19 江東の虎12 地図をながめてみよう(長任)
鎧姿の少女が長い髪をなびかせ、城塞都市の大路を白馬で駆け抜ける。
中央の居城に着くと馬を預け、楼閣の上階へ駆け上がる。
そこでは文官姿の小柄な少女が礼を示して迎えた。
「おかえりなさいまし長任様。私もちょうど、首都・洛陽からもどったところです」
「ご苦労様です永松様。部下から聞いて馳せ参じました」
長任も見よう見真似で芝居がかった礼を返したあと、部屋の隅から駆けて来た白い犬へ突撃してなでくりまわす。
「ここの領主は長任さんですよ……犬集めは本当によかったのですか? 猫はゲーム設定からして存在しなかったようですし」
永松の本気で心配するような顔に気がついた長任は犬から片手だけ放す。
「べ、別に犬猫と引き換えに受けた任地ではないし、シロがいれば十分」
机の上には都の土産らしき中国全土の地図が広げられていた。
国境らしき線で十個くらいの地域に分かれ、それぞれ『~州』と書かれている。
北の三分の一はごちゃごちゃとしており、その下の三分の二は東西に大きな地域が三つ並んでいた。
「これが魏・呉・蜀の三国?」
「広さが国力とは限らないので……最初は日本地図にあてはめると地理感覚をつかみやすいです」
「無茶な。どうやって?」
「北海道から沖縄まで、海も含めた南北だけで考えるのです」
「それだと南半分はほとんど海?」
「はい。この三つの大きな地域は九州・四国・中国地方にあたる国力で、合わせても人口は三分の一強……ただし、どれか一個でも抑えれば、全土をおびやかす脅威になり得る潜在力も似ています」
永松が内陸よりの西側を指す。
「この『エキ州』は九州にあたると思って下さい。劉備がいろいろ苦労した末、『蜀』の国を築く地盤となりました。今回のゲームでは璋さんたち体育会系サークルが抑えています」
次に日本海に面した東側を指す。
「この『ヨウ州』は四国みたいなもので、孫権の国である『呉』の地盤です。マンガ研究会あたりが目立ってきたようです」
そして真ん中。
「この『ケイ州』が中国地方のようなもので、劉備と孫権が分け合ったり奪い合ったりした要所です。このゲームでもまだ混戦地域ですね」
長任は解説された三州の南、薄く東西に広がって海と面する地域を指す。
「するとここは沖縄……?」
「それと離島を合わせたような感じですね。流刑地にもなっていました。中央の争いには関わりにくい遠隔地ですが、大陸西側との交易地だったあたりも似ています」
永松は大きな三州の北に貼りついて並ぶ小さな州をすべて、西から東へ一文字になぞる。
「これが関西から関東にあたる重要地域です。文明発祥の黄河流域と重なる豊かな土地で、ここだけで三分の一弱の人口があります。後漢王朝の首都『洛陽』は真ん中やや西です。『魏』の国を作った曹操は真ん中やや東を地盤に、この線から北全部を征服していきます」
「このゲームでも西にコンパ系サークルの重草軍、東に三姉妹信者の角黄軍と、二強の支配地です」
永松は国境外の外周部分を大雑把にグルッと指す。
「このまわりは役人を置いても割に合わない地域でした。騎馬民族などの土地ですが、それらの侵攻さえ防げれば、直接支配しなくてよかったわけです」
地図の北西と北東へ角のように飛び出た地域を指す。
「妙な形をしていますが、北西の『リョウ州』は大陸横断交易路のシルクロードにつながり、北東の『ユウ州』は海岸沿いで、朝鮮半島にもつながる地域……つまり遠隔地でも、支配して割に合う地域だったわけです。北海道あたりの重要度です」
最後まで説明を残していたのは、『関西から関東あたり』の東西ラインと『北海道あたり』の最北東に挟まれた四つの州だった。
「この辺が東北か……ごちゃごちゃにしか見えなかったのが、急に実感で重さ配分がわかってきた」
長任がつぶやき、永松はうれしそうにうなずく。
「一見なじみのない三国志の地理を楽しむ第一歩です。あとは興味に合わせて正確な知識を増やしていけばよいかと。……でもこの例え、マニア様に言うと百個以上つっこまれそうなので要注意です」
「ビギナーの私には簡単で助かる。つまり私が今いるのは九州的な南西のエキ州で、北の前線……もしや重草軍と接しているあたり?」
「そこは同盟した魚日長くんのいる地域です。璋軍はケイ州にも少し進出していて、もう少し東、角黄軍とも接するど真ん中……」
「ビギナーの私をなんて所へ連れてきたんだ?!」
「うふふふふふ。いえ、これぞ三国志ですよう」
永松はそっと長任の肩へ触れ、目を輝かせてネットリした笑みを浮かべる。
「ここには一万近い兵がいますし、璋軍は三番手の勢力。上位二軍も下手な手出しはできません。むしろ表向きは敵対しないように気をつかったりして、ドロッドロのかけ引きが花盛りです! どぅふふふふ!」
長任は穏やかにほほえみ、外に広がる金色の畑をゆっくり見渡す。
「北に近いせいか米は育ちにくいが、麦も面白いな。麺とか饅頭ができるんだ」
「そんな全力で逃避しなくても。外交は私どもノーガキ好きがやりますから。長任さんはただ、畑に近づいた敵を片っぱしから蜂の巣にしていただければ」
永松がなだめるように苦笑すると、長任もしかたなくといった様子で地図へ目をもどす。
「そういえば、虎はここに来てはじめて会ったけど、北でも南でも、広い森林がないと生息できないはずでは?」
「なぜかこのあたりでもけっこう見るようですねえ? みんなが狩らないからたまっているのかな? 猛獣全般に、ダメージが大きい上に弓矢が当たりにくいから、毛皮や多少の評判上昇くらいで追うのは割に合わないようですね。牧畜が心配でしたら柵を高くしますよ?」
「いや、あの高さと強度ならだいじょうぶ。クマより速くて攻撃的な設定みたいだけど、少しパターンが見えてきた」
「すでに交戦をはじめていましたか。最初の虎狩りプレイヤーは我が軍から名乗りを上げそうですね」
「え。それはちょっと……」
永松は苦笑しながら期待をこめて肘でつつき、長任は困ったように目をそらす。
「内政の設定を少し変更しておきましょう。兵士数は百で通報・足止め。三百で即時攻撃に引き下げ……承認お願いします」
「承認。……どんどん厳しくなるね? 最初は領内で璋軍配下に名前・所属・兵士数を表示しない相手だけ通報だったのに?」
「人通りと税収は減っちゃいますが、場所が場所ですから。まあ、さすがにもう大きな勢力が予告なく近づくこともないでしょうけど」
「え。さっき角黄軍の女の子と知り合って……」
「え。まさか弓帳三姉妹と?!」
「いや、明るくておもしろい子だったよ? 話して怪しい感じはなかったし」
「そうですかあ……? まあ、とりあえず三姉妹でなければ。オール90なんて噂もあるくらいなんで、数百くらいの兵数でもけっこう危険です」
「そんなすごいやる気と頭の良さと思いやり、あとメンタルの打たれ強さ……どんな育ち方したんだろ?」
「それは長任さんにも聞きたいですが……根本から方向性が違う気もしますね」




