32 虎牢関の戦い11 当たって砕けてみよう(于示林)
遠行軍と園本軍が内緒連絡をつなげる。
『こっちは組茂がおとりになって脱落。練宮は足手まといだから兵士だけ奪って置き去り……というたてまえで重草軍を探りにもどっている』
横蓋は豊田と話しながら、少しずつさがる。
それでもう遠行には日美子とロシュクしか残らない。
『リョフ軍団はみんな強い上に連携がとれていて、しかもあのいかつい眉なしの順高さんが于示林みたいなシステム外スキル持ちっぽい』
園本には護衛の淳に計略係の豊田、組授、告遠子もいるが、于示林とブンシュウはしんがりとして脱落の瀬戸際。
横蓋が嫌そうに激戦のしんがりへ近づくと、于示林はすきを見て一礼する。
『弱点といえるほどではないが、相手に短所がひとつ。最も優れている順高どのの意見が軽んじられている様子』
『なんでそんなことわかる?』
リョフ軍団も内緒連絡の会話を続けているようだが、中でも順高はむっすり陰気につぶやき続けている様子で、感情は読み取りにくい。
ふしくれだった太い腕は脂肪が少なく、広いひたいに深く刻まれた縦皺、頬骨とアゴの厚い荒涼たるつらがまえは中年系大学生の横蓋すらひるませる。
『順高どのが計略を受けるには絶好の位置へ向かいながら、そのまま引き返したことが二度。その前後で中心となる鬼続どのがわずかに不快そうな表情を見せている。会話も何度か「行く」という単語が……』
『おいまさか于示林くんは、くちびるを読んだりもできるのか?』
『自信はない。大半が不可解である。読んだ限りでは「すぐたんが行くお。ちょっぱ計略よろぷり」と発音している。おそらく「すぐたん」は順高どのの自称かと思われるが……』
『ああ……うん。それ「すぐ計略たのむ」の意味だ』
于示林がギョロ目をさらにむいて驚愕を示す。
『かたじけない。では「たかたかおこぷんなう。おにおにぎざへたれぱねー」とは?』
『鬼続がまるでだめだと怒っている』
『それで合点がいく。ならば横蓋どのの犠牲があれば、城まで届きそうである』
于示林は手ぶりで配置を指示する。
横蓋は従うものの、変人プレイヤーの無表情な横顔を見て苦笑いする。
『指揮官としては有能だが、人としては不器用な感じで、順高は君と似ているか?』
『生き方の違いとなる。私は自らに最善を課して仕えるが、彼はそのためには仕える者へも最善を課す。私が劣るとは思わないが、私では真似しがたい彼の特質には畏敬を禁じえない』
主にはブンシュウが削られ続けている。
横蓋は于示林と共に牽制し、一気に飲まれることを防ぐだけだった。
『ブンシュウの次は俺が行くしかねえな……こうやってわざと削らせ続けたほうが、順高を活かした勝負に出られるより安全というわけだな?』
于示林は返答の代わりにしばらく横蓋を凝視した。
『気を悪くされるかもしれないが、信義に愚直という点において、私は横蓋どのにこそ共感をおぼえる』
「はうわう~?!」
日美子があせり、心配顔で何度もふりかえっていた。
援護をしたくても、下手に行けば邪魔になることはわかっているが、なおも手段を探し続ける目。
それをなだめる遠行もたびたびふりかえる。
『仕えるやつに恵まれなけりゃ、あまり世間にありがたい生き方じゃないよな。俺はハズレばかり引いてきたつもりだったが、この年になってサークル仲間と、女房と、ゲームであのふたりを引けたなら運は良かったらしい』
横蓋の背後で、ブンシュウが急にずるずると飲まれだす。
「体力半減しちまったか! いよいよだな!」
前方の夜闇にようやく城壁がうっすらと見えはじめ、続いてその手前に、長任の城に特有の異様に大きく多い迷路のごとき牧柵も見えてくる。
さらにその手前に『角黄軍』の旗がいくつもなびいていた。
中心では赤い貴婦人服に胴鎧を重ねた槍使いが、城壁の端をじっと見つめていた。
「梁黄さん?」
園本がやや警戒をこめてつぶやくと、日美子がぐりんと勢いよくふりむく。
「ちぇすと~お! 援軍要請、お願いします!」
隣の遠行へ、ほとんど貯めなしに計略光線を放つ。
「え、え? 俺? でもあの角黄軍の配置、崩していいの?」
遠行は背中までたたかれ、馬を進めた。
さらに日美子の指示で、ロシュクまで計略オーラを貯めはじめている。
「というか俺らの待ち伏せに見えなくも……」
豊田の不吉なつぶやきに見送られ、遠行軍君主が単騎で伝令に飛び出す。
梁黄がふりむくと、遠行は内緒連絡をつなげるのも忘れて本題に入る。
「助けて~!」
梁黄は遠行が指したリョフ軍団の接近を見て、ほほえんだままうなずく。
そして単騎で突進してくる。
梁黄配下の武将たちはひと呼吸きょとんとしたあと、驚いた表情で追って来る。
園本は豊田へ内緒で『信用する方向で』と送り、豊田は于示林へ『援軍来た。撤退できるか?』と送り、于示林は横蓋へ『離脱』と指示する。
于示林と横蓋は防御に専念して左右へずれ、ほぼ同時に、相手の中心へ飲まれたブンシュウはリョフにとどめを刺されていた。
遠行はほほえむ梁黄が猛然と接近して来ると、少しゲームオーバーの気配も感じるが、すれ違った瞬間、得意げに拳を上げる。
「あいつら、一気にぶっつぶしてください!」
告遠子がくやしそうに「くっそ~、遠行のやばいザコくささだけは真似できる気がしねえ」と感心する。
日美子は抗議も思い浮かばず、さびしげな笑顔をそむけた。
「では一気に」
梁黄の指示で、追ってきた配下武将たちも次々と計略光線を放ち、速度を上げて全面衝突する。
リョフ軍団で先頭のチョウリョウが梁黄とかち合って乱撃乱打の応酬をはじめる。
両翼の赤萌と成兼が包む前に、角黄軍の白穂と朱獲がどうにか間に合い、シュウソウとシュウタイも続く。
蔵覇が朱獲を挟める位置へ移動していたが、角黄軍も虎植がフォローへ入っていた。
横蓋は日美子たちと合流し、豊田と内緒連絡をつなげる。
『あんなのでいけるのか? 兵士数は互角か、やや有利なようだが、武将の数は相手が倍だろう?』
『でもあれで結局、首都も制圧しているし……任せていいのか?』
豊田も首をかしげ、その隣では帰還した無表情な于示林が讃えられていた。
後方は団子状態の混戦で、リョフを従えた鬼続がわずかにさがっているほかは、角黄軍の指揮官である梁黄を含めて全員が急速に兵士数と体力を削り合う。
というか梁黄が率先してどこまでも飛びこみ、両軍をふりまわしていた。
相手の援護もかまわず、ひたすらチョウリョウだけを追いまわしてまとわりつく。
『誰の体力をどれだけ削っているかも見ていたわけじゃないだろうに……いいのか?』
『そういえばチョウリョウは一番消耗していそうだ……わかっていたのか?』
「無念!」
チョウリョウは梁黄たちに最も集中されて討ち取られ、遠行は馬の速度を落とす。
「やっぱすげえ梁黄さん! 曹操陣営の主役級がまたひとり減ったけど……これならこのまま一気に行ける?!」
「敵将・シュウタイ、このリョフが討ち取ったり!」
野太い声が響き、遠行はそっと馬速を上げる。
リョフの影からそっと順高がシュウソウへ向かい、鬼続へ鋭い視線を送ってつぶやいていた。
ほかのリョフ軍団にちらほらあせりが見え、はじめて鬼続へ判断をあおぐような視線が寄せられる。
「敵将・シュウソウ、このリョフが討ち取ったり!」
それほど間を開けずに名乗りが続いたが、鬼続たちは一斉に撤退をはじめる。
「おいおい有名武将の首をぽんぽんと……しかしどうにか乗り切ったか。角黄軍に借りを作っちまったな」
「相手も一気に消耗して脱落寸前だらけだろ。とにかくまず城へ入って、統率と再編成……」
横蓋と豊田が顔をゆるめ、実声で話しはじめる。
しかし園本と日美子は後方を見たまま眉をしかめていた。
「あれはどういうつもり?」
「どこまで行ってしまうのでしょうねえ?」
梁黄は撤退するリョフ軍団へめりこむように追い続け、白穂・朱獲・虎植の剣道部三人も追っているが、囲まれて急速に削られていた。
「敵将・朱獲、この遭星が討ち取ったり!」
そう叫んだ武将の陰から順高が出てきて、今度は虎植の包囲に加勢する。
「敵将・虎植、順高たんが討ったったおー!」
ドスのきいた低いダミ声が吠え、園本と日美子の表情に戦慄が走る。
「これはさすがに、引き返したほうがよいのでは?!」
囲まれながら奮闘を続ける白穂が叫ぶと、梁黄はうなずいて引き返してくる。一直線に。背後を白穂だけに任せて。
「お、おい、追うな! みんなもう兵士数が……」
鬼続が実声で叫んで両翼の赤萌と成兼は止まるが、順高と蔵覇は白穂に追いすがって削り続けた。
「順高ちゃん、こんなに突っこみ返してだいじょうぶかよ? おっと、お嬢さん、とどめごめんねー」
無精ひげと前髪の長い蔵覇がキザったらしく笑う。
「くやしいですが、おかまいなく!」
白穂は体力が削れて手数が急減していたが、苦笑いで足止めを続けて散った。
「角黄軍に栄光あれー!」
直後、順高と蔵覇は急旋回して引き返す。
「ちっ!」
横蓋が計略の重ねがけを受けて引き返していたが、白穂の救助も、順高たちの足止めも間に合わなかった。
園本軍の指揮を預かる豊田は呆然とする。
「怖いな角黄軍……それでいいのか?」
配下五人をすべて失った梁黄はほほえんでうなずく。
「遠行さんを助けて、相手のチョウリョウさんを討ち取れました」




