第八話 再会
そして彼女はそこに立っていた。ガラス越しにみる彼女は以前とはすっかり容貌を変えていたけれど、それでも宮内には一目で彼女だと解った。
重たげだった髪の毛は短くカットされ、くせ毛がくるくるとうなじで巻いていた。UKブランドのチェックのハイピングの施されたフレアスカートはふんわりと彼女の下半身にまとわりついている。
身長、伸びたのか?
一瞬見誤ってしまったかと思ったが、よく見ると以前は履かなかったはずの高めのパンプス。それにファーのついたパステルブルーのコート。
まるでファッション雑誌のモデルのようだと思った。
宮内はごくりと唾を呑んだ。まさか本当にここにいるとは思わなかったのだ。ホールの中ではハンドベルの演奏が始まったらしく、彼女がそちらの方へ頭を巡らせた。そのシルエットに胸が熱くなった。
彼女を変えたのは俺ではないんだ、と。
どう話しかければ良いんだろう。さっきまでの酔いは一気に引いて行き、咽が渇く。幸い彼女は一人で連れはいない。
“久しぶり。元気にしていたか?”
“すっかりきれいになったな。”
“いま、独りか?”
戸惑いながら、それでもプラネタリュウムの入り口をくぐった。
ハンドベルの音がほんの少し狂う度に“微笑ましく”ほころぶ彼女。そんな砂羽に宮内はふらふらと吸い寄せられているようだった。
声をかけようとした瞬間、気づいたのは砂羽の方で、聞こえないほど小さな声を漏らし口元を押さえた。
「意外な所で会うなぁ。」
何しろ二人が初めて会った場所だから。
しかしその後の言葉が続かなかった。ピンクのネイルにお揃いの口紅。目元もほんのり桃色に染めた彼女。自分の為じゃないのに可愛い砂羽を宮内は憎いと思った。
「お久しぶり。元気にしていた?」
そう砂羽が言えたのはほとんど条件反射だった。
内心の動揺を必死になって隠しながら、彼女は平静を装った。
彼の少し間延びした様な話し方に、ああ、宮内はあい変わらず宮内なんだと思った。同時に彼の事を鮮明に覚えている自分に気づき、
“忘れるはずだったのに。”
と佐伯への裏切りがちくちく心に突き刺さる。
佐伯がこの場所を指定してきた時、何となく予感が有ったのだ。宮内に会うかもしれなという。それは期待かも知れなかった。もしも会えたら人並みに可愛くなった今の自分を彼に見せたいという気持ちで服も選んだ。そのくせ本当に彼に会えるとは信じてはおらず、こうして顔を合わせてみて、期待していた事の愚かしさを噛み締めていた。
結局彼の目からすると、芋ねぇちゃんは芋ねぇちゃんで、見苦しい事には変わりないのだ。
砂羽はそんな自分が恥ずかしくなり、首元のベビーパールのネックレスを弄んだ。
宮内がため息をついた。
「今、幸せか?」
その問いに彼女はまつげを伏せて応えた。
「うん、申し分無いよ。大事にしてもらっているから。」
「そうか。」
そして再び沈黙が訪れる。
男の言いたかった事は咽もとまで出かかってはその奥へと落ち込んだ。
玉砕する覚悟だったんだろう?そうだ、せっかく巡り会えたんだ。
「俺さぁ・・・・」
プライドを捨てたはずのその瞬間、彼女の携帯が着信を伝えた。
二人、見つめ合って時を止めた。
「どうぞ。」
宮内はさらさらと髪を揺らし頭を振った。そんな彼の仕草を見たくなくて、彼女は顔を背け携帯を受けた。
「あ、はい。砂羽です。」
その声の響きに男は体を硬くした。
ああ、そうか、と。
「いいえ、今来たばかり。大丈夫。迷わなかったよ。」
片手で会話口を覆いながら話す彼女を見つめながら、宮内は泣き出したい気分を噛み殺した。
男は気づかない。彼女が肩越しに感じるその視線に戸惑っている事に。
それはまるで売れ残った仔犬そのものだと砂羽は思った。
“その目は反則だ。”
その気持ちを悟られない様にぎゅっと携帯を握りしめた。
電話が切られ、二人にまた沈黙が訪れた。
意味も無く泣き出したい気持ちが湧き上がり、それを隠したい一心で
「何か用だった?」
と砂羽は短く言った。目を合わせる事も出来なくて再びネックレスを弄んでしまう。
男の目にはそれがまるで念珠を手にしているかの様に映っていた。
「いや、別に。」
何を言っているんだ、そう戸惑いながら後を続ける。
「お前が見えたから。ほら、しばらくぶりだろ。元気にしているかなぁって思っただけさ。何ヶ月ぶりかな、俺達、会うのって。」
4ヶ月と2週間。そう彼女に答えて欲しかった。でも彼女は
“さぁ”
ってな感じで首を傾げ誤摩化す。
「何だよ、お前そんな冷たい女だったのかよ。」
彼は着信拒否の携帯の事なんか必死になって忘れようとした。
「久しぶりに会う友人に、それは無いんじゃないか?」
そんな彼の瞳に映ったのは明らかな作り笑いで、
「ってか、宮内さ、なんでこんな夜に独りな訳?あんたらしくないんじゃない?」
彼女が誤解した事は解った。また女と別れたから砂羽を抱きたいのだと・・・・・。だからたまたま見かけてもう一度よりを戻そうとしているのだと。
まあ、半分当たりか。
男の顔がくしゃりと歪み、胸の内が現れる。
“抱きたい。”
そして彼女の心がすっと一歩引いた。
「ご免。」
言ったのは男の方。
「俺、どうかしていた。ご免。」
それからずいぶんときれいになってしまった彼女から目を反らした。
「これから彼氏との待ち合わせだよな?この前の“大本命”?」
小さくうなずく彼女にかける言葉はもう無かった。キツく唇を噛み、笑いとも苦痛とも思えない表情を浮かべ深くため息をつくと、男は片手を挙げきびすを返した。
ラプソディ・オン・ブルー つづく
宮内・・・・・駄目なヤツ。
ハッピーバレンタインディ♪ せっかくなので“バレンタインなんか大嫌い!”なんていう、明るめのお話を別ページに載せました。気が向かれた方、遊びに来てくださいね。