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20 江東の虎13 狩ってみよう(寥花)


 長任ながとう永松ながまつと再会して地図をながめる少し前。

 剣元寥花けんもとりょうかは鎧と剣の武官姿で馬に乗り、角黄すみき軍領内の端で待機していた。

 赤茶に近い髪は短くはね、活発そうな顔つきは落ち着きない態度を強調している。

 視線の先、谷の間道から、黒馬に乗った黄色い文官服の少女が現れた。

 胴鎧を重ね着して、手には身長ほどもある黒い長斧。

 弓帳宝黄ゆみとばりほうきのイエローブラウンの長髪はキッチリ切りそろえられ、おとなびた美貌のほほえみはそれだけで寥花の軽々しい愛想笑いを圧倒する。


「おつかれさまです。さすがに重草しげくさ軍も配置を変えてきたのでは?」

 寥花が聞くと、宝黄は静かにうなずく。

「はい。ですから裏をついて名無し武将さんをひとりだけ」

「う~わ~、三人目も成功しちゃいましたかあ」

 寥花と一緒に待機していた男性武将たちも歓声をあげる。


(裏をつくとか、さらっと言うし。変更することは予測できても、配置なんてどう読むんじゃい)



 角黄軍は重草軍に勝って首都を陥落させてから、治安統制を極端に重視していた。

宝黄「山賊国家のままでは行きづまります。今が路線変更の好機ですね」

角黄「兵力の一時的な縮小は覚悟して守りに徹しますか」

梁黄りょうき「食料と財貨は首都ボーナスで大幅に増えましたね」

宝黄「それを内政の安定に使いましょう。角黄姉さんを中心に、知力か徳力に適性のあるかたが総がかりで。梁黄さんは軍規粛清のくり返し。私は周辺勢力の牽制でしょうか」

 三姉妹の静かに水を流すような話し合いはそのまま決定事項に落ち着く。


 寥花は宝黄と一緒に数百の兵士だけで領内を巡回するメンバーに選ばれ、しばらくは味方が負け続ける様子をながめてまわった。

 国境付近には名無しの中でも低性能な者が選ばれ、モラルの低い兵士が寄せ集められ、勝手に周辺領地を荒らしに行っては撃退されていた。


 各地のプレイヤーも戦力が整いはじめ、角黄軍の末端は手ごろなエジキにされている。

 撃退した勢いにのって領土深くまで入りこんで来た相手に限り、宝黄らが追い払いに向かい、領土外までは追わない。

 山賊業で苦しんでいた寥花は辛抱の時とわかっていたし、退屈はしなかった。


「そこは都市ごと譲る許可を角黄姉さんから得ています。予定通りの相手が最初に来てくださいました」

 宝黄の言葉にはたびたび、不穏なにおいが混じっている。


(この人の隣にいる緊張感はなんだろ? なぜか外敵とやり合っている時のほうが『ああ、これはゲームなんだな』っていう安心感があるんだよね)



 角黄軍の領地は豊かで、首都も含まれているが、四方を敵に囲まれている。

 何周目かの巡回で重草軍の領地に接した時、宝黄は突然に待機を命じ、単独で行って帰って来る。


寥花「お買物……ですか?」

宝黄「名無し武将さんの首をいただいてきました」


有象無象「すげえ! さすが宝黄さん! 重草軍のやつら、調子に乗りすぎでしたからね!」

寥花「こんな短い時間で? どうやって位置が……」

宝黄「巡回での観察から、相手の指示を推測できました。国境近くへ配置した部隊からの情報もあります」


(『情報もあります』って、身内の名無し武将や兵士の死にっぷりからの分析だよな~)


有象無象「すげえ! さすが宝黄さん! 今までの巡回はすべてこの準備だったんですね! ほかの軍もやっちまいますか?!」

宝黄「いえ、重草軍だけです。ほかの軍にはもうしばらく勝っていただきます」


(『勝っていただきます』かあ。身内にいる低モラル低能どもの切り捨ても兼ねてかあ。シュウソウとシュウタイや多少なり使えるやつらは少し奥で巡回させているし)



 そのまま宝黄は散歩ついでの気まぐれみたいに重草軍の領地へ寄ってはふたり目、三人目と名無しを狩りとってしまった。


宝黄「私たちが重草軍との決着を重視し、ほかの軍を後回しにしているように見せます」

 寥花は背中がぞわぞわして、思わず笑い出しそうになる。


(周辺全体の誘導も考えた方針でしたか。それだけなら『わー、考えるのが好きなんですね』で済むのに、なんでここで私たちなんかにバラしますかね?『裏切るわけがない』とか『裏切ってもかまわない』とか『裏まで察しているか試していますよ?』とか、味方も含めてプレイヤーを名無しみたいな駒あつかいしている気がしちゃうのは私だけでしょうか~?)


 寥花の肩に、そっと長い指が添えられる。

宝黄「寥花さんにだけ、お願いしたいことがあります」

寥花「なぁ~んでしょうかあ?」

 近すぎる宝黄の顔に寥花はひきつった笑いしか返せない。



 任務は偵察だった。

宝黄「接している璋軍領地の巡回パターンは単純なようですが、もしプレイヤーに見つかった場合、私では問題が大きくなりそうなので」

有象無象「すげえ! さすが寥花ちゃん!」

 四人の男性プレイヤーも同行していたが、寥花よりは劣るステータスだった。


寥花「いやはは、たしかに私みたいなザコなら、大事にはならないかも」

(私が斬られるだけ……というかこれ、偵察名目の処刑だったりします?)


宝黄「無理はしないでください。どこまで安全に潜れるかだけでも十分な情報です。可能でしたら領主や要人の性格や能力、暗殺方法も探ってください」



 国境では兵士数が二百での足止め警告が記されていたため、念のため八十まで落とし、馬と一緒に預けてから山へ分け入る。

「これだけいれば、のら山賊の大群くらいは逃げられるでしょ」


 歩き続けると川が遠く西側に見えてきて、さらに近づくと、広大な農地と牧場の高い柵が見えてくる。

「やけに気合の入った農場経営してんな~。長期戦でも予定してんのか? あの柵ウザい……かと思ったけど、城までの道はふさいでないか。牧畜の生産重視? というか日当たり水引きの都合しか考えてない? 畑の種類も妙に多いし……」


 考えこんでいた寥花はだんだんと意地悪そうな笑いを浮かべる。

「角黄軍と重草軍がつぶし合うと信じきっての生産特化とか、なめた考えかな~? 宝黄様にチクったら楽しいことになりそ~」

 そっと退路を確認した時、森の中をまっすぐに駆けてくる巨体の猛獣……虎が見えた。

「やっぱ処刑?!」


(いや、いくら宝黄ちゃんでも、これは想定外の事故のはず。それなら死ぬとは決まってない。川ぞいに城があるはずだけど、そこまでは無理……川を渡るか、せめてどこか利用できる柵を……)


 寥花は山を駆け下りながら、避難場所を探す。

「捨て駒をもっと連れてくればよかった~!」

 見かけひとり、十人ずつを小分けに切り捨てていく。


 残り四十まで減ったところで、意外に近くで川の音が聞こえてくる。

「よし! とにかく渡って、身を隠してやり過ごし……い?」

 森の中に突如、高い柵が建てられていた。 


「な、なにこれ?! なんて罠?!」

 柵ぞいに逃げると急斜面に行き当たり、背後で兵士の悲鳴が上がったので、さらに兵士数を二十切り捨て、残り二十。


 斜面を登りはじめた所で、その崖上で弓矢をかまえる馬上の鎧姿が見え、寥花の脳裏に『ゲームオーバー』の文字が浮かぶ。

 しかし長い髪の長身少女は驚いた顔で弓をそらし、心配顔でのぞきこんできた。

「もしかしてその虎、先に追っていました?」

「追われていましたああ!」



 寥花は崖を這い上がりながら、弓矢の連射速度に驚いていた。

(この人、武力70超えのエリートか?)


「虎はここまで登れないから、もうだいじょうぶ」 

 切れ長の目、化粧をすればかなりの見ばえであろう美少女がほほえむ。

「助かります……」

(璋軍の人かな? まあ、虎に喰われて脱落よりは捕虜になるほうが)


 しかし寥花が登りきってなお、弓矢の連射に夢中な様子だった。

「せやせやせや! せやせやせやせや!」

(流浪の狩り職人? 後ろから突き落としたら怒る?)


 かなり遠くまで追いやってなお執拗に連射を続け、最後にはなぜか小さなガッツポーズを見せていた。

「……あ。すみません。名前も出さないまま……」

 そしてなぜかうろたえた表情で、頭上に『璋軍・長任』の文字を表示する。


「高等部三年の長任です。ここで領主やっています」

「うおあっ!? ど、どうも。同じく高等部三年で、寥花という、角黄軍の者です……」

 寥花もあわてて『角黄軍・寥花・兵士数10』を表示して、剣を投げ捨てる。

「剣を落としましたよ?」

「道に迷った上、虎に追われてこんなところまで来ちゃって……すぐ帰りますんで!」

(ここまで入りこむとかありえないか。でもせめて捕虜で済ませてくれないかな~)


 長任は馬から降り、寥花の剣を崖下までひろいに下りていた。

(私は今、角黄軍て言ったよね? 表示しているよね?)


「用心のため、兵士を少し持っていく? 三百くらいあれば、また虎が出ても……交友認定しておけば巡回もだいじょうぶかな?」

 領主は侵入したスパイへさわやかにほほえむ。

(なんか前にも似た状況が……)



 寥花が探ると、なんの警戒もなく答えが返ってくる。

「長任さん、本格的に農業プレイヤーなんですね……」

「永松さんにもしょっちゅう呆れた顔をされる」

(胸が痛む……この人を暗殺とか、ちょっと無理)


「それにしても、弓帳さんたちがほとんどゲーム内容を知らなかったとは……」

「むしろ、えらく基本的なことをいまだに確認し合っているのが、かえって怖いッスねえ。それでどうやって今まで軍を拡大してきたのかと。素の性格と頭脳がどれだけ怪物なのかと」

(やべ。油断して私まで暴露しすぎた。まさかそーゆー罠じゃないよね?)


「じゃあ私は、みんなを待たせちゃっているんで、そろそろ」

「あ。私もそろそろ、永松さんがもどってきちゃう」


「なにからなにまで、お世話になりました……」

 会釈して背を向けた寥花の肩に、そっと長い指が添えられる。

「代わりに、というわけではないのだけど……」

 今まで屈託なく話していた長任の顔に陰りが差す。


「な、なんでしょお……?」

 寥花はひきつった笑顔でゆっくり背後へ目を向ける。


(ここまでして、ただで帰すなんて甘い話、あるわけないか~。二重スパイで情報流しの依頼? もしや暗殺返し? 話し通りのボケキャラだったら、こんな重要拠点の領主を任されるわけないか~)


「ここで見たことは誰にも言わないで欲しくて……」 

「え? ……あ、はい。余計なことは一切、言いませんとも。あは。あはははははっ」



 角黄軍の領地までもどると、宝黄が変わらぬ微笑、黒馬、黒長斧で待っていた。


宝黄「見つかってしまいましたか。虎も長任さんも予想外なので、寥花さんが無事に帰れただけでもなによりです」

有象無象「しかし三百も預けて帰すとは、よほど余裕があるんですかね?」

寥花「そうなのそうなの。農業特化も兵力が多いからじゃないかなーとか。本人も武力80くらいあるみたいだし、虎を兵士五百だけで追うくらいなんで、暗殺とかはちょっと難しいかと……」


(これくらいは言わないと疑われちゃう。流浪武将が立ち寄ってわかるような情報なら、言ったところで長任さんには問題ないだろうし……というか、いまだになにを口止めされたのかよくわからないけど)


 寥花の肩に、そっと長い指が添えられる。

宝黄「仲良しになれたようで、なによりです」


(そんな風には言ってないのに?! ただ見逃して放されただけって……!)


寥花「え、ええ。巡回ぬけのためもあって、交友関係にもなっていただいちゃって……」

 近すぎる宝黄の顔に寥花はひきつった笑いしか返せない。

(もしや宝黄さんは領内の様子なんかとっくに知っていたのか? やっぱり私、なにか試されている?)


宝黄「本当に予想外の功績です。頼りにしていますよ。寥花さん」

(な、なにをやらせる気?!)


 寥花は三姉妹の代理となる外交使者にされ、周辺の三勢力を巡ることになった。




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