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黒紫色の理想  作者: 槻影
11/66

第八話:卑小な貴族と最強な俺

 

 

「えっと……シーン様、何をなさっているのですか?」

 

「いや、ちょっと……言葉を、な。どうやら話せないみたいなんだ。やっぱりあれかな、バグだから? 一回話したのを聞いたんだが、どうやら気のせいだったらしい」

 

 怯えたように目を伏せ、ぶんぶん首を振っているKillingField

 先日初めて会った時に見せたような、優雅な立ち振る舞いはそこには全く見えない。

 元死神だった少女は、今やただの年相応の女の子であるかのように、椅子の上で震えている。

 

 それに向かって、赤い果実が描かれたカードを見せる。

 

「リ・ン・ゴ!!」

 

「ッ!? …………」

 

 ブンブンと首が取れそうな勢いで首を振る少女。

 

「ア・ッ・プ・ル!!」

 

「……」

 

 ふるふると泣きそうな表情で首を横に振る少女。

 

「……甘えてんじゃねええええええええええええ!!!」

 

 仏の顔は三度まで。そして、仏以上に我慢強い俺にも限界が存在する。

 放って置いたら何故か再生した大鎌で、執務机の上を叩いた。

 

「LV900オーバーの生き物が言葉すら話せないわけがあるか!!!」

 

 身体を丸めて怯えるKillingFieldの頬を抓る。

 くそったれが。何が気に食わないというんだ。

 

「本気出してくださいよ。あれですよ。俺の命を狙った時みたいにすればいいじゃないですか」

 

 ぐにぐにほっぺたを弄ぶ俺。

 この野郎。このほっぺたが悪いのか? ほっぺたが悪いんだな!?

 眼に涙を浮かべたままで、何の抵抗もしようとしないKillingField。

 どう贔屓目に見てもはっきり分かる。

 

 

 心が折れてる。

 

 

 三日いじっただけでこんな風になるとは軟弱な奴だ。

 しかし……これはどうしよう。

 何とか治したい。でもここまでなると治すの難しいんだよな。

 このままの状態にしておくと、何かサディスティックな性癖に目覚めてしまいそうだし……

 

「あの、シーン様。そろそろやめた方がいいような……」

 

「へ? 何で?」

 

「ダールン公がいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室の扉を開けて入ってきたシルクの向こうに、呆れ果てた様な表情の親父、ダールン公が立っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八話【卑小な貴族と最強な俺】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダールン・ルートクレイシア。ルートクレイシア家代二十六代当主にして、かつて連合で最強の十騎士の一人に数えられたという豪傑。

 だが、俺にしてみれば、ただロリコンだという情報さえ頭の片隅にでも置いておけばいいので、そんな事はどうでもいい。

 知っておくべきことは、俺とその変態親父様は滅多に顔を合わせる事がないという点だけだ。

 

 俺には常に大量の仕事があり、親と顔を合わせてる暇がないというのが第一の理由。

 だいっ嫌いなロリコンなんて見たくもないので、俺の方から気を使ってなるべく顔を合わせないようにしているというのが第二の理由。

 しかし、俺とダールン、そしてソフィアが滅多に会うことがない最も大きな理由は、もう一人の子供である俺の妹が、遠く離れた高山の第二邸宅で静養しているという事だろう。ソフィアとダールンは、もう大分前からそっちの方で我が妹と静かに暮らしているのだ。

 仕事を全て押し付けてくるのは不快だが、正直俺の理想を達成するためには家族なんぞ邪魔なので喜んで一人+メイド暮らしを満喫していたのだが――。

 

 

 

 紅茶と菓子の乗ったお盆を持ってきたメイドを下がらせ、俺は久々に見る親父様のはげ頭に正直欝な気分だった。

 親父の来訪という悪夢のような現実をもたらしたシルクも既に部屋の外に追い出し、部屋の中にはたった三人、俺と親父とKillingFieldだけが残っている。

 親父の前に女を出しておくと危険な事になるだろうという俺の機転からだ。

 本来なら、身体的特徴からしてKillingFieldが最も被害に遭いかねないのだが、精神が不安定で一人で外に追い出すわけにもいかない。

 

 

「親父様。変態でロリコンな親父様に初めに警告しておく。この娘――KillingFieldに指一本でも触れたらお前を殺す」

 

「……相変わらずだな、シーン。昔は可愛かったのにどうしてこんな偉そうな態度を取るようになったんだか……」

 

「黙れ。それ以上口を開いたらKillingFieldへのセクハラとみなし実の親に対して非常に心苦しいことではあるが、磔の刑に処する事になる」

 

 額を汗が流れる。

 俺のような聖人にとって、親父のような社会の屑、性犯罪者の王みたいな存在は非常に理解に苦しむのだ。話しているだけで吐き気がする。

 元十騎士の一人とは言っても、俺なら親父が一ダースかかってきても十分で刺身にできる。恐ろしいのは、物理的な要素ではなく精神論。俺には一生理解できないだろう、変態の心の中は。

 

 俺の心中を察したのか、KillingFieldがおずおずと俺の服の裾を掴む。

 頼られている。頼られているからには、例え相手が最強の変態でも負けるわけにはいかない。

 

 視線が交差し、沈黙が辺りを支配する。

 ダールンは、いやらしい目つきで俺の方を見て口を開いた。

 

「何度言ったら分かるんだ。私は変態じゃない。大体実の親に変態って何だ、変態って!! 私が何かしたのか?」

 

「黙れ、犯罪者はみんなそう言うんだ。このロリコンめ」

 

 ちなみに、ここでいうロリコンとは"ただの子供好き"とは一線を画した存在の事を指す。簡単に言えば、幼女に発情するというこの上なく異常な人間。

 

 ……なんで死なないのだろうか?

 生きながら地獄に流されても当然の業を背負っているというのに。

 

 親父様が、必死の反撃を試みてくる。無駄な事だ。全世界の少女から期待されている俺がこんなゲスな野郎に負けるわけがない。

 

「違う。私がソフィアに惚れたんじゃない。ソフィアが私に惚れたんだ」

 

「死ねよ、屑」

 

「お、親に向かって、なんて口の利き方だ!!! そんな子供に育てた覚えはないぞッ!!!」

 

「親はなくとも子は立派に育つのだよ。特に、ダールン公という変態で最低な反面教師がいたおかげで俺はこんなにも素晴らしい人間になれた」

 

「うぅ……またパパと呼んでくれぇ――」

 

 涙ぐむマッチョ。

 ……うん、駄目な大人だ。

 それにパパなんて呼んだ覚えねぇし。

 

「んで、用はなんだ? 極力"俺"の屋敷には近づくなと言っておいたはずだけど……」

 

「いつからこの屋敷がお前のものになったんだか知らんがまあそれは置いといて、実はシーンに頼みたい事があってね――」

 

 親父のにこやかな微笑み。

 死に際の親父の顔。かつて甘言を弄して俺を魔王に奉り上げた時の親父の顔にそっくりなダールンの笑み。

 悟る。

 俺はつくづく親族に運がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりあれか。てめえは俺にお守りをやらせようってのか?」

 対面で茶を啜るダールン公。

 予想通りダールンの頼み事というのは俺にとって吐き気がするほど迷惑なものだった。

 何でこう俺の周りには碌な人間がいないんだろう。

「お守りじゃない。訓練だ」

 しれっと述べるダールン。落石にでも遭って逝けばいいのに。

 

 現在、人間領はおよそ六十ほどの小国に分けられ、それらは、その各国トップが集まり構成するなんとか連合とか呼ばれる組織によって総統括されている。

 元魔王領には魔族領としてまた別の連合ができているらしいがそれはおいといて、

 ダールンの持ってきた話というのは、近日その連合により開催されるアドヴェンチャーゲームに参加しないか、というものだった。

 

「こらこら、ゲームじゃない。訓練だ。最近奴らの動きが活発化してきたという事は、公務を任せているお前も知っている事だろ? 事実、他国でも決して小さくない被害が出ている。この先さらに激しい襲撃があるともわからない。その事を憂慮し、この度対悪魔用の訓練を行う事になった」

 

 説明口調ありがとう。ナレーション読むなよ。

 

 いつまでもダールンの禿頭を見ていると気分が悪くなってくるので、視線を落としKillingFieldを見つめる。

 こらこら怯えるな。何もしないから。

 

「んで、それがどうして俺に関係あるんだよ。国民から自薦を募ればいいだろ」

 

 臣民は俺のために死ね。

 

 代々ルートクレイシア家は、大陸の南部に位置する広大な盆地――ルートクレイシアの地の統治を任されていた。現在ではその長きに亘る統治の功績を認められ、自治権が与えられているれっきとした公国の一つだ。

 対悪魔用の訓練……連合の決定というのだから、参加は強制に近いのだろう。それでも、それはこの天才で多忙な俺がわざわざ参加する理由にはなりえない。人柱は腐るほどあるのだ。ちょっと金をばら撒けば砂糖にたかる蟻のように貧乏人共の中から参加希望者が殺到するだろう。

 

 大体俺に訓練なんぞいらん。

 

「他の国はトップの親類がじきじきに参加するそうだ。こっちだけどこぞの馬の骨とも知れぬ者を出すわけにもいくまい。それに、今回の対悪魔の訓練は、すべての民にその抗戦の意を知らしめるデモンストレーションとしての役割も持っている。ルートクレイシアだけ出さないわけにはいかん」

 

「武器を持てない人間でも盾くらいにはなる。無理やり人を送り込んで半端に訓練を受けさせて戦わせるよりよっぽど効果が高いわ」

 

「……相変わらずの思考回路のようだな」

 

 好きに言うがいい。

 変態の言葉が俺に届くことはない。

 大体そんなボランティアみたいな事俺がするわけないじゃん。

 

 猫じゃらしでKillingFieldかまいを開始する。

 何とか避けようと首を動かすKillingFieldの様子は、まるで小動物がじゃれているようでかわいらしい。

 というか、じゃれてるというよりは嫌がってるような感じがするけど面白いから問題なし。

 親父のせいですさんだ心が和んでいくのを感じる。

 

「はぁ……」

 

「……そういえば、さっきから気になってたんだが、そのシーンの側にいる子は誰なんだ?」

 

「……世界のバグだ。名前はKillingField――可愛いだろ?」

 

 名前は可愛くないけどな。殺戮領域って何だよ。

 

「…………」

 

 黙る親父。

 やはり変態だ。四十過ぎてる癖に何考えてんだか。

 

 言うに事欠いて、親父は神妙な表情で口を開く。

 

「シーン、犯罪はいかん」

 

「正義を形にしたような人柄の俺に向かって何言ってんだか、これだからボケ老人は――」

 

 正直引くわ。俺が犯罪を犯すわけがないじゃん。

 ちなみに、ステータスに書いてあった出現条件の『三日間の過剰な魔力供給』、もう一人出るのかとあの後もう一回試してみたけど今度は何も起こりませんでした。一点ものの隠しキャラらしい。俺が見つけたのは幸運だった。

 

 親父はしばらく黙っていたが、

 

「それで、シーンは結局参加してくれないのか?」

 

「出るわけねぇだろ。大体俺、訓練なんてするまでもなく最強だし。それに各国の首脳格の親族っつったら公爵以上の貴族だろ? お高く留まった連中のお守りなんて真っ平だ。てめえが直接行けばいいじゃねぇか。俺忙しいんだよねー、国のために身を粉にして働いてるし」

 

 KillingFieldを治さなくちゃならないし、パーフェクトメイド育成プロジェクトも差し迫っている。

 俺の完璧な統治のどこに文句があるのか、打倒ルートクレイシア掲げてるレジスタンスなんてのが現われたって情報も届いているからそっちの対応も必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 まったくもってドッペルゲンガーの手も借りたくなるほどの多忙。あー、もう一匹か二匹襲ってこないかな。首輪準備して待ってんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

「俺が直接行くわけにはいかん。もう四十の身だ。それに、これからの未来を担う子供達を鍛える事も名目の一つだから、参加は十三歳以上二十歳以下の者に限られておるのだ」

 

「ふん。となると、訓練というよりピクニックみたいなもんか。保身大好きな貴族様が自らの子供を危険な所にやるわけがねえしな。ますます行く意味ねーですよ、親父様」

 

 とんだ茶番だ。嫌がるKillingFieldの頭を撫でながら、ため息をついた。

 

 

 悪魔の棲む魔界というのは、具体的に言えば地下深くに存在するらしい。

 かつて太陽の光を嫌うタイプの魔族達が住んでいた地下迷宮。大陸各地に数多存在していた天然のラビリンスは、いつの間にか悪魔が出現するようになり、今ではすっかり悪魔達の巣窟と化していた。各洞窟の周りには連合の警備隊がしかれ、悪魔が地上に湧き出してこないよう常に厳戒態勢が取られている。

 力のある悪魔は空間を転移する事ができるので、襲撃を0にできるわけではないが、それでもその体制は悪魔の地上蹂躙に対する抑止力となっているのは事実だ。

 また、それらの悪魔が出現する迷宮のうち、連合により危険が少ないと判断されたものに限り一般開放も行われている。実際に中に入ることができるのだ。

 これは、いくら知識や技術を磨いても実践で上手く使えないと意味がないため。

 実際に悪魔と対峙した時にひるまないよう、場慣れさせることを目的とした制度だ。主に兵の育成の際の実地研修として使用される。入念に準備をして探索を行った結果に得られるものは実に多い。

 教師の引率などは存在しないため、迷宮の深奥部で命を奪われ地上に帰る事ができなくなる者も少なくはないが、それは自業自得だし、比較的力の弱い悪魔が多い迷宮でやられる程度の実力しかもっていなければ、いずれ悪魔の襲撃を受けて命を落とすだろう。

 

 今回連合とやらが企画したものも、わざわざ対悪魔用の訓練と銘打つのだからそれは実地訓練の事を指しているのだろうが――

 

「今回のはデモだからな。一般の軍事学校の演習で潜る迷宮より難易度を二ランクほど落とした迷宮へ行く予定だと聞いている。中にいる悪魔も、一般の成人男性が退治できる程度の最低ランクのものだろう。確かにお前には物足りないかもしれん。しかしそれでも――」

 

 紅茶を口に含み、舌を湿らせ、ダールン公は言った。

 

「得るものはあると思うぞ。例えばお前の大好きな女の子とか――」

 

「ッ!!」

 

 KillingFieldの黒髪を撫でていた手が、思わぬダールンの反撃に引きつった。

 

 考える。

 

 確かに、これはチャンスかもしれない。最近外を出歩く機会がなかったし、貴族の娘と知り合う機会なんてそうはない。

 いや、知り合おうと思えば可能だったが、他にやるべき事が沢山あったのですっかり失念していたな。

 

 しかし――この今の状況。あの魔王を継承した時の状況とどこか似ているような気がする。

 早計な答えは以前と同じように失敗を生みかねない。

 俺は天才だ。二度同じ失敗はしない。

 

「なんたって連合長のエンパス陛下自身が、ルミナーク皇子を参加させると言っておった。他の者達も、いくら眼に入れても痛くないほど可愛がっている子供とはいえ、出さないわけにもいかないだろう」

 

 貴族かー。平民は無理やり奴隷に堕として買えばすぐに手に入るけど、貴族は手に入れるのが面倒なんだよねー。ルートクレイシア配下の貴族なら力ずくでも何とかなるけど、他国となるとなかなか――

 うーむ、どうするべきか……

 

 こんなに迷ったのは何年ぶりだろうか。

 頭をフル回転させ、両者を天秤に乗せ計っている俺に親父は囁く。

 

「暗いところで二人っきり――「そういや最近、対悪魔用の訓練したくてしたくてしょうがなかったんだ」おお、行ってくれるか、シーン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、対悪魔訓練なんて危険な事に参加する女の子がそういるわけがないと気づいたのは、その日の夕食の最中でした。

 大人は汚いから嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

リアル修羅場(´▽ `)

がんばるがんばる

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