37 長安の暴風 4 突入してみよう(主要人物全体)
障害物地帯を抜けて奥の階段まわりの広間へ入りかけると、永松は周囲の増えない兵士数を見てつぶやく。
「罠っぽいですねー。でも行くしかない感じですか?」
正法はなにくわぬ顔でうなずく。
「一気に全員で走る。上の階も待ち伏せは覚悟だ」
寥花を先頭に飛び出してすぐ、広間を囲む通路から大量の兵士があふれてくる。
最後尾の子達皿が階段へ跳び乗った時には階下が埋めつくされていた。
「うわー。入れさせないためじゃなくて、閉じこめるための迷路だったかー」
重草軍のプレイヤー武将もようやく顔を見せ、矢の応酬がはじまる。
寥花が階上へ踏み入れると、離れた四方に障害物が積み上げられていた。
その上から弓兵が一斉射撃をはじめたので、盾をかまえてさがる。
「上も迷路だらけになってる?! しかも弓兵つき!」
階下は子達皿が兵士を広げ、それを正法が加速させて防いでいるが、急速に消耗している。
永松も一瞬だけ階上をのぞき、頭を抱える。
「まさかあんなガチガチに改造しているとは……しかしなぜわざわざ迷路なのでしょう?」
「行き来を完全にふさぐ設置は、NPCさんに怒られて撤去されるよ?」
長任も試しに階上をのぞいて撃ち返してみるが、すぐにもどっても護衛させた兵士たちが減っていた。
「そういえば『トラ檻』も完全な密閉ではありませんでしたね」
「でも迷路にして高低差も大きいと、プレイヤー以外は抜け出さないから」
長任は力強くうなずくが、永松は方向違いの研究努力につっこんでいる余裕もなかった。
「むう。その高低差に関する甘さをついて、上は迷路というより狙撃ポイントだらけにしたようですね。サバ研の厳彦さんも言っていましたが、射撃戦では高い位置が有利とか」
「下だと隠れにくいし、動いていると上を確認しにくいよね……」
長任はふたたび連射しながら階上へ出て、すぐにひっこむ。
「……少ししか当たらないな。時間かかりそうだけど、続けてだいじょうぶ?」
「それでも当てているのですか。とどめは無理でも、君主まわりの兵士数を減らすだけでも意味はあります。しかし……」
永松がふり向くと、正法はうなずく。
「がまんくらべを粘りたい。相手も各個撃破の増援を出せないくらいには追いつめられている。上は三人に任せるから、やれるだけやってくれ」
園本軍はいまだに隠巳や縫たちを相手に足止めされていた。
しかし于示林の一撃離脱が少し大胆になり、自軍へ内緒連絡が入る。
『後退を欲する目の配りをはじめた。その直前、伝令か兵士数の確認をしたように見える』
『見えるのかよ……まだ余裕ありそうなのに後退となると、重草自身の兵士数が減りはじめたか、救援要請が届いたか?』
参謀役の豊田は隣の組授に視線で意見を求める。
『時間的にも戦力的にも、撤退するなら今ここで……』
『却下』
君主でもない告遠子が勝手に君主の意向をドヤ顔で代弁し、園本も親指を立てて追認してしまう。
豊田はしぶしぶ、方針をまとめなおす。
『正法の伝令によると、押し切るならもう一軍は欲しいみたいだが……于示林、今の倍ペースで兵士を減らしていいから、なるべく目の前のやつらを引き止めてくれ』
遠行軍は中央付近で押し合っていたが、演劇部の加勢にも関わらず、五分の状況だった。
「敵将・大楓、このジョコウが討ち取ったり~!」
総スポでも代表格のひとりだった大楓は味方に疑われ、ろくな位置どりもできないまま脱落した。
「敵将・才湖、この李鶴が討ち取った!」
才湖は演劇部の遠征しなかった組で、初登場の名前だがこれきりである。
「敵将・李唯、この陽奉が討ち取ったり!」
李唯は李鶴の実弟だが、やはりここで戦力減少の表示をするだけで退場である。
「敵将・ジョコウ、この湖車寺が討ち取ったっス!」
徐晃といえば曹操軍でも屈指の名将だが、知力の低そうな巨体大学生にとどめを刺されてしまう。
それほど演劇部は突撃一辺倒で、この急激な消耗戦さえ横蓋が強引に割りこんでようやく抑えた結果だった。
「いいからさがれって! お前らもう手数が落ちてんじゃねえか!」
「でも日美子ちゃんが……」
李鶴が戦いながら『そいつが興味あるっていうから企画してやったクラブコンパは全部ドタキャンされて詫びもなし。今日は今日であいさつもなしに敵にまわるとか、すげー神経してんなあ?!』と挑発を続けたことが原因である。
日美子は双剣をかまえて強がっていたが、硬直して怯えていることは陽奉ですらわかった。
そして陽奉だからこそ、この乱戦の短時間に日美子崇拝者の仲間入りを完了させていた。
「うぜえんだよ能無しロリコン豚野郎!」
李鶴の罵声へ横蓋が反射で応じる。
「俺は高尚なロリコン紳士だ!」
「いや、今のは俺に言ったんだと思う」
陽奉も一応は自覚していたらしいが、そうなるとなおさら、遠行は味方へ引き込んだことを悔やみたくなった。
李鶴が無言で退却をはじめ、横蓋は弁解しそうにうろたえるが、日美子がはっと我に返って顔を上げる。
「ほかの部隊を応援に行ったのかもしれません!」
横蓋は自分の頭をバシリとたたいて追撃にかかる。
「ちっ、お前がやらかしたキャンセル一回で、どれだけ部費をドブにしたかわかってんのかよ?」
李鶴が毒づいた直後、先の路地から計略の光をまとった縦ロールが飛び出てくる。
「私なら恩着せがましい誘いの一回ごとに慰謝料をもらうけど?」
爛々と笑う園本は李鶴の前へ一気に兵士を広げて進路をふさぐ。
横蓋も背後から兵士を広げ、湖車寺の巨体へ打ちかかる。
遠行は剣を抜いて李鶴へ斬りかかるが、加勢としては弱すぎ、日美子の体力も危うく、ここぞと捨て駒にしたかった陽奉たちはこんなチャンスに限って『さがってろ』の指示を守ってか傍観している。
まあいいか、俺は骨を断つための肉だし。
せめて計略をもらえれば少しは粘れそうだけど、横蓋さんへ飛ばすほうが正解か?
などと思いつつ、李鶴の正面へ正面へまわりこむ。
守りに専念したほうが手数の少なさがばれにくいこともあったが、ほとんどは園本初紹の顔を見たことによる条件反射だった。
園本もちらと遠行松路へ視線を向けると、肩をぶつけて正面を奪い合うように突撃を続ける。
日美子は自分のわずかな体力回復を確認し、計略光線を放った。
「るおおおおおお!」
全身を輝かせて李鶴の後頭部を剣で乱打しまくる文官服の中年男。
「敵将・李鶴、このロシュクが討ち取ったりいいい!」
雄叫びをあげる悪人面に園本はなにくわぬ顔で拍手を送る。
遠行もこのNPC文官がなぜか武官としても平均以上であることを思い出す。
「ロシュクさんには負けました。松路ではなく」
「ふ。手柄は運。下ごしらえこそ智謀の旨味」
「では試合はともかく勝負は私の勝ちで。松路はどっちも三等賞」
園本はNPCとの会話も流暢に応じて背を向けると、先にパーマの大男が自陣へ向かっていた。
横蓋がその背を追っている。
「おい女王ちゃん、まだひとりいるのに、なにを悠長に……あれはだいじょうぶなのか?!」
園本陣営は大騒ぎで淳が最後尾へ移り、于示林も急反転して大きく後退し、文官の豊田と組授まで剣を抜き、告遠子は両手を胸に身をよじらせて嫌がらせのような救援要請ポーズを見せていた。
遠行がとっさに内緒連絡で『そのでかいやつ、諭渉や鳥番さんといい勝負!』と送ると、豊田の指示で園本軍は道の片方へ寄る。
湖車寺は「やっべーすよ?! 李鶴さん成仏でマジやっべーすよ?!」とわめきながらバーベルのような鉄棍棒をふりまわして駆け抜ける。
どうにか挟みうちを避けた豊田は「遠行軍の合流は待っていたが、迎えが無理矢理すぎだ!」と毒づくが、到着した園本は笑顔で肩をたたいて健闘を讃えつつ「強行突破」と剣で城門を指し示す。
豊田と組授は『待って』と言いたげに先頭へ手をのばすが、君主の命令を聞いてしまった于示林はすでに駆け出して湖車寺の背を追っていた。
園本軍は君主に押されるまましかたなく二列縦隊で計略と突撃の選択を乱発する。
「無茶をしやがる。日美子ちゃんとちがって、まわりを巻きこんで無茶をしやがる」
横蓋は日美子を待って残る形になり、隠巳たちは園本軍の阻止へ部隊を分けるのが遅れてしまう。
湖車寺が背後に気がつくのが遅れ、気がつくなり味方へ飛びこんで逃げまわり、邪魔だったこともある。
ともかくも突破に成功するなり于示林が『手数減少』と自軍へ内緒連絡を送り、淳が代わりに先頭へ立つ。
「なんだありゃ?」
突入した居城には兵士を流し出す大型迷路が待っていた。
居城の突入口は左右にもある。
「道を狭めているなら好都合か? まずこの玄関を制圧だが……」
豊田は淳を迷路の入り口へ向かわせ、園本には正面入口を守らせる。
園本軍と遠行軍で隠巳・縫・湖車寺たちを挟み打ちにしている形だが、園本軍は城内の部隊と挟み打ちにされている。
そしてその城内部隊もまた、階上の璋軍との対応で板ばさみのはずだった。
外の横蓋から連絡が入る。
『隠巳が単独で東の入り口へ向かった! 俺らは西から入る!』
豊田は自軍へ状況を伝えて『あえてそのまま』とつけ足す。
『あとようやく角黄軍から連絡きやがった』
添付されている転送メールを開くと三姉妹の誰かの顔。名前を見ると宝黄。
『余栄さんに続いて、その配下の揚定さんと李夢雄さんを討ちました』
豊田はどちらの顔もおぼえていないし、名前も初耳である。
『こちらも全体に消耗は大きいですが、失ったのはちょうこう(平仮名です)さんだけです』
有名NPCのチョウコウなら序盤から一緒にいたが、于示林を捕獲した際、テンイに討たれているので、名無しの呼び名に盗られたらしいとわかる。
「妙な精神攻撃はやめてくれ角黄軍」
『相手にいる練宮さんの提案で、今は互いに休憩中です』
「一時停戦か? さっさと削れと言いたいが、リョフ軍団のやる気が失せてきたなら時間稼ぎもありか。ハイエナを温存している寒気も感じるが……」
側面から隠巳が侵入してきて、考えこんでいた豊田は素で驚く。
組授は余計な演技をしそうな告遠子を背に隠し、あたふたして見せる。
文官三人は隠巳を引き寄せて淳と交代し、于示林もまだ体力がろくに回復していない状態で迎撃に出る。
『園本の位置へ代わってくれ』
豊田が横蓋へ伝令を飛ばすと、少し遅れて遠行軍一行が反対の側面から入ってくる。
豊田の算段では、隠巳は于示林の指揮と淳・園本の連携で対抗できる。
しかし文官で迷路からの兵士は抑えるしかない窮状であり、遠行軍は日美子を慎重にかばう様子からも消耗が激しそうに見える。
階上の璋軍の戦況が最も気になるが、兵士の詰まった迷路のせいで伝令は届きそうにない。
長任はこつこつと相手の狙撃部隊を減らし続けていた。
「飽きましたか?」
永松は計略で補助していたが、長任の笑顔がだんだん薄れていることに気がついた。
階下へ加勢していた寥花もふり向く。
「怖そうなやつがいるなら代わるよ?」
「そうじゃないんだけど……壁まわりに柵が並んでいて、箱で高低差をつけた牢屋になっていた」
「え。まさかここにも猛獣トラップが?」
「町や村の人たちみたいだけど……こういうゲームだと、わりと普通なのかな? 私もトラさんの気持ちも考えないで閉じこめていたし……」
長任のりりしい顔がとまどっていて、永松は首をかしげる。
「……女の子ばっかり、何十人も……」
永松は呆れて絶句するが、寥花は顔をしかめる。
「一日限りのテストプレイで、現金買収でプレイヤーを集めて、その影では『奴隷牧場』のおままごとかよ……いかれた遊びかたは好きなはずなのに、なんだか気色悪さしか感じないや」
長任の切れ長の目も思いつめる。
「ゲームなのに、ゲームの中でまで、なんであそこまで……?」
永松も『あんたがゆーな』というツッコミを入れる気にはなれなかった。




