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第五話 変化

 それまで砂羽は男に気に入られる様に振る舞おうなんて思った事が無かった。それは宮内に対しても一緒だった。媚びが似合うのは可愛い女の子だけ。つまり自分がそれをやると不気味だと信じて疑わなかった。

 そのくせ佐伯には可愛いと思って欲しいと思う自分がいて、なんとはなしに戸惑った。

 仕事帰り、ふとウインドーショッピングをしてみる。10月だというのにもうディスプレイは冬物に変わり、まだまだ先のクリスマスを予感させた。

 中途半端な秋物のセール品が店の隅に有り、何となく自分と同じようだと感じてしまう。

「そんな事言ったら佐伯さんに失礼だよね。」

彼女はそんな風に感じる自分が情けなかった。いつからこんなに自分に自信が無くなってしまったんだろう。

 若い頃にはもう少し自分を信じていられたのに。

 理由は解っていた。本当は繁に振られた事が原因じゃない。

 以前宮内に本気になってしまった自分に気づいてしまい、思わず彼に告白をしてしまった事が有る。

“私たち、付き合わない?”

それを一笑にふした彼。

 寝る事は出来てもこの女と付き合うのはご免だ。彼の片方だけ上がった唇がそう告げていた。

 そう、あの瞬間から自分には愛してもらうだけの価値はないんだって思えてならなかったのだ。


 少しずつ変わっていこう。そう心に決めた。

 佐伯さんはいい人だ。堅実な人柄で仕事も堅い。見た目も良い。でもあいつの様に浮ついた感じの無いどっしりとした人だ。お金のかかったアクセサリーで自分を飾ろうとしたり、必要以上に自分を良く見せようなんてしないから。

 そう言えばその台詞は、初めて彼に抱かれた日に彼から贈られた言葉だったと口元がほころんだ。

 浮ついた愛の言葉を言わない代わりにふとした仕草で大切にされていると感じる。この人だったら、その外観やステイタスやセックスのテクニックなんかを好きになったんじゃなく、人柄を好きになったんだって迷わずに言える、そんな気がした。


 いつもの膝下のスカートを少し短くしてみた。カーデガンを短めのジャケットに代えた。それに靴のヒールの高さを3センチ上げてみた。それでも佐伯を見下ろす事は無いと知っている。定番だったまとめ髪をおろすと、首筋を伸ばせるような気がした。

 さばきの良くなった足下で彼との待ち合わせの場所へと向かうと自然に足が早くなる。間に合うと知っていても、心がく。

 今晩は早く仕事が終わるから家でシャブリを開けて DVD でも見よう、そう電話をくれた彼がデパ地下の並びで有名なお惣菜屋さんの紙袋を持ってその場所に立っていた。遠見に、時々にんまりと笑っては照れた様にうつむく、ある意味怪しいその姿に、

「嘘みたい・・・・。」

砂羽は呟く。降って湧いた自分の幸運が信じられないほどだった。

 しゃんと背を伸ばし彼と向き合う。

「お待たせ。」

佐伯の嬉しそうな瞳は彼女が見上げるほんの少し上、つまりちょうどいい位置に有った。


 駅のロータリー脇を早足で駈けていった彼女の頬は赤らんでいた。その横顔を見て宮内の頭の中に浮かんだのは“サウンドオブミュージック”のタイトルトラックで歌うジュリーアンドリュースだった。

「畜生。」

自分がそんな言葉を吐いた事には気づかなかった。ましてや何故などとは。

 やって来たのはほんの少しの出来心からだった。友達として送る分には問題ないだろうと彼女に送ったメールは全てブロックがかかった。彼女からのさよなら以来、ツキに見放されたようにろくなことが起こらない。贔屓の馬は負けが込む。合コンは10−0の持ち出しで、やって来た女の子達はそろいもそろってキティちゃんのバックを傍らに携えていた。勘弁。取引先の部長はセクハラで訴えられていて、来期の契約が保留になり、契約相手の自分の会社まで品位が疑われた。髪を染めたら緑色にされているし、その染め直しのせいで肌の調子が悪い。やっと取れたコンサートのチケットは一階席の後ろから3番目だった。

 最低だった。

 砂羽が何かしたに違いない。だから何となくあいつに愚痴ろうと思っただけだった。

 セフレはやめても、友達だろう?

 彼女の上気した顔。いつもベッドで見ている顔とはまったく違うその表情。ヒトとしてのごく普通の歓びの顔。

 正直に、見たくなかった。


 初めて言葉を交わしたのは、プラネタリュウム。都会育ちの宮内は満天の夜空に感動していた。そしてこの次のデートに今付き合っている彼女を誘おうと考えながら思わず漏らしていた感嘆の声を笑い飛ばしてくれたのが、隣に座っていた砂羽だった。

「こんなの、偽物。イミテーションに騙されて感動するなんて、損だよ。」

何のてらいもなく言い放つ、こういう女とは付き合いたくないと思った。人が一番隠している本心をずばりと見透かされそうで嫌気がする。

 せめて“そうかもね”って返す女が良かった。

「本当の夜空を見てみれば分かるから。本当のって言うのはね、人工の光の入らないきれいな空気のある所で見上げる星空なんだけど。そうそう、夜空って本当は黒じゃないんだよね。星達が瞬いていると、薄暗がりで青く光るんだよね。空気が。そう言うのを見ているとさ、大海原に漂っている様な、なんて言えばいいかな、絶対的に一人ぼっちなのに、そのくせ誰かに守られて包まれているって感じになるんだよね。不思議。」

 可愛いだけの女ならいい。適当な所で付き合っていられる。でも心に食い込んで来る女はご免だった。おふくろじゃあるまいし。一生を縛られるなんてまっぴらだ。

 若い身空で馬鹿の一つ覚えみたいに同じ女しか知らない男を見ると可哀相になる。だから、真正面からものを見るこんな女とは付き合えない。そう自分で納得した。


              ラプソディ・オン・ブルー  つづく


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