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2 曹操の飛翔2 仲間を集めてみよう(遠行)


 ビルのように高く厚い城壁に囲まれた街中。

 そのほとんどは茅葺き土壁の家の行列で占められていた。

 城門近くの広場には何本も立て札があり、行き交う人々が足を止めていく。


 胴がやや太め、腕がかなり太めの丸顔少年がクルクルと回りながら軽やかに割りこむ。

「ヒューウ! ようやく城についたボク! 情報収集をはじめるボク!」

 独りで騒ぎながら立て札へ張り手をかましていく。


 立て札の上に寝ぼけたような少女の顔が現れ、寝ぼけたような声を発した。

『この立て札は全国共通の掲示板で~す。私は主にテストプレイの補足をしま~す』

 最初の『犬南協留いぬなみかなる』という署名と発言時刻を除き、書いてある文面がそのまま読み上げられる。


『私は特殊プレイヤー『皇帝』として最初から大きなお城に住んでいますけど、戦争はしかけないし、そこそこの勢力になれば倒せておいしいボーナスキャラです。遠慮なくどうぞ~』


『ゲームでわからないことがあれば、近くの住民さんに聞いてみて~』


『ゲーム慣れしている人がアドバイスするのもよいですが、なにか強制とかされたら逃げちゃっていいですからね~』


 太め少年は腕を組み、聞き終わってからも何度かうなずき、結論に達する。

「犬南ちゃん、声もかわゆ~い!」

 背後にいた小柄な少年は半分まで抜いた剣をなんとかおさめ、全力で殴る。

「よう諭渉さとわたり、会えてよかった。本当によかった」

 吊り上げた小さい眉で皮肉たっぷりに笑い、太め少年を足蹴にして人ごみから遠ざける。

「なんだ遠行とおゆきくんかよ。さびしがり屋さん? びっくりしたけど、ヴァーチャルじゃ痛くないもんね~!」

 両頬に指を立てて笑う諭渉を無視して、遠行は近くの小さな酒場に入る。

 店と言っても戸口に割れた盃が吊るしてあるだけで、中もただの民家に近い。



 土間に粗末な木のテーブルが四つあるだけ。

「高等部の生徒が酒場に入っていいのかな~? お。皆様こんち~」

 同年代の少年少女が数人。

 全員が胴当てのほかに肩当て、小手、脚絆などを身につけ、先が鉄製のまともな槍と弓矢も持っている。彩色などの見映えもそれなり。

 諭渉は胴当てと巨大フライドチキンのような棍棒だけ。


「部室で顔を合わせたことがないやつも多いかな? 名前も一応、出しておかね?」

 遠行の声に反応してベージュ色の文字が現れ、『名前』『公開』と選択すると、その頭上へ青白い『遠行』の文字が浮かぶ。


「まだ仲間を集める必要あるのかよ? 待っているだけじゃ損してね?」

 古すぎるロック歌手みたいなモミアゲ少年が首をかしげる。

 気どった手つきでなにも見えない空中をつつくと、その頭上へ『勲長いさなが』という青白い文字が浮かぶ。


 ほかのメンバーも次々と青白い文字で名前を出すが、遠行には操作の仕草がわかっても、ベージュ色の文字は見えない。

 中には動かないで「名前、公開、許可」とつぶやくだけの者もいた。


「休憩の必要がなくても、なにもしてない時間は自動的に訓練や情報収集とかにあてられているから、そんなに無駄ってわけじゃない」

 遠行はクマの濃い陰気な顔でなだめるように笑い、新たな来客に気がつくとそそくさと入口へ向かう。



 粗末な着物と槍だけ持った数人の中年男が入口で手を合わせて礼を示す。

 その頭上へ一斉に『無所属兵士』と青白く表示される。

「なにかでかいことをやるなら、俺たちも連れて行ってくれねえか? 役に立って見せるぜ!」


 遠行が『採用』『編成』と選択すると、中年男たちの表示が『遠行軍・遠行配下』に変わり、小さく頭を下げて走り去る。

「プレイヤー武将が集まれば、勢力の大きさで人気が出て、兵士の増加も速くなる。見た目のひとりが一斑だから……もうすぐ五百。そろそろ小さい城なら狙える」


「別にいいんですけど~お、ちょっちヒマかな~?」

 小さな目に巨大なマスカラをつけた小太り女子『蕾水つぼみ』が自分の粗末な着物をしげしげと見ながら笑う。


 遠行は眠そうに顔をそらし、土壁をにらみつける。

(文芸部に寄生するだけのブスが! なんでウチがテメエの『パなくオレ流コスメ講座』だの『激ヤバ裏ショップ突撃リポート』だのアングラアイドル気取りで一部も売れねえクソ低レベル同人誌の費用を出さなきゃならねえんだよ!)


「遠行くんドンマイ。このゲームに勝って犬南ちゃんとおデートすんだろ?」

 諭渉が訳知り顔で肩に手を置き、遠行の神経を逆撫でする。


(だが戦国ゲームはたいてい、武将の数が勝敗を決める。ビギナー対応がウリということは、どんなカスでも数さえいれば使い道があるはず。耐えねば……部活としても、誰かしら女子がいるだけでほかの女子も入りやすくなるから、大目に見てきたわけだし)


「っておい、俺は別にそんな目的の参加じゃなくて……」

「ええ? じゃあ勝ったら『犬南ちゃんへのお願い』はボクでいい? ひざ枕で耳掃除と、あと、うーんと……」


「なにそれえ? アタシたちも協力するんだから、部費アップでしょお当然。そんで打ち上げカラオケ大会すんのお」

 つき出た頬骨を派手なチークで強調した『菓蘭からん』が唇をすぼめて笑う。


(うっせえんだよブス二号! 一号と変形合体して宇宙空間まで打ち上げられて真空テツカラしてろ!)

 という言葉を額の血管へ留めて遠行は平静を装う。

「別にまだ決めてないけど、勝てたらカラオケくらいはおごってやるよ……食いもんは別な」



 入口へ新たに、諭渉よりさらに大柄で太目の渋い男が現れる。

「自分はカラオケ苦手だから、作品批評で頼む」

 あるかないかの細い目で店内を見回すと、手元を操作して頭上に『霊紀れいき』と表示させる。


「諭渉も来たなら、ちょうど買ってきた装備が役に立つな。あとこの人は、ひろいもんだ」

 机に弓や剣をひろげていく霊紀の背後に青年がいた。

 胴当てと脛当て、それに槍しか持っていなかったが、頭には『遠行軍・名無し』と書かれている。

「兵士じゃなくて武将らしい。名前は好きにつけられるようだ」

 遠行と諭渉が霊紀の腕をたたいて讃えると、かすかな照れ笑いを見せた。


(こいつだけは頼りになる……まるで同い年に見えないし、作品は重厚すぎて読破だけでもきついけど)



 霊紀の後ろから、さらに大柄な男が顔をつっこんでくる。

 太いゲジゲジ眉、つぶれた大きな鼻、厚い唇、ガッシリしたアゴ。

「なあ~んだよ! まだ名無し武将くらいで喜んでるのかあ?!」

 突然に大声を出し、ギョロギョロとした目で女子メンバーの顔だけ重点的に確認し、即座に興味を失う。


「ま、がんばれよ……ああでも、勝つのは俺らになったから」

 さも当然のように、なにくわぬ顔で言い放つ。

 その背にぞろぞろと男女の集団が姿を現す。

 装飾された高級そうな鎧や剣を身につけた者が多い。


「勝ち組に入れてあげよっか? 打ち上げスペシャルパーティやる予定なんだよね。チームに貢献したら男でも割引するし……今の内ならオマエらまとめて兵士千匹でいいよ。足りなければ少しくらい待つし」

 笑顔だが、ひとりひとりの目をのぞきこむように見回していた。

 その後ろの男女はもう少し容姿がまともだが、冷ややかな笑いかたは同じ。


 誰も答えないでいると、ギョロ目は無表情に遠行をじっと見下ろしてきた。

「まあ、まだ序盤なんで、もう少し部内だけでがんばってみますよ」

 遠行はぎこちない愛想笑いを浮かべる。


(大学の総合スポーツサークルの連中か……元はまともな社交サークルだったらしいけど、今じゃ犯罪自慢のクズが仕切るヤリサーって噂、本当らしいな)


「あっそ」

 濃い顔の大男はつっけんどんにそれだけ返し、もう一度全員を見回して去る。

「職人ゲーマーは底辺からシコシコがんばりたいらしいよ! 勝てなくても楽しいならそれでいいんじゃね?! げははははは!」

 アクの強い大声は遠ざかってなお耳ざわりに響いた。



「大学で最大規模のサークルだっけ? やっぱクラブとか貸切にすんのかな?」

 蕾水がつぶやくと菓蘭も身を乗り出し、遠行は目をそむける。

(お前らは勝手にクスリでも盛られていろ)


 酒場内の空気は男子を中心に最悪になっていた。

 ふけ顔の霊紀だけは表情をあまり変えず、小さくため息をつく。

「言おうとしたところだったんだがな。コンパの無料招待とかで兵士数が多いプレイヤーを買収して、勢力を拡大しているらしい。さっきのが実質で頭の重草しげくさってやつだ」

「部活動作品じゃ、ああいうプレイヤーを違反認定して追い出すのは難しいよなあ……勝ち目あんのかあ?」

 遠行がげんなりした顔で肩を落とす。


「スキーとか旅行とか、大学の社交系サークルと広くつながっているし、テニスとかは高等部との縦つながりまであるらしいですね」

 酒場の隅が似合う暗い顔の小柄な男子『絹種きぬたね』がボソボソつけ足す。


 そこへ着物の少女が表から飛び込み、小鳥のようにパッパッと跳ねて酒場内の壁へ貼りついた。

「い、いきなりごめんなさい。怒らない?」

 小柄で、長い黒髪にはボリュームがある。

 整った童顔が不安そうに笑い、体格には不釣り合いなリンゴ大の胸が震える。

「怒らない。絶対」

 遠行は照明のない酒場に光が満ちるのを感じた。



「だ……誰?」

 ブス一号こと蕾水が存在意義の危機を察知したのか、あわてた声を出す。

「放送部の伊勢日美子いせひみこさん。声は聞きおぼえあるだろ? 去年のゲーム製作では声優をやっていて、俺も台本で関わったから……でも、どうしたの?」


「総スポの人たちがいるって知らないで参加しちゃったよ~。前に、ギャラ出すからパーティの司会やらないかって言われたんだけど、放送部の先輩に聞いたら危ないって言われて。断ったら別のサークルから似たような話がいくつかきて。先輩に聞いたら全部、総スポつながりのサークルだって……」

 日美子は頭を抱えてふりまわす。

「最悪だな」


「重草って人、高等部から中等部の女子をしつこく狙うらしいですよ。でも胸は大きいのが好みだそうで」

 絹種が机を見つめたままボソボソとつけ足す。

「最悪すぎるな」


(ロリ巨乳の美少女なんて超生命体、ありえないだろ……たぶん市内では日美子ちゃんくらいだ。こりゃ確実に狙われているな)


「俺らは総スポから離れて動くことになりそうだから、よかったら一緒に来ない? せっかくテストプレイできるのに、いきなり中断ログアウトじゃもったいないし」

「そうなんです。くやしいです。遊びつくしたいです! ありがとうございます!」

 超生命体が祈るように手を合わせ、すがるように顔を近づける。


「……ちょっと失礼」

 遠行は真顔で日美子の片頬をひっぱる。 

「ほえ?」

「やたらゲームくさい展開だから、犬南ちゃんのしこんだデータかと思って」

 日美子はすごい勢いで遠行の両頬を引っぱりまわす。

「ちぇすと~お!」

 そして特撮ヒーローの変身ポーズをとって笑う。

「このとーりっ、正真正銘のっ、日美子ちゃんです!」

「たしかに本物だ」

 遠行はテンションに圧されつつも笑ってうなずく。

(このななめ上なリアクションをしこめる製作期間じゃない)


「ああああ。でも見つかったらどおしよおおぃ」

 日美子は瞬時に遠行の背を奪って、しゃがんで、頭を抱えてふるえていた。



「まあさいわい、日美子ちゃんを隠せる体格のやつは多いから……」

 遠行がみなまで言わない内に諭渉が胸をたたく。

「この諭渉ちゃんにお任せあれでごじゃるよっ」

 勲長もいつの間にか隣にいた。

「日美子ちゃんの校内放送にはいつも癒されているから、もちろん歓迎だぜ。なあみんな?」

 勲長が突き出たリーゼントを向けると霊紀がゆっくりうなずき、『橋塚はしづか』が親指を上に向けてニッと笑い、『凍紀とうき』も額に二本指をそえてあいさつする。

「お前ら……」

(なんてベタなヒーローアピールだ。今まで酒場の背景だったくせに)


 ほかの男子もいそいそと集まりだす。

「さっき、兄さんと組むかは決めてないとか言ってた人もいるような……まあ別にいいんですけど。新しい名前が多すぎてサッパリおぼえられませんし」

 ボソボソつぶやく絹種はいつの間にか日美子と握手していた。

「兄さんて本当の?」

「あ、ども。遠行松路とおゆきまつみちの弟で遠行絹種とおゆききぬたねなんで、この表示です」

 兄以上にクマの濃い、どんよりした目。


「お兄さんにはお世話になっています」

 日美子は自分より背の低い絹種の頭を嬉しそうになでる。

「あの、この背でも中三なんで……ありがとうございます。というかメンバーこんなにいましたっけ……」

 絹種はいつの間にか背後で順番待ちする『染綱そめつな』『就楽つくら』『象間しょうま』『幹統みきすぐ』『陽弘あきひろ』『留勲とめいさ』『葛玄くずくろ』といった面々をふり返る。


「文芸部は部員の足りない文化系もいろいろ合わさっているから。象間は批評研、幹統は文通研……だったかな……俺もはじめて見る顔が多いな。名前だけは登録簿で見た気がする」

 遠行は次々と申請される配下志望を連打で採用していく。

 入った時には閑散としていた店内が満杯になっていた。


(配下武将リストがあっという間に三倍……日美子ちゃんの人気効果ハンパねえ! ていうか最初から店内にいて申請してなかったヤツらどういうつもりだ?! おぼえてろチクショオ!)



「これだけいれば壁には困らないよ。中盤くらいまでは残れそうだ」

 遠行が苦笑いすると、日美子は不思議そうに首をかしげ、かがみながら腕を交差して光線発射ポーズをとる。

「これ、三国志ですよね?」

 そして急に立ち上がり、めいっぱい大の字に両腕を宙へ突き刺す。

「強い勢力がいてもっ、みんなで協力すれば勝てちゃうゲームだったりしませんかね?!」

 強気な笑顔と揺れるリンゴサイズに呼応して野郎どもの日美子コールがわき起こる。


「こ、こら! 日美子ちゃんがいるのばれる……移動するぞ!」

(というか君主は俺だ! 泣くぞコノヤロウ!)

 しかし遠行もまた、興奮を感じはじめていた。

(総スポのやり口に反感を持っているやつは多いかもしれない……どれくらいだ? 数で超えられるか? まとめられるか? ……日美子ちゃんがいれば!)



 指揮するまでもなく、酒屋を出た時にはすでに整然と二重の円陣が組まれていた。

 その中心で日美子はしゃがんでふるえて頭を抱える。


「ああああ。なんか大層なこと言っちゃいましたけど、私、緊張とかには激弱でして。放送だって台本を練りこんで録音もたくさん併用しないと頭が真っ白になるほうだから……足手まといかもしれませんがあああああ」


(そういえば、こういう性格だった。君主は……俺がやらなきゃダメなのか?)

 遠行も日美子の背後でそっと頭を抱える。




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