5 曹操の飛翔5 自分の能力を確認してみよう(遠行)
伊勢日美子を囲む二重の円陣は雪降る路地の通行を妨げながら城門へ向かい、立て札の前の人だかりにはばまれ、なかなか進まなくなる。
その中で目つきが悪く背も低い遠行はくどくど話し続けていた。
<遠行視点>
遠行「段落の前に誰それ視点だの、セリフの前に脚本みたいな人物名だの、見かけたら即座に読むのをやめるね。あんなのステータスデータの羅列や設定集なみの無駄だし」
日美子「無駄をいれてもランキングに入るって、よほどおもしろいか技術があるんだね! 遠行くんも見習ってファイトだよ!」
遠行はがくぜんとした表情で返答に詰まり、密集した人混みの中でもだえる。
霊紀「俺は紙以外で文章を書いたり載せたりする製作方針からして理解できないがな」
絹種「みなさんの気持ちはわかりますが、今は兄さんのウェブ小説が不人気な理由を探っている場合ではありません。まあ三国志を題材にした小説を書くくらいですし、ただのゲーマーや三国志好きよりは知識がありそうですよね。とりあえずで君主にしておくことには誰も異論がないと思います。いつも通り、少し過度な自信を持つくらいでちょうどいいと思いますよ」
遠行は弟を撫でようか殴ろうか迷って空中に手をさまよわせていると、見慣れぬ表示が現れる。
遠行松路
体力30・武力30・知力20・徳力30
遠行軍・君主・兵士数96
遠行「なんだこれ……?」
絹種「なんです?」
日美子「なになに?」
絹種「あ、ボクにも表示されました。自分の能力値……思ったより良いような、ひどいような……なるほど。成績表みたいにプライベートな情報として、公開は本人許可が必要みたいですね」
遠行(それはわかっている。問題は俺の評価の低さ……いや、基準が相当に厳しいのか? あるいは序盤で成長前の扱い? 三十点満点?)
霊紀「自分は体力70・武力70・知力40・徳力40か……学校と同じく、平凡ということらしいな」
諭渉「体力60・武力60・知力20・徳力30! 見事に体力バカ扱い! たは~!」
遠行(おおいをい。俺が霊紀より全部下? 諭渉より上の数値がない? ……ランダムなのか? ……いや、諭渉と霊紀の差は妙に生々しい……)
蕾水「マジー? アタシ30・40・20・20とかひどいんですけどー? やっぱ酒場にひきこもっていたからじゃね?」
遠行(テメーはそれで合ってるよ! というか合計110とか俺とそろえるんじゃねえ!)
勲張「んー? 俺もヒッキーだったけど、40・40・20・40で気持ちマシ?」
日美子「わ、わたし体力10なんだけど死にかけ?! ほかは70だけど……」
絹種「おっと、あまり口外しないほうがいいですね。重要な攻略情報に思えます」
遠行「そうだあ! みんな、詳しいことがわかるまでは決して口外するな! 身内にもだ! どこにスパイがいるかわからないからな!」
遠行は無意識に弟の頭を撫でながら迅速に号令し、絹種はじっと兄の表情をうかがう。
遠行の前にベージュ色の『内緒・絹種』という文字が現れる。
周囲に気がつかれないように選択すると、耳元にボソボソと暗い声が聞こえてくる。
絹種『声がもれなくなる個人チャット機能です』
絹種は口元を手で隠し、遠行にだけ見せていた。
口は動いているが、間にいる日美子には聞こえてない様子だった。
遠行『了解』
絹種『酒場にいたメンバーも知っている機能なので、口元はさりげなく隠して。ボクの能力は30・10・40・30でした……人間は成績がすべてじゃないですよね』
遠行(テメー、このタイミングで俺に同意を求めるな!)
絹種『野球部も兼部している勲張さんと、純粋な脂身の蕾水さんが同じ武力でした。リアルの運動能力を反映してないことは確かですが、酒場メンバーだけでもかなりの差があります。つまり行動や会話を細かく判定しているようなので、言動には注意してください。仲間をスパイと疑う言動は徳力に響くかもしれません』
遠行(なるほど……それにしたって俺が知力20って、なんのバグ?)
絹種『もしかすると予想外に知力が低くて驚いているかもしれませんが、みなさんのデータからすると、知力は計算力や判断力といったものが重視されているようです。暗記量などはあまり役立つ頭のよさではないという判定ですね。ですからウェブ検索で流し読みしただけの雑学を延々と披露するとか、状況に合わない非効率な行動を続けた兄さんは40とか30になっているかもしれませんが、くじけないでください。あくまでゲームの仕様です』
遠行は返答しないで「内緒、終わり」とかすかにつぶやく。
立て札の前の人だかりでも騒ぎが大きくなっていた。
そこへ次々と新たな立て札が運ばれる。
犬南『自分の能力が表示されたと思いま~す。テストプレイなので、みんな一律に西暦170年生まれの10歳で開始。もうすぐ1時間経過で15歳です。おおよその能力が形づくられ、それを自覚するお年頃ということで~』
遠行「一年が十二分か。一昼夜もそれくらいのペースで、季節は日没ごとに変わっているから、今が冬って事は……季節は五種類で一周一時間?」
絹種「ややこしいですから、あまり厳密に考えないほうが。あくまでゲームの仕様ですし」
犬南『能力は行動選択などを性格分析して決まります。ほら、性格によって決まる能力ってあるじゃないですか。積極的な性格なら体もよく動かすから運動力が上がりやすいとか。リアルではあくまで傾向ですが。そんなわけで……』
犬南『戦闘を有利にする『武力』は意欲、積極性、主体性など、平たく言って『やる気』の評価が中心です』
犬南『いろんな補助に使える『知力』はそのまま『頭のよさ』ですが、計算力、応用力、判断の正確さなどを重視ですね』
犬南『兵士数などを回復しやすい『徳力』は社会性、協調性、倫理性などの他人を察する気持ち、つまりは『思いやり』です』
聴衆のあちこちから小さく悲鳴やうめき声がもれた。
犬南『若い今はまだ大きく変動を続けているので、ざっくり十段階の表示で、数値も少し前のものが表示されます。今まで成長システムを隠していたことも含め、ゲーマーさん対策ですね。慣れた人は模範解答ばかり選んで万能優等生になっちゃいますので』
遠行(ん? でも俺、そんなにひどい選択してないぞ?)
聴衆の何人かも小声で同じ疑問を口にしていた。
犬南『プレイヤーの最終平均値は55で、ほぼ30台から70台になる仕様です。80や20でもレアですね』
遠行(知力20の俺、レアなバカ?! というか諭渉と蕾水と勲張も……レアなバカが三人も手下に集結してるぞ?! 絹種の武力10もネタレベルな『やる気』の無さ?! やつはやつなりにがんばっているのに!)
犬南『名前あり武将の平均は70で、90台の能力もゴロゴロいます。時間の都合で数十名しか用意できず、ほっとんどが曹操・孫権・劉備の武将なのはビギナー向けに……もありますが、三国志ファンとしてはひよっこでミーハーな私の趣味です』
犬南『名無しのザコ武将は平均35で、プレイヤー含む全部将の平均が50になるよう、開始時に用意されています』
遠行(俺、プレイヤーなのに平均がザコ以下?!)
犬南『ちなみに現段階のプレイヤーの平均はまだ50で、平均でもう5、大きいと10くらいは上がりますよ~』
遠行(焼け石にウォーター!)
犬南『いずれにせよ、会話内容とかまでは判定しない遊びレベルの分析なんで、悲惨でも気にすることはありません。ちなみに私は体力10・武力20・知力60・徳力80……あれ? ダラダラしていただけなのに高いな? それに体力はストレス耐性だから、よほどくり返し軟弱な選択をしないと10なんか難しいのに。ちょっと調べてみま~す』
遠行(だよね? バグだよね?)
遠行は深い安堵のため息をつくが、立て札はまだ大量に運ばれ続けていた。
聴衆のざわめきも大きくなっている。
犬南『さっそくすみません。私が管理アカウントに入れない不具合が発生していました~。私まで一般プレイヤーあつかいになっているのかな? ゲーム進行には支障ないんで、テストプレイは続行で~』
ざわめきに不安そうな声が多くなる。
菓蘭「やだー。もしかしてこのまま起きられないとかー? ゲームで死んだらリアルもマジ死にとかー?」
遠行「外部からの強制遮断で問題なく起きられるって開始前に説明あっただろ。根拠なく不安を煽るようなことは……いや、心配しなくてだいじょうぶだから」
遠行(デマばらまくなブス! 人の話は聞いてろ精神ブス! 徳力が気になって声に出せねえよチクショウ! とは言え、不具合が致命的じゃないといいけど……いや、そうなれば最初からやり直しのチャンスか?!)
次の立て札は突然に声が変わった。
署名は『弓帳角黄』で、立て札の上にはストレートロングの涼やかな美人が映っている。
角黄『横から失礼します。角黄軍の君主ではなく、このゲームの製作を手伝ったスタッフとしてのお知らせです。私たち三人は最終日のみ関わりましたが、犬南さんの把握してない改変がありましたので、おわびします』
続く立て札には『弓帳宝黄』とあったが、まったく同じ顔が表示されてどよめきが広がる。
遠行(はじめての人は驚くよな……しかもあの三姉妹のクオリティは顔だけじゃない。高校三年にして理学医学工学の広い分野で国際的な成果を出しまくっている)
宝黄『まぎらわしい顔でもうしわけありません。三つ子の次女です。犬南さんの製作方針に沿って細部を詰めた際、会話内容、動作、視線、心拍数、呼吸数なども参照して能力変化に関連づけるように手を加えました』
日美子「え……一日で? さすが弓帳先輩……」
宝黄『万能キャラクターに育てる際はそれらも模範的に装う必要があるため、難易度が上がってしまったかもしれません。もうしわけありません』
遠行(あやまるところはそこじゃねえええええ! 有名天才三姉妹がそんなことしちゃ……リアルチートでたらめスペックのアンタたちが本気だしちゃ! この能力評価はもはや、学校の成績表なんてレベルじゃねえ極秘個人情報だああああ?!)
同じような驚き、叫びが聴衆のあちこちからもれていた。
さらに次の立て札には『弓帳梁黄』とあったが、やはりまったく同じ顔が表示される。
梁黄『三つ子の三女です。管理アカウントの不具合に関しては姉たちにも心当たりがなく、私も形ばかり姉たちの真似をしていただけなので、原因はわかりかねます。私たちからは以上です』
犬南『うわ~。すんごい本格的にしていただいていたのですね。了解で~す。するとなおさら、能力は無理に聞いちゃいけませんね~。私は体力10とか、メンタルのもろさをウッカリ全プレイヤーさんに公開しちゃいましたけど~。はわわ~』
遠行(俺は犬南ちゃんと違っていいとこなしだから笑えないって……)
犬南『おっと、体力の説明がまだでしたね。なくなるとゲームオーバーです。突撃などの行動や負傷で一時的に減ります。減った割合に応じてほかの能力も一時的に下がります。加齢や重傷では最大値も減ります』
遠行(どうすりゃいいんだ……早めに死んで隠蔽しちまうか? いや、犬南ちゃんが賭けられているし、日美子ちゃんだって賭けられているも同然……そういや、初紹のヤローにも賭けを押しつけられていたっけ)
犬南『では、その他の分析はプレイヤーさんの自力で~。とはいえ、プレイヤーではない住民さんに聞いても助言はいろいろもらえますよ~。ではでは、またなにかありましたら~』
立て札が途切れて騒然とした中、日美子を中心とした一団はようやく雪夜の城外へ出て、陰の薄い君主は突然にふり返る。
遠行「日美子ちゃんのことは俺が守る! 体力10なんだから、離れちゃダメだよ!」
日美子「は、はい? ありがとうございます……?」
小柄な美少女は明るく返事をしながら、喜びより困惑ばかり顔に出ていた。
勲張「おい遠行、ひとりでかっこつけてんじゃねえぜ!」
橋塚「姫を守るナイトはここにもいるってことを忘れんなよっ」
凍紀「テメーは君主なんだから、体を張るのは俺らに任せてひっこんでな!」
たいして顔の良くない野郎三人がキザなポーズと笑顔を決める。
遠行(そうだオマエらが体を張れ……こうなると君主になれたことは大きい。奥で動かないことを正当化できる。前線に出て能力を問われない。体力のない日美子ちゃんの護衛という名目までつく!)
遠行「しかたない野郎どもだな……頼りにしてるぜ!」
蕾水「なんかキモ~イ」
菓蘭「男子、必死すぎ~」
諭渉「ボクちゃんも今のはちょっと恥ずかしかったかな~」
霊紀「どうした遠行。なにか体調でも悪いのか?」
遠行「い、いや、ちょっとノリを合わせてやっただけで……行こうぜ早く」
絹種「兄さん、最初の話にもどりますが」
遠行「……え? なんだっけ?」
絹種「なぜか兄さんの小説の欠陥点に話が移っていましたが、拠点をどこに持つかという話です。意見がまとまらずにもめていましたが、兄さんがリーダーとしてもっともマシという結論は通りましたし、なにか方針を示してもらえませんか?」
遠行(オマエは俺が好きなのか嫌いなのか?)
遠行「蕾水の言う見映えとかは論外。諭渉の言うでかい城は維持できる戦力がなきゃ無意味。勲張たちの防衛設備がどうこう言うのも、序盤で攻めない発想はジリ貧。霊紀の言う経済力と交通の便はもっともなんだが……それってどこをとれば?」
猿喚「ちょっといい?」
色気のないベリーショートの女子生徒が無愛想に手を挙げ、遠行は指をさす。
遠行(こんな子、いたっけ?)
猿喚「大勢力のいる中央から離れることが第一じゃないの? いきなり大軍で攻められる位置にあったら、都市の内容なんて関係ないでしょ? 資金と相談しながら、発展の見込める地方へ向かう道沿いで探すのは?」
遠行「君……誰?」
遠行は指をさしたまま呆然と聞き返し、猿喚は細い眉を少しだけ寄らせる。
猿喚「幽霊部員。在籍の義理で同行していたけど、日美子さんの事情も聞いちゃったから、放置は気持ち悪い。だからもう、ここの所属でいい」
遠行の元へ配下申請が届く。
遠行(まだ申請を出してないやつがいたのか……)
猿喚「あわてていたにしろ、メンバーの確認くらいしたら? 私が総スポつながりの人間だったらどうなっていたと思うの?」
遠行(ぐう。容赦ねえなあ……反論できん。すれば知力と徳力がさらに下がる気がする……)
遠行「ご指摘ありがとうございます。前向きに取り入れ、今後の改善につなげたいと思います」
遠行をはじめ、まとめてバカ認定された自称ナイトたちが肩を落としてうなだれる。
猿喚「いきなり出てきていろいろ偉そうにごめんなさい」
そう言いながらも事務的な冷たい表情は変わらず、少し視線を下ろすだけ。
猿喚「せっかく善意で日美子さんを守ろうとしていた人たちが、いきなり最初でつまずいたら残念だと思って」
静かに言い切った顔を見て、遠行は申請の承認が遅れる。
遠行(色気はないけど、美人じゃないけど、少しきれいに見える)
雪夜が明けるなり、周囲の草原には花が咲きはじめていた。
遠行「頼りになりそうだね。ありがぶぅ……っ?!」
遠行をはじきとばして日美子が小動物のごとく猿喚へ飛びかかっていた。
日美子「ぅありがとうございます~う! 猿喚さん、かっこいいです! マジ王子様です!」
猿喚「ど、どうも……?」
高いテンションですがりつかれてとまどい、ようやく女子らしい照れた表情を見せる。
しかしその表情がだんだん不安そうにこわばる。
日美子「変身するかと思いましたああ! あああ特撮映画の名場面みたいでしたああああ!」
絶叫しながら巨乳をこすりつけられ、貧乳女子は漠然と助けを求めて片手を高くのばす。
男子勢はただうらやましそうに見ていた。
遠行「では、ルートも猿喚様に丸投げで」
ふたたび歩き出すと、遠行の元へ『内緒・猿喚』の通知が出る。
猿喚『私は60・30・60・70だけど、まだ黙っておいて。メンバーを再確認したら、最後のひとりのことも。あなたが40・40・30・30より低そうなことは誰にも言わないから』
遠行(なにその正確な推定数値……)
遠行は青ざめながらも言われた通りにリストへ目を通し、ついでに主だった所属者の能力値を頭の中で整理する。
遠行松路
体力30・武力30・知力20・徳力30
伊勢日美子
体力10・武力70・知力70・徳力70
三尖島霊紀
体力70・武力70・知力40・徳力40
諭渉公礼
体力60・武力60・知力20・徳力30
遠行絹種
体力30・武力10・知力40・徳力30
勲張大将軍
体力40・武力40・知力20・徳力40
十寸蕾水
体力30・武力40・知力20・徳力20
遠行(こう見ると、霊紀は地味ながら優秀だな。日美子ちゃんも体力以外70って、かなりすごくないか? ほかの連中の数値はわからないが……まあどうせ、勲張から絹種くらいだろ)
橋塚草生
大里凍紀
陣菓蘭
といったあたりを読み飛ばしていくと、間に混じる変わった表示に目が止まる。
名無し(命名可能です)
体力41・武力31・知力33・徳力34
周囲の人垣を見ると、勲張たちの間へやたら自然に溶けこんで名無し青年が歩いていた。
遠行(霊紀のひろったやつか。プレイヤー以外の能力は君主に自動公開らしい。いかにもザコな数値に見えるが、ウチでは標準くらい……というか、俺が勝てる数値はこいつ相手ですらひとつもねえ?!)
考えを振り切るように先へ目を向ける。
遠行(そういえば猿喚さんの言う最後のひとりって、連れの名無しでもいるのか?)
猿喚水曜
体力60・武力30・知力60・徳力70
遠行(霊紀なみに安定した文官タイプか……バカと人でなしばっかりの今はかなり貴重かも……んん?!)
続く最後のメンバーからなかなか目が離れなかった。
ロシュク
体力78・武力67・知力91・徳力90