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第三話 距離

             3 距離


 砂羽と佐伯はメールを交換して時々二人で呑む、そんな関係を続けているうちに夏が終わった。     

 佐伯にしてみれば砂羽が尻込みをしている事位簡単に知れた。何しろ指には結婚指輪をしている男だから。

 東山の情報に依ると、高橋砂羽という女性は短大を卒業してすぐ就職した口で、職場では二番目に古株の女性だそうだ。もともと男性従業員の多い会社で結婚退職する女性が多いと言う今時希有な会社だった。しかも彼女は地味な性格で、年頃の女の子達の様にブランドものやファッションに興味が無く、独身の女らしくコンパに出かける事も無いと言う。弁当さえ手作りで、しみったれているとの声さえ有ると言う。

「今時、可愛くないっすよね、そんな女。」

笑う東山に、そんな事はないと佐伯は心で呟いていた。ステイタスしか求めない女はこりごりだった。

 現に彼女の着ている服は目立つという点では失格かも知れないけれど、彼女らしい雰囲気を作り出す事には成功していると思えた。

 彼女の好きなスタンドネックのシンプルなニットシャツは彼女のその隠された部分の想像をかき立てるし、膝丈のタイトスカートが形作るウエストから流れ出るラインはとても滑らかで、佐伯にとっては控えめな色気を感じていた。


 そんな彼女がジャズの流れるダイニングのテーブル越しに佐伯を見つめていた。

「あの、自意識過剰だと思われるかも知れないんですけど・・・・・」

そう言い始め、ふと目を逸らす。その仕草を男は可愛いと思った。

「佐伯さんと私は友達なんですよね?」

それから流れた沈黙は、砂羽には痛かった。なかなか返答を返さない佐伯をそっと上目遣いに覗き見すると、柔和な瞳が笑っていた。

「私がそんなつもりで誘っていると思いましたか?」

「あっ、いえ、その・・・・」

言葉を濁しながら彼女は考えた。この返事って、どっちの意味なんだろう・・・・。彼は“友達”と言ったのかそれとも・・・・。

 そんな彼の大きな手が砂羽の手をそっと握った。

「はっきりさせましょうか?」

それからさも嬉しそうに、

「私の自宅に来ませんか?」

そう誘った。

 自宅に行って奥さんに紹介しようとしているのか。そんな風に砂羽は考えた。確かにそうなるといかにも“友達”だけど、それは何やらおかしい気がした。

 彼のマンションは都心の9階。

「低い割には夜景がきれいなんだよ。」

ととうされたリビングには女性の気配がまったくなかった。別居中、その言葉が砂羽の中をよぎっていく。

 勧められたソファに座る事を拒みながら、騙されたと思った。

「私、不倫には興味有りませんから。」

この一言で二度と佐伯には会えなくなる、そう思い悲しかったけれど、他人の家庭を壊してまで手に入れたい人じゃない、そう自分に言い聞かせ、躯を硬くして佐伯の反応を待った。

 恨む様な瞳の彼女に佐伯は笑顔で応えた。

「解っているとも、君はそんな人じゃない。」

彼にとっては、砂羽がきっぱりと言い切ってくれた事が嬉しかった。都合良く何もかもを無視してセックスにのめり込むほどもう若くはないし無分別でもない。

 彼はサイドボードの一番上から、ブロードばりの小箱を取り出した。

「?」

砂羽は訳が分からず彼の動きを追った。

 蓋を開けたそこには佐伯がつけている指輪とそっくり同じものが収まっていた。ただ一つ、サイズが小さい事を除いて。

 彼はゆっくり自分の指輪を外すとその空いているくぼみにそっと押し込み、彼女の表情を探った。

「5年前に離婚しているんだ。」

唖然とする砂羽に彼は苦笑した。というより、あまりに予想していた通りの反応だったのだ。

 彼の腕が軽く砂羽を押しやり、彼女はすとんと腰を下ろした。二人の距離が近づく。すぐ目の前のテーブルにこれ見よがしに箱が置かれ、彼女は目を離す事が出来ない。

「別に彼女を忘れられなかった訳じゃない。他に男作って出て行ったひとだ。未練は無いさ。ただ、女性とはしばらく距離を置きたい、ただそれだけのことだったんだ。」

そう言いながら彼女が見つめている事を意識し、愛の証であるはずのその小箱を掌で床に落とすと、するりと砂羽のとなりに座りその顎を摘んだ。

「思っていたより期間は長くなってしまったけどね。」

 日頃穏やかな彼の瞳からレーザー光線が発射されているようだった。初めて見るその瞳の色にたじろぎながら、砂羽は息を詰めた。

「君が好きだ。」

ほんの少し、唇が触れるか触れない瀬戸際で彼が囁く。

「君と一緒に生きていきたい。」

首筋にかかる甘い吐息に彼女の思考は停止しそうだった。

「やっ、どうして私なんですか?」

慌てて彼を押し戻そうとし、その両手首を掴まれた。

「美人じゃないし、かわいげが無いし・・・・・」

そう、会社の廊下越しに初めて見た彼の背中には、自信とある種の余裕が見え隠れしていた。そこに男らしい包容力を感じ、憧れていていたのが事実だから。その上、彫りの深い顔は舞台俳優の様に知性的で。しかも手に職があり、地に足着いた生活をしている。そんな“いい男”が自分に興味を持つなんて・・・・・。

「それに欲もない。」

佐伯はにっこりと微笑んだ。

「必要以上に自分をよく見せようとは思わないし、自分らしく生きようとしているじゃないか。」

そのまろやかな声に、この人は自分言って欲しいと思う言葉を知っている、そんな気がした。

「誰だってしているような世の中なのに、不倫は嫌だってはっきり言えるし。現に私自身何度か誘われたこともある。でも、君はきっぱり否定してくれた。そんな君となら価値観が一緒で、分かり合える関係を築ける、そんな気がするんだ。」

彼は緩やかに呼吸を吐き出し、

「砂羽。」

初めて彼女を名前で呼んだ。

「結婚を前提で、付き合って欲しい。」

彼の熱っぽい瞳と、少し掠れた声が砂羽の心を掴んだ。

「わ、私でいいの?」

さも嬉しそうに微笑んだ佐伯は、彼女を包み込むと、耳元で囁いた。

「付き合って6ヶ月で婚約して、その6ヶ月後に結婚。それ以上は待てないからね。」

身長は180cmも有ろうかと言うその躯で抱きしめられ、砂羽は自分が女だと強く感じていた。もともと中高とソフトボールをしていた躯はお世辞にも華奢じゃない。身長も168cmもある。そんな事を彼はものともしない。


 男の躯が重なる事が気持ちよかった。みっしりと重くて、それでいて全体重をかけてくる訳じゃない。

「ふっあっ・・・・・。」

駆け抜ける快感に思わず躯がしなる。

“宮内とは違う。”

そんな言葉が頭の中に浮かんだ。彼は若さの持つ荒々しい波で、息もつけないほど強引に砂羽をさらっていってしまう。でも佐伯は違う。彼女の瞳の奥を見つめ、砂羽の感覚を引き出し、二人手を取りながら花園を駆けようと。それは戯れる二匹の蝶の様な感触だった。

「佐伯さん・・・・・」

この人となら、そう思えた。この人とならただ与える関係じゃなく、与え合える仲になれるかも知れない・・・・。

「私で、よければ。」

声が震えそうだった。

「真治って呼んでくれないか?」

彼女の柔らかな胸が押しつぶされ、二人の心音が重なる。

「真治、さん。」

 その夜砂羽は初めて宮内以外の男の腕で我を忘れた。



年寄り臭い言い方ですが、書いていて思います。女の幸せって、何でしょうかね。

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