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17 江東の虎10 降伏勧告してみよう(于示林・園本)


 寥花りょうかたちが首都を陥落させる少し前、于示林うじばやしが小さな根城を奪われて間もなく。

 六人の武将が川ぞいを歩いていた。

 ふたりは体格がよくて威厳のある男。

 ふたりはやや貧相な体で地味顔の男。

 残るふたりは、背は低いがガッシリしたアゴと体格の少年と、鹿のような優しい顔で体もスマートな少年。


 少年ふたりは河岸に座る細身で長髪の後姿に気がつき、前を歩く四人に待機を要請する。

「俺ひとりで行ってみるよ」

「罠には思えないけど、驚かれないか心配」


 背の低いほうがひとりで近寄り、せきばらいをする。

「こんにちは。おひとりで……うおあ! 失敗したあ!」

 幽鬼のごとき人相が振り返り、面と向かって叫ぶ。

「いえ、失礼しました。てっきり女子かと……まさか逆に驚かされるとは。あ、でもせっかくだし、もし無所属ならウチの軍でどうです? 俺、高等部二年の楽文らくふみです」

 頭上に名前を表示した楽文は人なつこい笑顔を見せ、于示林はしばらく無言で見つめ合った。

「それはつまり、あなたの臣下になるということで?」

「や、自分は君主じゃないんで、同じ武将として……うおっ、だから臣下の礼とか勘弁してくださいっ」

 手を組みひざをついた于示林をあわてて抑える。



 七人になった一行はふたたび歩き出し、于示林は話しかけてくるふたりを不思議そうにながめた。

「『あなた』とか言って、于示林さん一年上の先輩じゃないですかあ!」

「え? ボクはてっきり大学生かと……あ、ふたりしていろいろ失礼しました。高等部二年の季典ときのりです」


「普段、話し慣れてないせいで、返事にいくらか時間がかかる」于示林。

「そんなの気にしませんって!」楽文。

「というか、うるさかったら言ってくださいね? なんだかさっきから、いろいろ一方的に聞いちゃっているんで」季典。

 于示林は黙して凝視することも多かったが、楽文と季典はとまどいながらも嫌悪や恐怖の表情は見せない。


(まず、自然ないい笑顔だ。そしてふたりとも無駄の無い筋肉がついている。動きも軽快でありながら、整った安定感……体操選手に比べ、表情や物腰の柔軟性が高い。それに内側の敬意から来るような礼儀正しさ……)


「踊り……社交ダンスなどを?」

「へ? なんでそれを……高等部はダンスないんで、大学の社交ダンスサークルに通っていますけど?」

 楽文は驚きながらも、小さい体で軽くステップを踏んで笑って見せる。

「踊りまでの推測は動作と体つきから」


(社交ダンスの肉体を間近に見たことはないが、発達経緯から紳士としての精神性も伴う傾向があるのか?)


「すご……あ、美術といえば、ダヴィンチは解剖学でも有名なんだっけ。描いているとそこまでいくものなんだ~」

 季典が女子のように胸の前で手を組んで感動を示す。


「うちの軍は有名武将が多いから、かなり伸びると思うんだけど、まだプレイヤーが少なくて……それに連携が悪かったのかな? 山賊に乗っ取られた小さな城に仕掛けたら、逆にボコボコの惨敗で」楽文。

「君主の宝黄ほうきって人以外はそれほど強くなかったのに、なんか気がついたらゴッソリ兵士とられちゃったよね。ボクたちは君主を先に逃がして、追撃も途切れたんで合流しに向かっているところ」季典。


 于示林はようやく、かすかなあいづちをうつ。


(これ以上の多くは望むまいが、このふたりの期待に応え、新たな主君を盛りたてる役割は果たしたいものだ)


「ついさっき、君主の抜けた城があるとか、うますぎる話の伝令が来たけど……」楽文。

「交代指示をミスっただけじゃない? まあ、その城は手に入らなくても、再起は問題ないと思うけど。なにせボクたちの君主は……」季典。


 道の先から騎馬武者が『ソウソウ軍配下兵士』の表示を出したまま駆けてきた。

「報告いたします! ソウソウ様が園本そのもと軍に討たれました!」

「ええええええ~?!」楽文と季典。


 報告した騎馬武者の所属表示が『カコウトン軍』に変わり、一行のステータス表示も同様になっていた。

 先頭の威厳ある男ふたりは『ソウジン』と『ソウコウ』で、残るふたりは名無しの表示。


「なにが起きたなにをやった。園本って軽音の園本女王か~?」楽文。

金重かなしげさんと巴子ともこさんは歴史知識がすごいけど、武将の顔ぶれだけで自信を持ち過ぎていたような?」季典。

「曹操ファンとして浮かれてんのかと思ったけど、あの調子でほかのプレイヤーを軽く見ていたならやばいな……急ごう!」楽文。


「報告いたします! 金重様と巴子様が園本軍に討たれました!」

「手遅れ?!」楽文と季典。



 三人のプレイヤー……ゲーム上の見かけは七人の武将一行が駆けつけると、引き締まったダンディな男が憤怒の表情で出迎えた。

「ソウソウの仇を討つまでは一歩も退かんぞ!」

「ですよねー。カコウトン兄さんは曹操様の従兄弟ですもんねー」

 季典が苦笑いでそれなりに同調しておく。


 カコウトン軍はすでに城を包囲して、全力攻撃を続けていた。

「カコウエンもソウジンもソウコウも曹操の親戚で旗揚げ以来の重臣だし、テンイは曹操をかばった凄まじい戦死で有名という……武将同士の義理や友好が数値化されていたら、最高ランクの五人だよね」季典。


 相手も城門の上から弓矢で応戦し、門へ近づくたびに犠牲者が出ていた。

「こっちの被害、思った以上に大きいな? 名無しもふたり減ってるぞ? あの城門、山賊の城のやつと違って、まるで壊れる気配ないし?」楽文。

「仮に不意打ちとかでも、テンイつきのソウソウを倒したなら、それなりの顔ぶれがいるよね……ん~、ちょっとまずいかも。配置換えを献策してみる」季典。



 楽文たちはカコウトンのいる本陣とは逆の北門に陣取る。

「では献策した通り、ボクらは攻撃・北門で」

 季典は兵士に『慎重』を指示して攻めさせながら、楽文と于示林に内緒話を送った。


『カコウトン兄さんに相手戦力を聞いたら猛将ブンシュウ・ガンリョウ・チョウコウがいて、プレイヤーも十人以上いるみたい』季典。

『げ。落ちなかったわけだよ……じゃあもう、たいして有利でもないな?』楽文。


『中の人も全滅までやり合うのは嫌だろうから、むしろボクらで逃げるのを手伝ってあげるほうがよくない?』季典。

『それもそうか。カコウトン兄貴への生贄に、プレイヤーじゃなくて名無しを少し捧げてもらって……』楽文。

『その気はない表情に見える』于示林。

 楽文と季典がぎょっとして于示林の凝視の先を見ると、城壁の上で手を振りほほえむメガネ女子がいた。



 かっちり固めた黒髪のメガネ女子がニヤニヤ見下ろしていた。

「ほら見ろ園本~! 合わせて七名様も追加されてんぞ! テメーの呼んだお客さん御一行!」

 メガネ女子が背後を向くと、鎧を着た栗色髪の縦ロール少女も姿を見せ、嬉しそうに軍隊式の敬礼を敵プレイヤーへ送る。


『うわ~、やっぱ女王様か。やっぱ顔はきれいだけど、先輩の追い出しとか平気でやる暴君らしいからな~。俺はちょっと……』楽文。

 園本が古代中国風に手を組んだ礼に変え、八重歯を見せて笑う。

 その視線の先、背をピンと伸ばして礼を返した于示林の真似だった。

『ん~。ボクはわりと好みかも。内緒話、相手につなげるよ?』季典。

 園本たちが名前の表示をはじめ、楽文らも続く。


『こんにちはー? 高等部二年、取盛季典とりもりときのりでーす』

『同じく二年、進謙楽文すすみがねらくふみですどうも』

 ふたりは愛想よい笑顔を見せ、于示林は園本と見つめ合う。

『高等部三年、美術部所属、于示林文則うじばやしふみのり


『こんにちは。高等部三年、軽音部の園本初紹そのもとはつぎです。こっちはもう三人つなげるので少しお待ちを……楽文くんと季典くんは社交ダンスサークルで見たかな? 高等部からの通いだったんだ』

 園本はそう言いながらも于示林との相互凝視をやめない。

 黙ると幽鬼のような于示林に対し、園本は挑発的にほほえむと悪魔的な顔だちが強調される。


『ステキ系メガネ女子こと高等部三年、軽音の修告遠子おさみことこです』

 告遠子の背後へ新たに文官風の格好をした男女ふたりが姿を見せる。

 スポーツ刈りの冷めた顔の男子と、丸みとボリュームのある顔体の女子。

豊田元浩とよたもとひろです。俺らはモダンジャズ研究会の高等部三年で』

組授三水くみさずきみつみです。そちらの希望は、こちらの降伏ですか?』


季典『それだとプレイヤー犠牲が多く出そうなんで、偽装脱出はどうです?』

豊田『ああ、名無しとかを少し置き去りにするくらいで済むなら、このままやり合うより被害はかなり小さくなるな』

告遠子『いいね~。財貨や食料はどれくらい置いていけばいい感じ?』


楽文『えーと……それじゃウチの兵士数の……』

季典『まま、待って。その辺の細かいことは後として。そちらは脱出に決定でいいんですか?』


同情顔の組授『そうできればよいのですがねえ』

楽文・季典『……え?』


冷ややかな豊田『あと告遠子、探りは相手を選べ。バレてると恥ずかしい』

薄笑いの告遠子『チッ』

楽文・季典『……』


告遠子『ほら君主、そろそろ口はさめ。勝つ気があるなら。いったん内緒をきって相談するか?』

凝視合戦をやめない園本『それより、こっち四人で一斉回答のほうが面白くない?』


凝視合戦に割りこむ告遠子『こっちの意見分裂をさらしてどうすんだよ?』

凝視対象を告遠子に変えた園本『脱出検討にマルかバツか……せーの!』

 園本軍の四人が両腕を上げ、全員が大きくバツを示した。


冷めた表情の豊田『悪い』

深い同情顔の組授『すみませんねえ』

 ジャズ研のふたりはそう言いながらも、さっさと内緒話を抜けて引っこんでしまう。


バツを出したままの告遠子『オマエな~、なんでこんな良心的な提案を断んだよ?』

バツを出したまま悲しいふりをする園本『勝つ気があるから?』

 ふたりは急にニヤ~ッと笑い合ったあと、楽文らに優しい笑顔で小さく手を振る。


「では、戦争は継続の方向で」

 園本もそれだけ言い残して立ち去り、ふたたびメガネ女子だけが残り、ニヤニヤ見下ろす。



 楽文と季典は城門前に急造のテントを張って中に入ると、同時に頭を抱えた。

「なにあのノリ?! 苦手なんだけど?!」楽文。

「第三者の立場だったらボクは少し楽しかったかも?! ……ごめん。ボクがミスった。急ぎすぎて足元を見られた気がする」季典。


「それだと降参の条件にすぐ食いついた俺もミスか」楽文。

「こういう駆け引きこそ金重さんや巴子さんに相談できたら良かったのだけど……陰湿な腹黒合戦とか得意そうだったし」季典。


 ふたりは君主カコウトンと名無しひとりを捕縛して園本に下った。

 手厚く歓迎された。



同情顔の組授「本当にすみません。そちらが折れるしかない方向に期待してしまって」

平静顔の豊田「俺も君主がコイツでなけりゃ、こんな強引な手には乗らなかった」

薄笑いの告遠子「女王のわがままに対する我々の絶望感を迅速に察知してくれてありがとう。本当にありがとう」

すまし顔の園本「つまり私の意志の強さがほめられているわけね?」

 参謀の三人が一斉にツッコミの仕草。


楽文「ハッタリ比べとわかっていても、絶対に折れそうにないんで……」

季典「泥沼の消耗戦を楽しむメンタルの強さはないんで……」

カコウトン「斬るがいい! 怨霊となって祟り殺してくれよう!」

 楽文と季典はもうしわけなさそうに元上司へ頭を下げて両手を合わせる。


告遠子「問題は于示林くんと分断されていたことかあ」

季典「戦果をあげなかったから、配置換えを強制されちゃって。ボクたちは総大将の近くに配置されて反乱しやすくなったけど」

楽文「でもこれで戦力が一気に傾いたし、君主もたて続けに代わって士気はガタガタのはず。食料もだいぶ減っていたし」


告遠子「待っていれば勝てるか。あとは被害を抑えて、どれだけ捕虜をとれるかだけど……う~ん……于示林くんがなあ?」


 楽文と季典は顔を見合わせる。

 たちの悪そうな園本軍の面々が、たったひとりの変わり者に悩んでいる様子だった。




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