学徒
風が吹いていた。
汗をかいている体を冷やすように強めの風がひと吹き。髪の毛を揺らす。
視界はクリアに、目の前の情景を映し出している。
紫色の髪が揺れると同時に、俺は神経を手先に集中させた。
鈴仙が突き出した拳を手の甲で逸らし、鈴仙の体の外側へ逃げようとする。
「甘い!」
逸らすために使った腕の手首を掴まれ、引き寄せられた。空いた手での拳を横っ面に受け、視界が歪む。
怯む隙などない様に、鈴仙は殴った拳で俺の首を掴んで足払いで倒した。
背中を打ち付けて咳をした俺の眼前に、鈴仙の指が突き付けられる。
「この場合、逸らすなら『添える』じゃなくて『弾く』じゃないと。そんなに優しく受け流してたら相手が有利なままだよ?」
「あー、うん、そうだな。気をつける」
鈴仙相手に本気で手を弾くなど到底出来そうにない話なのだが、複雑な気持ちで受け入れるしかない。
「攻撃には隙が伴うの。だからそこを上手く突いて、自分のターンに持ってくるのが基本。隆也、今まではどうしてた?」
「今まで? ……そうだな。相手の攻撃を力技で相殺したり?」
「この前、あの幽霊と戦った時には意識の外側から攻撃してたじゃない? そういう風に、『今から攻撃するぞ』って時に攻撃したりも出来る。隆也はあんまり攻撃をばらまくタイプじゃないから、タイミングを絞った方がいい……と思う」
鈴仙との格闘修行を終え、紅魔館へ急ぐ。
門番である美鈴に頭を下げ、拳法や気の流れなんかを教わることに成功した。
「気の流れを操るという点において、私と似ている部分があるかもしれませんね。基本の型から教えていきましょう」
美鈴が教えてくれたのは、太極拳なんかの……いわゆる「気」と呼ばれるものの扱いに始まり、北派少林拳の実質的な戦い方にまで及んだ。
全部吸収してやろうと意気込んでいた俺の気概は中国三千年の歴史に沈んでいくのであった。
「で、なんで貴方がここに来る流れになったのかしら?」
と冷たく突き放すような言葉を投げかけてきたのは、同じく紅魔館の住人、大図書館に
身を置いている魔法使い。
パチュリー・ノーレッジ。……らしい。
らしいというのは美鈴に魔法を勉強する方法を尋ねたところ、ここが最適だと聞いたからだ。
ここまで行動的な性格だったかと疑いたくなるが、そんなことは考えていても仕方がない。
「魔法について学びたくなったからって感じなんだけど……だめ、かな?」
「ここの本を破損しないこと。持ち出さないこと。それを守れるのなら構わないわ」
そう言い放ち、紫色のワンピースにもドレスにも似た服を着た魔女は手元の本に視線を戻した。
俺に興味もないようなその素振りは助かるものではなかったが、少なくとも危険だ、迷惑だ、という類のものではない。
息を吐き、そびえ立つ本棚を見る。とてもじゃないが一生で読み切れる量ではない書物に二度目のため息を漏らし、今度は苦笑した。
考えてみれば魔法は深秘の塊だ。科学が科学という名前を得る前から存在する魔の理。
研鑽を重ねていくそれが後世に伝えられていくにあたってそれが半端な量であるはずがない。完全に見誤った。
「……貴方は魔法使いになりたいの?」
さてどうしようかと頭を抱えようとした時、奥のパチュリー(仮)から声がかかった。
見ると、パチュリー(仮)は顔を上げずに聞いていたようだ。目が合うこともなく、俺に無言で答えを促してくる。
「いや、あんまりそういうつもりは。魔法が使えなくても魔法を学ばない理由にはならないだろ?」
「そう、ね。確かにそうだわ」
使えないものを学ぶ意味。魔法においては、自分が使えなくても知っているだけで、知識があって検討がつくだけで対策が取れる。「知らないものを使われることが一番怖い」とは、鈴仙の言葉だ。彼女が何を学んだかは知らないが。
「なら、魔法とはそういう存在なのか、原理などの基礎を知るといいわ。あくまで一例だけれど。小悪魔」
小悪魔、と呼ばれたその存在にぴくりと身構えたが、現れたのは少女だった。
長い赤髪に司書のような格好をしたその女性は俺を手招きすると、本棚の陰に消えていった。
慌てて追いかけていくと、その人は一冊の本を手に俺を待っていた。
首を傾げる俺に向かってくすりと笑い、それを差し出してきた。
「パチュリー様、今日はご機嫌みたいです。貴方が来たからかも」
「それは関係ないだろ……今日初めて会ったんだし。あの人がパチュリーさんで合ってたって知ってホッとしたくらいだ」
『魔術基礎理論』と書かれたそれを眺めていると、俺の背後から声がかかった。
「貴方のことは知ってたわ。レミィがよく話すもの。それにここ、新聞が届くのよ。貴方は少し、自分の有名人具合を自覚したほうがいいわね。一回はあの新聞に載って騒ぎを起こしているのだから」
「ああ……あの件か……」
文に取材されて新聞に載ったのがこんなところにまで響いているとは思いもしなかったし、なによりそのことをすっかり失念していた。
「それでどうするの? そこで立って読んでいく?」
パチュリーの相変わらずな声に小悪魔がクスリと笑い、俺もそれに同調して苦笑した。
案外、世話焼きなのかもしれない。
「どれか空いてる椅子、貸してくれ」
読書にふけってから永遠亭に帰ったのは、月が上ってからだった。
どうも。作者の人です。
え?美鈴の扱いが薄い?そんなことないですよ。
今、頭痛でまともに思考が働いておりません。こうなる前に原稿いじっておいて良かったです。
雨が降ると頭が痛くなっていけませんね。
それでは今回はこの辺で。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また来週お会いしましょう。では。




