38 長安の暴風 5 思い出してみよう(長任・縫)
「ま、男性がこそこそ集めるたぐいの作品では、女性が物みたいに扱われる内容も多いですから。女性向けのそういう作品は、また別方向の人でなし要素がありますし」
永松は長任を元気づけるために、軽く笑おうとした。
しかし寥花は剣を抜いて階上をのぞきこむ。
「いや、私も悪趣味には自信があるから『自分の部屋でこそこそ』なら、どれだけいかれた趣味でも知らないふりしてあげるけど……あんな必死こいて勝ちたがっているくせに、こんな莫大な設置費用をかけて、こんな他人に見られるかもしれない場所で、たった一日でも『奴隷牧場』を作りたがる病み具合が……ツッコミたいけど笑えね~」
長任はふたりの気づかいで、かすかに笑顔がもどる。
「対人ゲームはこういう難しさもあるんだね」
永松は笑顔で軽くつっこむ。
「いえいえ、オンラインゲームにいる人たちの怖さは、こんなものではありませんよ」
「そうそう、いかれ頭の甲子園みたいな場所だって珍しくないから」
「く、くわしいんだね寥花ちゃん……」
「どうします? ここらで撤退という選択肢も悪くはないのですよ?」
「でも長任さんが弓兵をけっこう減らしてくれている……あの、私は捨てごま上等なんで、気色悪い思いをさせられた腹いせに、蜂の巣つくりに行きません?」
「え」
長任と永松の声がそろう。
「うまくいけば大将首ぶんどって、だめそうならすぐ脱出でも、驚かすくらいはできそうじゃないっすか。撤退前の気分転換!」
楽しげな寥花に永松も苦笑する。
「それはおいしいネタですが……」
階下の正法も苦笑いでうなずく。
「俺も乗りたいネタだが、長任は気が乗らないなら無理すんなよ」
「やっちゃえー」
子達皿は階下へ乱射しながらぞんざいに賛同する。
長任はずっと階段の上を見ていた。
壁際の牢屋へ閉じこめられた、NPC女性たちの姿を思い出していた。
「寥花ちゃんの言うとおり、このままなにもなにもしないで帰るのは気持ち悪いかな」
笑顔でうなずいた。
城壁の外で追いかけっこをしていたリョフ軍団と角黄軍は対峙したまま『統率』選択で互いに兵力を回復させていた。
こわもての順高は練宮を疑いはじめていた。
鬼続も内緒で警告されると怪しい気はしてきたが、練宮が連合軍側なら、それはそれで使いような気もする。
重草軍は優勝どころか、存続すら危うくなっている。
たかが今日限りのゲームだから、重草を裏切ってまで続けたいとは思わない。
しかしここで重草軍が消滅した場合……あまりにかっこ悪い。
重草軍はただでさえ強引な買収で勢力を拡大してきた上、その態度のせいでヤリサー呼ばわりが陰で広がっている。
ここで全力を出し続けて負けたら『どれだけヤリコン参加に必死だよラグビー部』などと噂されそうだった。
総スポの連中に後で多少どやされても『たかがゲームだし、そんな必死でもなかったし』という態度でいたい。
今となっては、早めに離脱できた勝馬たち陸上部がうらやましかった。
遠まわしに離脱を勧めてくる練宮と、いまだに宝黄・梁黄を討つための献策を続ける順高がウザかった。
「武勇なき論舌など天下は聞き入れぬ!」
NPCのリョフも戦闘が止まると意外におしゃべりでうっとうしい。
蔵覇は無精ひげと前髪が長く、表情と仕草も無駄にキザったらしいが、内緒話を送ってくる前には笑顔でウインクまでしやがった。
『武勇はともかく、もうちょい男らしく遊べそうなチャンスがあれば、任せるぜ』
内容がまともなので、それなりに色男のような気もしてきた。
そして重草につぶされた釘原も面倒な性格はしていたが、面倒見のよい、頼れる部長だったことを思い出す。
居城の前では縫が中心となって玄関をふさぐ連合勢力とぶつかっていた。
背後には演劇部の陽奉たちもうろついていたが、中途半端に往復しているだけなので無視できた。
それよりも主力のひとり湖車寺が露骨に手を抜きはじめていらつく。
カク先生も状況を察しているのか「早く手放せば首を落とさずに済む荷物もあります」などと逃げ腰なので、あまり無理をさせると離反されそうだった。
城内すぐの広間では隠巳が三人を相手に独りで奮戦している。
園本軍とは市街の路地でも長く戦っていたが、武力80に届く人材はいない様子で、兵士数もかなり減っているはずだった。
特に、執拗に背後へまわり続けるギョロ目ひょろ長の怪人は体力もかなり削れているはずで、突入前には一瞬、手数が落ちたようにも見えた。
しかし隠巳はあせっている。
包囲のひとりずつを集中的に削れていない……という以前に、攻撃の空振りが多すぎる。
路地の戦いでも感じていたが、あの猫背で無表情の怪人は外見以外も怪しい。
やたら引き際がうまいとは思っていたが、今は隠巳がほとんど真後ろをとられたままになっている。
そして壁際へ逃げようとした途端、ちくちくと刺され、ついにはとどめも刺されてしまった。
縫は隠巳が目の前で粘り続けているので自分もがんばっていたが、急に集中力が失せ、休憩にさがる。
城内からは日文と承……重草の弟とか親戚とかで、大軍で城にこもりっぱなしだったふたりが、救援要請の伝令をしつこく送りつけ続けている。
隠巳もそのふたりへの文句を内緒連絡で縫へ延々と話していたので、うんざりしていた。
玄関の番人は遠行軍の中年プレイヤーからふたたび園本軍の君主に代わるが、こちらのやる気のなさへあてつけているのか、やたらぞんざいに剣を振っている。無表情に。
「淳さん、こっちはもうだいじょうぶだから、迷路の掘り進みを手伝って」
なぜか内緒連絡も使わなくなった。
「松路はもっと急いで。長任さんだと私よりおもしろいことをやるかもしれないから」
なにか無茶ぶりをしているらしいが、片方は聞いたことのある名前だ。
縫が攻めていた城の城主で、むやみな武力と虎の飼育数をほこる変人だ。
城壁へ侵入した縫の挨拶へ、素で会釈を返したボケキャラだ。
ゲーム初心者に思えた。
しかし虎と一緒に追撃して来た姿、襲ってきた虎へ笑いかけた顔、武将の首より虎の保護を優先した迷いのない射撃はなぜか、カメラにおさめておきたかった気がする。
それ以外に今日、楽しいと感じたことは思い出せない。
というか、兄に誘われて大学のサークルへ参加し、いろいろおもしろい勉強にはなったが、最近は気が乗らない。
李鶴は毒舌で乱暴だが、縫には面倒見のいい先輩だった。
アゴは大きいが、化粧と服装でごまかしはきく程度の容姿だった。
それがたった一年で、アゴを整形したってどうしようもない目つき、顔つき、性格になった。
重草たちの『ばれたらまずいこと』への協力をはじめは隠そうとしていたが、だんだんと自慢するようになって、違法な薬も見せびらかすように使いはじめた。
今でもたまに、縫には優しい顔も見せる。
でもそろそろ『あっち側』にならない限り、敵とみなされそうな気配も感じる。
『総スポ』に出入りしていることで、同級生にどう思われているかも感じる。
背のびを急いだ自業自得とわりきっているが、なぜそれを続けなくてはいけないのか、疑問を感じる。
『頭おかしいに決まっているでしょ? ゲームの目的とかわかってないんじゃない?』
隠巳は長任を見てそう言った。
勝つこと、勝てるチームにいること、それが目的だと思っていた。
しかし縫は一時撤退したあとの会議場で、殺伐としたがなり合いを聞いている内、なんでこんなゲームに参加してしまったのか、意味がわからなくなっていた。
コンパを盛り上げてモテたいなら、見た目や中身を盛りつけたほうがよさそうだ。
ゲームをしているはずなのに、なぜか打ち上げコンパを目的に、しんどい作業をしている。
『おかしい』のは自分たちのような気がしてきた。
ゲームの目的なんて、勝つことより楽しむことか?
それを認めてしまうと、重草軍でゲームを開始した時点で、自分の失敗は確定している。
総スポに居た時点で、このゲームを長任のようには楽しめないことが確定している。
「だめだこりゃ」
小さくつぶやき、ふと気がつくと、園本が視線を向けていた。
無表情に剣をふり続けているが、もはや当てる気すらない投げやりな動作だった。




