プロローグ:先代魔王と俺の話
初めまして、槻影というものです。拙作がこのサイトで初めての作品となります。
未熟者ですが、皆様に少しでも楽しんでいただければ幸いです。
毎日一話更新する予定です(;´Д`)できないかも。
警告:拙作には軽度の暴力・性的描写が入る可能性があります。したがってR15とさせていただきました。R15描写の入る話の前には警告させていただきます。
突然だが、俺は魔王と呼ばれる存在である。
魔王
魔の王。
神に仇なす口先だけの小悪魔【グレムリン】
牛の頭に人間の身体をくっつけたようなふざけた化け物【ミノタウロス】
腐乱臭や脳みそを撒き散らしながら闊歩する迷惑極まりない生きた死体【ゾンビ】
土くれから最新の魔術で生み出された不細工な人形【ゴーレム】
etc...
この世界でモンスターとか呼ばれる存在を統べる魔物の王様。
つまりは偉い。とてつもなーく偉い。しかしその魔物のトップだという優越感を塗りつぶしてしまうくらいストレスが溜まる。
上の魔王軍を構成する一部の魔物達の説明を見ても、俺がいかに自軍の魔物達を嫌っているかわかるだろう。
理由の第一は見た目が醜悪な事。
二に衛生概念が欠如していること。
三にほとんどが言葉を解する程度の知性すら持っていない事。
不細工で不潔で馬鹿ばかり。俺が奴らを嫌う理由もわかるってもんだろう。
プロローグ【先代魔王と俺の話】
思えば、俺は昔から魔王になどなりたくなかった。
どちらかというと辺境の森かどこかの屋敷に引きこもってだらだらと余生を過ごしたかった。
そのささやかな理想を、先代魔王だった親父の一言が木っ端微塵にぶっこわしやがった。
今でも思い出す、先代魔王の病没の際を。
側近を退け、遺言でも言うかのように俺を枕元に呼んだときの事を。
明らかな死相をお世辞にもハンサムとは言い辛い顔に貼り付け、キングサイズのベッドに臥せっていた親父。
俺はそれを見ても何の感慨も抱かなかった。
だって九百年も生きたんだぜ? 当時まだ十六歳だった親父の第百二十三子の俺からすれば、約五十六倍の年月を生きた妖怪じじいだ。一体何が楽しくてこんなに生きたんだと問いたいくらいだった。九百年という年月をただ無為に過ごすのは死よりも辛い。
親父の唇が苦しそうに開く。
ぶっちゃけ言って遺言とかそういう重いのは聞きたくなかったが、どうせこれが生きた親父に会う最期だろうと直感的にわかっていたから、乳母心を出してしゃーない見取ってやるかとか思った。
それが間違いだった。
親父の青白い手が何かを探すように宙を動く。もちろん触ってやる義理はない。親父の顔を覗き込むと、親父が微かに笑みを浮かべ言った。
「我が息子……そこに居るのは第百二十三子のシードラゴンか?」
「ああ、確かに俺は親父様の第百二十三子だ。だが名前が間違っている。俺の名は死弩だ」
ちなみに名づけたのは親父様である。草花を愛で美術芸術の類を尊ぶ俺の名には甚だ不適切だが、こればかりはしょうがない。
子供の名前を間違った死に掛けの親父は、俺が悪いわけでもないのになぜか悲しげな表情で俺を見つめ、続ける。
「我はもう終わりじゃ」
「知ってる。俺の見立てでは後三日生き延びられれば超ラッキーだろう」
「我の身体の事は我が一番よくわかる。信じたくないだろうが、我の御魂は後三日持たずして黄泉の国に送られるだろう」
「俺が言ったとおりじゃねえか。つかてめえ自分の魂に御とかつけんなよ。もう十分生きただろ? 死ぬならとっとと往ってくれ」
「悲しむ事はない。おお、我のために泣いてくれるか、愛しいシードラゴン。こんなにもよい子に恵まれ、我の九百年の人生も最後の最後で悪くなかった……」
「悲しんでねえよ泣いてねえよ後シードラゴンじゃねえっつってんだろ糞親父。直前に言った台詞をことごとく無視してんじゃねえよ」
親父の部屋では、いまだかつて見た事のないほどの親父オンステージが展開された。
もともと魔王だし、かなり自己中心的な存在だったが、まるで最期の命を燃やし尽くすかのように今際の際の暴走は止まらなかった。
三十分くらいは我慢して聞いてやっていたが、ついに俺の堪忍袋の尾は切れた。
「――思い出すぞ。五百年前に母さんとみんなで行ったピクニックの事を……」
「俺の年は十六だ、覚えてねえっつーか種にもなってないわ!! というかいい加減に本題に入りやがれ!!」
「我の後をついで魔王になってくれ」
直球だった。
頭の回転が超絶速いこの俺が一瞬フリーズするほどの前振りもない重大発言。
「断る」
だが、フリーズが解けたと同時に即答した俺もかなりのものといえるだろう。
「何故……だ?」
「てめえ頭に蛆でも沸いてんじゃねえのか? 第一子から第百二十八子まで全員健在だろうが。何で中途半端な百二十三子の俺に魔王継がせようとか思ってんだよ。一番上か一番下かにしろ。俺は魔王なんて真っ平だ」
「だって……お前が一番強いじゃん。強い者が王を継ぐ。それ即ち自然の摂理なり!!」
確かに俺は百二十八人の魔王の子供の中でもかなり上の方に入る力を持っていた。年を経る事に魔力を増すという魔王の一族【グラングニエル】の中でも、たった齢十六歳の俺が上位に入るのは異例の事だといえるだろう。
このまま年月が過ぎれば、より力を増しトップに輝くのは予想可能の範疇にある。当然だ。俺は天才だから。
だがあいにくと俺はそんな面倒くさい事をやるつもりはない。
「たとえそうだったとしても魔王なんてやらねえ。家族の一人が魔王やってるだけで一生安泰なのに面倒くさい事するわけねえだろ。死んでも嫌だよ、俺は」
パラサイト上等。俺に野望はない。親父含め先代が目指した世界なんてものにも興味はない。世界とってどうすんだっつーの。
俺には温泉のある屋敷と、屋敷の管理をしてくれる優秀な"人間の"メイドと"人間の"執事"が数人がいるだけで十分幸せなのだ。
小さな理想。
魔王の息子を自覚してから初めて得た、
それがほんの小さな夢だった。
しかしそれは、親父が長い年月無駄に過ごした事により蓄積した知能によって簡単に崩れ去る事になる。
老獪としたその卑怯な交渉術に、いくら天才とは言え心の底は秘境の清流の如く純粋な俺には頷く以外の選択肢はなかったのだ。
苦しげな表情にずるがしこい好々爺の如き笑みを浮かべ、親父がささやく。
「魔王はもてるぞ。うっはうはだ。我が百二十八人もの子をもうけた事がその証拠――「その話、もっとよく聞かせてもらおうか?」うむ」
その翌日、親父は遺言状を残して死んだ。
そして俺は、兄姉の反対を押し切って僅か十六歳で魔王を継ぐ事になった。
僅かな理想よりも遥かに巨大な桃源郷を目指して――
桃源郷への切符を得た純粋な精神を持つ俺は、真っ先に魔王を継ぐ前に俺の着任に反対した糞兄貴共に闇討ちをかけた。
昨日の敵は今日も敵なのだ。さすがに殺すのは悪いかなーと思ったので、ありったけの封印をかけて縄でふんじばって手紙添えて人間の国へ送った。
反対した家来は皆殺しにした。血を分けた兄弟ならともかく、従わない部下など必要ない。
死なないとかいうふざけた特性を持った者達もいたが、地獄へのゲートを開いて放り込んだ。百年に一回くらい花を添えてやってもいいかもしれない。俺は温情深いからな。
そんなわけで華麗な手口、名君の器を持って着々と新任後の仕事を進めていたわけだが、親父に騙された事に気づくのにそう時間はいらなかった。
よく考えてみたら騙されるも何もない。
何がかって?
魔族には碌な女がいなかったのだ。
魔王は魔族の王だ。そして魔族=モンスター。
俺の肉体は、強度はともかく見た目は人間のものと酷似していた。当然奇妙な形の生き物を愛でる趣味はない。
冒頭にも上げたゴーレムにゾンビ、ミノタウロスにグレムリン。すべて化け物である。見ただけで吐き気がする。
蛇のラミアに魚のセイレーン、同じく蛇のエキドナに蜘蛛のアルケニーに鳥のハーピー、蛇の群れなスキュラ。何がかって? 下半身がだよ!! 上が人間の女なのに下半身が化け物なの!! 下……最重要じゃねえか。上がまともなのにもったいねえ。
ペガサスにドラゴン、フェニックスやグリフォンといった、高貴な俺にふさわしいどこか気品溢れる生き物もいたが、それでもそれは本来の目的足り得ない。
どうやら親父殿はゲテモノ好きだったらしい。よく考えてみればわかることだった。兄弟も皆、人間の形をしているものよりも魔物の方を好んでいたし、どうやら人型の良さを知っているのは自分だけだったようだ。
そして、今更ながら俺は自分が母親の名も姿も知らないことに気づいた。
いやはや参ったね……疑問にも思わなかったよ。俺は一体何の腹から生まれたんだい?
…………ふっざけんなあああああああああああああああああああああああああ
俺の夢……オアシスを返せ!!! 桃源郷を返せええええ!!!
マジ泣きする俺に、家臣の一人であるケンタウロスのクレースなんたららとかいう奴が「魔王様、どうか乱心なされるな。いずれ私が魔族の中から寄りぬきの美人を連れてまいりましょう。だからそれまでどうか落ち着いて――」
信じなかった。期待もしなかった。そして結果的には期待をしなかったという期待通り――つまりは予想通りの結末となった。だってあれじゃん。ケンタウロスって下半身馬だよ? ケンタウロスにとってのいい女の基準ってなんなんだよ。
もう魔王の座なんて放り出したい気分だったが、責任感の強い俺にはそういう無責任な行動をする事はできない。放って置くと生意気な人間共が俺の国に攻め込んでくるのだ。一応この国もいまは俺のものだし、盗人に取られるのも癪に障る。
人間の女を捕虜にするという案は俺にはなかった。魔王領の瘴気は並の人間にとっての猛毒である。一生を魔王としてすごさなくてはならなくなった俺にはもはやその選択肢を選ぶことは不可能。
ヤマアラシのジレンマ。本当に手に入れたいものが手に入らない。
魔軍の長たる俺の胸中は如何な高僧でも理解できなかっただろう。
もはや俺に生きる目的はない。
いや、たった一つの希望はあるか。とっとと死んで人間に転生する事だ。
かと言って自殺は不可能。
というのも、ある書によると自殺したものは転生できないらしいから。それじゃ死ぬ意味ないし。多分嘘だとは思うが、ありとあらゆる可能性は考えるべきだ。
とりあえずは人類の救世主"勇者"と呼ばれる存在がキーワードだろう。ちょっと聞いた話、かなり強いらしい。魔王と戦う事を宿命付けられている奴なら俺を殺すことも可能だろう。
こっちから向かって行ってやろうかとも思ったが、今すぐ行ってもし弱かったら無駄足だ。
聞いた話では勇者はもう俺を狙って出発しているというし、わざわざ行くこともなかろう。
魔の国の中心にある魔王城に来るって言ってんだから、今弱くてもここに来るまでにはちょっとは強くなってるかもしれない。
そんな考えで、俺は玉座の上で勇者を待つことにした。
もちろん働き者の俺は玉座の上に座っている間も働く事は忘れない。
数多存在する魔物の各部族の長を呼んで命令する。
「おい、てめえら汚すぎなんだよ。ちったあ掃除しろ。毎日一回は風呂入って身体洗え。俺の目の前にそのふざけた面さらすんじゃねえ。逆らったら死刑」
綺麗好きな俺のすばらしい衛生概念は、各部族の長達にかつてない感銘を及ぼし、その勅命は瞬く間に全世界に広がった。
ゆりかごから墓場まで、そして人間の国に住んでいる魔物から魔の国に集落を作る魔物まで。
逆らった奴は殺した。忘れた奴も殺した。理解できるほど知性がなかった奴も殺した。多分十万近く始末したと思う。いくつか部族が消え去った。
俺のおかげで汚い魔物達は、まだ汚いながらも幾分かマシになった。
ついでに魔王城に来る時に服装を、きちんとアイロンをかけたスーツに限定した。スーツ着たオーク族なんて爆笑ものだった。スーツの裾から見える毛深い身体とか。
俺の名君ぶりに泣いて喜ぶ各部族の長。
この法律の副作用として、清潔にしたことにより疫病が減り魔物の数が急上昇したが、まあそれはやむを得ないことだろう。いくら増えても、魔王城周辺には近寄らせないから俺には関係ない。広々とした城を醜悪な魔物共でいっぱいにしてたまるかよ。
その後、しばらく待ったが勇者はなかなかやってこない。
しかたないので、また部族の長達を集めた。
城に集まったスーツを着た各魔物達。尊敬している魔王様の顔を見れて感激したのか、もう泣いている奴らもいた。
カスタードプリンなる人間界のお菓子をスプーンでつつきながら命令する。
「お前ら弱すぎ。魔物同士互いに戦争しろ。本気で殺し合い武勲を立てろ。各々の部族のうち、一番首を取れなかった奴の部族を皆殺しにするからがんばれよ」
二足歩行の奇妙なトカゲ兵士が、俺のあまりの命令のすばらしさに乱心して突然青龍刀で襲い掛かってきたので、スプーンで受け止めた。部族の長という事でなかなか力が強い。もちろん超天才な俺にはかなわないが……
魔力をこめたスプーンが青龍刀を受け止める甲高い音が響き渡る。皿のプリンがぷるんと揺れた。
玉座が静寂に包まれる。全員感激のあまり乱心しそうになったのを、一人が乱心したおかげで思いとどまったって感じだ。
トカゲ兵を死なない程度に蹴り飛ばす。扉にぶつかって気絶したが大丈夫だろ。
俺は寛大なのだ。此度の乱心は俺の天才っぷりが巻き起こしたやむをえない出来事だったといえる。感激のあまり乱心した部下に制裁など与えはしない。
長達はみな俺のあまりの慈愛に顔を真っ青にしていた。
さすが魔物、慈愛を受けるのは怖いのか。だがなぁ……俺は優しいから残酷な事はできないのだよ。
「さぁ、解散だ。とっとと戦争を始めろ。期限は一月だから」
結果的には、一ヵ月後には五百万を超える魔物が亡骸となっていた。
ちなみにこのうち四百万強は俺が殺したものだったりする。
何を勘違いしたのか徒党を組んで魔王城に攻め込んできた魔物達だ。慈愛を持って、痛みを感じさせるまもなく地獄に送ってやった。
最下位だったものは皆殺しにするはずだったが、偶然にもすべての部族が1の違いもなく同数の首を取ったという結果が出たので先送りにする事になった。面倒くさかったし。
それを告げた時に各部族の長達の顔は忘れられない。一生に一度見るか見ないかの凄まじく低い確率の偶然。そりゃ驚いて感涙もするわ。しかし魔物達って涙腺緩いんだな……
その後、これで少しは数が減っただろうと思っていたのだが、千里先を見通す術で国内を視察したところそれほど減っているようには見えなかった。魔物の数の多さに嫌になった。
この命令により、副作用として魔物達の能力がワンランク上がったようだったが、俺には関係ない事だった。どちらにしろ弱すぎる。話にならん。
三ヶ月が過ぎた。勇者はまだやってこない。視察に出したハーピーの情報によると、何故かいきなり魔物の力が上がってそのあまりに鬼気迫る気迫に手こずっているらしい。
俺は至極がっかりした。まだまだ魔王城にたどり着きそうになかったから。
しかたないので少しでも早く侵攻を進めさせるため、ささやかな贈り物をする事にした。
一番見栄えのいい純白の翼を持った美人のハーピー(下が鳥でなかったらなぁ……)にメイドオブオレな剣を持って行かせる。
まだ魔王になっていなかった頃暇つぶしに鍛えた邪剣『ドレミファソラ』
この高尚なギャグわかるか? つまりはあれだ、俺の名前がシドだから……む、わからなかったか。まあいい。愚鈍な生き物に理解してもらおうなんて思ってないし。
ほどなくして、勇者の侵攻速度が三十パーセント上昇したとの報告を受ける。さすが俺だ。千手先を読む天才、ばんざーい。
それと同時期に側近のケンタウロスのクレースが何故か胃潰瘍で運ばれた。
一度お見舞いに行き「後の事は俺に任せてゆっくり身体を休めて病気を治せ」と言っておいた。泣いて喜んでいた。おかしい奴だ。
「みんな……どうか生き延びて――すぐに治して復帰するので今しばらく我慢を……っくぅ……っつぅ」
さらに二ヶ月が過ぎた。勇者は着々と進軍しつつある。後一週間ほどで魔王城に着くだろう。
もちろんこの二ヶ月の間何もしなかったわけではない。
勇者の通るであろう道を進みやすいように舗装させたり、勇者が途中で息抜きできるようにするために比較的人間に近い形をした種族の魔物に町を作らせたりした。
また、周りが馬鹿ばっかりでいらいらしたため、魔物の学校の設計も急がせる。教育を義務付けるのだ。俺の部下に馬鹿はいらん。
教師は俺に逆らわなかった兄弟姉妹達に任せた。俺ほどではないが、それでも魔物に比べて知性の高さは群を抜いている。安心して任せられる水準といえるだろう。
学校が出来上がるのに二ヶ月以上かかるという事だったが、それまで待つことなどできない。各部族の集落に兄弟姉妹を送りつけ、学校ができるまで教育させるよう命じた。
勇者到着まで後六日。
肩慣らしに、千年以上前から魔物の部族のうちに一つ、レプラコーンというチビ妖精達を食らい続けているという黒龍を退治しに行った。
時期的にも強さ的にもちょうどよかった。久しぶりに身体を動かさないとなまってしまう。
レプラコーンから噂話を聞いてすぐに出発、一時間ほど遊んで帰還した。
なかなか強かったが、それでも俺ほどではない。三日前に開発した魔法"次元破壊光線"の威力を見れたので目的は達せたし、苦痛に狂い悶える巨大な龍の様子はつぼにはまった。
何故かレプラコーンの長が笑いながら泣いていたが、そんなのは関係ない事だ。気持ち悪い奴らめ。
勇者到着まで後五日。
魔界とかいう胡散臭い場所が存在するらしい。突然自称悪魔が魔王城に現れ、偉そうな口でそんな事をのたまったのでぶっ殺した。
驚いたことに、総合的な力は昨日の黒龍以上だった。聞いたこともない場所に引きこもっていたというから雑魚だと思っていたのだが、部下にいるグレムリンとは雲泥の差だった。ちょっと俺に迫る程度の力があっただろう。
何故か次元破壊光線も通じなくて、かなり気が滅入った。
仕方ないので六重詠唱による"退魔"の魔法により、肉体から魂まで復元不可能なまでに塵にしてやった。もはや転生も適うまい。俺に逆らった罰だ。ざまぁみやがれ。
その場に偶然居合わせたグレムリンに「お前もあれくらい強くなってみせろよ、情けねえ」と言っといたが、多分無理だろう。だって魂からして違うし。
何故かその時を境に悪魔系統の部下達が妙に俺に付きまとい始めたが、そんなのは関係ない事だ。悪魔の名前? ベリアルとか言っていたような……
勇者到着まで後四日。
なんという事だろう。玉座に座って部下のハーピーのリサとテトリスやってたら急に空間が歪んで、純白の翼を持った人型の生き物が現れた。
昨日の悪魔が自称魔界から来たと思ったら、今回の奴は天界から来たらしい。どうやら俺の知らない世界がまだまだあるようだ。知りたくもないので万事オーケーなのだが。
輝かんばかりの金髪に、純白の法衣。その生き物は、自称だがメタトロンとか言う名前の天使らしい。
その天使の名誉のために、見た目十八歳くらいの美少女だったという事を明記しておかねばならないだろう。
確かに綺麗と言っちゃあ綺麗だったが、今までテトリスをやっていたリサの銀髪の方が好みだったので手は出さなかった。
けっこう強そうだったし、それにもうすぐ勇者が来るのにそんな事やっている場合じゃないだろうという気もする。後スタイルがよかったのも原因かもしれない。俺的には胸が大きすぎるのはマイナス。
昨日現れた悪魔について何か聞きに来たみたいだ。いくつかの質問に適当に答えた後、一緒にテトリスやった。
天使は俺に四十連敗を記しているリサと同じくらい弱かった。
何故かその時を境に気難しい気質だったケンタウロスやペガサス、フェニックスなどが俺になつき始めたがそんなのは関係ない事だ。馬や鳥の気持ちなんてわかるはずがない。
勇者到着まで後三日。
勇者到着の瞬間のためにリハーサルをした。
新調した漆黒のマントに、ブラッディーレッド<血の涙>と呼ばれるこぶし大のルビーを柄頭にあしらえた魔王っぽい杖を持つ。
姿見に映る俺は、自分で言うのもなんなんだがほれぼれするくらいいい男だった。黄金比を形にしたかのような、整った顔立ちに闇よりも尚深き黒紫の瞳。品のよさと邪悪さを程よく兼ね備えた微笑の中に潜む僅かな優しさ。うん、さすが俺。
俺には男色の趣味はない。あったとしても自分に惚れるような事はないだろう。だが、もし仮に俺が女でこんないい男が歩いていたとしたら一発で惚れるな。とてもじゃないがあの糞親父の息子だとは思えない。
そういえば鏡を見るのなんて久しぶりだな。魔王も鏡に映る事を発見した。
「くっくっく、よくぞここまで辿りついたな、天空の民、人類の救世主たる光の勇者よ。だが人たるその身で魔の王たる我に楯突こうなど愚の骨頂。だがしかし……そうだな。今ここで地べたに頭蓋を貼り付け懇願するならその僅かな勇気に免じて我が支配するであろう世界の半分をくれてやってもよい――」
勇者役はついこの間襲い掛かってきたトカゲ兵君。種族名はリザードウォーリアらしい。
……実力はグレムリン以上ベリアル以下だったとだけ言っておこう。まぁ畜生にしてはそこそこいいんじゃね?
勇者到着まで後二日。
王都から民を全員追い出す。勇者との戦闘に邪魔になるからだ。
最も、知性の低い魔物達、王都と言っても申し訳のない程度の藁葺屋根の家が数百と立ち並んでいるだけ。
唯一魔王城のみ、大理石をふんだんに使った豪奢な装飾で、ででーんと聳え立っており、そのギャップが哀愁を誘う。噂では、この魔王城を造ったのは魔物ではないらしい。数千年前に邪神を奉っていた神殿だったそうな。もし本当だったら今魔王の城になっているのは皮肉というよりないだろう。
魔物の中にはどうしても出て行きたくないとダダを捏ねるやつもいたが、強制的に国外退去の刑に処した。胃潰瘍が治ってからは以前に増して口うるさくなったケンタウロスのクレースなど、「私は魔王と共に戦う!!」とか言って柱にしがみついて離れなかったので柱ごと数百キロ先に転移させた。馬に何ができる、馬に。荷物でも運んでろ。
まるで今生の別れであるかのように涙を浮かべ咽び泣く魔物も居た。レプラコーンとか最たる例だ。お前はアホか。黙って金でも掘ってればいいのだ。
空っぽになった魔王城で、お湯入れて三分で食べれるカップ麺を啜りながら遺言書を書いた。
とりあえず魔王が誰になるかはどうでもいい。というか、もう魔王なんていらないんじゃね? そろそろ王が全てを統率する時代は終わるべきだと思う。とりあえず次は魔王を決めず、魔物達の各部族の長全員で協力して統治するよう書いておくか。天才な俺なら一人で処理できる事務でも、馬鹿なあいつらじゃ全員でかからないとできないだろう。
後の問題は各領地をどの部族に統治させるかだ。特に今まで魔物達は領地関係なくあちこちに生息していたのだが、俺的にはそれもアウトだと思う。今の時代、住み分けはきちんと行うべきだ。あいつらは馬鹿だからそれがわかっちゃいない。脳みそ腐ってる奴もいたし。
レッツ文明開化。馬鹿で愚図で間抜けな部下を持っていると、主人が苦労するもんだ。この程度天才の俺なら全く問題にならないレベルではあるが。
書き終わった後、魔術で封をして内ポケットにしまった。
俺は後二日で死ぬ。
勇者到着までついに後一日。
ぶっちゃけ言ってやることはなかった。もうやるべき事は全て済んでいる。
魔王になって唯一抱いた願いはすぐそこまで迫っていた。
人類と魔王の希望『勇者』
一体いかな人物なのか。
しかし皮肉なもんだ。人類に敵対している魔軍の長が勇者を待ち望むとは。
まあいい、結局魔王になってもほしいものは何も手に入らなかった。だが今は魔王になったことに後悔していない。これはこれで楽しいもんだ。なんたって王だしな。偉大な俺にふさわしいと言えるだろう。
未練は……もうない。あったとしても来世で叶える。もうこの人生は終わったも同然だ。
魔王の息子として生を受けたこの一生。これは奇異な人生だと言えるだろうか?
第六代魔王継承者『死弩・グラングニエル』明日勇者と決闘す。
そういや俺が人間の国に封印して送った兄弟達は今頃どうなってんだろうか。少しだけ気になった。
夜中十一時、月を見て想う。
そういや明日は満月だ。月に起源を持つ魔族、グラングニエル族たる俺の力が最も高まる時である。
それに最近気づいた事だが、俺の力は日々強力になっているようだ。多分成長期なのだろう。
果たしてこの俺を勇者とは言え人間如きが本当に倒せるのだろうか?
戯れに玉座の間で、全力で魔力を開放してみた。
闇魔術の奥義、天才の俺が持つ数多ある魔術の内の一つ、六重詠唱"虚影骸世<きょえいがいせい>"
魔王城が音もなく消滅した。
"吹き飛ぶ"じゃなくて"消滅"
俺を中心に肥大した闇のオーラは、周囲全てを飲み込みその跡には塵一つ残らない。
魔王城の跡地には深い奈落が残っているのみ。
どうやら勇者との決戦は外でやることになりそうだ。
しかし……全力で魔力を開放したはずなのに、まだまだ余裕がある。
……本当に勇者は俺に勝てるのだろうか?
闇を見通す魔眼を持ってしても払うことのできない闇、自らが空けた巨大な虚無は、俺の不安を無駄に助長するのだった。
そして――
当日。
勇者がやってきたのは、太陽がちょうど真上まで昇ってきた頃だった。
五人ほどの勇者パーティ。
魔法使い風のローブを纏った気の強そうな少女に、鋼色の大剣を構える騎士のおっさん。十字架を象った昆みたいな武器を持った僧侶風の青年に、頭から二本の金色の角を生やした悪魔っぽい気配のする黒髪の女の子。そして、人間だとは思えぬほどの光のオーラを纏った凛々しい顔つきの少年。その手には邪剣"ドレミファソラ"の青白い刀身が日光に反射してきらきら光っていた。
バラエティに富みすぎじゃね? というかこんなメンバーどっから集めてきたんだよ。特に悪魔少女!!
消え去った奈落、魔王城のあった位置に存在する大穴を見て唖然としている勇者一行。それでも、隙は見当たらない。初めて隙のない動作というのを見たような気がする。
「よくぞここまで至った天空の民、人類の救世主たる光の勇者よ――」
リハーサルをしたおかげか、言葉は思ったよりもすらすら出た。幾月の間この時を待ったか……
「貴様が魔王かッ!!」
勇者の殺気が頬をなでる。
「さよう、我が名は魔王"死弩・グラングニエル"也。愚かなる人間共よ。脆弱なる人の身で魔の王たる我に逆らった愚をその身をもって知るがよい」
無声六重詠唱、神聖魔術"光の衣(black.ver)"
神は残酷だ。闇と光どれを尊ぶものであろうと、その力を与える者に差別をしない。
ひんやりとした感触が全身を包み込む。ありとあらゆるダメージを軽減する"光の衣"の術。
勇者共は気がつきはしないだろう。これが神聖魔術の光の衣を黒に染めただけのものだという事を。俺ほどの天才になると魔術の色なんて自由自在なのだ。
「魔王よ、今こそ天の裁きを受ける時ッ!! 勇者の名にかけて貴様を討つッ!!」
長きに当たって魔王の城があったためこの辺りに満ち満ちていた濃い魔の瘴気が、勇者の闘気に触れただけでざわめく。たいした奴だ。部下に見習わせたい位さ。
ところで少し思ったんだが、天の裁きって言うけど、俺が一体何の罪を犯したというのだろうか? 別に世界征服しようとしているわけじゃないし、もしかしたら討伐される謂れはないんじゃね? まぁこっちにしてみれば僥倖だけどさ……それにしても人間共って適当だ。
「行くぞ、魔王ッ!!」
ドレミファソラの刀身が光の気を帯び、一筋の光と化す。騎士が勇者の隣に並び、後の三人が後衛で魔術の詠唱を始める。
これから伝説になる勇者のパーティ。久しぶりの武者震いに、どうしようもなく甘い快感が身体中を満たした。
「くっくっく、来るがよい人の子よ。その力を我に示すがよいッ!!!」
そして魔王たる俺の最期の戦いが始まった。
結果から述べよう。勇者達は強かった。
ところで、この世界には、スキルレイと呼ばれるあらゆる魔術に属さぬ術が存在する。
効果は、かけた対象の強さを数値にして表すこと。
情報を制するものは戦いを制す。使用するのに魔力をほとんど必要とせず、一般人でも簡単に覚えられるその術は、常にその身を戦場に置く戦士達にとってはかなり重要な術だ。
初撃を杖で受け止めた俺は、その感触に違和感を感じ、バックステップで勇者達と距離をとった。
同時にスキルレイの術を唱える。
スキルレイをジャミングする術もあるのだが、さすがに魔王との対戦でそんな事をする余裕はなかったらしくほどなくして勇者一行のステータスが脳裏に映し出された。
勇者<光を導く者>
ロイ・クラウド
LV723
魔法使い<スペルマスター>
ミント・カリス
LV692
僧侶<神の威光>
アーノルド・ソル
LV715
剣士<ソードマスター>
ゾーン・クルシメア・ミト
LV738
ハーフデビル<闇に尽くす者>
亜玖唖
LV687
後衛の支援魔術の効力を得た勇者と騎士の剣が、呻りをあげて風を斬り、
悪魔っこの暗黒魔術により発生した瘴気の塊が同時に俺に迫る。
その激しい攻撃を前に、俺は動くことができなかった。
脳裏に移ったステータスに固まったまま自分にスキルレイをかけることしか――
魔王<終焉の世界の暴君>
死弩・グラングニエル
LV4523
…………
LV4523……
神は死んだ。
「ジーザスッ!!!!!!」
爆裂する視界。光に包まれるその向こうで、俺が格好をつけるために戯れに掛けた光の衣のバリアと、勇者と騎士の剣技+瘴気の塊が拮抗していた。
悪かったのは俺か? 俺なのか? 俺が天才過ぎたのが悪いのか?
あれか? 調子に乗ってベリアルとかいう悪魔を殺したのが悪いのか? それとも黒龍が原因か? あるいはあれか――魔物を殺しすぎたのが悪かったのか。
待ちに待った唯一の希望、勇者一行のパーティは、全員のレベルを合わせても俺以下だった。
もう一度言わせて貰おう。
勇者達は強かった。
思った以上のレベルだった。遥か古来悠久の昔に存在していた英雄達と比べても遜色のない力を持っていた。
だが駄目だ。俺と比べたら弱すぎる。自分のLVがここまで上がっていた事に気づかなかった俺のミスだ。
前に自分のLVを計ったの? 確か三年前に四百二十レベルだったような……
そんな事はどうでもいい。
勇者達の放った会心の攻撃は、俺の光の衣を一瞬押しかけたがすぐに勢いを失い、俺の身体に傷一つつけることなく弾かれた。
絶望を齎す(もたらす)神の加護。ちなみにこの場合絶望を齎されたのは俺である。勇者じゃなくて俺!!
衝撃の余波で粉塵が巻き起こり、勇者の姿は見えない。
だが分かる、勇者たち一行は今のコンビネーションアタックで全力を振り絞ってしまったことが。
理解する、これから、うじうじ戦いを続けても今以上のダメージを受けることは見出せない事を。
選択肢はなかった。
「愚オアああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
神は死んだのだ。
胸に激痛。全身に駆け巡る死の気配。
いくら魔王たる資格を持つグラングニエル族だろうが、心臓を貫かれては生きていくことはできない。
勇者の一撃は、俺を袈裟懸けに分断していた。当然その線上には俺の力強い心臓も存在する。
ん? ああ、魔王っぽい杖の先端に付いた血は気のせいだ。俺は勇者に一太刀も浴びせることはできなかった。
いや、決して杖に気を纏わせ自らの身体を切り裂いたりなんてしていないから。
これは自殺ではない、他殺である。真実はいつも一つ!!
ああ? 自殺じゃねえっつってんだろ! ガイシャが言ってんだから真実だろうがよ。それとも何か? 証拠でもあんのかよ?
朦朧とした思考があることに気づく。証拠があった。
力を振り絞り、杖の先端をべったりぬらした血液を、漆黒のマントで拭った。これで証拠はない。
ひざから力が抜け、地に臥せる。最後まで名前がつけられなかった魔王っぽい杖が音を立てて転がる。
地べたに倒れても絵になる俺。
粉塵が晴れ、満身創痍な勇者達の姿が白い霧の向こうに見えた。
「や……った……? 魔王をッ!?」
勇者の漠然とした声。
身体中を駆け巡る痛み。
苦しい。だが心地よい痛みだ。
勇者達は、油断せず隙のない構えで俺を見下ろす。
さて、最期の仕事でもするとするか。
「ぐっ……見事……だ。勇者……光の御子。ま……さか……我が敗れるとは……」
緩む涙腺。ついに願いがかなったのだ。嬉しくないわけがない。
だが、なんだろうか。この寂寞とした想いは。何か後悔でもあるかのような寂寥感。
……そうか、俺は責任感が強いナイスガイだから、残された部下達が心配なんだな。
大丈夫、俺が死んだ後なきがらを調べれば遺言書が見つかるから。それに従えばいくら馬鹿でも万事うまいこといくだろう。なんたって超天才だからな。
ぼやけた視界の中、勇者の遥か後方の空から何か鳥のようなものが飛んでくるのが見えた。
……ハーピーだ。ハーピーにつかまれ運ばれているケンタウロス。テトリスを一緒にやったハーピーのリサとケンタウロスのクレース。
くそっ、俺の邪魔ばかりしやがる。
「だが……我が……死んでも……すぐにまた次のまおうが――あ、現れないな」
「は?」
無声六重詠唱転移魔術"疾風時雨"
複数の術の詠唱を同時に唱えるという複合詠唱。
声を出さずに魔術を開放する無声詠唱。
今まで当たり前に使っていた技術が死にかけの俺の身体を蝕み、命を遠慮なく吸い取っていく。
だが、天才たる俺はたとえ命を吸い取られようと魔術の行使に失敗するようなへまはしない。
勇者の頬すれすれを霞め貫く"疾風時雨"
突然の反撃にざわめく勇者パーティの向こう側で、リサとクレースが転移魔術に巻き込まれどっかに消えるのが見て取れた。
最後まで邪魔した罰だ。魔王死弩の名にかけて流刑に処す。本当なら磔にしてやりたいがそんな余力ないからな。
「勇者よ……お、そ……らく、我が……最後の……ま……oh。絶望に咽び泣くがいい」
おそらく俺が最後の魔王だ。あいつらが遺言状に従えばそうなるはず。そして、尊敬を一身に受けていた俺の遺言状に奴らが従わないわけがない。
もう今の時代、魔王なんて存在は流行らない。俺のものだったのが他の魔王のものになるのもむかつくしな。
そして、その行為にはもう一つの意味がある。
勇者に絶望を。俺が望んでいた当然の結果とはいえ、俺を殺した奴がのうのうと生きるのは我慢ならない。敵なき世を儚み自らの生に絶望しろ。俺の気持ちが少しくらいは分かるだろうさ。
この一生での――魔王としての最後の呼吸をする。
魔族に未来を、人類に絶望を。
俺は最高で最強の至高で究極の魔王、死弩・グラングニエル也。
何とか言葉を出し切り、顔を引きつらせるようにして無理やり笑みを造ると、俺の意識は闇に消えた。
これが俺のHappy End
endしません。続きます……(´▽ `)