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第一話 出会い

1 出会い


 冷房の効かない機械室で佐伯真治さえきしんじは黙々と仕事をこなしていた。出入り口を開け放っても気温は35℃を超えていて、後輩の東山に至っては、制服を脱いでタンクトップという姿になっている。脱水を起こさない様に傍らにおいていたペットボトルももう空っぽになっていた。

「あっちイッすね。」

そう言う東山の表情は苦しく、汗が滝の様に流れている。

「ああ、そうだな。」

佐伯はさらりと流し手を休めない。愚痴っても仕事は終わらない。それなら無駄な事はしたくなかった。

 いつもは大口の現場監督か新人養成担当の彼がここにいるのは、たまたま夏期休暇シフトの都合で人手が足りなくなったからだ。久々に自分の手を動かして、つくづく自分はブルーカラー気質だと彼は思う。中途半端なディスクワークよりあくせく働いている方が働いている気がするのだ。

 とその時、昼休みを告げるチャイムが鳴った。

 ここは、東京の外れにある小さなオフィスビル。廊下越しにOL達が笑いながら食事に向かう足音が聞こえた。

「私たちもそろそろ昼食にするか?」

その声に東山の顔が緩んだ。

 いそいそと出口に向かいかけた時、その出口で彼は女の子達と鉢合わせしたようだ。

「きゃあっ」

20歳そこそこの女の子達は、可愛らしい悲鳴を上げる。

「済みません。」

それから東山のこぼれんばかりの笑顔に微笑みを返し、いくつか言葉を交わす。

「じゃ、後で差し入れ持ってきますね。」

そんな風に彼女達は去っていった。その後からやって来た制服の女性が部屋を覗く。すんなりとしたシルエットは部屋を覗いただけで去って言った。

 その30分後、佐伯が部屋に戻るとそこには古びた扇風機が一つ。

“会社の備品です。良かったら使ってください。後で取りにくるのでそのままでいいです。”

 回すと少しホコリの匂いがするそれは、くたびれた音を立てながらも、意外なほど快適な空間をもたらしてくれた。誰が置いていったのか、彼には大体の想像がついた。“御局様”と呼ばれるあの女性だ。佐伯はふと笑みを漏らした。今時それは無いだろうってほどべたなあだ名。廊下で耳にした時には耳を疑ったほどだった。だから興味を引いたのだが、すれ違った噂のその女性は古びている訳ではなく、ただ(多分だが)年齢以上に落ち着き過ぎているだけだった。彼女が廃材を仕舞っておく倉庫からこれを出して着た事は確実で、しかも喜んでもらえるか分からず、礼も期待せず、名前さえ無い几帳面なメモ書きが有るだけ。彼女らしい。何故かそう思った。

 それが出会いだった。


 結局扇風機は2日間まるまる稼働した。

 東山には毎日可愛い女の子達からの飲み物の差し入れが入る。高校野球の球児だった青年はここでも王子張りにさわやかな魅力を発揮しているらしい。その中の一人にお気に入りを見つけた彼は、

「お礼にって食事おごる約束しちゃいました。」

と笑っていた。

 そして佐伯も、まだ夕焼けにはほど遠い6時の人気の無くなったオフィスで高橋砂羽たかはしさわに礼を言った。

「助かりました。おかげさまでずいぶんと楽に仕事ができました。」

その左の薬指には銀色のリングが光っている。それさえ無ければ自分はそこそこ魅力的だと自負する彼は、ためらう彼女を強引に食事に連れ出した。

 本当に食事をとって軽くビールを飲むだけ。9時には彼女を近くの駅まで送りさよならをする。それでも二人の距離は近づく。

 カウンターに並んでほんの少し酔いの交じった吐息がお互いの鼻腔をかすめた。

“こんな風に違う人生が始まるのも悪くない。”

男は今年36歳。結婚の厳しさも生活の現実も体験し、夢見る年齢は過ぎている。それでも、この出会いを大切にしたかった。

 



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