28 虎牢関の戦い7 開けてみよう(長任・縫)
「まだ私たちにもできることを楽しみましょう」
永松は二方面へ伝令を飛ばし、互いの情報を整理する。
『山方面の寥花さんたちが穴でした。長任さんが向かっています。こちら裏手側の兵士一万は半分近く減り、武将もふたり脱落です』
川方面の登芝からは返信がすぐに来た。
『こちらの兵士五千は被害がまだ五百ほど。しかし先ほど、相手が積極的に攻める大楓という方に代わり、防戦らしくなった防戦を満喫中』
正面の厳彦からも届く。
『こっちの一万は三千の被害。相手さん相変わらずやる気が微妙だけんど、能力は高そうで人数もいるから油断はできん感じ。でも本陣はなんでか、延々と見学しとる』
「意外と互いの兵士数が残っていますね。各方面の名無しさんも無事……」
細かい数字報告も計算すると、籠城側は五万が四万ほどに減っている。
防壁のない重草軍のほうが倍は減っている推測だが、元の兵士数も倍以上。
四方面から二万ずつで攻め、合計で二万は減っている。
そこへさらに大楓の二万が追加され、本陣にもまだ二万ほどいる様子だった。
永松が裏手方面の戦場をのぞくと、相手は弓矢の届くぎりぎりで慎重に攻めていた。
「こちらへ来た部隊、ゆるくはありませんが、先ほどの隠巳さんに比べれば楽なような?」
「ですね。相手もなかなか削れませんけど、回復の時間をくれる感じで」
角黄軍の有象無象のひとりがうなずく。
「しかしどの方面も、増援を割けるほどの余裕はありませんね。出撃組が引き返して到着するか、あるいは相手の城を一気に落としてほしいところですが……このじれじれ感こそ、籠城の醍醐味ですかね~」
寥花から追加の伝令が来ていた。
『いいわけじゃないですけど、相手の二万名様、けっこう強いです。どうも縫ちゃんなる女の子が70以上の武力で、長済さんも60はある感じで。こちらにいた一万ちょいは半分以下……いいやもうさらしちゃえ。あ、長任さま来たー!』
永松は付記されたリストに目を通し、いろいろとまどう。
剣元寥花
体力70・武力60・知力50・徳力50・兵士数1733
波財ナミオ(はざいなみお)
体力50・武力50・知力40・徳力30・兵士数735
ちょうひ(命名済みです)
体力46・武力57・知力38・徳力42・兵士数408
ちょうこう(命名済みです)
体力41・武力31・知力17・徳力23・兵士数242
(合計三千ちょいしか残ってない? というかこの平仮名ネーミングはいったい? かなり錯乱なさっているご様子。それに寥花さんの能力……この程度で武将十二人の司令官にする弓帳三姉妹様の意図はいったい?)
永松は一緒に防戦している男子ふたりを盗み見る。
(どうやら輸送部隊のみなさんは、本当に残念ぽい能力だらけのようです。そうなると平均やや上でバランスもよい寥花さんは適任だったのかな? というか、今となっては人格的にも一番まともでバランスがとれている気もします。まさかそっちを重視で?)
「まともと言えば長任さん……日常的にはともかく、プレイヤーとしては…………」
長任は城壁の下で併走する隠巳軍へ向かって「せせせせせやせやせや!」と乱射しながら寥花へ内緒連絡をつなげる。
『見えた! もうすぐ着くから!』
『長任さま! すんません! 私に教えられることなど、なにひとつありませんでした~!』
『え。とりあえずその味方プレイヤーさんの名前を教えてもらいたいのだけど』
『いやその、このふたりは名無しで……』
寥花は永松へ送ったものと同じリストを送る。
『チョウヒ……はリュウビの弟さんだよね? チョウコウは知らないけど、お亡くなり表示に出ていた?』
『そ、そう。名前だけでもハッタリかまそうかと、未発掘のチョウヒを入れて、その流れでもうひとりは外見的にもチョウコウといれたのだけど……リストだけ見て決定したら……』
寥花のそばに立ついかつい小太り中年に『ちょうこう』の表示が出て、長身細身で笑顔の爽やかな青年に『ちょうひ』の表示が出る。
『そういう工夫もあるんだ? 私はもう、新しい名無しさんの命名は放置気味で』
『いえ、ここはツッコミをいただかないと、胸が痛むところといいますか』
『え。ご、ごめん……もうひとりのプレイヤーのかたは?』
『波財センパイは門の抑えへ向かいました。私の担当方面が、よりによって貯蔵庫のまん前だなんて~』
『え。下に降りているの?』
『あ、だいじょうぶですよ。思いこみが激しいだけで、火事場泥棒とかの発想はしないタイプです。それに今にも門がやぶられそうで、そうなったら即死する能力・戦力ですから!』
後半はヤケ気味に笑っていた。
長任は背後から追ってきている中年男へふり返る。
「名無しさんは波財さんを護衛! 城壁の上まで移動していただくように伝言をお願いします!」
ほんの少し前、厚いくちびるをひん曲げた長済と縫は寥花を見上げて攻撃していた。
「兄貴。あの指揮官の女の子、やたらあわてている。ガンガンゆさぶってみよー」
「もう残り三千近いようだし、すぐに隠巳も援軍にくる……よーし、いってみよー」
兵士の守りがゆるくなり、水濠の埋め立ては速くなる。
「我が名はちょうひ! ここの守りをたやすく破れると思うな!」
城壁の上にいた長身細身の青年が突然に名乗りを上げ、寥花はうなだれていた。
「兄貴……あの子はいったい、なにがやりたいんだろ?」
「ウケねらいにしてはなぜか落ちこんでいるし……この城はビギナーが多いのか? 城主も武力だけは高そうだったけど、ねらいはいまひとつだったからな」
「そういえば、あの長任さんは武将に当てなかったわけじゃなくて、道にいるやつを無視していたような? 命中だけはやたら良かった」
「畑にいるやつのほうが動きがにぶって狙いやすいのか?」
「地形がでこぼこだと動きも不規則になるから、狙いにくいはずだけど?」
「ともかくだ。そろって頭が残念なら好都合には違いない。どんどんいってみよー」
水濠には岩や丸太が投げ入れられ、歩兵が強引に渡って城壁へとりつくことはできるようになっていた。
「兵士の死体が時間で消えなければ埋まるの早いのに」
「プレイヤーは殺してもすぐ消えるから、死体で遊べない仕様だな」
「うげ。ゲームとはいえ、趣味が悪いな」
「いや、俺じゃなくて、重草たちが言ってた」
「裏手のほう、隠巳さん来た」
「乱射魔まで一周して帰って来ちゃったな」
「正面のほう、牛介さんも一応は来た。とぼとぼ来た」
「おい、正面の厳彦とかいうレア武力まで来ちゃったぞ?」
「賭けるなら今の内かな。ちょっと私が登ってみる」
「門さえ開けばこっちのもんだ。やるだけやってみるか。全軍突撃!」
兵士が水濠へ次々と飛びこみ、壁にたどりつけた者はハシゴや縄をどこらともなく取り出す。
鉤縄はひっかけることができても、あっさり切られていく。
ハシゴもいくつも立てかけるが、まるで長さが足りない。
それでも守りの兵士は対応が分散し、長済が集中的に援護する縫への攻撃がおろそかになっていた。
『縫、指揮官の子は内緒話かなにかで、お前には気がついてない! 一気に行け!』
『よしきた。計略・自分!』
長済も水濠へ降り、門の脇を縄で登る縫から目をそらせるようにハシゴへ登り、射撃をはじめる。
「いーぞ、いーぞお!」
縫が登りきると、寥花の顔は別方向を向いていたが、駆けて来た長任と目が合ったので、軽く頭を下げて階段を探す。
(城主さんにお礼を返されてしまった。私と一緒に侵入できた兵士は……八十ぽっちの扱いか。少ないわけでもないか?)
「やった! 勝った! よーし突撃しまくれ!」
ハシゴで叫ぶ長済の頭へ、突然に打撃演出が連続する。
「なんだ?! 乱射魔か?! こんな離れて……走りながら?! 指示・護衛!」
水濠へ落とされて逃げる背と、護衛に割りこむ兵士へ、集中射撃が続く。
「なんだこの命中精度?! チートか?!」
長済は自分の兵に囲まれ、埋め立てのがれき道を駆けながら、打撃演出の連続から逃げきれない。
「敵将・波財、この縫が討ち取ったり!」
縫の名乗りが聞こえ、門と渡橋がギシギシと動きはじめる。
「せっかく門が開くのに……! というか、なんで縫でなくこっちを狙う?!」
「せせせせせせせやせやせや!」「え。さっき壁を登って来た人が波財さんじゃないの?!」
重なって同じ声が城壁の上から聞こえ、近づいている。
「うわ、いつの間に城内へ?! あれは敵の縫さん! そして今、昇天なされたのが波財センパイ!」
縫は開きかけている門を背に、兵士の群れと名無し武将を相手に独りで持ちこたえていた。
『兄貴、うまくいったから、救援を急いでー』
『たすけ……!』
内緒連絡がいきなり途切れる。
『なに?』
縫が剣を振りつつ自軍リストを確認すると、長済の名が消えていた。
そして自分の兵士がゴトゴト増えていく。
「あっちゃー」
「敵将・長済、この長任が討ち取ったり!」
縫の真上から声が響く。
「う、うわビックリした。今の人、プレイヤーさんだったのか」
同じ声だが、テンションの落差が激しい。
渡橋へ大量の鉤縄がとりついて引きずり下ろし、わずかに開いていた門も、押し寄せる兵士の大群が一気に引き開ける。
縫の前を通りすぎた大部隊の指揮官は長済でも隠巳でもなく、牛介たちだった。
縫を追いつめていた兵士も名無し武将もすぐに蹴散らされるが、縫は安心するより呆れかえる。
(門が開いたとたんにこれかよ。加勢じゃなくて、抜けがけ略奪のためだけに有名NPCの計略を使ってやがる。カク先生、報われない仕事してるな~)
縫は自分の兵士と合流し、外で城壁の上を相手に撃ち合っている隠巳を探し、内緒をつなげる。
『兄貴の軍を引き継ぎました。上は例の長任さんだけ武力80以上、もしかすると90です』
会話しながら「統制」を指示して、脱落した長済が持っていた兵の回収速度を速める。
『おつかれさん。正面の武力レアも着いたから、射撃は気をつけたほうがいいよ。でも俺が足止めしているし、略奪に参加したら?』
『隠巳さんも入りましょうよ。牛介さんは私のこともガン無視で、ほっとくと独りじめの勢いだから、総大将も少しは矢の的になってもらいましょうよ』
『やっぱりそう思う? じゃあ、李鶴も呼んでおいたし』
長任と寥花、それに駆けつけた厳彦は城壁の上へ近づく敵兵を射落とすだけでも手一杯の様子で、門からなだれこむ大軍はほとんど素通しになっていた。
「長任さん、本当にいいの?」
「う~ん、永松さんにも言われたし。敵のプレイヤーさん、帰ってくれそうにないし」
縫が城内へ入る時、そんな会話が上から聞こえた。
内部は十以上も蔵が並び、中央の大きな蔵には飾りつけまである。
(こんなところに貯蔵庫? 貯めこみすぎて城に収まらないのか?)
蔵のひとつが扉を壊されると、積まれた食糧袋が見えた。
牛介とパーマ大男は中央の蔵を開けようと躍起になっている。
「これ、お宝っすよ?! 宝物殿っすよ?! 俺、ウェイトリフティング部っすけど、秘宝探索のテレビ番組も好きなんで、なんとなくわかるっすよ?!」
「こんな所に置くなんて、やっぱり初心者だな! いざとなったら持って逃げるとか、マヌケなことを考えていたのか?! ……あ、縫、お前は城壁を牽制な」
(やってられるかバカヤロー)
と縫は思いつつ、周囲の混み合った兵士をいぶかしむ。
貯蔵庫を囲む高い塀をたどり、街中への出入り口を見つけるが、厳重にふさがれている。
兵士に破壊を命じておいて、牛介と隠巳へ内緒連絡を送る。
『この区画、妙に隔離が厳重すぎます』縫。
『山側で人通りがなくて、ふさいでも困らないんだろ? 火計とかは無い設定なんだし、いいから早くほかの城門も開けてきてよ』牛介。
『街中に出られないの? じゃあ城壁の奪取を優先して集中しないと』隠巳。
『うん。だからそういうの、やっておいて。獲得品はちゃんと分配するから』牛介。
縫と隠巳が同時に牛介を内緒から切る。
『李鶴も城壁へ攻撃をはじめているから、挟み撃ちで。牛介のことは後で俺から重草くんに言って、ぜんぶ没収させるから』隠巳。
『了解です』縫。
牛介は兵士に護衛させて、蔵の扉が壊れる様子ばかり見ていた。
「あいつらわかってないよなー。陥落のどさくさで高級品を持ち逃げされたらどうすんだよ」
「横どりとか、考えてんじゃないっすかー?! つうか、やけに堅いっすね?! ……あーっ、開いた!」
「おい、待てよ湖車寺!」
内部の廊下には五つの扉が並んでいて、牛介は兵士にすべての破壊を指示する。
扉の上にはそれぞれ表札がつけられていた。
「『じろう』『さくら』……なんだこれ? おい、勝手に運び出すなよ?! まずは集めて確認……湖車寺は入り口を見張れってば!」
牛介は呼び止めるが、パーマ大男は最初に開いた部屋へ飛びこむ。
「うっひゃーあ?!」
「おい、よこせって!」
牛介も追いかけて入り、床に倒れた湖車寺が、大型の肉食獣に襲われている光景を見た。
「なんすっかこれーえ?! なんでトラっすかーあ?!」
「わ……罠?」
周囲の喧騒にまぎれ、うなり声がいくつも聞こえることにようやく気がつく。
「なんだよ、ここ……?! 指示・停止! 扉は開けるな!」
牛介が部屋を飛び出すと、残り三部屋の表札『おいちゃん』『おばちゃん』『たこしゃちょう』も目に入ったが、やはり意味は理解できなかった。
「なんでヒロシじゃないんだ……ていうか名無し武将を先に名づけてやれよ?!」
入り口の前にいた二匹の巨獣が振り向く。
すでに兵士はすべての扉を開け、悲鳴を合唱しはじめていた。
『だから俺はあれほど言っ……!』
縫と隠巳へ届いた意味不明の内緒連絡がいきなり途切れる。
『なに?』
縫が城壁の上へ弓矢で応射しつつ自軍リストを確認すると、牛介の名が消えていた。
「あっちゃー」
そして背後から悲鳴とうなり声の群れがせまっていた。
となりでは隠巳軍が後方から大型猛獣に襲われ、大混乱をはじめていた。
「あっちゃー」
兵士は盾をかまえることもできないまま、矢の雨に次々と倒れる。
そのころ、永松たちは目の前から李鶴が去ってジョコウ持ちの部隊だけ残り、ひと息ついていた。
「永松さん、蔵をあきらめるって、山側に置いてある食糧を丸ごとあげてしまうんですか?」
「いえいえ、敵にエサをあげるのではなく、『敵を』エサにあげるのですよ~」
小柄な女子は背を丸め、長い前歯を光らせて「シシシッ」とふくみ笑う。




