健康診断
人間の運命はルール通りに行われるチェスというより
むしろ宝くじを思い起こさせる。
エレンブルグ(1891-1967 作家)
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ここではない、どこか、
いまではない、いつかの出来事である。
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「知ってるか、今日の健康診断で寿命測定されるらしいぞ」
「寿命測定?」
「あぁ、なんでも超高齢化社会に備えての対策として
政府が寿命測定を義務付けたらしいぜ」
「寿命測定かぁ、それって当たるのか?」
「あぁ、なんでも的中率は8割以上らしいぜ
噂じゃ結果を人事の参考にしている企業もあるんだってさ」
「でも、自分の寿命が分かるってのは複雑だなぁ」
「まぁ、あくまで参考値だからな、健康状態でも変わるらしいから
体重を測るみたいな感じじゃないかな」
「そっか、そう言われるとちょっと楽しみだな」
「次の方、柴田さん。寿命測定へどうぞ」
「あ、俺の番みたいだな。ちょっと行ってくるよ」
元気に返事をしながらも柴田はぎこちない足取りでブースに向かった。
何だかんだ言って柴田は不安なのかもしれない。
それから暫く待合室で順番を待っていると今にも死にそうな顔で柴田が出てきた。
ヨロヨロと歩きながら私の前にたどり着いた瞬間、
柴田は床に崩れて泣きそうになりながら叫んだ。
「俺は、こんな寿命測定の結果なんて絶対に信じないからな!!
こんなのは占いと一緒だ!!体重測定よりあてにならない!!」
柴田がこんなに取り乱すのは珍しい。
とりあえず座るように柴田をなだめながら、
私は結果が記入された紙を盗み見た。
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『予想寿命:29歳(Rank:F) 予想生存可能年数:1年』
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私はその瞬間、柴田が取り乱した理由が分かった。
それと同時に、私はこの寿命測定に憤りを感じた。
その時だった、審判の時が私にも訪れた。
「次の方、野崎さん、寿命測定へどうぞ」
私は柴田をしっかりと椅子に座らせブースへ向かった。
ブースに入り、案内されるがまま機械に両手を差し込んだ。
たったこれだけで寿命が分かるというのか?
確かに柴田が言うとおり占いみたいなものだと思った。
それから数分後、測定が終わり、手渡された結果が出力された紙を見た瞬間、
私は柴田に合わせる顔が無くなってしまった。
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『予想寿命:103歳(Rank:AAA) 予想生存可能年数:75年』
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外に出ると柴田は私を待っていたらしく、
私を見るなりたどたどしい声で聞いた。
「野崎…結果はどうだった…?」
「もう大丈夫なのか?」
「あぁ、俺の寿命は俺が決めるぜ」
「そっか、それなら大丈夫だな」
「で、お前はどうだったんだ?」
そう言うなり柴田は私が後ろ手に隠していた結果が
出力された紙を無理矢理奪い取った。
「お前…」
「いや、柴田…隠してた訳じゃないんだぜ…」
何とも言えない気まずい空気がその場を支配したかのように思えた。
が、しかし。
「良かったなあ、野崎!!俺の分まで長生きしろよ!!」
「…あぁ…分かったよ…」
柴田は何故か急に明るくなりさっきまでの足取りが嘘の様に
軽快にその場を去った。
その後、健康診断が一通り終わったので会社に戻る事にした。
それにしても、自分が長寿になれるだなんて、思っても見なかった。
これからの長い人生をどうやって生きていこうか。
こうなったら世界記録でも目指して見ようかな…。
そんな事を考えながら会社に向かって歩いていた。
「野崎ぃ!!危ない!!」
その瞬間、視界が暗くなった気がした。
どれくらい経ったのか分からないが視界が明るくなった。
私は気を失っていたのだろうか…?
…そういえば柴田の叫び声が聞こえたような…
一体、私に何が起きたのだ…?
柴田が何かを覗きこんでいる姿が見えた。
柴田の視線の先には
血だらけの私が倒れていた…。
(了)