30 虎牢関の戦い9 追撃をしのいでみよう(園本・遠行)
永松と厳彦の会話へ登芝も内緒連絡をつなげる。
『内部協力者というかたは未知数で、確定した同調者はいないようです』
『ふ~む。目の前の重草軍三万を今の有利な状態でつぶしきりたいですが、敵の援軍十万が来るなら、もう逃がして追い払ったほうがよいかも? 私たち守備隊は三万をきっていますし、引き返している連合軍の出撃隊十五万もどれほど残っているやら。敵さんは能力の高い武将が多いですしね~』
『そこまで正法くんと同じ考えをたどるとは、おもしろいものです』
『ふえ?! やだなあ、知力90様の指示があるのでしたら……』
永松は顔を赤くして登芝へひじ打ちをいれる。
『正法くんも情報を整理中で、ちょうど今、守備隊の状況も伝え終えたのです。どうやら考えがまとまったようですね』
内緒会話に城外の正法もつながる。
『考えがまとまらん。だがなぜか角黄軍が柵の手前をうろつくだけでさぼっている。敵の援軍がそれほど近いかどうかはわからんが、不気味だから、今いる重草軍は追っぱらうことにした』
城外にいる重草軍の大楓たちが包囲を突破し、正面方向から現れた縫や隠巳と合流へ向かっていた。
『最悪、ここにいる璋軍の五万だけで、重草軍十万を相手にまた籠城だ。梁黄部隊の四万はどこまで頼っていいのかわからん。遠行軍と園本軍は全滅までいかなくても、直接に自分の国へ撤退しちまったり、こちらへ来ても戦力にならないほど消耗している可能性は高い』
少し前の時刻、遠行軍と園本軍の一行は速度をゆるめないで後退を続けていた。
遅れている于示林と組茂、そしてNPC猛将のブンシュウとガンリョウは兵士の大群にはばまれ、少しずつ距離が広がっている。
遠巻きに四人の敵武将が囲み、兵士の噴出を続けていた。
それだけなら迎え撃っても勝てそうな戦力だったが、さらに後詰めで猛将リョフとチョウリョウを含む武将十人まで迫っている。
「ひま」
やにわに園本がつぶやく。
「おいおい、お嬢さん?! 身を削って血路を開いた于示林くんが敵軍に飲まれようって時に、それはないだろ?!」
先行集団では最後尾の横蓋が、先頭でふんぞりかえる縦ロールへせがむように抗議する。
「一騎討ちがないから? なんで数の押しつぶしと袋だたきが支配するシステムなの?」
「それはまあ、一騎討ちそのものがフィクション要素の最たるものだから……集団戦のリアルさと、個人の見ばえとなるドラマ演出のバランスは、どの戦略フィクションでも悩みどころで……」
横蓋へすかさず遠行が乗っかる。
「一騎討ちなんか、史実じゃほとんどないに決まってんだろ。あっても長々と打ち合ったりしない速攻決着ばかりだし、結果への影響も地味だ。結局、戦争は物量だし、戦場で肝心なのは位置どりで、個人の格闘能力なんか意味ないっての」
「待て遠行。たしかにゲーム上の『武力』……つまり『戦闘指揮官の能力』は正体のほとんどが統率力と言ってもいい。だがもう一歩、統率力の正体も考えろよ」
遠行は言葉につまるが、園本はさらさらと口を開く。
「集団を主導するのは行動力。犬南さんがこのゲームで狙いをしぼった『積極性』は意外と近いわけね? でも選択肢のない状況では……カリスマ性? 当時の感覚だと、プロレスラーみたいな人気も実用的だったとか?」
「そういうことだ。どんな達人でも、数人に囲まれたら勝ち目が薄いのはリアル戦闘の常識だ。しかし実際の騎馬戦では、隊長の周囲に従者がいる。そいつらひとりひとりの強さを考えると……中心人物の個人能力が高いほど、近い能力の人間が育つ・集まる傾向はある。そういう中心集団がいるなら、末端だって自信や責任感が強まる」
「社長や首相の顔が、結局は会社や国全体の人格に近づく感じ?」
「そう。創作ではドラマ性を強調するために、部隊の特徴を中心の個人で表現するが、それほど的外れでない面もある。特に、極端な省略化を求められる戦略ゲームでは、優れた手法だ」
「でもひま」
「うおおい。シロートさんは容赦ねえなあ。これ以上に個人を重視すると、兵士数の意味が薄くなりすぎちまうんだよう。アクションゲームならそれでもいいが、戦略性を入れるとなると……」
食い下がる横蓋から園本は目をそらし、遠行はそっと内緒連絡を送る。
『横蓋さん、どうでもいい話題はともかく、俺らも、もう少しなにか動けませんか?』
『お、おう悪い。女王様は勘どころが妙にいいから、楽しくなっちまった』
『あとソフトマゾ好みのイジメ上手ですか』
『……すまん。しかし、お前にしては骨っぽい提案だな? 後ろの厳しさはわかってんだろ?』
『このままだと初紹の子分のおかげで生き残ったみたいになって、部活対抗の勝敗でもゴネられそうなんで』
『そっちはもう負けでよくないか? お前が勝てる相手には思えんし』
『だってさ日美子ちゃん』
『な?! 聞いていた、の?!』
日美子はなにくわぬ微笑で馬を走らせている。
『ええ……なんだか少し残念ですね。女の子に限らず面倒見のよい、男気のある先輩かと思っていたのですが』
『過去形はかんべんしてくれ! 今のは遠行を見捨てたとかじゃなくて、からかって……そう、激励だ! 俺としては日美子ちゃんのそういう、熱いワタガシを押しつけるような責めもすごく……』
園本はいつの間にか最後尾近くまでさがり、コツコツと横蓋の腕を槍で刺していた。
「お、お嬢さん? いったいなにを……まさか聞こえて……」
「目の前で内緒話をしてそうで腹が立ったから」
園本は優しい笑顔で首をかしげる。
「いえ女王様、そういうゲーム仕様なのですが」
「でもいや」
園本たちと于示林たちの間にいる敵軍の男子ふたりは身長差が大きい。
小さいほうは太い眉に小さな目、大きな丸鼻に濃い口ヒゲで、表情少なく「じょんじょんじょえじょえ~」と歌を口ずさんでいた。
『内緒・古輸』というベージュ色の個人向け表示が現れると、指をパチリと鳴らしてから選択する。
大柄なほうはセイウチに似ていて、表情は横柄そうだった。
『なあ余栄くん、先に逃げている小さな女の子が日美子ちゃんだろ? あの子に狙いをしぼったほうがよくないかねえ?』
『ふっふん?』
『重草くんがずいぶん熱心に誘っていたし、連れ帰れば下手なゲーム財産より現金化してくれそうだろ?』
『いや~ん』
『どうせ城のほうは牛介くんたちが落として、取り分なんか残らないだろうし。ひとり捕まえるだけなら楽勝だって』
古輸は先行する園本たちが計略を届けるのも難しい距離になってきたのを見て、得意げに笑いだす。
「華夫くんを倒して得意になっていたようですがねえ、彼はボクの部下のひとりにすぎません。そちらは頼りの猛将二匹をリョフとチョウリョウにつぶされたら終わりなんですから……」
話の途中から、于示林たち四人が古輸のほうへ集中して寄ってきていた。
「え。なんで?」
于示林のくちびるは音を出さないまま『言葉の心根がもろい』と動いていた。
組茂も古輸を強引にすり抜けようとしながら、くちびるを『たしかに、こっちの人だと武力80はない感じだね』と動かす。
「古輸っつぁ~ん、ザコくさいセリフがダメダメよ~う」
余栄は急カーブをきって援護へ向かうが、セイウチ男は迫る于示林たちから距離をとり、加勢からも遠ざかってしまう。
「そっちも行っちゃダメダメ~ん」
主道をそれ、見通しの悪い雑木林に入りこんでいる。
「話は最後まで聞きなさい! 私はあなたがたのためを考え、日美子さんを使者に交渉するなら、悪いようにはしないと……」
「ちぇすと~お!」
いつの間にか反転していた日美子が猛スピードで斬りつけ、横蓋の鉄棍棒も続く。
「くがああっ! それがっ、うちの姫のご意向だあ!」
一応は遠行もいたが、捕縛している練宮を抱え、日美子の背で雑兵を遠ざけているだけだった。
「いやいや、急襲するならもう少し早く言ってほしい」
豊田は眉をしかめながらも組授と告遠子へ指示して、一時後退した三人へ計略を撃ち、再脱出を手伝う。
日美子は加速して駆けながら、自らも計略を発して組茂を加速させる。
「ほえ。日美子ちゃんて武力も知力もレアなん?」
園本を護衛する淳がつぶやき、日美子は苦笑でごまかす。
『すぐに息切れする一発屋とばれませんように~』
『無理しないでね。ストレス耐性は上がっているみたいだけど……初紹は危険だから会話に入れないで』
遠行は内緒連絡へ入りたがる『園本』の表示へ視線すら向けない。
しかし横蓋・組茂と連絡をつなげると、于示林を経由して結局は割り込まれる。
『表示、見えていたよね?』
『え、えええまあ、少しまわりを確認してからと思いましてて……』
園本が優しく笑い、日美子は泣きそうな顔で自分の体力残量を確認する。
『そのまま脱出を急いでいただきたい』
于示林はいつの間にか、小柄な丸鼻口ヒゲ男と打ち合っていた。
ブンシュウとガンリョウも于示林の指示らしい細かい位置変更をしていたが「じょえじょえ」口ずさむ小男はぬるぬると動きまわり、猛将の猛撃はあしらいつつ、なおも脱出を邪魔できる位置を維持していた。
『こちらにはかまわず、遠行軍へ優先して計略を』
于示林はそう言ったが、次の計略が自分たちへ向けられると、にわかに余栄の相手を放棄して脱出に転じる。
『そうそう。そこまで遠行たちのめんどう見るこたなくてよダーリ~ン』
屈折系メガネ女子の告遠子はわざわざ内緒の輪へ入ってからそう告げる。
「ちょっと待て! 今ここで計略を打ち切られたら……?!」
遠行は思わず素で叫ぶが、豊田は平然とうなずく。
「わり。リョフ軍団に距離つめられているし」
「いえいえ、ここまでどうもお世話になりました」
組茂はぺこぺこ頭を下げ、于示林も古風サラリーマン作法でペコペコ返礼する。
「いたみいる。ご武運を」
遠行は自軍限定の内緒連絡でなにか罵倒を続けていたが、横蓋にこづかれて馬を急がせた。
組茂はすでにボロボロで、日美子やロシュクと先行する。
遠行はその背を守るというか置き去りにされないように追いかけ、じょえじょえ男の相手は横蓋ひとりに代わった。
奇襲を受けた古輸も遅れて余栄を追っている。
『ほらもう、そのオッサンひとりつぶすだけだって!』
『古輸っつぁ~ん、俺ぁアンタの手下じゃないぜい? 日美子姫を手柄にしたけりゃ、加勢を飛ばしてくれなきゃよ~う』
余栄はかすかに苦笑するが、中年もどきマッチョの体格にはばまれた先で、明るいデザインの文官服が単騎で、主道からさらに遠ざかる動きに気がつく。
『ん~ん、ファンタスティック?』
丸鼻ヒゲ男は無表情に首をひねるが、古輸は追いはじめていた。
『日美子ちゃん、みんなを逃がすためかねえ? けなげだこと!』
余栄も古輸に続いて追跡へ移りながら、遠行軍メンバーのとまどう様子をじっと見ていた。
先行する遠行軍の小柄な武将ふたりはひとりが頭をかかえ、ひとりがなぐさめている。
横蓋も追いながら、遠ざかる単騎へ視線を送っている。
『すまねえな』
『いやあ、ボクもたまには活躍したいから』
日美子と服装を交換していた小柄な丸顔おっちゃん男子はへらへら笑った。
いっぽう、主道の園本は自軍限定の内緒をつなぎなおす。
『ひまだし、あの人たちとてきとーにやりあいながら逃げる?』
豊田と組授は眉をひそめるが、告遠子は薄笑いでメガネを整える。
『今のは「もう少し足止めしてくださいませ」の意味な』
園本は無言で眉だけわずかに動かす。
『遠行軍も見殺しにしたくない心中を察してみました』
『あらそうありがとう』
園本は無表情に告遠子の足をコツコツと槍で刺す。




