

 

 一小節の力在る言葉を口ずさむだけで万物の生命は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべては俺が強すぎるのが悪いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「強いとは罪なのか――」

 

 普通命のやり取りってもうちょっと刺激があるものではないだろうか。

 

 三十センチほどの巨大な蜂のような生き物がきしょい音を立てて接近する。

 戦闘開始。

 タイミングを見計らってでこピンを一発。それは身体を破裂させて消滅した。

 戦闘終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺、この探索が終わったら結婚するんだ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元は底の浅い沼地のような地質。

 

 "水蓮口"

 

 その土地の名が示すとおり、真っ赤な水蓮があちこちに咲き誇る"魔境"で――

 

 

 

 俺は思い切り死亡フラグを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十話【さる法則と練達たる俺】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人はせっかちだ。

 どのくらいせっかちかと言うと、予定の時間より二十四時間も早くに探索を開始してしまうほど。

 

 

 

 いや……俺が間違えたわけじゃないです。本当です。

 天才たる俺が予定を間違えるわけがない。

 

 

 

 

 間違えたとしたらあの糞親父のダールンの野郎だ。

 

 

 

 

 張り紙を見る。

 文から推察するに、来なかったのはおそらく俺だけ。

 疑いようもない。

 

 

 

 

 

 あの親父、日付を一日間違えて教えやがった。

 

 

 

 

 魔境の入り口で待ちぼうけ。

 木が慰めるように枝葉を俺の肩に掛けた。

 

 

 最悪だった。

 本当に最悪だった。

 近年稀に見る程の極限に最低の最悪。

 人間に生まれ変わって初の経験と言ってもいい。

 

 この俺に"嘘をつかせる"とは

 

 

 G部屋に監禁なんてもんではとてもじゃないけど償いきれぬ罪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食わせてやる……絶対口につっこんでやる」

 

 

 

 思い知れ、我が怒りを。

 懺悔しろ、己の罪を。

 祈れ、無慈悲な神に。

 

 

 

 この世で最上級の苦痛を味あわせてやる。

 

 

 

 

「炒める」

 

「煮る」

 

「焼く」

 

「茹でる」

 

「蒸す」

 

 

 

 

 高潔とはなんぞや。

 優しさとは決して裁かない事ではない。

 罪人のその罪を知らしめる事もまた正義としての俺の義務。

 そう、義務だ。

 これは

 決して嘘をつかないことを信条としている俺に

 嘘をつかせたという罪を償わせるための

 正当な権利

 

 

 

「くっくっく……ミテロ親父様。調子に乗ったツケを償わせてやる」

 

 

 

 

 俺に賛同するように木がざわめく。

 葉緑体の分際でよくわかったやつだった。緑じゃないけど。葉っぱが何か黒いけど。

 

 岩山に空いた巨大な空洞から、風の音がする。まるで俺を誘うかのように。

 この先、それほど遠くない距離に出口がある証拠だ。

 そしてその場所こそが水蓮口と呼ばれる魔境。

 

 予定では、訓練ではダンジョンの中で三泊するはずだ。

 所詮は素人のボンボン共の進行速度、俺なら軽く追いつけるだろう。

 

 どうやら神様は俺に嫉妬しているらしい。

 またも選択肢はたった一つ。

 

「行くしかないっすよね」

 

 行かねば約束を破る事になる。

 

 皮肉だ。

 普通にエスケープするはずだったのに、間に合わなかったから追わねばならないとか。

 糞忌々しい。ああ忌々しい。忌々しい。

 

 それでも行かないわけにはいかない。

 己の信条を守るために。

 正義のヒーローも色々苦労しているのだ。

 

 日々の善行を想い暗鬱たる先の見えない未来を悲観し、俺はその場で嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟を抜けると其処は不思議な(ばしょ)でした。

 

 光のほとんど差し込まない一キロほどの洞穴。

 悪魔はおろか、他の生物の存在すら感じない正真正銘糞つまらない唯の洞窟を抜けたその先にあった光景を見て、俺は思わず感嘆の声を上げた。

 

 

「おお、これは……色々と凄い!!」

 

 

 薄水色の水面と、その下にうっすら見える完全に沈殿した茶色の泥。

 空間に立体的に伸び示された植物の根に、水に半端につかりそれでも泰然と伸び続ける奇妙な植生。マングローブという奴だろうか?

 

 ここは完全な淡水の沼だから厳密に言えば干潟に形成するマングローブとは違うだろうが、まぁそんな事小さな差異だ。

 後方左右に広がるは、まるで城壁のように形成された岩盤。

 湿原をぐるっと囲んでいるらしいが、ここからでは終わりは見えない。

 同じ太陽の光が降り注ぐ地上であるにも関わらず、まるで別世界に来てしまったかのような異彩は、まさに魔境の名にふさわしいといえよう。

 現世(うつしよ)から山によって切り取られた秘境は、薄ら張った白い霧に包まれ、どこまでも広がっている。

 

 

 

 

 この幻想的な風景を眺めることができただけで、ここまで来た甲斐はあったというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、帰ろうか――」

 

 

 

 身体を反転させて帰ろうとした俺を、何故かついてきた"自立した木"が引き止める。

 まるで説得するかのように枝葉をわさわさ動かす木は、シュールだが同時にとても気色が悪い。

 お前普通に地に根を張る木だからここにいたら根が腐るぞ。

 

 本来なら植物如きが俺に附いて来る事は許されない事なのだが、寛大な俺は今だけに限定してこの木が俺に附いて来ることを許可している。

 一人で歩いていると木が――いや、気が滅入るし、知性はないので会話できるわけではないが、なによりこいつを連れていれば独り言がすべてこいつに話しかけているという事に昇華されるというのがいい。

 

 旅は道連れ世は情

 

 たとえ木でもいないよりはいいだろう。

 これで女の子だったら言う事なしなのだがそれはまあ置いておいて――

 

 木に諭され、視線を前方に戻した。

 

 

 

 

「……すんげえ歩きにくそう……」

 

 幻想的な秘境は、景色だけ取って見れば極上の場所だが、実際歩くとなるとこの上なく遠慮したい場所だった。

 

 さすが初心者用のダンジョンの一つだけあって、一応整えられた道は存在している。

 足元も、太陽の光が通らない洞窟に比べ全然平坦でよっぽどドジでもなければ移動に際する事故は起こる心配もなさそうだし、薄い霧が張ってあるとはいえここは地上、地下の迷宮に比べれば視界も決して悪くない。

 問題はたった一つ、道の上に十数センチほど水が張っている事。

 

 

 

 全然、危険は全然ない!!

 しかし……しかし、だ。

 

 

 

 

「水の上歩きたくねーな。足濡らしたくない……」

 

 

 

 

 それは並以下の冒険者から見ての危険であり、その上を行く俺からしてみれば水が張っている安全な道よりは水が張っていない危険な道の方がいい。

 ブーツは一応防水性だし、いざとなったら魔術で水を遮ることもできるがそれ以前に泥の上を歩くという行為は偉大な俺にはふさわしくないのだ。

 

「湿度高いし寒いしドロドロしてるし、ぴちゃぴちゃするし、ぐちゃぐちゃするし――」

 

 幻想的な光景もこうなるとただうざいだけだ。

 誰だよ、こんな場所創ったの。

 ここに降り立ったという水神とやらを殺したくなる。

 

 絶景とは実際に踏み込まないからこその絶景にして、往々にして踏み込めない場所にあるからこそ価値があるというに。

 

「どーせこんな湿地作るなら底なし沼とかにすればいいのにねー」

 

 そしたら誰も踏み入らないのに。

 見ただけで十分お腹いっぱいです。

 

 ためしに前の道を踏んでみる。

 今の季節は冬。

 雪こそ降ってはいないが、水温はおそらく十度ない。

 透き通った水。

 きちんと踏みしめると、ブーツの半分くらいは水に浸かってしまう。

 足が冷たい。

 

「なぁ、やめない?」

 

 足冷やしたくねー。

 

 俺の提案に、木がものすごい勢いで首を横に振る。

 黄緑色の実が、いくつも外圧に負け、落下する。

 そんなに行きてえのか、お前は。

 

 

「しょうがない、行くか……」

 

 行くしかないんですけどね。


 俺の言葉に今度は首を縦にゆさゆさ振る木が何か笑えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ赤な水蓮がそこかしこに咲き乱れる魔境で、真紅の液体が霧を赤く染める。

 ガイドブックに載っていた通り、この魔境にはかなりの悪魔が生息しているようだ。

 エンカウント率は七十五パーセント。RPGならまず確実に聖水とかゴールドスプレーとか使いたくなるLVの出現率である。

 

 初めて襲撃を受けたのは入り口から十メートルほど進んだ所。

 突如上空から舞い降りてきたハゲタカみたいな鳥型の悪魔。

 

 悪魔

 ブラットミーヤ

 LV325

 

 掴んで首をへし折って沼に捨てた。

 

 二度目。

 一メートルほどの気色の悪い山吹色のカエル型悪魔

 

 悪魔

 ワールフロッグ

 LV332

 

 素手で目玉を抉り取って地に下した後そのまま頭を踏み潰した。

 

 三度目

 全長五メートルほど、幅が三十センチはありそうな巨大な蛇。

 

 悪魔

 スメルスニーク

 LV420

 

 手刀で微妙な硬さの表皮を切り裂いた後、肉を抉り取ったら暴れだしたので口から尾まで真っ二つに裂いてやった。

 

 そっから先は正直な話まったく戦った記憶がない。

 ただ、戦ったことは確かだ。雑魚を殺した記憶を一々頭の片隅にでもおいて置けるほど俺の記憶容量は広くないだけである。

 無意識のうちに襲い来る悪魔を殺戮し、ただ淡々と俺の通った跡の轍に死体が積みあがる。

 初めは、血に染まった手を洗い流していたが、途中からは面倒くさくなってそのまま歩く。

 木がいなければ走っていけるのだが、どう見ても俊敏そうに見えないお供がいる以上ゆっくり歩くほかなく、このままでは追いつけるかどうか怪しい。

 植物に足を引っ張られるヒーローは俺くらいだろう。

 

 いくら歩いても手ごたえのある悪魔は出現せず、ちょっと期待をしていたのだが女の子の形をした悪魔なんて出てくるわけもなく、ただ漫然と先へ進む。

 

 そんな時だった。ふと冒頭の疑問が頭を過ぎったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡フラグ。

 キャラが死ぬ寸前に高確率に行うお約束である。

 

 例えば冒頭にあげた

 

「俺、この○○が終わったら結婚するんだ」

 

 を初めとして、

 

「ここは俺に任せて先へ行け」や、「殺人犯と一緒に居られるか。俺は自分の部屋で寝る!」など、口に出すことでキャラの死亡率がアップするという呪いの言葉。

 

 刺激を求める俺にはもってこいな法則だ。

 

 

 もちろん俺は死ぬつもりはないが、どうしても好敵手がほしかった。

 命の凌ぎを削りあう、強敵と書いてライバル。

 数千合の打ち合いの末に決まる汗と涙と友情に満ちた決着。

 

 

 いいじゃないか。実にいいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 木は突然の会話の振りに戸惑うが、俺は構わず続ける。

 

 

 

「ここは……俺に任せて先に行けッ!!」

 

 

 木の視線が冷たかった。

 それでも負けるわけには行かない。

 水蓮の影から真っ赤なピラニアみたいな生き物が飛び掛ってくる。

 

「いいか、一時間たって戻ってこなかったら警察を呼ぶんだ」

 

 無視して指をかまれたが全く痛くない。

 振り払ったらぺちゃとかいう音を立ててつぶれてしまった。

 

 まだまだぁ

 

 

「俺が様子を見てくる。お前はここに残れ!!」

 

 小走りで前に進む。

 木は、俺の言う事を聞いて、動く気配はない。

 会話がことごとく矛盾しているのもまた一興。

 

 

「ッ!? だ、誰か其処にいるのかッ!?」

 

 

 何かこういうの楽しいな。

 霧が出ているのもプラスポイントだ。

 

 

 

 そんな事を考えていると、空が唐突に暗くなった。

 轟々という風の鳴る不吉な音。

 なんとなく上を見上げ、眼に入ったものは――

 

 

 

 

 

 空に直接開けた穴の様な真っ黒な翼竜

 

 

 

 

 

 翼竜がその身に似合わぬ甲高い彷徨を上げ、水面に浮かんでいた水蓮がかすかに震えた。

 どこに隠れていたのか、俺の周囲にいたらしい悪魔達が、潮が引くように逃げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡フラグ……?

 

 

 

 

 

 

 

 木がざわざわと身を震わせ

 身体が萎縮しかねぬほどの強烈な殺気が放たれる。

 

 俺はちょっと覚めた目でそれを見て、たった一言術を紡いだ。

 

 

 

 

 

「"EndOfTheWorld"」

 

 

 

 終末は常に空から襲いくる。

 

 

 空から落ちてきた黒の流星に刹那の瞬間に頭をもぎ取られ墜落した黒い竜。

 

 

 

 ちょっと……いや、すごく空しかった。

 

 

 

 

やっと十話目です(´▽ `)

今まで読んでくださっていた方々に感謝を。

一日のアクセスも7000くらいで安定。

ユニークで2000程度

一日一話更新でやっと二週間、これからもなるべく頑張ります。


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