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4 曹操の飛翔4 自由に遊んでみよう(長任)


 長任奉弓ながとうほゆみは紅葉した山々に囲まれ、早朝の農道を歩いていた。

 それなりの鎧、槍、剣、弓矢を持つようになり、白い馬を連れ、かがんで大根の成長具合を確かめる。

 どこからともなく胴当てと粗末な槍を持った数人の青年や中年がやってきて、ひざをついた。

「徳の高い統治を行うかたと聞きおよび、お仕えしたく!」

 長任が立ち上がって『採用』『配置』と選択していくと、新規採用は頭を下げて走り去る。


「あれ。また名前なしの人がいるのか。弱ったな」

 名簿に『新規武将・名無し』が表示される。

「もうふたりたまっているのに……名づけないとややこしいし、やっぱり『豆大臣』でいいかな? でもこの時代の役職とか知らないし……」


 ふたたび歩きながら独りつぶやいていたが、カブ畑までくるとその成長具合に目を細めた。

 ほとんどは卵くらいの大きさだったが、ごくまれに拳ほどのサイズが混じっている。

 それを歩きながら指折り数えた。

 七つまで数えたところで頭ほどもある特大サイズを発見し、ガッツポーズをとる。


「あの……こんにちは。領地に入ってもよろしいでしょうか?」

 道の先で、馬に乗った小柄な少女が不思議そうに見ていた。



 その頭上に『永松ながまつ』と表示され、長任は笑顔になる。

「永松さん、ひさしぶり! テストプレイに参加していたんだ? ほかのプレイヤーになかなか会えなくて……そんな衣装もあるんだね」

 永松は鎧ではなく何色かの着物を重ね、小さな冠をつけていた。

「おぼえていてくれましたか。一年の時以来です」

 かなりの低身長、小顔で、笑うと長い前歯が見えた。


「しかし驚きました。こんな山奥で、ここまで食料生産できるものなんですね。南方遠征でもやらかす気ですか?」

「え……? よくわからないけど、畑を見てまわっていたらいろいろもらえて、家とか仕事まで世話してもらったから、お礼に橋とか水車を作って……もっと勉強しておけばよかったよ。選べる作物を増やしているのだけど、ヒエとかアワってどういうものか知らなくて。とりあえず見た目でおもしろい大根とか芋にして……」

 永松はあきれ顔で聞いていたが、気をとりなおすと前歯を鋭く光らせて情報を整理する。


(地道に山賊退治だけで人気を集めて領主に推されましたか。しかも資金をほとんど農地開発にまわしているらしい。それなら住民の支持も高く、移住者や志願兵も自然増加……おっそろしく地味な手段でここまで領地を広げて……)


「……味がしないのは残念だけど、あったらハマりすぎて危なかったかも。うん、かじったアゴの感触だけでも感動した。起きてよだれだらけだったらどうしよう?」

 長任は手ぶりもまじえて活き活きと語り続ける。


「農業部門では、まず間違いなくトッププレイヤーですね」

「そ、そんな。ゲーム初心者の私がそんなわけ……」

 うれしさを隠さずに照れ笑いする切れ長目の美形が永松にはまぶしい。

(戦乱国盗りゲームで農業にしか興味のないプレイヤーが珍しいのですが)



「そういえば『とくのたかいとうち』って、収穫高が大きい場所って意味かな? コンピューターの部下の人たち、みんなそれを目当てに集まってくれるらしくて」

(当たらずも遠からず?! ……どうしたものか。お笑い研究会の私をさしおいてボケまくられ、うまいツッコミが浮かばない)


「えーと……ここまで農業に専念していると、山賊退治の戦力が足りなくなってきたのでは?」

 ようやく長任の表情が曇る。

「そうなんだよね。見回りの人を増やしたら襲撃の回数は減ったけど、規模はどんどん大きくなって……」

「皇帝の通達によると、史実より賊の勢力が拡大しているそうです。我々プレイヤーの介入で、さっそく歴史改変が起こりはじめているようです」

 長任は切れ長の目をパチクリさせたあと、首をかしげて恥ずかしそうにほほえむ。

(この人もしや、戦略ゲームであることすらわかってない?)


「三国志世界の人生を体験できるゲームと聞いていたのだけど……?」

「間違っていません……けど……え? 農民として?」

 息をきらせた騎馬武者が駆けつける。

「長任様! 賊の襲撃です! 我々では手におえません!」


「あ、はい。すぐ行きます」

 長任は雇われ新米店長のような爽やかさで答え、長い髪をひるがえして白馬にまたがる。

「私もお手伝いします。武力は微弱ですが」 

 永松は会釈したあとで、伝令の頭上に表示されている『長任軍・れいぞうこ配下』の文字に気がついて同情の目を向ける。

「あ……それは漢字でうったのに、なぜか平仮名に変換されてしまって」

「プレイヤーが漢字、名前ありのコンピューター武将がカタカナ、名無しの命名を平仮名にして区別しているみたいですね。そこはまあ、テスト版ですから」

(ツッコミどころはそこじゃありませんし!)

 永松は叫びたい気持ちをこめて馬にムチをいれる。



 長任たちの駆けつけた戦場は森の斜面に近く、小川をはさんだ長いフキ畑。

 丸く大きな葉を蹴り散らし、兵士と山賊がいりみだれて『てえ~いや~あっ』を言い合っている。


 永松の前歯がふたたび鋭く光った。

(見えている兵士は敵が五十体、味方が七十体ほど。防衛の武将は『れいぞうこ』『名無し』の二体。装備の不足で苦戦しているようだけど、ど田舎にしてはなかなかの戦力!)


「予備を合わせた兵士数は千人くらいでしょうか?」

「え? あ、そうそう。なぜか名簿では見た目の十倍とか数十倍の人数がいるんだよね。そろそろ千五百かな?」

 長任は遠巻きに様子を見ながら少し高い場所へ移動する。


「ゲームとしてのわかりやすさで、時間経過や地理もザックリ縮められていますよ」

 太陽は見てわかる速さで動き、夕陽に変わりはじめている。

「ともあれ、それくらいの余力があるなら倍程度の伏兵はだいじょうぶ……」

 あたりの山から一斉に吠え声が上がった。

 乱戦を挟んで左右から数十ずつの山賊が追加されて押し寄せる。

『れいぞうこ』やその配下が一斉に「あわわ。あわわ」と怯え、攻撃の手がおろそかになる。


「最近はこうやって別方向から同時にくるから、どうしても被害が大きくて」

 長任は不機嫌そうにつぶやきながら手元を操作し、背後へずらずらと数十の兵を展開させる。

 防具こそ貧しいが、全員が携えているまともな長弓が永松の目をひいた。

(この装備と人数差でいつも勝っているのですかね? たしかに弓矢なら防具は関係ありませんが、よほど訓練しないと……)


 右側の森から雪崩のように山賊が飛び出ると、弓兵が一斉に矢を放ちはじめる。

「てえ~いや~あっ」「てえ~いや~あっ」

 数十歩は先にいる敵に対し、矢は数本に一本しか命中しないが、賊の援軍は取り乱して動きがにぶる。

(お見事。この距離にしてはかなりの連射速度と命中率)

 永松は感心し、安堵の表情を浮かべる。


(もう半分を名無し武将たちが抑えていてくれれば……)

『れいぞうこ』はまだ悠長に数十対数十の乱戦を続けていた。

(……あれ?)

 乱戦の喧騒の中、永松が視線をずらしていくと、左手のフキ畑に転がる大量の射殺死体が見えてくる。

 そしてカシャカシャと鳴り続ける音、やけに近くで叫び続ける声にようやく気がつく。


「せやっ! せやっ! せやっ! せやっ!」

 長任がひとりだけ逆方向の賊部隊へ射続けていた。

 左側の森から飛び出た賊が、次々と矢に当たって倒れていく。

 ひとりで三倍は射ち、外す矢のほうが少ない。


 しかも時おり、その速度が倍化する。

「せやせやせや! せやせや!」

「あ、ごめん。うるさい?」


「いえ、お気づかいなく……」 

 左の賊部隊の半分は射殺され、残りも怯えて動きがにぶったり逃げたりして、乱戦へたどりつく者はほとんどいなかった。


「まるで機関銃ですね。それに、なにをすればそんな命中精度に?」

「猪や熊が荒らしに来るから狩っていたのだけど、村の人に肉とか毛皮を渡すと喜んでもらえるんで……つい、見かけたら仕留めるまで撃つクセがついて」


 長任が剣を抜いて突撃すると、中央の乱戦もすぐに片づいた。

(楽勝じゃないか。被害なんかほとんど……)


 長任がしゃがみ、荒らされたフキを恨めしそうに見ていた。

「フキは水が近くないと育たないから、ここしかないのに……血をかぶった作物って、かじる気しないんだよね」


 永松は長任の背後で、全力のツッコミを空中へいれる。

(しかし、これは思わぬ逸材……どうにか興味をずらせないものか?)



「実は私、お仲間さんを探しまわっているのです。大きな軍に属せば、賊にも対抗しやすくなりますよ? 一度、私たちの城へ来て話を聞いていただけませんか?」

「なるほど……でも作物の世話が……分単位で育つので……」

 長任は苦笑しながらうつむく。


 すでに紅葉は散り、夜が明けてきていた。

 雪がふりはじめている。


「留守番の兵力ならお貸しします。大きな城なら良い装備も買えますし……いえ、無理にとは言いません」

 永松は長任の反応が良くないのであわててつけ加え、来た道へ馬を向ける。


「検討だけでもお願いします。農具や作物の種もいろいろありますから……え?」

 肩を力強く引きとめる手があった。

「くわしく話を聞こうか」




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