23 虎牢関の戦い2 内部統制してみよう(全体・練宮)
長任の領地に多い牧柵が高く厚くなっていた。
「もともと畑や牧畜の施設が異常に充実しているので、補強しても目立たないという妙なメリットがありましたね」
永松は皮肉をこめた苦笑で城を囲む柵を案内する。
ふたりの男子を連れていた。
「厳彦さんは大学のサバ研……サバイバルゲーム研究会なので、射撃戦闘の専門家です。武力も高くて璋軍では攻撃主力の一角ですよー」
鎧に毛皮を羽織ったガッシリ体型でほおのこけた男子はひざをつき、転がり、様々な角度から指で狙いをつける。
「そんな人がいるなら、城主を交代したほうが……」
先を歩く長任は困ったように頭を下げる。
厳彦も柔らかい笑顔でおじぎを返す。
「いんやー、交代システムの問題もあるけど、自分は人を撃ちたいんで。人を。あいや、攻撃されないかもしれんですが。こうやって巡回して防備を考えるだけでも楽しいんで。統治や指揮はなるべくお任せしたいですわー」
「登芝さんは大学の入浴ツアー研究会の会長さんで、人づきあい全般にお達者ですし、レジャー全般の猛者だったりもします」
長任はもうひとりの男子を見て、緊張した顔で頭を下げる。
相手も同じように丁寧に合わせた。
長任へ永松から内緒話の通知が届く。
『こう見えて気さくないい人ですから』
「能力値も含め、幅広く頼りになるおふたりです。加えて長任さんと私の四人で、食糧庫であるこの地の守備を担当します……輸送部隊のかたは?」
「さっき、寥花ちゃんから十八名の入国申請あったから……来てるね」
高い柵をものめずらしげに見上げながら近づいてくる大軍勢がいた。
「どもー! 弁当配達の担当でーす!」
おとなしそうな大学生男子が多い群れの先頭で、活発そうな女子高生が手をふっていた。
「ずいぶんと連れてきましたね~」
永松が手を組んで礼を示し、皮肉そうに苦笑する。
「この子がー、首都を守ったついでにぶんどったやり手ちゃんかー」
厳彦もほがらかに礼をして、寥花も返す。
「イェー! と、言いたいところですが、私は弓帳三姉妹様の手先にすぎませんから。今回は梁黄さんと優秀ステータスの三名様が出撃組っす」
人壁が開き、おとなびた長身美女と、顔つき体つきのりりしい剣道部の三人が進み出て会釈する。
「こちらの四名様がコンパ連合をぶっつぶして引き返すまで、私の安心安全ステータスでは長任様など襲えません!」
寥花は悲しげな笑顔で自分の頭をぺちんとたたく。
文官服の登芝がゆっくり二回うなずき、寥花をはじめ来訪者の多くが緊張した。
長任も少し緊張しながら、笑顔のこわばる寥花に拝礼する。
「私も名ばかり領主だから。統治は永松さん、防衛は援軍の先輩がた頼りで……というか戦争ベテランの寥花ちゃんと違って、はじめての対人戦争だから、いろいろ教えてもらえると助かります」
寥花は反応が遅れ、ちらと梁黄の変化にとぼしい微笑を確認した後、困ったように笑った。
「え、ええまあ。善処させていただきまーす」
城内からもプレイヤーがぞろぞろと出てきて、先頭にいる団子髪の長身女性は背後の三人を手で示す。
「さっそく兵士を二万ずつ配分していただけますか? 分配は各軍で行いますので」
遠行軍の老け顔マッチョの横蓋、園本軍の女性ながら短髪で筋肉質な淳、そして璋軍の角刈り大柄マッチョ呉次がそれぞれに名前と所属の表示を出して手を挙げる。
梁黄はうなずいて編成の操作をはじめる。
「先に話し合っていたんですけど、四軍のにわか連合だとまとまりが心配なんで、なるべく璋軍が主導する形で合わせてもらっていいですか?」
遠行が確認すると、梁黄はほほえんでうなずく。
「あと人数が多いんで、うちは横蓋さん、園本軍は豊田さん、璋軍は正法さんが話し合いの代表になっています」
梁黄は紹介された三人へほほえんでうなずく。
横蓋はその美貌を人間かどうか疑うように不思議そうに観察する。
「じゃ、さっそく出発で」
豊田も一応は驚いていたが、そっけない。
「ん。気づかれない内に、一秒でも早いほうがいい」
正法はむっすりと無愛想なまま。
「簡単な紹介くらいしません? 私は園本軍の代表、園本初紹です。こちらはうちの主力武将のガンリョウさんとブンシュウさん……有名なかたなんですよね? それと智将の主力はこちらの豊田、組授、告遠子。淳さんと于示林くんは人間プレイヤーでも武力70に届いた頼りの指揮官で……すみません、どちら様でしたっけ?」
園本が紹介していった最後にプロレスラーのごときオールバックのヒゲマッチョがポージングしていた。
豊田が女王の頭頂へチョップを入れる。
「幹腹さんと同じ大学ボランティアサークルの鳥番さんだよ! オレたちと一緒に入って、ずっといたし、ここまで一緒に歩いていた!」
鳥番は突然に両腕を振り上げて叫ぶ。
「慈善活動で鍛えた俺の武力(積極性)もちょっとしたもんだぜええ!?」
鳥番風水
体力60・武力70・知力10・徳力20
誇らしげに公開された能力数値に一同は驚愕し、うなずくしかなかった。
「ま……まあ確かに、ある程度の情報は共有したほうがいい。こっちも……」
正法の視線で璋も軽く頭を下げる。
「玉季璋です。大学の学祭実行委員の委員長と、女子空手部の副部長をしています。璋軍の代表ですが、攻撃部隊の指揮は智将の主力である正法くんにお任せしています。呉次さんは男子空手部の部長で、ゲーム内でも戦闘の主力です。それと子達皿さんの四名で……出撃です」
出撃部隊の合計兵数三万を表示する。
遠行軍と園本軍は九名ずつが全員出撃で、角黄軍の出撃は六名、三軍とも兵数は四万。
「ま……兵糧は安く提供したから、これくらいの差は勘弁してくれ」
正法がかすかに苦笑すると豊田と横蓋もうなずく。
「どう見たって余ってそうな充実ぶりだけどな」
「ありがたいのはたしかだ……それにしても作物の種類までやたら多いよな?」
長任が片隅でうれしそうに照れ、永松が苦笑していた。
「角黄軍の梁黄です。主力はシュウソウさんとシュウタイさん。そしてこちらの白穂さん、朱獲さん、虎植さんもバランスよく能力値が高く、頼りになるかたたちです」
片隅で寥花が複雑なニヤつきかたをしていた。
横蓋は遠行に手を合わされ、一歩出る。
「俺と組茂はシュウユ軍の出張組で、実質で遠行軍の傘下だ。代表はこっちの日美子ちゃん……じゃなくて遠行な。日美子ちゃんはまとめ役だ。智将はロシュク先生が頼りで、あとの四人は……えーと……」
有象無象の男子高校生たちは悲しげに諭渉、勲張、橋塚、凍紀と名前表示を出す。
「すまん……まあ、ぶっちゃけ主力は俺と組茂だ。あとはなるべく二人以上で動くようにしている」
「ねえ、まとめ役じゃない代表ってなに?」
「主力も参謀も交渉役も別みたいですしねえ?」
園本と告遠子が聞こえよがしにギシギシ含み笑うが、遠行は顔を向けようとしない。
「日美子ちゃん、プレイヤーの中には精神的なゆさぶりばかり好む異常者もいるから、相手にしないようにね」
「ライブで見ていた園本さんが遠行くんの従姉妹さんと聞いた時は意外でしたが……」
日美子が苦笑いで切った言葉に横蓋は深くうなずく。
「不憫な遺伝子のかたよりだが、強く生きろよ」
園本はうわ目づかいにほほえむ。
「横蓋さんはこの機会に移籍して、園本軍を助けていただけたらうれしいです」
「ありがとうよお嬢さん。だがその話はまた今度な」
横蓋が照れて頭をかき、その脇を遠行がひじで小突く。
「あのヤロー、ああやって探り入れているだけっすよ」
「本人がうれしさこらえて軽く流しているのに~」
日美子が苦笑してつっこむと、告遠子は指をさしてバカ笑いする。
「ぶはーっ?! なにその子、遠行のママ役?! いや、ママは横蓋センパイで、まさかの嫁役?!」
園本も肩をたたかれ、薄笑いで首をかたむける。
うろたえる遠行を押しのけ、日美子は腰に手をあて胸をはる。
「私にはすでに、猿喚ちゃんという嫁がいますから!」
「ぶはーっ?! 遠行じゃ君主になってもゲーム嫁さえできねえか?! あ、私はこっちの于示林クンのゲーム嫁からリアル嫁をめざしてラブラブ中だから、遠行クンごめんねえ!」
メガネ女子の恥知らずな挑発をウザがる視線が自軍を含めた全体から集まる。
「親睦も深まったことですし、さっそく出発しましょうか」
日美子がそでをひいて苦笑すると、遠行も眉間にしわをよせたまま背を向ける。
「まったく、バカの相手は時間の無駄だよな」
自軍のメンバーを門へ押しやるが、その中でブルドックのごとき悪人顔の中年文官はゆっくり頭を下げる。
「ふ。ふ。我が君はそれで志に近づけたとお思いですか?」
「いや、今はそういうのいいから……それにしても……」
遠行は少しだけふり返り、日美子もそっと耳打ちする。
「素材を提供した人ですかね?」
園本軍、璋軍、角黄軍の出撃部隊もついて来ていた。
その背後で、寥花および大量の有象無象、そして長任ら城の守備隊が見送っていた。
それぞれに手をふったり声をかけあうが、守備隊の登芝がゆっくり頭を下げると全員の顔が少しだけ緊張する。
「ふ。ふ。生きて帰り、湯につかってようやく勝利と言えるのです」
若いながらもふてぶてしい悪人顔がニヤリと眼光を放った。
そのころの重草軍は会議場に数十人がひしめいていた。
「俺らの兵士がどれだけ減ったか知ってる? 装備もレア能力もあっての被害だぜ? お前らが角黄軍とぶつかっていたら何回死んでいたと思うよ? それを俺らが代わりに防いだわけよ。それくらいの常識はわかるよね?」
巨体にアクの強い顔と口調の重草だけがニヤニヤと声を大きくし、とりまきの十数人は冷たく見下ろし、残りのほとんどは息苦しそうに顔をふせていた。
その中でやせたギョロ目の男文官……練宮はぎこちなく笑いながら考えていた。
(自分ではじめた首都攻略に失敗して、なにも得られず戦力をさんざん減らしたのに、まるで功績かのように恩着せがましく……いやはや、とんでもない『常識』があったものだ)
(このゴリ押しで片っぱしから合同コンパを持ちかけ、目をつけた女子だけ引き抜こうとして……怖がった女子や、脅され恥をかかされた男子の退部が続き、私のいたホームステイ研究会も消滅……こじんまりと温かい居場所だったのに。だから私はあえて、総スポとも関係が深い、旅行研究会に入ったのだ)
「勝馬のやつはすぐに有名NPC貸してくれたぜえ? 勝たなきゃしょうがねえんだから、当たり前だよなあ?」
話をふられ、色黒の丸刈り男が軽く会釈する。
長身で筋肉質なやせ型で、脚が長い。
(陸上部の勝馬さんは思ったよりヘタレでしたねえ。まあ、重草と高校時代からの友人であることが悪くはたらいただけで、服従しているわけではなさそうですから、まだ使いようだと思うのですが)
「釘原ちゃんは俺らの軍が消えたあとで自分の戦力だけ持っていて、なにかおもしれーの? どうせ今日中に消えるゲーム内だけの数字だよ?」
重草が威圧している相手はひとまわり小さいが、それでも大柄でがっしりとした筋肉質で、重草よりも不機嫌そうに口をひん曲げてニヤついていた。
「知らんがな。そんな話はしとらんわ。協力はしとるじゃろうが。自分たちで集めた軍は自分たちで動かしたいだけじゃい。子分あつかいで頭ごなしに命令されるくらいなら、兵士なんぞ返して抜けるわい」
「頭ごなしってなに?! 話をこじらせて、みんなを困らせているのはそっちだよ?! 今さら兵士を返すとか、スタート時点じゃ同じ数で何倍の価値があったと思ってんの?!」
「ほしいとも言っとらんがな。それに……」
「ゲーム時間をもどして、ここまでチームを育てたみんなの努力まで責任とれるっていうの?! どうやって?!」
「さっきから話し合いになっとらんじゃ……」
「自分の都合だけじゃなくて、チーム全体のことを考えてほしいだけなんだけど?! 俺は考えているよ?! 釘原ちゃんもチームのひとりだし?! みんなに気をつかってマジしんどいわあ!」
(釘原さんは序盤からプレイヤーを多く集めた重要戦力だし、ラグビー部だから体育会系のつながりも……とはいえ、よく持ちこたえていらっしゃる)
(いずれにせよ、このウンザリとしんどい空気はもう、重くなるだけ重くなってしまえ。みんなが危機を感じなければ、もうなにも変えようがないところまでひどくなってしまった)
練宮はメンバーの表情を盗み見る。
(これがゲームをしている人間の表情とは……これで勝てたところで、なにが楽しいのやら。リアルより醜い上下関係に支配され、リアルより多くの人に嫌われ、どこが『勝ち組』なのやら……ん?)
練宮は自分のそでに、いつの間にか手紙が入っていたことに気がつく。
非公開でそっと開き、目を見張る。
『反重草連合が夜中に出発しました。そちらには内応者もいます。 弓帳宝黄』
立て札のように声と顔が伴い、いつものようにほほえんでいた。
(なんのつもりだ?! 奇妙だ……裏切りを誘う調略にしては、説得も報酬もない。渡す相手を間違え……いや、それなら『内応者もいます』という言葉は不自然だ)
(おっと、『調略の手紙』は必ずしも調略が目的ではありませんね。内部に疑心暗鬼の不和を起こす、まさに三国志の孔明が得意とした……って待て。いや待てない?! もし弓帳三姉妹が重草と手を組み、私を試しているなら、この手紙を開いてから考えこむ時間が、そのまま『反抗意志』の強さとばれる?!)
練宮は自分が盗み見ていたつもりだった仲間からの視線を意識するが、下手には目を動かせない。
(……いや、それなら、なにか指示があるはず。なにかしら動かさないと、裏切りを確認できない)
(やはり単純に、私の反抗意志を見抜いた協力要請か? 確証が薄いから情報をしぼって、失敗した時の損害を減らしたか? ほかの者にも同じ文面を届けている可能性は……あったとして、しかも重草に報告されたとして、私はこの内容の薄さから『とりあう必要もなさそうな、からかいだと思った』と言い逃れるか……宝黄さんはしばしば挑発めいた襲撃をしていたし)
(おっと、警戒するばかりでは視野が狭くなる。前向きに考えるなら、私の気性まで見抜き、あえて報酬を書かなかった憎い演出かもしれない。そして能力まで見抜き、立ち回りを任され……うぬぼれすぎか?)
練宮は無意識に顔がほころびそうになってこらえる。
重草の不愉快ながなり声はまだ続き、釘原の背後にいるひとりひとりにまで確認していた。
「お前もそう思うわけ? お前も? いや、自分の意見を言っていいんだよ?」
釘原の仲間は苦笑いで返したり、気まずそうに首をかしげたり。
その中で鬼続と表示されているプレイヤーだけは声を出した。
「いや、俺は別に、負けるくらいなら、NPCを貸すくらいはいいと思うんだけど……」
「あ~、やっぱりそうなんだ~?」
まわりくどく陰湿ないびりが続く中、練宮は場の誰よりも暗い顔で肩を落とす男文官に着目する。
(充さんの社交テニスサークルはかつてコンパ系の中心で、所属には厳しい規則があった紳士淑女の集まり……でも総合スポーツが幅を利かせて合同コンパを仕切るようになってからは、もはや支部のような扱いで、品性もガタガタに)
練宮はそっと充へ内緒話を送る。
『こういう公開処刑だけでも内密にやってもらうには、どうしたらいいんでしょうねえ? 今度の学祭は抜き打ちで来るOBも多いと聞きましたし』
充からの返事はなかったが、小さな目をゆがめ、顔が赤くなっていた。
練宮は心配そうな顔を装いながら、隠れてかすかにほくそ笑む。
(伝統のあるサークルだけに、今はOBの非難と板ばさみですよねえ? うまくたきつければ、動いてくれそうなコマです)
「ほら~、釘原ちゃんは『自分たち』とか言いつつ、結局は『自分』ひとりの意見じゃねえの? 誰も反対なんかしてないし……」
重草は釘原がニヤつきも失って険悪な顔になると、急に柔らかい表情と声になる。
「まあでも、釘原ちゃんがまとめてきた仲間だもんなあ? 俺もちょっと、そっちに合わせて考えてみるから、みんなに迷惑かけないように、こっちでもう少し話を聞かせてよ」
重草が頭をへこへこ下げて奥の別室へうながし、釘原もしかたなしに従い、練宮はふたりの背を見る。
(内部分裂の機会を逃がしたか? ……いえ、心配ないでしょうね)
重草が背後へわずかに合図をして、とりまきもぞろぞろと後へ続いた。
全員が二分後にもどる。
釘原の仲間メンバーがなにかに気がついて動揺していた。
「釘原ちゃん、こういうゲームに向いてないから、やめたみたい。勝つ気がないとか意味不明な自己満足をみんなに押しつけていたら、そりゃあ居場所もなくなるよね? ゲハハハハハ!」
重草とそのとりまきたちがバカ笑いして、それに怯える何人かもぎこちなく笑い、まぎれて練宮もほくそ笑んでいた。




