6 曹操の飛翔6 飛ばしてみよう(園本)
園本たちは山賊の陣地を捨てて山をいくつか越え、広い平地と、その先に城を見つける。
「最初に寄った首都の『洛陽』ほどではありませんが、位置や国力はなかなか。旗揚げには申し分ありません。しかし吸収させると言ったわりに、出迎えすらありませんねえ?」
逢は細い目をさらに引きしぼる。
「ジャズ研のふたり、ケンカは正面から売ってくる性格だろ。だまし討ちの招待に愚痴はまぜねえよ。てめえじゃあるまいし」
廓斗は口をとがらせてヤセヒゲ顔をそむけていた。
「そんなに急いで徳を下げんなよ~」
告遠子が背後から忍び寄り、廓斗の肩をもんでにやつく。
少し前に園本たちの能力数値も表示されたが、まだ犬南の伝言は見ていない。
やはり激しい議論になったが、園本がさっさと自分の数値を公開して「別にみんなは見せなくてもいいから」と笑った。
「では、私は見せた人間に限定の公開で」
「私も」
「なんかはずいけど」
四人が続いて互いの数値を見比べる。
園本初紹
体力60・武力60・知力60・徳力60
仲間竿淳
体力60・武力60・知力40・徳力40
審正配
体力80・武力40・知力60・徳力40
諌治梓呼
体力50・武力30・知力60・徳力50
諌治梓庇
体力50・武力20・知力60・徳力60
「謎は多いですが、大体ではこんなものですかね? 園本さんが思ったより……」梓呼。
「しっ。逢と廓斗、どっちが最後まで隠すか賭けない?」園本。
公開したメンバーがニヨニヨとふたりへ吟味の目を向ける。
「とてもいやな予感がしますが……ここはひとつ、いじりネタにされるより、いさぎよく同時に公開しませんか?」逢。
「別にい? どうせゲームレベルの判定だろ? いや、かまわねえよ? いやマジで。なんだよその目?! いくぞ?! せーの!」廓斗。
紀元逢
体力40・武力30・知力60・徳力30
廓斗公則
体力40・武力40・知力60・徳力20
配らのデータも全公開され、逢が珍しく廓斗に同情の目を向けた。
「あくまでゲームですから。リアルの人徳とは関係が……」
告遠子がメガネを光らせて胸を張った。
「よーし、勝った!」
修告遠子
体力40・武力20・知力70・徳力10
みんなが拍手を送る。
「さすが告遠子。期待を裏切らない」
園本は握手まで求めた。
そんな経緯があって、廓斗は告遠子のひやかしも必死で無視していた。
ブンシュウ
体力90・武力91・知力28・徳力43
ガンリョウ
体力92・武力90・知力25・徳力47
「おお~。これがあの手数と持久力の差か。たしかに五割増しくらい?」淳。
「名無しの三人はみんな30台前後ですね。プレイヤーを中間層にとどめ、有名武将を活用させる主旨のようです。まずは新情報が公開されてないか、城で確認したい所ですが……」逢。
城から馬が駆けてきて、大柄な男が笑いながら手をふってくる。
「うおーい、うっとうしい表示ならべてんなあ!」
園本たちは自分の能力表示はすでに閉じていたが、名前表示だけは残していた。
園本は小さく頭を下げる。
「演奏で組んでないと、同じ部室棟でも名前までは知らないし、中等部の子もいるので」
背の低い梓庇が頬をそめて天然パーマの頭を下げる。
「んじゃ俺も……デス研で大学三年な。みなちんよろしこー」
三十代にも見えるむさい男の頭上に『菊麦』と表示がでる。
梓庇は告遠子や廓斗たちの気まずそうな表情に気がつく。
「んで城、やっと空いたぜ。幹腹のやつ、先に居ついただけのくせに変にゴネやがるから、友荀のエジキな。真綿で絞めるみてえな精神攻撃されて、ジャズ研のうるせえふたりも毒吐き出したらいじけてログアウトしちまったよ」
「そこまでしなくても」
菊麦は得意げだが、園本は退屈そうな顔をしていた。
「ゲームだからこそ、辛気くせえやつのツラなんか見ながらやりたかねえんだよ。洒落が大事なんだって」
「はあ」
「城のやつらもみんな、園本を頭にしたいってよ。まあ、俺が守ってやっから心配いらねえよ。そういや結婚イベントもできるんだっけか? なんなら試してみるか? くちびるも大雑把な感触ならあるしよお! ウハハハハッ」
「はあ」
園本の無表情が能面のような微笑に変わっていくのを見て、梓庇は言い知れぬ寒気をおぼえる。
城門に人影が見えてくると、向こうも気がついた様子で名前を表示しはじめた。
プレイヤーらしき名前は『豊田』『組授』のふたり。
「これでさらに騒々しくなりますね」梓呼。
ほかには『チョウコウ』という体操選手のような体型の美形武将と、名無し二名。
「やはり『孫策の二張』でないほうの『チョウコウ』ですかねえ?」
逢が丸いアゴをさする。
「おいおい、三国志に『チョウコウ』『チョウショウ』って読みの名前が何人いると思ってんだよ」
廓斗が細いアゴと口ヒゲを気ぜわしく動かす。
「何人?」
配が小さな目でじっと見ていた。
「う……ふたりや三人じゃねえって……ん? あいつらなんだ?」
城門へ横方向からも別の一団が近づいているが、名前を表示していなかった。
中でも殿様風の威厳がある騎馬武者と、美形のゴリラともいうべき精悍な大男の組み合わせは外見だけで際立っていた。
「なんだあいつら? 知らねえぞ? ちと見てくる」
菊麦が先に馬を走らせて城門に着くと、すぐに言い合いをはじめた。
「誰か止めろよあのオッサン……合同ミーティングもろくにでないくせに、ライブだけ直前になって割り込みたがるし」
廓斗がげんなりした顔でつぶやく。
「止めるなら軽音男子の君でしょう。デスメタルの音楽性どうこうはともかく、管弦ろくに知らないくせにうちの子を使おうとしたり、高等部まで酒ありコンパに呼び出そうとしたり……」
逢も眉間にしわをよせてブツブツと返す。
ひとりで騒ぐ菊麦を全員が生返事で流しているようだったが、園本が近づくとようやく謎の勢力が顔を上げ、名前を表示する。
前のふたりの女性が『金重』『巴子』続いて目立つふたりが『ソウソウ』『テンイ』あとは名無し三名。
「げっ」
うめいた告遠子だけでなく、逢、廓斗、梓呼も何度か名前を見直した。
全員に『ソウソウ軍』という表示が追加されている。
「ソウソウって、三国のひとつの支配者だよね?」園本。
「最大勢力です。まだ駆け出し時代のようですが……」梓呼。
背の低い丸ぽちゃの巴子がゆっくりうなずく。
「まだまだ後から来ますよ。夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹洪……と言って陣容をわかっていただけますかね? あ、失礼。私、留初巴子と言いまして、中等部の三年ですが、大学の古文サークルに参加していまして、こちらの金重遥先輩とはその縁で知り合いまして……」
大儀そうにほほえんで語る。
「曹操さんはですねえ、政治家としてはもちろん、詩人としても有名なのですよ。書の腕も非凡であったと聞いています」
金重といういかめしいふけ顔の女性もおもむろに語る。
梓庇は校内新聞の記事を思い出す。
(たしか大学で、書道のなにかすごい賞をとった人だ)
巴子が満足そうに深くうなずく。
「軍略、武芸のほかにも音楽、囲碁、調理などなど実に多才で、何十年か前までは逆賊の暴帝のように言われておりましたが、集まる人士は幅広く……」
講義の途中で梓庇は『内緒・梓呼』の表示に気がつく。
梓呼の背に隠れて選択すると、イヤホンのように廓斗や逢たちの口論が耳もとで聞こえだした。
『……ても逃げるしかねえだろ! 適当に機嫌とって!』廓斗の声。
『……し、様子を見ても……』逢の声。
『それ最悪な』
そっけない男の声は、おそらく豊田という三白眼の短髪男。
内緒話をしているメンバーは口を閉じたまま、時おりさりげなく選択の仕草をしていた。
『同盟を組むにも配下になるにも、残りの兵力まで到着する前のほうが有利に交渉できるだろうが』告遠子。
『そう。これだけの護衛で先行している理由を探りましょう』
おそらく組授という肉づきのよい女性の声。
(みんな、いつの間に)
『梓庇も気がついた? とりあえず、みんなが動き出したら、お姉ちゃんについてくればいいから』梓呼。
『はい』とだけ答え、梓庇は緊迫した空気の高揚感を楽しむ。
『配には菊麦先輩を抑えてもらっているから、どちらも呼ばないようにね』
「……現在ではその人間的な魅力、才能、それに政権の正当性から、三国志における真の主人公であることは誰もが認めるところです」
巴子は言い結ぶとゆったりほほえんでうなずく。
園本は無表情を崩さずに聞いていた。
「勝ち目はないから、城を明け渡したほうがいいってこと?」
「そこまで乱暴なことは言ってませんよ。ゲームですから、そうしても非難はされませんが。たかがゲームでそこまで必死になるのもみっともないと思いますし。ただ、せっかく勝つべき君主につけたので、一緒にどうですかと」
巴子の言い終わりに告遠子はメガネを直すふりしてみんなに耳打ちする。
『配下になる以外はつぶしますってか。交換条件から探ってみる?』
「なにをしておるか金重。この城はわしにこそふさわしいであろうが」
気の強そうな殿が自信に満ちた笑みで口をはさむ。
「これはまいりましたね。すぐ仰せのままに。では……」
金重がうれしそうに苦笑する。
「さっそく条件ですが、まずは兵士の半分を預けていただきましょう。あと、ふたりだけでいいので、装備や配下を全部はずしてこちらの軍へ加わってください。それでもう味方ということで、一緒にお守りしますから」
『えらっそうな人質要求きたあああ! こいつら本気か? あるいはこう言えば、譲歩しても城だけはただでとれるつもりか? よう、どうするよ園本~ぉ?』
告遠子は含み笑いをこらえてメガネを直し続ける。
「こういうゲームは慣れていませんが、そういうものなんですか?」
園本の腰低い苦笑を、梓庇は慎重に観察する。
「なにもかも失うよりは、いい条件じゃないですか。こちらとしては謀反を防ぐ最低限の保険ですよ?」
巴子のゆるやかな笑顔に、いくらか見下す目つきが混じっていた。
「なにをしておるか巴子」
殿がまったく同じ口調でくり返す。
「はいはい、ただ今……音楽系はリアルでも専用の部室棟を建てたのですから、ゲームの中の陣地くらい、ゆずってもらえますよね?」巴子。
『あ、やべーかな? 淳さん聞いてる?』
告遠子の声はうれしそうだった。
『まあまあ聞いてるよー』
たれ目の短髪女性は城やゴリラ男テンイをながめるのも飽きた様子でうろついていたが、ふらふらと最前列の菊麦の隣へもどって今度は巴子と金重の格好を見回す。
「バンドやゲームみたいな遊びに予算がでるのも、書道や学術系の権威と伝統が文化系全体を支えているからで……」巴子。
「この城はわしにこそふさわしいであろうが」殿。
梓庇は遠くから『カコウトン』『カコウエン』ほか数名が迫っていることに気がついてあせったが、すくみあがったのは次の瞬間だった。
『戦略ゲームは詳しくないから、あとはみんなにお任せね』
園本が静かに内緒を通達し、すばやく選択を操作し、笑顔のままギラギラと目を光らせる。
「センパイはこっちでお願いしま~す」
告遠子と一緒に配と廓斗が菊麦をテンイの前へ押し出した直後。
「ええいっ!」「ぜやあっ!」
園本が巴子を、淳が金重を同時に斬りつける。
ブンシュウとガンリョウが殿へ突撃し、園本と淳もまわりこんで袋だたきに加わる。
「ぶぶぶぶご! ぶぶぶぶご!」「んがががが! んがががが!」
「えいえい! えいえい!」「ぜやぜや! ぜやぜや!」
「なにをしておる……こぶべぶばぶべぶぼがべごぼぶがあっ!」
菊麦『センパイ』は怒り狂ったゴリラ男からメッタ打ちにされ、本人の意志はともかく、園本をしっかり『守って』いた。
(これはゲーム……ですよね?)
梓庇は梓呼に手を引かれ、先に城門へ走っていた組授や逢たちを追う。
背後では両軍、全部将の兵士が一斉に展開され、濁流のように噴き出す人混みの中を園本たちは笑いながら撤退しはじめる。
「ゲームは洒落が大事、でしたっけ?」
金重、巴子、菊麦は自他の兵士に埋もれて沈み、白目をむいたソウソウの体は宙高く舞っていた。