第七・五話:死神とこの世の虫の話
前話の続きです。
続きということで七・五話。八話でもよかったような気がしますが……
なかなか話数が増えない小説……
目覚める。
汝の腕は主の敵を討ち果たすために。
汝の魂は主の望みを叶えるために。
これは機転だ。
もうこれ以上爆発させるわけにはいかない。
一度爆発するたびに、人形の姿が微妙に変わっているのだ。
いくら天才な俺でも、全く同じフォルムの人形を作り続けることはできないし、
そして、偽者とは言え自分の作った人形が何度も崩れるのは耐えられない。
Q.魔力の過剰供給により発生する反発力が原因で、まるで空気を入れすぎた風船のように土人形が爆発する。今現在爆発寸前、詠唱を終了し、魔力供給が終わったらすぐさま爆発するだろう。その爆発を防ぐにはどうすればいいか?
A.呪文を唱え終わった後もずっと魔力を供給し続ければいい。とりあえず、供給している最中は爆発しない。
これは決してゲンジツトウヒではない。
第七・五話【死神とこの世の虫の話】
こぽこぽとポットが沸騰する音が響く。
俺は、寝転んだままの姿勢で、どんな環境でも使えると銘打たれた金属製のコップを差し出した。
ゆっくりと傾くポット。
湯気を立てて注がれるハーブティーの香りが、まるでどこかの都心部のセレブのような気持ちに俺を導く。
俺が作ったオリジナルの闇魔術"午後の紅茶店"
闇の異空間を経由し紅茶類を召喚するという高等魔術だ。
今日も俺は、高貴な身分である。
地下室に引きこもって大体二日と半日が過ぎた。
それ即ち、魔力を人形に注ぎ続けて二・五日の意。
おそらく、失敗を認めて普通にゴーレムを作っていれば二百体以上できていただろうが、俺ほどの男がそんな軟弱な選択をできるわけがなく、そしてこの世にあまねく神々もそれを許さないだろう。ここまでくれば持久戦である。
俺の偉大なる魔力を受けたゴーレムは、今日も動く気配がない。ただその清純な身を静謐に横たえている。
寝ても起きても魔力の供給。
量にすれば、山一つ消し飛ばすに十分な量だろう。それも、そこらへんのどこぞの馬の骨とも知れぬ魔術師の魔力ではなく、限りなく真なる闇に近い俺の魔力だ。何が不満で動こうとしないのか分からん。
魔力をかなりのペースで放出した俺についてはまだ当分は問題なさそうだった。全魔力の三分の一は残っている。
そもそも、一億年に一人の天才魔術師である俺の魔力の容量は海よりも深く山よりも高い。そして容量以上に、魔力の回復率が凄まじい。
寝ている最中の回復率にいたっては現在の供給率を遥かに上回るほど。
なくなりかけたら寝ればいいのだ。寝ながら魔力供給すれば、供給と回復量の差し引きプラスで身体には少しずつ魔力が増えていく。
つまり、この持久戦が俺の魔力の枯渇で終了する事はありえない。
負けないのだ。必ず勝てる。俺が天才であるが故に。
仕事の方も大丈夫。俺がやらなくても"もう一人の俺"がきちんとやってくれてるから。
軟禁した当初のドッペルゲンガーの抵抗には目に余るものがあったが、最近ではかなり従順になってきた。
死んだ魚のような目を見るに、俺の寛大な心を理解したのだろう。
ぶっちゃけ、もう首輪外しても逃げないんじゃね?
逃げたらもう一度ちょうきょ――心構えをさせる必要があるだろうが……それも面白いかもしれないし。
蝋燭一つないので時間の区別が付きにくいのが欠点だが、地下室の居心地はそんなに悪くなかった。
何かいい感じに瘴気が出ているし、過去何があったのか、妙な怨嗟を含んだ遠吠えが聞こえてくることもあるが、特に俺には問題ない。
眠くなったら寝て、腹が減ったら食って、暇になったらテトリスをやればよし。
生まれてこの方、今まで働き続けた俺への初めての休暇とも呼べるだろう。
何より、久しぶりに独りになれるのがいい。
寂しがりな俺の所有物達には悪いが、たまには山岳の秘境の如き静けさを味わいたくなる時もあるのだ。
しかし、主人公ゆえの悲しさか、そんな平和極まりない生活も、長くは続かなかった。
突然鳴り出した某三分しか戦えない宇宙人についているタイマーのような音。
耳障りな音に、午睡を楽しんでいた俺は不機嫌な気分で起き上がった。
「何だ何だ何だ? うっさいな……」
瞼を開けると、真っ赤な光が、広いとはいえない地下室を点滅しながら照らしているのが目に入る。
その中心には、俺が作った完全無欠なビューティフルな人形があった。
一瞬で確信する。この持久戦が俺の勝利で終わったのだと。
当然といえば当然だ。
突然鳴り響く糞うるさい音に、不快感を催させる赤色灯。中心には、俺が魔力を注ぎ続けていた究極のゴーレム。
それ以外に考えられん。
土でできた人形が黒く光る。
魔力の供給を止め、それを観察する俺。
そして、俺の眼の前で、ゆっくりとゴーレムが立った。
地面に腕もつけず、頭もつけず、足もつけないで。まるで、起き上がり小法師<おきあがりこぼし>のような、横たわった姿から直立の姿勢への変化。
今までただの"模様"だった髪の一本一本が別れ、ゴーレムを中心に突如発生した瘴気の渦に沿って自然に舞い上がる。
閉じていた瞼が開き、アメジスト色の瞳が俺の方を見た。
成功に歓喜するのも忘れ、一歩下がる。
瘴気により吹き上げられた塵が眼に入ったが、そんなのは気にもならない。
俺の視界を占めるのはたった一つのもの。
闇の魔力をたっぷり供給され、まるで悪魔の如きに佇む俺の創造物。
瘴気を従え、魔を下し、見るもの全てを凍えさせるかのような冷たき瞳。
ゴーレムの顔。
「俺の彫った造形と……違うだとッ!? そ……そんな……馬鹿なッ!!」
あまりのショックに、距離を測らず後退した結果、壁に背がぶつかる。
なんという悲劇だろう。
衝撃のあまり、涙もでない。
どういう理屈か、俺が丹精こめて作ったはずのゴーレムは、俺が作った造形とは全く別の形に変わっていた。
いや、達成目標自体はクリアしている。
十五歳くらいの少女の姿だし、顔立ちはこの上ないほど整っているし、胸もほどほどだし、背もちょうどいい。
だがしかし、確かにそれは俺の造ったゴーレムではなかった。
見誤るわけがない、俺は二十一回も人形を造ったのだ。
細かな造形が違う。
本物っぽく見せるため、あえて首元につけた傷も、右足の踵横に彫った俺のゴーレムである印も存在しない。
偽ゴーレムなんてものではない。これはまったく別のゴーレムだ。
予定では金髪だったはずの髪が真っ黒だし、瞳もエメラルドグリーンの予定だったはずが、薄紫。
なにより、それは黒っぽいローブを着ている。
赤色の灯りが消え、ピコーンピコーンとやたらうざかった音が静かに鳴り止む。
謎の少女の、唇が小さく動く。
常人には聞き取れないはずの囁く様な声は
確固として俺の耳を穿った。
「Error-56. "KillingField" OUT-BREAK」
衝撃。
突然眼前に迫った黒い刃を、俺は掛け値なしの本能のみでかわした。
ショックのあまり思考が止まったところを襲った完全な奇襲。
今まで数々の生死を掛けた戦場を乗り越えてきた経験がなければ、おそらくかわす事はできなかっただろう。
体勢が崩れる。
地面に倒れる時の独特の――俺が滅多に感じる事のない独特の浮遊感。
上下反転する視界。
頬の肉を微かに抉るは黒い大鎌。
まるで、闇色の三日月のような――死を齎す巨大な鎌。
何とか顔を動かす。
返った視界に映ったのは――
今まで見た事ないくらいやたら物騒な武器――死神のシンボルでもある巨大な鎌を持った少女。
少女は、まるで踊るかのように鎌を動かす。
それは魂を摘み取る、寒気のするほど可憐なダンス。
世界のバグerror-56<死神>
KillingField
LV935
出現条件:
"MakingGolem"において、術式終了後三日間に渡り過剰に魔力供給を続ける。
「隠しキャラ!?」
未だかつて見た事のないステータスに、思考が一瞬フリーズする。
その隙に、黒い刃が、まるで滑る様な――流れるような滑らかな動きで眼前に迫る。
まるで空間を直接切り突き進んでいるかのような気味の悪い音を伴いはっきりと迫る死に、警鐘を鳴らす本能。
それらを全て力ずくで無視し、
俺は覚悟を決め――
瞳を閉じた。
"MakingGolem"は失敗したけどいいや。もうこれで我慢する。何かレアっぽいし。時に我慢するのも大人としての当然の対応だしね。
これはあれだ、きっと神様からのプレゼントだ。
いやぁ、日ごろの行いがいいと神様は思ってもいないプレゼントをくれるもんだな
む、まてよ? もしやこのプレゼントをくれるために神様は敢えて俺の"MakingGolem"を失敗させたんじゃ――
心配することなかれ。
俺は負けることはない。なぜなら俺は最強だから。
「世界は是に此で唯唯一の終焉を迎える」
それは別に必要のない言葉。
何故か今回俺にいい所がなかったから、取り敢えず格好をつける。
それも主人公として必要な行動である。
主人公は何を置いても、格好良くなければならないのだ。
聴覚を刺激する、蝿の羽音のような怖気を震う怪音も極力気にせず、
そして鼻歌を歌うかのような気軽さで
俺は全ての世界を終わりに導く詩を謳った。
「"EndOfTheWorld"」
魔力の消費が低く、詠唱を必要とせず、なおかつ威力は桁外れ。
エモノに迷える子羊の味方
第一位闇魔術"EndOfTheWorld<終末>"
「お前の敗北の理由は唯一つ――」
首を絞め、壁に打ち付ける。この娘の身長は俺よりも二十センチ近く低い。
未だ辛うじて手に握った物々しい棒――鎌の刃を消滅させられたそれは、棒術を嗜むものならともかく、鎌が武器であったKillingFieldにとって有効な武器にはなりえない。
俺とこの死神じゃリーチが違い、技術が違い、そして経験が違った。
唯一この少女が勝っているのはLVだけ。いや、基本的なパラメーターもおそらくこの少女の方が圧勝しているが、このポジションではその力を五割と発揮できないだろう。
「お前は初撃から全力でかかり、俺を一撃で殺しきるべきだった」
俺の勝利を祝福しているように、太陽の光が地下室を照らす。
"EndOfTheWorld"が天井にあけた無数の穴を通って。
「しかし、お前はラッキーだ。相手がこの世界で最も優しい俺で……」
もし、ロリコンのダールンが相手だったらこの娘も格好の餌食になっていただろう。多分。
正直、ぞっとする。
悪夢そのものであるその想像に、身体が震えるのを止められない。
いや、本当によかった。相手が俺で。
死神でも息はするのか、口がパクパク動く。面白い。
取り敢えずアレだ。女の子だし、死んだら勿体無いから俺の命を狙った罰は死なない程度にしよう。
懸命に握る棒を無理やり奪い、手を放す。
石を組まれ造られた、冷たい床に崩れ落ちる美少女。
手首の太さくらいの元鎌の柄を握り、げほげほ咳き込むKillingFieldに突きつけ
俺は優しく、それでいてさわやかに笑った。
「"とりあえず"、これをつっこんでみようか?」
今まで何の色も浮かんでいなかった瞳が、表情が、一瞬で悲悦に染まったが、まぁ罰だから仕方ない。いずれ分かるだろう、菩薩の如き俺の優しさが。
いや、楽しんでないから。うん、俺もひっじょうに心苦しいんですがね。
ちなみに、彼女はLVが無駄に高いだけでなく、非常に高い知性も持っていた。
三日に亘る一連の罰が終わった後、その存在全てを俺に捧げる事を誓ったことからもその事は疑うべくもないだろう。
今週はかなり忙しいです。
ここを乗り切ればどんな時でも一日一話掲載できるはず(笑)
がむばります(´▽ `)