第九話:初めてのお使いとプロフェッサーな俺
あー、みんな死なないかな……
三千年前も今も、犯罪は決してなくならない。
そして詐欺師も――
天性の才能を持ち生まれてこなかった者。
自らに才能がない事を理解していながら努力を怠ったもの。
それら駄目人間共が姑息な知恵を使って数少ない"神"の足をひっぱる。
何もできないなら何もできないなりに、オブジェのようにただ存在していればいいのに。
あー、欝だ。犯罪は決してなくならない。
しかも、ものの見事に法の眼を掻い潜ってくるから憎たらしい。
一部の隙もないこの俺が作った法のグレーゾーンを見つけるとは――
そんな事してる暇あったら他にやることがあるだろ、屑共め。
「シーン、一度了承したのにぐちぐち言ってるんじゃない。きちんと参加して来るんだぞ?」
詐欺師の声が聞こえる。
詐欺師の声が――
俺を騙した大罪人の声が聞こえる。
俺を騙した大罪人の声が――
こいつらは分かっていない。
たとえ法を破っていなくとも
俺に迷惑を掛けた時点でその罪万死に値する事を。
はっきり言おう。
「法は建前です」
この瞬間、ダールンは三日間、黒い悪魔Gを大量に放し飼いにしている部屋へ監禁される事が決定された。
第九話【初めてのお使いとプロフェッサーな俺】
はるはあけぼの、ようようしろくなりゆくやまぎはすこしあかりてむらさきだちたる雲の細くたなびきたる――
対悪魔用の訓練当日。
空は、文学的な俺が思わず枕草子の冒頭文を口ずさんでしまうようないい天気だった。
迷宮探索は、外界の天気に大きく影響される。
大抵の場合洞窟は外よりも低い位置に存在するため、雨が降ると水が中に流れ込み、その難易度が格段に跳ね上がるのだ。
悪魔の棲むラビリンスのほとんどは地下に存在する。当然天然のものだから下水処理なんてもの自然任せだ。
ちょっと雨が降ったら崩れるなんていう、海辺に造った砂の山並の耐久度の迷宮とかそんな極端に脆いダンジョンは存在しないが、それでも雨の日は、水が洞窟に流れ込んで足場が悪くなるは、水に誘われて力がちょっと強めの悪魔が深部から這い出てくるわいい事がないため、プロでも雨の日の地下迷宮は躊躇する事が多い。
正直、雨降って延期になってくれないかな、とか思っていたので、俺としてはこの文句なしの快晴は勘弁願いたかった。たとえ枕草子を諳んじるいい機会だったとしても――今春じゃなくて冬だし。
ダールンが今頃恐怖の小部屋で苦しんでいるであろう事実だけが、俺の心の支えだ。
聞いた話では、今回の訓練とやらの参加人数はおよそ百人ほどらしい。暇人どもめ。
悪魔の棲み家は、人類領魔族領ともに、百以上存在するが、百人を一度に送りいれることができるほど巨大なダンジョンというのはそう多くはない。
その他にも、巨大なダンジョンに棲む悪魔のランクは高いという法則があるという理由もあり、未来を担う貴族の子息が多数参加するこの"ピクニック"にはふさわしくないと、必然的に何グループかに分かれて別々の洞窟で訓練を受けることになっていて、俺が配属されたのはそれらのグループの内の一つ、最も人気のない一所を攻略するグループだった。
危険度E−。クレイシア地方に広がる大陸最大の湿原。
遥かな昔、まだ生命という生命が存在していなかった頃、水神が現世に舞い降りた地と噂される魔境、"水蓮口"
いつの間にか悪魔の巣窟となっていたその魔境は、雑多な悪魔が生息しているものの、際立った力を持つ悪魔は存在しておらず、なおかつ道が広くいたるところに水辺も存在するため探索が非常に容易だという、本当に初心者向けの場所である。学校によっては、初めての実地研修でこの場所の探索を課している所も少なくない。
その他に、景観がいいため、一般人が観光気分で来ることもあるそうで、意識としては"悪魔の巣食う地"というよりは、"ちょっと危険な動物が出る可能性がある自然豊かな秘境"といった色が強いだろう。ここの観光客の護衛で生計を立てている者さえいるという、悪魔なめられてますよ的な――てめえ、これで本当に訓練になると思っているのか、的なダンジョンだった。人気のなかった理由もわからんでもない。貴族様達は貴族様達で何とか"訓練"しようとしているのだろう。
しかし、そもそもこの"水蓮口"はダンジョンとは呼ぶことはできない。"地下"に存在するわけでも、"洞窟"の中に存在するわけでもないからだ。
数千キロメートルに渡って広がると言われている、神が冗談で造ったとしか思えない広大な湿地帯。それ自身が天然の迷宮にして、はるか昔から存在しているにも関わらず、まだ解明されていない部分を多く持つ、まさに魔境といえよう。特に、本来太陽の光を好かない悪魔達がどういうわけか、この魔境とはいえ太陽の照らす地上の一部であるここに住み着いたため、その魔境は自然豊かな秘境としての意味以上に、格好の悪魔の狩場としての地位を確立しているのであった。
水蓮口についてのガイドブックを読みながら集合場所まで歩く。
正直あくびが出た。
ちなみに、内容は纏めると上に書いてある通りである。
まさに、遊び場だ。
ただの一般人――そこらへんに転がっている石ころよりも価値のない凡人が行くならともかく、仮にも軍人としていつか悪魔と争う事になるであろう貴族らが訓練に使うようなところではない。
まぁ俺としてはかび臭い地下に潜らなくて住んだのでラッキーといえばラッキーだが……
しかし……これほどでに自分の責任感の強さをうらんだことはないな。言質なんてなかったことにして放って置くべきだったか……
一人しりとりしながら黙々と歩き続けると、ほどなくして集合場所にたどり着いた。
秘境"水蓮口"の入り口の前。
左右に大きく広がる苔蒸した岩盤に、直径五メートルはありそうな巨大な入り口。入り口のすぐ隣には"水蓮口"と書かれた半分腐りかけた看板があった。
ガイドブックを読んでいた事からも分かるだろうが、俺が実際水蓮口を訪れるのは初めてだ。
といっても俺は自然とかそーいうのはどうでもいい人ですので特に感慨とかはない。
早く終わらせて帰らにゃ。どーせこんなでっかい水溜りにドッペルゲンガーみたいな役にたつ悪魔がいるわけないし。
取り敢えず、今後の計画としては二つ考えがある。
この水蓮口の探索に何人が参加するのか知らないが、取り敢えず一つ目ー。
初めに点呼がある場合は、それに答えた後こっそり帰還。全員が帰る頃にまた来て、終了の点呼を受ける。高等なエスケープ技だ。
弱点としては、もし集まった全員で一緒に行くのではなく、数人グループに分けて出発する場合に同じグループのメンバーの口止めが必要な事。取り敢えず指の数本でも"砕けば"言う事聞くと思うがめんどくせえ。
二つ目。
点呼とかそういうのがない場合は、そのまま帰って戻らなければいい。出欠確認のない授業なんぞ出る意味がない。
何か学べるなら出てもいいが、おそらくこんな辺境に天才の俺が学べることなんてないだろう。
親父は参加しろといったのだ。
きちんと訓練して来いとは言っていない。
つまり嘘はついていない。
Don`t worry
俺の正直者の称号は守られ、なおかつ親父様に貸しを作ることができる。
一石二鳥の、天才に相応しい鬼謀だった。
「さて、と。お坊ちゃま達はどこですかね……」
ちょっと未来に明るい光が見え、少しだけ機嫌がよくなる俺。
辺りを見渡す。
時間は集合時間ちょうどぴったり。距離と自らの足の速さから、かかる時間を秒単位で予測していたので当然だ。
ところが、時間はちょうどあっているはずなのに、どこにも人影は見えない。
世界一の湿原が近いせいか、澄んだ水の匂いがした。
ガイドブックによれば、水蓮口は岩山にぐるっと一周囲まれており、出入り口は今俺がいるこの一箇所しか存在しないらしい。それが地上にあるにもかかわらず水蓮口は"迷宮"や"洞窟"と呼ばれている由縁だと書かれていた。
水蓮口には他に出入り口が存在しない。
そして、集合場所は確かに書かれていた。水蓮口の入り口前と。
と言う事は――
「みんな遅刻か。俺を待たせるとはいい度胸だ」
秒刻みで働いている俺を待たせるとは……タイムイズマネーのことわざも知らないのか。ボンボン共め。
足元に生えていた草が、見る見るうちに茶色に変化し、しおれる。
空気がにゅくにゅくと音を立てて軋む。
生命を奪い取るエナジードレイン。
空間を操る闇魔術の基礎。
黒のオーラが俺の身体中から立ち上り、俺の今の心境を示している。
「……暇だ」
暇でしょうがないので、黒いオーラで、ぐにょぐにょした塊を造ってみる。
正直、造っている俺にも何なのかわからない。よく分からないが、俺ならいくら腹が減ってもこれを食べる気にはならないな。胸焼けがしそうだ。
ぐにょぐにょした塊を投げてみる。
黒い塊は、一本の木にぶつかり、その木を侵食し始めた。
あっという間に影絵のような、黒い木と化す木。
俺の眼の前で、木の腹に大きな三日月の形をした割れ目が現われる。
そしてその木は、割れ目を歪める様にして笑っているようにしか見えないポーズをとった。
俺は天才である。
特に、魔術に関しての知識は古今東西はるか未来に渡って誰にも遅れを取ることはないだろう。
しかし、そんな俺にも一つ悩みがあったりする。
それは、俺が多用する技は得てして見栄えが悪い"と周りが認識しているらしいこと"
この場合の悪いとは、"格好悪い"とかじゃなくて"正義"の反対の"悪い"らしい。
例えば"エナジードレイン"
他者の生命を吸い取り自らの力と成すリターンの大きい闇魔術。
吸い取られた相手は生きながらミイラと化すというコメディ要素の強い術でもある。
例えば"虚影骸世"に"EndOfTheWorld"
闇の本質である"消滅"を極限まで研鑽した破壊オンリーの闇魔術。
触った瞬間塵も残さず消滅するので気をつけなければ味方も消滅してしまうという実に趣深い術だ。
これらの魔術、かつての俺の配下だったものから言わせると、"邪悪"そのものらしい。
どこら辺に悪的要素があるのか分からないが、とにかくこれらの術は評判が非常に悪かった。
そもそも、真の善を知る俺が使う魔術がそんな邪悪なわけがないのだが
あるケンタウロスに至っては、俺の美しい闇のオーラに"真邪の波動"などという劣悪極まりないあだ名をつけたほどだ。
わけわかんねえ。
俺の美しいぐにゃぐにゃを浴びた木は、俺の眼の前でもう一度笑うと、手足が生えその場に立ち上がった。
眼の位置にあるのはさっきまで洞だったもの。
足である根っこが地面から嫌な音を立てて抜け、わさわさと動き出す。
さすが俺。
俺のオーラはそれ単体だけでも、木に自立心を植えつけるに十分なポテンシャルを秘めていたようだ。
自立という新たな進化を経た木は、俺に礼でも言うかのように一度大きくお辞儀をした。
頭から落ちる見た事もない黄緑色の果実。なんだろう……
黄緑色の果実を拾おうと手を伸ばすと、木はそれを遮るようにして間に身を割り込ませ、枝葉を水蓮口の入り口の方に向けた。
行動を植物如きに遮られちょっとだけいらっとしたが、素直に木の手?が指す方を見る。
一体なんだよ。植物が自立したばかりの分際で俺の邪魔をするとは。まあ所詮青物だし、馬鹿だから自分でも何やっているかわかっていないのかもしれないが――
そんな事考えながら、視線を指の先に向ける。
木の手の先には、一枚の張り紙があった。
【ルートクレイシア様。一時間ほどお待ちしましたが、どうやらいらっしゃらないようなので先に入らせていただきます――】
薄汚れた紙に書かれた文章。
その下にあった日付は
昨日のものでした。