ほんのちょっとの後日談
4 ほんのちょっとの後日談
満を持していよいよこの私――二児の母である敷島千秋が、語り部として最後を締め括ります。と、言いたい所だったけど、余りにも恥ずかしい。恥ずかしすぎて、このまま問答無用で話を完結させたい。
何が恥ずかしいのかというと、全部と言わざるを得ない。まさか私の知らない所で、娘が学校の七不思議を調べる為に無断で旧校舎に侵入していたり、十数年前の失踪事件をお父さんが解決していたり、その犯人の教頭先生を(正当防衛とはいえ)投げ飛ばしていたり――私の家族の行動全てが恥ずかしくて、暫くは外を出歩きたくなかった。
本当に。
やんちゃをしていた昔の自分を見ているようで――せめて子供には普通でいてほしいと思っていたのに。やっぱり、血は争えないという事なのだろうか。小夏はともかくとして、冬美には裏切られたような気がしてならなかった。
今年のお盆休みには家族でどこか出掛けようと――そういう話になっていたというのに、お父さんと娘が事件を解決した影響でニュースやら新聞やらの取材が押し寄せてくるようになってしまい、それどころではなくなってしまった。
決して悪い事をした訳ではない――寧ろ善行である筈なのに、世間の晒し者にされているような扱いは、非常に不愉快極まりなかった。
「……お前は変な所で真面目なんだから分からんな。世間体を気にするのは大いに結構だが、それに囚われてばかりいるとつまらん人間になるぞ?」
テレビ画面に流れている夕方のニュース番組を見るともなく見ているお父さんは、いつもの気だるそうな調子で私の不平不満に対する返答を述べるのだけれど、
「その言葉を聞いたの、もう八回目くらいだよ」
「お前が八回くらい同じ話をするからだろう」
「むう……」不機嫌を主張する為に頬を膨らませてみるも、あまり効果がなかった。
どうして夕方という時間帯にお父さんがリビングでくつろいでいるかといえば、なんて事はない、今日が日曜日――お休みだからだ。
事件が解決してから一週間と数日が経過し、我が家に巻き起こる事態はようやく収束しつつある。人の噂も七十五日とはよく言ったものだけれど、私に伝わってきた噂が記憶から消える事はない。
噂と言えば――、
「……ねえ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな。どうして教頭先生が犯人だって、分かったの?」
「何だ。散々文句を言っておいて、やっぱ興味あるのか?」
テレビのリモコンで番組を切り替えながら、お父さんは意地の悪い笑みを浮かべる。
「興味とかじゃなくて――興味もあるけどさ――当事者の身内なのに、事態を把握できていないのは気持ちが悪いもん。それに、仕事の事は包み隠さず全部話すって、約束したでしょ」
というのは、結婚前に交わしたもの。
私個人でも、今回の事件に関する情報はいろいろ集めている。といっても、その情報源はニュース番組だったり、新聞だったり、週刊誌だったり――概要は分かっていても、お父さんの意見はそこには何も反映されていない。
教頭先生が殺人を犯したのは、約十三年前。
相手は教頭先生の知人で、酒の席でのちょっとした諍いが原因で殺害してしまったらしい。
遺体の処理に困った教頭先生は、新校舎が建設されてから使用される事のなくなった旧校舎の三階――多目的室の奥にある準備室、そこのロッカーに遺体を隠し、老朽化が激しい為という理由で三階を立ち入り禁止にした。
それだけでは不安だったらしい。遺体を隠した部屋に誰も入れないようにする為に、黒板を移動させて準備室の入口を塞いだ――準備室を、存在しない場所にした。それをわざわざ数日掛けてやってたというのだから、ご苦労な事だと思う。
教頭先生にとって最大の懸念事項である遺体の処理は、滞りなく終わったように思われたが――しかし、その頃から学校にある噂が広まり始める。
旧校舎で人が殺されたらしい。
出所が一切分からないその噂は、準備室の扉を塞いでいるとはいえ――旧校舎の、三階の立ち入りを禁止にしているとはいえ、教頭先生にとっては恐怖以外の何物でもなかった。下手に嗅ぎ回られて多目的室の異変に気付かれれば、全てが水の泡となってしまう。かといって、一度隠した遺体を動かすのはあまりにもリスクが高い。
そこで教頭先生は、森の中に木を隠す事にした。
正確には、木を隠す為に森を作った――つまり、学校の七不思議という噂話を捏造し、人が殺されたという噂を誤魔化そうと試みた。
それが、小夏と冬美の調べた柏羽中の七不思議だった。調査の結果が芳しくなかったのは、殆どの怪談が教頭先生によってでっち上げられたものであり、それを知った娘らは大いに落胆していた。
ここで気になるのは、お父さんがどのタイミングで教頭先生が犯人だと確信したのか。
事件当時から勤務している教員は教頭先生の他にも何人かおり、その時点で容疑者は複数人になる。証拠が殆どなく、十三年も前では証言も殆ど得られなかったというのに、どうやってお父さんは犯人を断定できたのか。
「……いや、正直な所、小夏が人質に取られるまでは――正確には、人質に取られる振りだが――誰が犯人なのか、分かってなかったんだけどな」
「……はあ?」
どのような推理を語ってくれるのか全く想像できなかったけど――まさかそのような答えが返ってくるとは思わず、だからこそ素っ頓狂な声を上げてしまった。
「小夏も同じような反応してたな。やっぱ小夏はお前に似てて、冬美は俺に似てるよな」
「やっぱそうだよね……って、話を反らさない!」
すまんすまん、というお父さんの謝罪は、果たして本当に謝る気があるのか。私も言うほど怒ってはいないのだけれど。
「ただ、嗅ぎ回っていれば、そのうち犯人の方から接触してくれるんじゃないかとは踏んでいたよ。いずれ取り壊されるであろう旧校舎に遺体を隠そうとしたり、そこに何かあると証明しているような脅迫状を送り付けるような人間だからな。で、案の定、教頭の方からボロを出してくれた」
尤も、出されたのはボロだけではなくって。
「事件を解決しちゃうのはいいけど――別に、今に始まった事じゃないけど。でも、自分の仕事に小夏と冬美を巻き込むのは、もうやめにしてよね」
「ああ……そうだな。どちらかといえば、俺が二人のやっている事に首を突っ込んだ訳だが、まあ同じだな。今後は気を付けよう。小夏は大丈夫だとは言っているが、実際はどうか分からんしな」
大事には至らなかったとはいえ、小夏は少なからず心に傷を負ったのではないのだろうか。そう思って私は何度も小夏に大丈夫かと尋ねたけど、その度に「その気になればいつでも倒せたもん。大丈夫だよ」と言い返されてきた。余りにも何度も訊いたので、これ以上同じ事を言われるとノイローゼになる――と訴えられてしまったので、やめた。
その小夏と――そして冬美は、今日は二人で友達と一緒にプールへ出掛けている。時間的には、もうすぐ帰ってくる頃だ。
「しかしなあ。何も自由課題のテーマを変えさせなくったって、よかったんじゃあないかと思うけどな。後は紙に纏めるだけだったんだから、余計に酷だよ」
お父さんは再び苦笑を浮かべているが、その表情はあからさまに不満げだった。基本的に放任主義――本人がやりたいと思った事をやらせたいと考えているのだから、不満に思うのも無理はないだろう。でも、
「そうは問屋が卸さないから」
私にも、私の教育方針というものがある。ここは引けない。
小夏と冬美が調べ上げた調査結果を纏めた資料は、全て没収した後に――捨てた。お父さんによく思われないのも、二人から非難を浴びせられるのも覚悟の上での判断だった。一生分の恥をかいたといっても過言ではないというのに、恥の上乗せをするのは御免被りたい。
二人が自由課題の為に費やした時間を全て水の泡にしてしまうのは、悪いとは思う。だからこそ、可能な範囲での支援を約束し――後日に決定した新しい課題「ミステリー映画批評」の為に、ミステリー映画のDVDを何本か買ってあげた。
お陰で今月は赤字になりそうだけど――致し方ない。
「……まあ、お前がそうしたいのなら、そうするべきだろうよ」
やれやれと言わんばかりの調子で、お父さんは溜息をひとつ漏らす。
放任主義は娘に対してだけではなく、私に対しても適用されている。詰まるところ、ただの面倒くさがり屋さんなのだ。
でも――そんな面倒くさがり屋さんである所のお父さんが、今日は家族サービスをしてくれる訳で。だから今日の私のメイクにも、服装にも気合が入ってしまうというものだ。
「ただいま!」
玄関の鍵が開く音が聞こえ、それから間もなくして小夏の弾けんばかりの元気な声が、廊下を経由してリビングを突き抜けていった。その後に続いて、冬美の控えめな声が伝わってくる。
「さて……んじゃ、そろそろ出掛けるとするかな」
帰宅の知らせを受けて、お父さんはソファから腰を上げ、それから大きく伸びをした。
「お前は何か食べたいものはあるか?」
ちょっと思案してから、私はかぶりを振る。
「小夏と冬美が食べたいと思っているもので、いいんじゃないのかな? ま、それだと最終的な決定権は小夏にあるような気がするけど……」
「違いない」私の苦笑に苦笑を返し、お父さんはテレビの電源を切った。
さて、これから小夏と冬美の押し問答が展開されるので、家を出るのはもう少し後の話になるのだけれど――どのような結果になるのかは私とお父さんが予想した通りなので、ここで締め括らせていただきます。
その前に、一言――
行ってきます。




