34 長安の暴風 1 内応してみよう(主要人物全体)
重草軍の城内会議場では怒鳴り声と、あれこれ口走るざわめきと、なにかを言いたげな不満顔であふれていた。
「相手の出撃と変にかぶったなら、しかたないだろ。想定外の状況で、ここにいるみんなはよくやってくれたよ」
重草はとりあえず、感情的な雰囲気を抑えようとする。
「みんなじゃねえって。湖車寺のバカは牛介と一緒に金をひろいに行くだけで、まるで働いてなかった。陽奉たちは仲間を見捨てて逃げやがったし!」
アゴの大きな李鶴は眉間に深いしわを寄せ、隅にいる演劇部のふたりをにらむ。
おびえるふたりの背後では有名NPCジョコウが長斧をかまえてにらみ返していた。
さらにその背へ隠れるように、練宮が複雑な顔をしていた。
(互いに想定外が重なったものの、連合軍はよく踏みこたえて削り、重草軍も兵数減少は大きいながらも持ちこたえたと言っていい……しかし不可解なのは、私へ手紙を届けた内応者の動き。あるいは宝黄さんの意図です)
「牛介にちゃんと言っておかなかったのは俺のミスだ。湖車寺も脱出に少しは貢献したし、陽奉くんも判断はまずかったけど、状況がわからなかったんだろ? 俺が責任とるから、勘弁してやってくんねえかな?」
重草が顔に似合わない柔らかな笑顔で頭を下げると、李鶴はふてくされながらも引き下がる。
(内応者はてっきり単純に、私が手紙に気がついた場で近くにいた陽奉さんだと目星をつけていたのですが……彼は犬南さんへの報酬に、幼女役について確認していました。優勝が無理そうなら角黄軍に協力し、吸収されている犬南さんの好感を買っておくか、単に一緒の軍で動きたいと考えそうです)
(しかしそれなら、なぜ『見捨てて退却』など、いかにも中途半端に信用を失うような真似を? 猛将ジョコウもいるのだし、もっと効果的な打撃を狙えそうですが)
「勝馬たちも帰っちまったけど、有名NPCを返せとまでは言ってこないし……陽奉くんもNPCの活かし方がわからないなら、預けていいからね。ちゃんと返すし、レンタル料金は言い値で払うから」
陽奉は演劇部の仲間とまじめな顔でひそひそ話しはじめる。
しかし練宮は「百兆円でもいいのかな?」と聞こえた気がして不安になる。
内緒連絡でメッセージを伝えてみる。
『ひどいですよねえ。上限のわからない「言い値で」など、恥をかかされるか足元を見られるかの二択です』
『そうなの?』
すぐに返信があった上、陽奉は露骨に驚いていた。
(演技くらいしてください演劇部)
『まあ、重草さんは言葉を間違えただけかもしれませんが、相手を探る脅し文句としても定番ですから。しつこくせまられたら「売る気になれない」と柔らかく伝えるのが無難ですかねえ』
しかし重草は冷めた顔で陽奉の表情だけ見てとり、すぐに話題を変えて笑っていた。
「ダントツのトップというだけでひがむ連中っているよな? 素直にリスペクトして二位を競えばいいのに、みっともなく数の暴力に頼ってくるとか、性根を疑うね」
(というかまさか、陽奉さんは……)
『ところで出陣前に私のそでへ手紙が入っていたのですが』
『え? そうなんだ。ふーん』
陽奉の顔に動揺が出ていた。
『内容からするといたずらだったようですが、誰が届けたんでしょうねえ?』
『さあ? 誰だろ? いたずらじゃなくてまじめな内容じゃないの?』
陽奉の顔に動揺と失望が出ていた。
練宮の顔にも。
(宝黄さんの意図がわかったかもしれません。やはり内応者は陽奉さんだったようですが、彼の演技力や判断力が壊滅的なために、まともな手駒にできなかったようです)
(今ここで私の意図を伝えるのは危険そうです。どこかへ連れ出してから……)
「まあでも連合軍は、コソコソだまし討ちでもしないと勝ち目がない戦力みたいだし。相手がもう来ないなら、こっちから大攻勢の第二弾をしかけるから、李鶴たちはその打ち合わせね。でも一応、巡回に……」
長任の城を包囲していた李鶴や陽奉たちは重草の近くへ集まり、華夫と共に遊軍をしていた古輸や余栄たちは周囲の警備を指示される。
リョフ軍団もついでのように出撃指示を受けたが、鬼続は顔を渋らせる。
「あいつら共倒れ覚悟の捨て身で来るから、もっと兵士を貸してもらえないと、プレイヤーが減るって……」
小声のつぶやきだったが、重草はぎょろりと目を向けた。
「その辺のやつらは連れていっていいから」
そのひとことには練宮も含まれていた。
(まずい。外に出されてしまうと、開門工作をしにくい。しかし連合はすぐに攻めて来るかどうか……こうなれば……)
配置へ向かう流れの中で、練宮は急いで陽奉へ内緒連絡を送る。
『このゲームで城の中に裏切り者がいた場合、なにをされると最も困るかといえば、やはり相手の進軍に合わせて開門されてしまうことでしょうねえ』
『開けるだけ? 誰かを倒さなくていいの?』
(言っておいてよかった! 戦略系のゲームはほとんどやったことがないようです)
『それはもう、城の防御力を使えなくなる上、全体を混乱させて士気が大幅に減るので、功績としてはすさまじいですよ。ですから、どの方向の門でもすぐに駆けつけられる移動経路を確認しておくとよいですよ』
(さすがにここまで露骨に言ったら疑われますかね? 知性の低いかたが素直とは限りませんし……しかし今は彼が頼りです)
連合軍の先頭は止まらずに直進を続け、重草軍の居城を前に、三倍近い数万の軍勢に遭遇する。
前方は左から順に巨体の古輸、口ヒゲ小男の余栄、リョフ軍団の面々が並んで一斉にかまえている。
「いやーこわいーたすけてー」
園本は棒読みしながら首をかっきる仕草で笑う。
「いやいや、皆殺しにされそうなのこっちだからな?」
豊田はようやく指揮権を譲られ、于示林へ先導を指示する。
行軍は急カーブをきって古輸のさらに左、側面の城壁へ向かう。
続いて来た遠行軍もその後を追いかける。
「練宮が早く動いてくれりゃいいんだが。とりあえずは様子見で于示林先生に便乗しておくか」
横蓋は城壁の上へ目をこらし、日美子は迎撃勢の顔をひとりずつ確認する。
「私たちが追う動きを盾に使われたりしませんか?」
「あ」
園本軍を追った古輸へ突撃する形になっていた。
于示林が反転したので二面攻撃の形ではあるが、遠行軍は続いて迫る余栄やリョフ軍団に側面を突かれる防波堤の位置でもある。
「はうあっ?! 今、リョフ軍団の向こうにちらっと練宮さんが見えましたよ?!」
「げ。それじゃどうやって開門させる気だよアイツ?」
「なにか祈祷していますね……」
さらに続いて梁黄その他四名の角黄軍が到着し、反対側の側面へ向かう。
鬼続たちはそちらへ反転して追いつつ、嫌そうな顔をしていた。
梁黄のほほえみも突撃速度もまるきり変化がない。
「まともに相手をしてはいけませんよお! 防御に徹して援軍を待ちましょう!」
練宮が叫び、鬼続も怒鳴り返す。
「わかってるよ! 内緒連絡を使えよ!」
園本軍の二万強は左側面の門へ向かうふりで反転し、古輸たちをたたいている。
于示林文則
体力60・武力70・知力60・徳力60・兵士数10000
仲間竿淳
体力60・武力70・知力40・徳力40・兵士数5000
園本初紹
体力60・武力70・知力70・徳力70・兵士数6214
豊田元浩
体力50・武力30・知力80・徳力60・兵士数1000
組授三水
体力40・武力30・知力80・徳力70・兵士数1000
修告遠子
体力40・武力20・知力80・徳力20・兵士数1000
古輸文才
体力50・武力60・知力10・徳力20・兵士数7000
山今梢
体力40・武力40・知力40・徳力40・兵士数5806
遠行軍の二万強は古輸を側面から突くが、余栄に側面を突かれる形でもある。
横蓋公覆
体力90・武力80・知力60・徳力60・兵士数10000
伊勢日美子
体力20・武力80・知力80・徳力80・兵士数5000
ロシュク
体力79・武力68・知力95・徳力92・兵士数5000
遠行松路
体力40・武力40・知力30・徳力30・兵士数4667
余栄行人
体力60・武力80・知力60・徳力40・兵士数10000
揚定整修
体力40・武力50・知力50・徳力50・兵士数4912
犬佳李夢雄
体力50・武力50・知力40・徳力30・兵士数3087
「うふーん?」
しかし余栄は大きな丸鼻をひくつかせ、リョフ軍団三万へ突撃した梁黄の暴れぶりを見る。
梁黄の手数は有名NPCなみだが、兵士数は配下四名を合わせても二万には届かない。
そして配下四名まで指揮官の動きにふりまわされている。
余栄は『シーユー』と古輸へ内緒連絡を送るなり、馬首を返して駆け出す。
『どういうこと?! 三倍もの相手にどうしろっていうの?!』
古輸はあせるが、城壁の上から味方が援護射撃をはじめ、園本軍・遠行軍の動きは雨の矢で一気に鈍る。
まもなく、長安城戦で最初の犠牲者が決定される。
「敵将・横召、この余栄が討ち取ったじぇ~い!」
角黄軍の有象無象はいずれも動きがにぶりはじめていた。
「中心の角黄軍をつぶせたらでかい……前ほど強い配下はいないのに、さすがに深追いしすぎだろ?!」
鬼続は梁黄の無茶な突撃を警戒して守り気味だったが、リョフを中心に囲む配置をとりはじめる。
「そうなのですか?」
梁黄はほほえんだまま、今さら守りがちに長槍をふるう。
その背後へ余栄がするするとまわりこんでいたが、横方向からの一団に気がついてあわてる。
「ハウマッチ?!」
梁黄と同じ美貌の長斧使いが、計略による加速の光をまといながら突撃していた。
そして梁黄と同じ調子で、余栄だけを執拗に追いつめ、ついには討ち取ってしまう。
「余栄さんの首、ちょうだいいたしました」
宝黄がほほえんだ時には連れていた配下ふたりの片方(一応は『菅玄』という名がある大学生)も討ち取られていた。
それでもリョフ軍団と余栄の配下は一斉に後退をはじめる。
「追い詰めましょうか梁黄さん」
「追い詰めるのですね宝黄ねえさん」
そんなふたりの後姿を見るタイミングで長任たちが追いつく。
正法は少しだけ腕を組んでうなずく。
「俺たちは園本軍の方へ合流しよう。考えの読めない三姉妹には近づきたくない。ぱっと見の兵士数はリョフ軍団と互角みたいだし、たぶんなんとかするだろ……角黄軍へ合流するなら急いだほうがいいぞ?」
話をふられ、寥花は複雑な笑顔で首をふる。
「ここから単騎で追いかけても矢の雨で野垂れ死にしそうですし、そもそも忘れられていそうですし」
「この戦争が終ったらウチに来るか?」
「え?」
「引き抜きだ。戦争が終ったら競争相手にもどることだし、角黄軍の幹部がこっちへつくなら大儲けだ」
永松が軽く笑ってツッコミを入れる。
「女の子をくどくならもう少しロマンティックにしてくださいよう!」
子達皿もへらへら笑ってうなずく。
「では練習を永松ちゃんで」
永松はそでをバタバタとふって顔を赤くする。
「いえいえ、戦争中ですし……ま、まあ寥花さんも戦後によろしければ。こちらは大歓迎ですので」
寥花が意表をつかれた顔で長任を探すと、すでに駆け出して城壁の上へ応射しまくっていた。
「そういえば長任ちゃんて、対人の野外戦や城攻めとか、はじめて?」
子達皿のつぶやきで永松と正法があわてて追う。
「撃ち合いを見て条件反射を起こしたようですね」
「訓練されてない犬みてえだな。指示を待つくらいには調教しといてくれよ」
ふたりは駆けながら、計略光線を寥花と子達皿へぶつけて追わせる。
子達皿も城壁上への応射に加わると、敵の弓兵は倒れる数に増援が追いつかなくなり、矢の雨もがっくり減る。
地上では援護も薄くなった古輸の部隊が本格的な袋だたきにされていた。
「地上の人手は足りてそうかな? でも私は細かい射撃とか苦手だし……」
寥花は剣を抜き、袋だたきの激しい乱戦の中へ飛び込む。
「敵将・山今、この于示林が討ち取ったり」
すぐに落ち着いた名乗りが上がり、遠行のあせった声が続く。
「あ、片方とられた?! くそっ、それなら、こっちだけは……!」
「敵将・古輸、この寥花が討ち取ったり~!」
その場にいた連合軍全員が一瞬だけ止まる。
「うっかり横どり、すんませんっしたあ! 補助だけのつもりが、つい……」寥花。
「別にかまわんだろ。取り決めがあったわけでもないし」正法。
「ネタとしてはおいしくさらっちゃいましたし」永松。
「すごい寥花ちゃん。来てすぐの職人芸だね」長任。
「私の倍速で射殺し続ける長任さんもね」子達皿。
「おっ、その子が噂になっとる『五虎将軍任命事件』の主犯なん?」淳。
「あの膨大かつ広範すぎる食糧庫の主犯とも聞きます」組授。
「収穫時期の緻密な配置と、観賞まで熟慮された牧場も壮烈である」于示林。
「どうやらこのゲームの決着は私と長任さんでつけることになりそうね」園本。
「妙な方向の対抗心は燃やすなよ。頼むから」豊田。
「私としては于示林とアベック斬首まで決めやがった寥花ちゃんが宿敵だな」告遠子。
「おい遠行、存在意義を主張するなら今の内だぞ」横蓋。
「こんな無茶苦茶な、小説でいえば破綻確定のキャラ群で主役ぶっても……」遠行。
「ふ。骨を断つには、切らせる肉から選ぶとよいでしょう」ロシュク。
「あああの、それより、城門を開けて悲しげな目で見ているかたがっ?!」日美子。
四軍連合の十五名は側面城門へ進んでいたが、おろおろした顔をのぞかせている陽奉が内応者と気がつくのは少し遅れた。




