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3 曹操の飛翔3 戦ってみよう(園本)


 連なった低い山頂で、簡素な柵が数十メートル四方を囲んでいた。

 小さなテントが縦横数個ずつ並び、中央の一つだけは数倍の大きさ。


 中では六人の少女、ひとりの少年、三人の中年男が丸く向かい合っている。

 ほとんどの少女が高校生女子の平均前後の身長。

 鎧は簡素な品がひと通りそろい、全員が剣を持ち、半数は槍や弓も持っている。


 全員が頭上に名前を青白く表示しながら話しているが、その中で『園本そのもと』という少女だけは退屈そうに黙ったまま、常に視線を集めていた。

 気品のあるすまし顔は縦ロールの栗色髪すら自然に似合っている。


 長い天然パーマの少女は前髪に半分ほど隠れている目を園本に向けて細い声を出す。

「ジャズ研はですね、吸収を希望するそうです。同盟よりもです。君主の幹腹みきはらさんがダメなようです。プレイヤー以前に人としてです」

 ずっと薄笑いを浮かべている。

 名前表示は梓呼あずよ


 その隣にぴったりくっつく頭ひとつ小さな少女も大きくうねる短髪。

「山賊さんからもらったボロ陣地、もうすぐお別れ?」

 やはり前髪が目にかかって表情はわかりにくいが、ずっと薄笑いしている。

 名前表示は梓庇あずひ


「これで音楽系はほぼ統一ですか。成長ペースでは悪くなさそうです」

 目が細長くアゴの丸い少女が口の片端だけつり上げる。

 名はあい


「でも俺ら、マニアってほど三国志に詳しいやついねえから、人材の取りあいとかは不利じゃね? 有名武将の出身地とか知らねえだろ?」

 やせた顔体に派手なオレンジ髪、小さな口ひげのある少年もチラチラと園本の顔を見ながら口をとがらせる。

 名は廓斗くるわと


 その目の前をさえぎり、外から会議場に入ってきた少女が割りこむ。

「賊。多い」

 目が小さく陰気な顔で、入口の端を指す。

 名はくばり


「はいよん。え、私だけじゃ足りんくらい? ……みたいやね」

 小さく鋭い眉にたれ目の短髪女性は槍を手にテントを出て目をこらす。

 名はじゅん


「指示・警戒・陣地。北、東、西。ほい園本、許可だせコラ」

 黒髪を整髪料でかっちり固めたメガネの少女が『名無し』と表示された中年武将三人にポンポン指示をだし、そのままの口調で縦ロール少女にも催促する。

 名は告遠子ことこ


「だしてくださいませ、でしょコラ」

 園本はとりすました笑顔で『採用』の文字を選択し、剣を手にテントを出る。

 追いかけて全員が外に出ても会議は続いていた。


「私もマニアではなくて。ゲームはそこそこで。ハードモードには手を出さなくて。検索は好きな人物に集中で。あとは関連する考証で。役に立つかは疑問ですね。妹もですかね。さらに歴史学や政治学よりの興味ですかね」

 梓呼がとなりを見下ろすと、梓庇も遠慮がちにうなずく。


「園本はそれ以前だけどな。ゲーム研を兼部しているといっても、犬南いぬなみちゃんとのつきあいで登録しただけで、たまに部室へ行ってもボードゲームやトランプばっか」

 告遠子が皮肉そうに笑い、メガネを指一本でクイと整える。

「パズル系やスポーツ系なら機械のゲームも少々」

 園本がニヤと笑い返す。

「それでなんで勝手に部員を賭けるかなあ。せめて開始直前でなけりゃ、予習や打ち合わせもできたのに……文芸部とか、いかにも三国志マニアやゲーマーの巣窟じゃねえの。遠行とおゆきくんは従兄弟だろ? 恨みでもあんのか?」

 告遠子がネチネチと笑い、さらにメガネをグイグイ整える。

松路まつみちのくせにやけにはりきっていたから、洒落みたいな?」

 園本もとがった八重歯を見せて意地悪そうに笑う。


「でもやるからには勝たないとね。みんな、頼りにしているから」

「むちゃくちゃ言いやがる。こんな女王様のわがまま、許すやついるかあ?」

 全員が挙手した。

 告遠子と園本まで。



 陣地の出口にふたりの大男が立っていた。

 ひとりは百九十センチ近い背に猛牛のような顔体。

 もうひとりはそれよりやや低いが、顔体に異様な幅があって重量では上に見える。

 大男たちの装備も園本たちと似たようなものだが、持っている槍は斧を合わせたような形状で、全体にも大きく重く見える。


「貴様がこの地の侠客きょうかくを統べる園本か! 腕前を見せてもらお~う!」

 猛牛のような叫びをあげた大男の背から、どこからともなく数十人の男たちが現れる。

 装備は槍だけまともで、あとは胴鎧しかつけてない。


「私の名前、知っているんだ? きょうかくってなに?」

 園本が走りながら『出撃』の文字を選択すると、陣地のあちこちから数十人の男たちが走り寄ってくる。

 装備は斧ならマシなほうで、鎌、竹槍、棒きれ、あとは農作業と変わらない粗末な着物だけ。

 全員の頭上に『園本軍・園本配下兵士』と小さく表示されている。

「民間の武装集団。用心棒から暴力団、山賊まがいまで幅広く指す」

 告遠子も解説しながら数十の『園本軍・告遠子配下兵士』を展開する。


「そ~いや、警察でもないのに勝手に山賊退治しまくってよかったん?」

 淳が走りながら首をかしげる。

「政治の混乱で警察は役立たず。警察が山賊に落ちぶれたり、大きな山賊が警察になりかわったりが頻繁な時代だから、賊とされる集団に対抗するだけでもヒーロー扱い。賊まがいの集団でも」


「実際、有名武将にも『まがい』ですらない賊出身は多いですねえ。……しかしあのふたり、本当に山賊ですかねえ?」

 逢が細い目をさらに細め、不安そうに頬をさする。


 合わせて数百の園本軍が迫ると、相手兵士は一斉に散り去った。

 しかしふたりの大男は仁王立ちでとどまり。先頭の農民兵が到達するなり、野獣のように吠えながら暴れはじめる。

「ぶごおっ! ぶごっ! ぶごっ!」

「んがあっ! んがっ! んがっ!」

 ふたりを前に兵士は数人ずつ次々とふっとび、武器はかすりもしない。


「うわっ、あれ強え! 兵士は一端、もどしたほうがよくね?」

 ヤセヒゲ廓斗がわめき、メガネ告遠子が手ぶりでツッコミをいれる。

「もどしてどーする。私と淳さんと園本で牛男を集中してみるから、そっち五人はカバ男を足止め」

 メンバーの多くは指示に不満顔だったが、園本がうなずいて牛男へ向かうとそれぞれに持ち場へ駆ける。



「囲んで『ぜやぜや』使いまくればなんとかなるっかあ?」

 淳は牛男の横へまわろうと速度を上げる。


「正面と息切れは避けて。おっと、みんな兵士には『慎重』を指示!」

 告遠子の声で園本の前に『採用』『却下』『保留』の文字が並ぶ。

「採用」

 園本がつぶやくと選択肢は消え、兵士たちは大男の武器が届かないように距離をとる。


「てえ~いや~あっ」「てえ~いや~あっ」

 兵士が背後からの一撃離脱ばかりになって攻撃がまばらになると、ひとりずつの大ぶりな動作、間延びした声が目立った。


 淳は牛男を中心に園本の逆側へまわりこみ、一気に間合をつめて槍を振り回す。

「ぜやあっ! ぜやあっ!」

「この声だっきゃどうも慣れんなあ……うっし『突撃』!」

 同じ淳の声が重なって聞こえ、最後のかけ声と共に動作が加速する。


「ぜやぜや! ぜやぜや!」

「ぶごぶごっ! ぶごぶごっ!」

 牛男もあわただしく防ぐが、時おり淳の槍がかすりそうになる。


「お。いけっかな? でも無理せんでおくかね……」

 小さな息ぎれの音を重ねて発しながら淳が後退すると、背後の兵士たちが守るように前面へ出る。

 牛男はひと振りで二体の兵を斬り散らしたが、その背後には園本が縦ロールをひるがえして迫っていた。


「ええいっ! ええいっ!」

「突撃」

 鋭いかけ声の連呼に、落ち着いたつぶやきが重なる。


「えいえい! えいえい!」

 死角へまわりこみながら、動作を加速させて一方的に攻めたてる。

 牛男は防ぎながら振り返ろうとするが、なかなか追いつかず、園本の槍が腕や足をかすり、打撃が飛び散る光となって見える。


 しかし正面に園本を捉えた瞬間、叫び声が異様になった。

「ぶぶぶぶご! ぶぶぶぶご!」

 重そうな槍を持ったまま、プロボクサーのような連打。

 その速度に合わせた不自然な咆哮。


 告遠子がメガネを鋭く光らせる。

(武器が同じなら、使用者によるダメージ差がないことは実験済み。つまりこのゲームは『武力の差』を『手数の差』だけに集約した大胆な設定! そして身のこなしは自動。数少ない操作技術は突撃のタイミングと位置どり。それで勝てるようになっている……なんてことを戦闘中に言っても、誰も聞きとれんだろうから言わない私だ!)


 園本は牛男が正面を向く直前、息ぎれの前でも後退をはじめていた。

 盾となった兵士が派手になぎ倒され、園本はそれを目の前にしながら、なにくわぬ顔で横へ横へとまわりこむ。


「しぇえーい」

 告遠子は本気か茶化しているのか判別しがたい声で一撃だけ加勢して、すぐに逃げる。

 それでも園本が逃げ、息の整った淳が敵の背後から飛び出す補助にはなった。


「ぜやぜや! ぜやぜや!」

「うまく連携すりゃ、ぎりっぎりかあ?」

 淳のつぶやきを聞くまでもなく、告遠子はカバ男の様子も見ていた。

 兵士が派手に飛び散り続けている。

(それでいい。そのあたりは言わんでも通じてくれるやつらだ)


 残り五人の仲間でカバ男を囲んでいるが、攻撃速度は淳や園本には及ばない。

「ほおーう」「くかーあ」「しひょーう」「しひぇーい」「しぱっ」

 真後ろ以外では仕掛けず、大量の兵士を犠牲に逃げまわっている。


(引き離しておくだけでいい。脱落プレイヤーだけ出さないようにしてくれ。こちらを倒すまでの我慢だ。園本と淳さんならいずれ勝てそうな能力バランスは読みどおり。問題があるとすれば、予想外に手際が悪い私くらいだ!)

 もちろん告遠子は口に出さず、兵士の中を逃げまわりながらメガネを直し、不敵に笑うだけだった。

「しぇえーい」

 告遠子の攻撃は決して当たらないが、ないよりはいい。

「ぶぶぶ……ぶごお! ぶご!」

 背後に近い角度ほど応戦の速度が落ち、真後ろなら反撃の心配は薄い。


「しかしこいつら、突撃しっぱなしでよう息ぎれせんなあ?」

 淳があきれた声を出した直後、牛男の動きが変わる。

 入れ代わりに突撃した園本の攻撃を防ぐだけで、反撃しようとしない。

「これはたまらん! 降参いた~す!」


「あ。えーと、捕縛!」

「捕縛!」

 淳、続いて告遠子が叫ぶと、兵士たちは縄をどこからともなく取り出し、牛男へ一斉にたかる。

 園本はその様子を見ることもなく、カバ男へ向かって走っていた。

 淳もあわてて続く。



 ふたりの大男はひざをついて後ろ手に縛られる。

 いかつい顔をさらにいかつくさせて得意顔だった。

「さあ、いかようにもなされよ!」

「なされよ!」

「我ら敗軍の将として、不様はさらすまい!」

「さらすまい!」

 牛男の口上にカバ男が語尾だけ便乗する。


「さて、説得ができるものかどうか……」逢。

「山賊を? 仲間に?」配。

「大きな戦力では? 置き場所を考えればよいのでは?」梓呼。

「裏切られたら元も子もねえだろ。どうやって見張るんだよ?」廓斗。

 淳は物珍しげに大男たちをながめ、仲間の言い合いには興味を示さない。


 園本はなにくわぬ顔で場にいるメンバーを一度だけ見回すと、大男たちに近づく。

 青白く『処罰』『会話』『放置』『解放』といった選択肢が表示されると、即座に『解放』を押す。

「てえ~いや~あ」と配下兵士の真似をしながら。


 口論メンバーが驚いて身構える中、告遠子だけは冷静にメガネをなおす。

「ん……まあ、抵抗はせんでしょ。えーと……ちっ、園本に先を越された」

 舌打ちを聞いて園本がニヤと笑う。


「これはなんと!」

「なんたる度量か! 戦場の采配も見事! 腕前をはかるなど、失礼いたした!」

「感服のいたり!」

「ここにいたり、我ら仕えるべき君主を得たり! どうか御陣営に加えていただきたい!」

 今度はカバ男の一言を受け、牛男が補うように口上を述べる。


 武器をかまえていたメンバーは緊張をゆるめ、賞賛の目を一点に集める。

 なぜか得意げな告遠子の横で、園本は『臣下にして従える』『編成』と手元の選択を青白い文字で公開していく。


「あー、まあ、最初から本気だしてない感じではあったよな……だからだますつもりかとうたがったんだが……」廓斗。

「なぜ言わない」配。

「わざわざ集落の外で待っていたことはおかしいと思いましたが、たしかにもう罠の疑いはありませんでしたね。いやさすが園本さん」逢。


「あんなに強いのに、配下が一斉に逃げたことが不思議でした」

 梓庇が梓呼の背後でつぶやくと、園本は操作の手を止め、笑顔を向けてうなずく。

「私もそこから考えた。わざと兵士を遠ざけて、言葉どおりに『腕試し』をしていたみたい。今、ふたりの兵士数を確認したら、やっぱりデータには残ったまま。これなら減った以上に増え……あれ? こっちの減りがずいぶん少なくない?」

 メンバーの兵士数が公開表示され、告遠子も首をかしげる。

「手加減していたとか? しかしダメージ表現が嘘をついているとは思えない……なにか回復の要素があるとか? 統率力や魅力で負傷兵のもどりやすさが決まるとか……」


「戦略ゲームとか三国志は詳しくないから、そのあたりはみんなにお任せ」

 園本がすまし顔で両手を上げると、ふたたび廓斗、逢、配、梓呼たちの言い合いがはじまる。

「な、なあ。本当にこいつら、もうだいじょうぶなん?」

 淳だけがまだ槍をかまえていた。



「このふたりは名無しじゃないのか。文集と顔料……って書くわけじゃないのだろうけど。有名な人?」

 牛男の上には『ブンシュウ』、カバ男の上には『ガンリョウ』と表示されていた。

「最初の一文字は合っています。武力ではトップクラスの猛将です」

 梓呼が細長い腕をのばして大男たちを紹介する。

「プレイヤー以外の名前あり武将は、ほぼなにかしらでトップクラスです。有名どころの数十人しか用意できなかったそうです。開発時間がなかったそうです」

 園本が目をぱちくりさせる。

「有名人が数十人もいるの?」

「ゲームでは登場人物が数百にのぼることも珍しくない物語です。その上位一割です。極めたマニアさんは千数百とか把握しています。とはいえこのふたりは、劉備リュウビ配下で最強格の『関羽カンウ』に序盤でアッサリ斬られちゃいます」

 梓呼が細い声で活き活き解説していると、廓斗がわりこんでくる。

「おいおい官渡かんとを序盤あつかいじゃ、虎牢関ころうかん黄巾こうきんはどうなるんだよ? それにその説明じゃ、まるで手ごろなやられ役みたいな……」

「違う?」配。

「年代で言えば十分に序盤で……」逢。

 園本は苦笑しながら両腕をぶんまわして中心へ割りこむ。

「はいはい。三国志論議はゆずり合いの精神で。好きなほど熱くなりやすいようだし、白熱すると私がついていけないし」


「たしかに、たかが部活動のゲームにいつの間にか熱くなっていたな。単純なわりに、思ったよりは楽しめる」

 なぜか得意げな告遠子を指し、園本が梓庇の隣にかがむ。

「他人の悪いところばっかり探して育つと、ああいう人になっちゃうから気をつけましょうね~?」


「は~い。気をつけま~す」

 梓庇以外が一斉に返事をした。

「ちっ」

 告遠子がニヤニヤと顔をそらす。




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